×鳴門

「海野!あんたスパイに来たわね!」
「え!?いや違……わないかもしれないけど違う!」
「覚悟しなさいよ!!」
「ぎゃー!」
イルカの気配が近付いてきたと思ったら、何だか速攻でくの一の子達に片付けられていた。
彼女らの意識が逸れている内に、オレは別のポジションに移る。
くの一クラスは手裏剣の授業をしているらしい。
的の前に、女の子達が全員集まっていた。
今回はあくまで敵情視察。
出来るだけ楽に崩せそうな子を探しに来たって訳である。
しかし、くの一クラスはオレ達のクラスよりも、流れる雰囲気が落ち着いている。
やっぱり、女の子の方が精神的に成長が早いってことかな。
こっちのクラスはどいつもこいつも、ぴーぴーぎゃーぎゃーとうるさいったらない。
「では、今日の授業はこれで終わりです!皆さん、前の授業の課題、ちゃんと覚えていますね?」
『はい!』
「しっかりと計画をかけて、きっちり課題をこなすことです!疑問に思うことがあれば、相談に来てくださいね」
……こっちは教師までしっかりしてるなぁ。
うちの担当はよぼよぼのじいさんだし。
特にアドバイスとかもなかったし。
まあ、別に良いけどさ。
「では、解散!」
教師の掛け声で、女の子達は三々五々に散っていく。
その中で、1人他の子達から離れて歩いていく子がいた。
「……ん"、あの子にするかぁ」
きれいで長い黒髪のその子を、ターゲットとすることにした。



 * * *



「……あれ?」
いつも、1人でお弁当を食べるのに使っている、校舎の裏庭に、今日はなぜか先客がいた。
「……寝てる……」
すよすよと気持ちの良さそうな寝息が聞こえている。
どうやらその子は寝ているみたいで、細い胸がゆっくりと上下している。
雪のように真っ白な髪の毛。
瞼を縁取るまつげも、細く凛々しい眉も、髪と同じように白かった。
髪の毛の掛かる頬は、どんな女の子よりも、白くて滑らかで、柔らかそうだ。
「よく寝てる……」
くの一クラスでは見たことがないから、たぶん男の子なんだろう。
見た目は同い年くらいだろうか。
とっても綺麗な子……。
でも、男の子ってことは、私達の課題の敵になるってことだ。
この場で、この子に悪戯を仕掛けることに成功したら、私はもしかしたら一番乗りで課題をクリアすることになるのかもしれない。
そっと手を伸ばす。
悪戯、まだ内容も考えてないから、どうすれば良いのか、よくわからない。
とりあえず、彼の頬に掛かる髪を払おうと思った。
「……悪戯でもする気?」
「ひゃっ!?」
突然パチリと、彼の瞼が開いた。
濃い銀色の瞳が私を見ている。
思わず悲鳴を上げて、後ずさろうとした私は尻餅を着いてしまう。
「何やってんだ、あんた」
「う、うるさい!あんたがいきなり起きるからでしょ!」
「寝込みを襲おうとする方が悪いんだろぉ」
「そんなことしてないわよ!」
目を擦りながら起き上がった彼は、胡散臭そうに私を睨む。
「で、なに」
「そ……それは私の台詞よ!ここは私がいつも使ってる場所なの!勝手に居座らないでよ!」
「学校に誰それの場所とかねぇだろ。ばっかじゃねぇの」
「なっ……!」
なにコイツ……!
顔がちょっと綺麗だからって、なんて生意気なんだろう!
「昼飯食おうと思ってたのに……。まあ、いいかぁ」
「早く向こういってよ!」
「あ"ー、はいはい。……ほら」
「え?」
立ち上がったそいつが、おもむろに手を差し出してきた。
何のつもりなのか分からなくて、呆然とその手を見詰める。
白くて細いけど、よく見ると固いタコがあって、男の子っぽいな、なんて思った。
「いつまで尻餅ついてんだよ」
「あ……ありがとう……」
ずいっと差し出された手に、私の手を重ねた。
力強く引っ張られて、立ち上がれたのは良いけれど、そのまま思わず彼の方へとつんのめってしまった。
肩を掴まれて、はっと顔を上げたとき、彼の顔は目と鼻の先にあった。
ちょっぴり驚いたように目を見開いて、可笑しそうにふっと笑う。
「あっ……!」
「っと、わりぃなぁ。じゃ、オレは行くから」
「え、あの……」
彼は、すっと逃げるように私の手を離すと、そのまま校舎の中に戻っていく。
悪戯するために、ここに来てたんじゃないのかな。
それとも、私を油断させて、次に会ったときに何かする気なの?
戸惑う私を置いて、彼の背中は見えなくなっていったのだった。
「……あれ?」
彼の座っていた場所には、彼の忘れ物らしき教科書が置いてあった。



 * * *



「……なあ、なんで悪戯しなかったんだ?」
「……勝手に他人の逢い引き覗いてんじゃねぇよ、イルカぁ」
「あ、逢い引きって……!ちょっと話してただけだろ!?」
まだ昼休み中のアカデミー校舎。
教室の中には、昼飯を食っているやつがポツポツといるだけで、珍しく静かだった。
まあ、ここにいたら狙われやすいからだろうな。
「相手が警戒しまくってるところに、いきなり悪戯したって成功するわけねぇだろぉが」
「それは……そうかもしれないけど、でもあんな風に嫌味ったらしいしゃべり方することないだろ?」
「……そこまで聞こえてたのかぁ?耳、良いんだなぁ」
「えっ?ふ、へへ……まあな!」
「じゃあオレは昼飯食うから、またあとでな」
「おう!……っておい!なにはぐらかしてんだよ!」
「チッ」
適当にはぐらかしてイルカを撒こうとしたのだが、上手くいかずにさらにしつこく聞かれる。
面倒だな。
「最初から好かれるより、最初は嫌われて、後から印象上げてく方が楽なんだよ」
「はあ?良くわかんねぇよ」
「わかんねぇなら何でも良いだろぉ。おら、お前も黙って弁当でも食ってろよ」
「もごっ!?」
いい加減鬱陶しくなって、イルカの口に玉子焼きを突っ込んで黙らせる。
モゴモゴと口を動かしていたイルカは、大きな音を立ててそれを飲み込むと、顔を輝かせて叫んだ。
「うっ、美味い!」
「そりゃよかったなぁ」
「もう一個くれよ!」
「調子乗んじゃねぇ。ダメに決まってんだろがぁ」
「えー!」
黙らせるために食わせた玉子焼き。
しかしまさか、そのせいで毎日のようにイルカに飯をたかられるようになるとは、流石のオレも予想外であった。
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