×鳴門

ーー しく……しく……
「ん?なんだ?声か?」
荷馬車を見張る男の一人が、キョロキョロと辺りを見渡す。
道を外れた森の中から、しくしくと泣く小さな声が聞こえてくる。
「ちょっと見てくる」
「おう、気を付けろよ」
音を立てないように、静かに草を掻き分けて進む。
月明かりの射し込む森の中、男は草むらの影に座り込んで泣く、一人の子どもを見付けた。
こんなところに何故……?
警戒しながら近付き、そして子どもの顔を見たところで、男はハッと立ち止まった。
「こいつぁ……」
上玉だ。
そう言おうとして、ギリギリで言葉を飲み込む。
思わず口に出そうになるほどに、その子どもの顔立ちは整っており、透き通るような肌の白さが、子どもの存在を酷く儚げに見せている。
「おいボウズ、お前大丈夫か?どうしてこんなところにいる?」
「うっ……ひくっ……わかんない……。お母さんとはぐれちゃったの……。お兄ちゃん、だぁれ……?」
「オレは……忍者だよ、忍者。わかるか?忍者って」
「にんじゃ……?」
首を傾げた子どもに、男はふむと頷く。
6歳から8歳頃といったところか。
まだ幼い少年の仕草に、不審なところは見当たらない。
本当に迷子なのだろうか。
この辺りには強盗や追い剥ぎも出る。
もしかすると、少年の母親はもう殺されており、偶然この子どもだけが生き残ったのかもしれない。
「……ボウズ、まずは話を聞かせてくれるかな?」
「はなし?」
「お兄ちゃん達がお母さんのこと探してやるよ。まずは着いてきな。皆と一緒に里まで行こうな」
「みんな?」
「さ、着いてこいよ」
「……うん!」
自分の背中を頼りない足取りで追ってくる少年を見て、男は彼に見えないように、にんまりと笑った。


 * * *


人拐い……ってところだろうか。
忍者だと名乗った男の背中をふらふらと追いながら、その正体について考察する。
今は各地で戦争が勃発している。
行く宛のない子どもなんて至るところにいるはずだ。
それを掴まえて里に連れ帰り、忍として育てる。
里の人間じゃないから、途中で死んだって良いし、使えなかったら奴隷として売り払う。
いや、先に奴隷として売って、残った子どもを育てるってこともあるかも。
今は戦時下。
どこだって資金不足だし、人材不足のはずだしな。
さて、このままだとオレは奴隷として売買されるか、使い捨ての忍として育てられるかのどちらかになる、ってことか。
草や木の生い茂る森を抜けて、舗装されていない道に出る。
そこには先程見た大きな馬車と、3人の男が立っている。
あの馬車……あれの中に子供達が入っているってわけかな。
「おい、戻ったぞ」
「ああ……、それは?」
「お母さんとはぐれちゃったんだとよ」
「……ふはっ!じゃあオレ達が面倒みてやらねぇとな」
にやにやと笑ってこっちを見た男に、オレは怯えて肩を震わせる……振りをする。
やりづらいな……。
だが彼らが霧隠れに行くと言うなら、これを逃さない手はない。
後ろから近付いてきた男がオレの腕をとって縛り付けるのを、怯える振りをして耐えながら、ここにオレを連れてきた男を見上げる。
「はは……悪いなボウズ。これからお前は、霧隠れで物として扱われんのさ」
「どういうことなのっ……!?」
「お前は今日から、奴隷になるってことだよ、バーカ!」
「いっ……た!!」
がつっと肩を押されて転ばされる。
地面に転がって呻き、目尻に涙を溜めるオレの肩を掴み引きずりあげて、男達の中の一人が転ばせた奴を叱責する。
「おい!大事な商品だぞ。ひょろくて戦には使えそうにねぇが、こんだけ顔が良けりゃあ、良い買い手がつく。丁寧に扱えよ」
「はいはい」
成る程、オレは売られるようだな。
引きずられるように馬車の荷台に入れられ、その中にいた子供達と対面した。
痩せ細った子、怪我をしている子、声も立てずに泣いている子。
全員が絶望したように、目から光を無くしていた。
「ここで大人しくしてな」
馬車がゆっくりと動き出す。
こうしてオレは、霧隠れの里へと侵入することに成功したのだった。


 * * *


「……さて、こんなとこかな」
ぱっぱっと手をはたいて、気絶した男達を見下ろす。
霧隠れの里に入って、辺りから人の気配が途絶えたところで、オレはようやく動いた。
手の拘束を外して、仮面を着けて立ち上がる。
驚いて口を開こうとした子どもがいたが、唇に指を当てて静かにするように促す。
呼び出した紫紺に、捕まっているオレに化けてもらい、異変に気付いて中を覗いてきた男を雨の炎で落とした。
そのまま次々と残りの3人を伸していく。
1分も経たない内に全滅した部隊に、ちょっと幻滅。
自称忍者、なんて言うくらいだから、もう少し強いかと思ってたのに。
彼らの荷物を漁ると、巻物やらクナイやらがたくさん出てくる。
折角だし、役に立ちそうなのはもらっていこう。
「ぜ、全員倒しちゃったの……?」
立ち上がって手をはたき、敵を纏めてふん縛っているオレの背後から、か細い声が届く。
振り返ると、捕まえられていた子供の一人が、怯えながらも話し掛けてきていた。
「そうだよ、お前らを捕まえた奴らは倒した」
「君は……何者なの?大人をあんなに簡単に……」
「色々と事情があるのさ。……それより、お前らはどうしようかな。ここに放っておく訳にもいかないし……」
縛り上げた男達を馬車の荷台に突っ込み、代わりに子供達を降ろす。
全部で9人か。
この人数を連れ回すのは無理だな。
だとすると……。
「仕方ねぇな。しばらくは『ゾーナ』で待っててもらうか。よい……しょっと!」
高く腕を伸ばして、指先にチャクラを込めてぐっと振り降ろす。
オレの指がなぞった空間が裂けて、そこに異界への入り口が開く。
異界、なんて言っても、どことも繋がっていない、オレしか開くことが出来ない、何もない小さな世界。
真っ暗な空と真っ白な砂漠の広がる、寂しい世界である。
オレはゾーナと呼ぶその場所。
紫紺には、やっぱりお主は命名のせんすがないなぁ、なんて言われたけれど、オレは悪くない名前だと思ってる。
恐がる子供達をひょいひょいと中に放り込んで、オレも一度中に入る。
「そこの箱に、少ないけど食い物が入ってるから、好きに食べると良い。毛布や救急セットはそこのかごにある。それから、そこの黒い箱は武器庫だぁ。お前らは触るなよ」
「え……と、君は……?」
「オレは用事があんだよ。じっとしてろよ。じゃあなぁ」
「あ!ちょっと!!」
呼び止められたが、それに応えることはせず、オレは直ぐ様入り口を閉じて馬車に近付いた。
中にいる男達をすぐに帰してやることは出来ない。
しばらくはどこか遠くに行っていてもらわないと。
取り出した人の形の紙に、呪を唱えて霊力を送り込む。
戦闘力は皆無だが、出来上がった人形の式神は馬車ごと彼らを連れていってくれる。
去っていく馬車を見送り、オレは改めて辺りを見渡す。
人気のない、森の中の小路。
霧隠れと言うだけあって、道の先は霧に隠れてよく見えない。
ここはまだ里の中心部からは離れているはずだし、中心に近付けば、捕らわれているホトギの情報も得られるかもしれない。
人に見つからないよう木々に隠れて、オレは里の中心部へと走り出したのだった。
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