×鳴門

薄く、青色の炎が広がる。
ホトギが監禁されている場所は、霧隠れの里の中心部から外れた、深い森の中にある大きな湖の底にあった。
当然周りには、目眩ましの幻術と、立ち入られないよう結界が張ってあったが、水を辿って内側に入った式神の手引きと、夜の炎により、気付かれずに湖の畔に入り込むことに成功した。
その中にいた、見張りの一人を捕まえて雨の炎で一瞬の内に捉える。
「頭の中、覗けるか?」
「我なら容易い」
化け狐である紫紺には、人に取り憑き、心の中を覗き見ることなど、容易いことらしい。
オレが紫紺と同化して戦うことが出来るのは、互いの信頼関係があるからこそで、他の人間が紫紺に取り憑かれようものならば、一瞬にして肉体の主導権は奪い取られる。
雨の炎で、口を利くことも出来ない男に紫紺が取り憑く。
一瞬、男の目がカッと見開かれる。
次の瞬間、ガクンっと頭が垂れ、そして男の口から声が漏れ始めた。
「道を開く印がわかったぞ。一度で覚えろ」
「了解、紫紺」
今、彼の肉体は紫紺が操っている。
落とすのも、記憶を覗くのも、紫紺なら容易くこなすが、問題は相手の体が長く保たないことだ。
操れるのは、相手の適正にもよるが精々3分程度。
その間に記憶を選り分け、必要なものだけを取り出さなければならない。
道を開く印、この建物の敵への迎撃態勢を聞き出すと、男は意識を失った。
そこから疲れきった様子で紫紺が出てくる。
「お疲れさん。助かったぜ紫紺。しばらく休んでろぉ」
「う、む……そうするとしようかなぁ」
依り代の石に戻り、眠ったらしい紫紺。
逃げるときまでは、しばらく休んでいてもらおう。
石を一撫でして、男を仰向けに寝かせて気道を確保し、拘束する。
しばらくは起きられないはずだ。
物陰からするりと忍び出て、湖に向かう。
紫紺に聞いた通りの印を結び、割れた水面を見て胸を撫で下ろした。
紫紺だって完璧じゃない。
たまには騙されることもある。
今回は大丈夫だったらしく、無事に現れた道を駆けていった。


