×鳴門

「あの、鬼崎君って、このクラスですか?」
「え?」
ドアの方から聞こえてきた声に、ハッとそちらに視線を向ける。
お昼にちょっかいを出した黒髪のあの子が、ドアから顔を覗かせていた。
クラスの奴らがざわついている。
俺を訪ねてきたことにもだろうけど、課題の標的ともなる1人が、ノコノコと訪れてきたのだ。
視線がギラギラとするのも自然なことだろう。
「あ、あなた……」
「ちょっと来い」
「え、わぁ!?」
彼女がオレを見付けた瞬間にはもう、オレはドアの前に駆け付けて彼女の腕を取っていた。
一言だけ投げ掛けて、スタスタと外に連れ出す。
「ちょっ……ちょっとどこ行くの!?」
「男子がいないところだぁ。……ったく、お前、自分が狙われる側だって自覚あんのかぁ?」
「あ……それはその、そうだけど……」
慌ただしく校舎の裏……最初に二人で話をした場所まで連れていく。
にしても、1人で堂々と乗り込んで来るとは……。
度胸があると言うか、向こう見ずと言うか。
たどり着いた裏庭で、少し息を切らしている彼女の腕をようやく解放した。
「で、用事はなんだよ」
「べ、別に大したことじゃ……。ただ、その……教科書、落としていったから……、届けて、あげようと……」
自信なさげに、ボソボソと喋っていた彼女の声が、尻すぼみになって消えていく。
もともと、喋るのは得意ではないのだろう。
それなのに、教科書を拾って、届けに来てくれるとは、優しい子だ。
「……そうか、これを見たから、オレの名前知ってたんだなぁ」
「あの……うん」
「まあ、あれだ。……ありがとな、助かった」
例え教科書が意図的に落としたものだったとしても、届けてくれて嬉しくない訳じゃない。
にっと笑って礼を言い、受け取った教科書で、彼女の頭を軽く叩いた。
「じゃあなぁ」
「え……ちょ、ちょっと!恩人になんなのよその態度!」
「授業遅れるぞぉ」
「わ、わかってるもん!」
慌てて教室に向かう彼女を見送り、オレもまた授業へと向かった。


 * * *


次の休み時間、まあ当然の流れなのだろうが、イルカが話し掛けてきた。
「なあ!お前もう悪戯終わったのか!?」
「……どうかな?」
「んがっ!ハッキリ言えよ!」
「なんでお前に言わなきゃなんねぇんだよ」
「そ、それはさぁ!友達……だし?」
「初耳だなぁ」
「ひでぇ!」
こいつをからかって遊ぶのは面白い。
くるくると変わる表情を見てると飽きないし、いつもこんなテンションだから、こちらが喋らなくても盛り上がる。
だがまあ、あまりからかってやるのも可哀想だ。
拗ねたように唇を尖らせるイルカにクスクスと笑いを溢しながら、イルカの質問に答えを返す。
「まだだぜ、悪戯」
「じゃあ、さっき何してたんだ?」
「落とした教科書を返してもらっていただけだぁ」
「……それだけ?」
「それだけ」
意外そうな顔をされる。
そんな顔したって事実は変わらないと言うのに。
「人をキレイに騙すには、時間をかけなきゃいけないんだよ、イルカ」
「そういうもんか?オレ、いつも考えなしに思い付いたことで悪戯してるけど」
「ただの悪戯ならそれで良いだろうけどよぉ、これは課題だぜ?忍として、どれだけ相手に警戒させずに、気付かれることなく騙すか。今回の課題の最重要項目は、そこなんじゃねぇのかぁ?」
「……あ、そうか」
感心したように、顎に手を当てて頷いたイルカに、オレは少しため息を吐く。
こんなのが忍を目指していて、大丈夫なのだろうか。
というか、忍になって生き残れるのか?
まあ、これから伸びるかも……可能性としては、捨てきれないよな。
「お前、やっぱり頭良いんだな、鬼崎」
「あ"?そんなことねぇよ。人より少し、苦労を知ってるだけだろ」
「苦労?」
「大人といっぱい関わってるってことさ。まあ、お前はお前なりにやってみろよ。このままオレの悪戯見てるのでも構わねぇが、それで時間がなくなっても知らねぇぞ?」
「そ、そうだよな!なんか言われたら焦ってきた……!!オレ、計画立て直してくる!」
どたばたと走っていくイルカを見送る。
ふと空を見上げると、一羽の鳶が飛んでいた。
飛びながら、変わった模様を描く。
窓から外を見下ろし、右を見て……左を見て……。
「……ったく、クソ面倒くせぇ」
近くに忍らしい影が無いことを確認して、ようやくオレは現実を受け入れた。
羽ばたく鳶、それは火影からの召集の合図。
大きなため息を吐いた後、オレは火影邸へと向かうため、教室に分身を残し、学校を抜け出したのだった。
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