×ぬら孫

「……と、そういうわけで、鮫弥お嬢様は女の子であることは隠し、男の子として生きることとなったのでございます」
「坊っちゃん……!そんな事情があったなんて……!!」
「……泣くほどのことじゃないだろ!」

食事の後、柏木と一緒に仕方なく事情を説明して、これからも男として接してくれるように頼んだ。
二つ返事で頷いてくれた松原に、まずはともかく一安心。
この子、本当に良い奴なんだよな。
だから、出来れば親父には知られたくない。
なるべく長く、仲良くしてたい。
正直、オレが女だとバレたところで、周りのクソどもになめられるだけだから、オレ個人へは大してダメージはない。
しかし、バレる切っ掛けを作った人が親父から酷い仕打ちを受けたり、罪悪感を持ってしまったりしたら、それは申し訳ない。
何より今更女として生きるのが嫌だ。
オレにとって、化粧やらスカートやらは敵なのだ。
死すべし、死すべし。

「でも今は大丈夫ですけど、成長したら流石に誤魔化しきれないんじゃないですか?えーと、二次性徴とか、何とかって」
「ああ、ソレは何とかなるから」
「え?」
「何とかなるから」

今のオレは10歳そこそこの年齢で、まだそこまで、体に男女の差は出ていない。
だが成長すれば、男女の体型は大きく違ってくるだろう。
しかしオレのこの体は、前世とそっくり、変わらない。
そして前世で女とバレたことなど、あの変態ドクター一人くらいだ。
きっと同じように成長するだろうし、それならば、周りの人間も十分騙せるだろう。
二人は首を傾げていたけれど、オレが繰返し何とかなると言えば、とりあえず首を縦に振ってくれた。
まあきっと、問題になってきたらその時に考えれば良い、とか思ってるんだろうな。
本当のオレの考えを言えないのは少し心苦しいが、時が来ればわかってくれるだろう。
……というか、考えてることもそうだが、前世の事とか、伝えるべきなんだろうか。
普通に考えれば頭がおかしくなったか、嘘ついているのかって思われるのが関の山。
語るべきじゃないだろうな。
乙女はほら、妖怪だし、本人も転生をしているから理解があったわけだし。

「話さなくても支障はないもんな……」
「何がです?」
「ん、何でもねーぜ。それより、明日はどこに行く?ローマ?フィレンツェ?ヴェネチア?ナポリ?今日はゆっくり出来なかったし、もう一度この島を見るのも良いかもな」
「鮫弥様はどこか観光したい場所はございませんか?」
「オレ?」
「イタリアに行きたいと言ったのは坊っちゃんじゃないですか!!坊っちゃんの行きたい場所に行きましょう?」

そう言われて、フムと考え込む。
確かに行きたいと言い出したのはオレだけれど、でも当初の目的は果たしたし、元イタリア人とすれば観光したい場所なんて聞かれても別に……って感じなのである。
しかしそうだな……、折角のイタリア。
それも次に来るのはまたしばらく後になるだろうし、どこか行っておくか。

「じゃあ、本格イタリアン食べに行こう」
「おっ!イタリアン!!良いっすね、オレも行きたいです!」
「ピザにパスタに、ああ、デザートにジェラートなんかも良いですよね」
「じゃあローマ行こうぜ。観光スポットも色々あるからな」

予定を決めて、明日もたくさん歩くだろうからもう寝ようと言われ、ようやくオレは床についた。
今ごろ日本はどうだろう。
乙女は元気にしているだろうか。
ふかふかの暖かなベッドに潜り、妹のことを思いながら眠りについた。



 * * *



「……つまらぬのう」

その頃、日本はまだ薄暗い明け方である。
だが羽衣狐は起きていた。
夜の生き物である妖の中身と、人間の体を持つ彼女の活動時間帯は、夕方から明け方までだ。
結局、小学校というところには行っていない。
あの父親は、乙女という少女の存在を、隠しておくつもりなのだろう。
とにかくいつもならそろそろ眠りにつく頃の羽衣狐は、不機嫌そうに狐の尾を揺らしてベッドの端に座っていた。

「鮫弥はまだ帰ってこぬのか?」
「鮫弥って、あの人間の子のことですかお姉様?」
「狂骨の娘よ、お姉様ではない。羽衣狐様とお呼びしろ」
「良い、狂骨。好きに呼べ」
「はい、お姉様!……それで、人間の子がどうかなさいましたか?」

少しの寄り道の後、元の質問に戻り、同時に羽衣狐の機嫌は余計に悪くなったようだった。
頬杖を突いて足を組み、尻尾でてしてしとシーツを打つ。

「あ奴が居らぬと妾が生活しづらいのだ。子供は早寝早起きが基本だだの、勉学が出来ねば鬼崎家の恥になるだの……。奴がふぉろーしてくれぬせいで、妾が何度あの無礼な童共を貫き殺すのを思い止まったことか」

羽衣狐の言う童というのは、彼女付きの家庭教師達のことなのだが、勿論彼らは全員が成人済みである。
彼女にとっては人間の全ては子供……いや、赤子にも等しい。
そんな『童』に説教をされて、偉そうにされることは、羽衣狐にとっては堪えきれぬことだった。

「そんな輩など、殺してしまえば良いではありませんか」
「鮫弥に言われたのだ。もし人に紛れて成したいことがあるなら、殺しはせず、周りのものをよく見てよく聞き、下手に偉そうな態度をとらぬこと、とな」
「何故ですか?」
「目立つ者は団体の中から追放されるのだ。そこのところは、昔から変わらないがのう。今の世の中では、情報の伝達も早いらしいし、人を殺せば直ぐ様その事実が知れ渡り、身動きが取りづらくなるのだそうだ」
「んー……でも、羽衣狐様がその様なことを気にする必要はございませんよ!!邪魔をするものは全て、我々が凪ぎ払ってやるのですから!!」

意気込んで言う狂骨に、羽衣狐はおかしそうに笑う。
そんな彼女の一挙一動に目を奪われ、恍惚としながら、狂骨は言葉を続ける。

「あの鮫弥という子供も、きっとお姉様の邪魔になります!あんな生意気なだけの子供、私達が殺して……」
「それはならんぞ狂骨。あれは妾のお気に入りじゃからのう」
「……それに、聞いた話ではあの子供、茨木童子を退ける程の力がある、とか」
「ほう、よく知っているのう、鬼童丸?」

長髪をオールバックにした厳つい男に微笑みかけながら、羽衣狐は目を眇める。
本能に忠実に生きる妖共が、鮫弥に興味を持って手を出すことを想像して、少し気を悪くしたらしい。
だが、狂骨や鬼童丸達と取り留めもない話をすることで幾分か気は晴れたようだった。
モゾモゾとベッドに潜り込んで目を閉じる。
確か鮫弥は伊太利亜という国と、日本との間には七時間という時差が存在すると言っていたはず。
薄目を開けて時計を見ると、針は5時を指していた。
ならば向こうは夜中の10時頃か。

「お休みなさいませ、羽衣狐様」
「お休みなさいお姉様」
「ああ」

くあっと大きく欠伸をして、羽衣狐は眠りについた。
カーテンの隙間から射し込む朝日が、羽衣狐以外誰もいない部屋を照らし出している。
階下では、使用人達が動き始めていた。
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