 * * *


「大変です、侵入者が……クッ!」
「どうした!?怪我をしてるじゃないか!」
「見張り中、突然襲われ……なんとか反撃はしたのですが、敵には逃げられました!」
「落ち着け、まずは合言葉を言って、その後は医務室で治療を受けろ」
血の気のない青い顔で、部屋に飛び込んできた男は、早口で緊急事態を伝え、合言葉を唱えると、床に崩れ落ちて苦し気に呻く。
仲間達は彼に応急措置を施すと、すぐにスリーマンセルを組んで外へと向かった。
怪我をした男は、残った男のうちの一人に担がれながら医務室へと向かう。
「おい、しっかりしろ。敵と交戦したんだろう?特徴は?どこの忍だ?」
「敵は……」
「敵は?」
「……オレだよ」
「なっ……かは!」
最小限の動き、最小限の力で相手の意識を落とし、霧隠れの忍に化けていたオレは1つ大きくため息を吐いた。
世の中には感知能力に長けた忍びもいて、変化の術などはすぐに気付かれてしまうこともあるようだが、幸いなことにここにそのタイプの忍はいないようだった。
単純に人がいないのか、それともそんな奴がいなくても逃がさないという自信があるのか。
男の体を通路の端に寄せて、紫紺が聞いたと言う部屋を探しに歩き出す。
湖のそこにあるとは思えないほど広い建物だ。
こんなもの、どうやって建てたのだろう。
鬼面をかぶり直し、偶然見付けた通気孔に潜って移動する。
どこか地中を通り、わかりづらいところで地上と繋がっているのだろうが……、それを探す暇さえあればこんな無茶をする必要もなかったのにな。
下からは人の気配をたくさん感じる。
かなりの人数が捕まってるみたいだ。
……当たり前だけど、それ全部助けるなんてのは不可能で、頭を振りながら通りすぎていく。
まだまだ、オレには力が足りない。
それにしても、子どもの体でラッキーだった。
そうじゃなけりゃあ、こんな狭い道は通れない。
それに死ぬ気の炎を灯すことで、比較的目の前もよく見える。
「っ!これは……」
不意に、目の前の道に違和感を感じて、足を止めた。
オレが這いずって動いていた通気孔の先は、青い炎に照らされて真っ直ぐな床が続いている。
その一部分だけ、少し色が違うような気がした。
「ふん……起爆札かぁ。本当の暗闇なら、オレも気付かなかっただろうが……」
残念ながら、オレには外に光の漏れにくい雨の炎がある。
起爆札の厄介なところは、普通の爆薬と違って臭いがしないことだ。
発動してから爆破するまでにタイムラグはあるが、その存在を察知するには、チャクラを感じとる感知系の能力者でもない限り、目で見る以外に方法はない。
罠を避けて通り、ふたたび突き進む。
進めば進むほど厄介な罠があるが、何とかかんとか乗り越えていく。
……乗り越えて、行けたらよかったのだが。
「ちゅう」
「……ね、ずみ?」
突然、背後に可愛らしい鳴き声が聞こえた。
振り返ると、そこには溝鼠がいた。
「テメー余所者だな?」
「っ!」
ネズミが喋ったってことは、こいつ誰かの口寄せ動物か!
面の奥で目を見開いている内に、ネズミはたたっと走り去っていく……ってう"お!バレた‼
オレが慌ててチャクラを纏った拳で壁を破壊して脱出すると、同時に通気孔の中に水が溢れた。
くそ、こうなったら力業でいくしかねぇか。
「水遁、水乱波!」
「チッ!しつこいな……」
通気孔から飛び出すと、威勢の良い声と共に追撃が来た。
迫ってくる大量の水を火遁で打ち消す。
一瞬であたり一面に水蒸気が満ち、視界が真っ白に染まる。
その中で、オレは敵から逃げるために走り出した。


 * * *


「くそ!奴が敵だったのか‼」
通路の端に寝かされていた仲間を見て毒づいたのは、霧隠れのとある部隊を率いる上忍の男だった。
まさかあんなに簡単に、尚且つ早く、合言葉を盗み出せる奴がいるとは。
最悪なことに、今日はちょうど感知系の忍がいない。
まさかこの日を狙ってきたと言うのか?
霧のS級極秘情報だと言うのに‼
「マト、鼠を放て!侵入者を見付けろ!」
「ハッ!」
部下に命じて、牢の隅々まで敵を探させる。
意外なことに、敵はすぐに見付かった。
見張りからすぐに情報を引き出したところから、優秀な感知系の能力持ちの忍だと推測していたが、外れだったらしい。
水遁で水攻めをし、通気孔から追い出した敵は、まるで子どものような小柄な体つきだった。
もしかしたら本当に子どもなのかもしれない。
先程通路に倒れていた男も、殺されてはいなかった。
その甘さは、冷徹な暗殺者らしくは見えなかった。
再度水遁で追い撃ちをかけるが、それは強力な火遁の術で打ち消された。
相性の悪い属性にもかかわらず、あの量の水遁を打ち消すとは……。
小柄だからと侮らない方が良さそうだ。
水蒸気に紛れて逃げていく敵を追い掛けて、通路を走り出した男達は、しかしすぐにその足を止めた。
目の前の敵は、確かに道を曲がった。
だがその先にあったのは、固く冷たいコンクリートの壁だったのだ。
「な……、どういうことだ!?」
血眼になってあたりを探す。
しかし、その小柄な人影が見付かることはなく、男達は狐狸にでも化かされたかのような顔で、呆然とするより他なかったのであった。
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