×鳴門

「今日からは、これまで学んできた全てを活かして、実際に敵を籠絡する計画を立ててみましょう」

座学の授業。
歳を取った先生の、穏やかな声で始まった。

「期間は1ヶ月。その間に計画を立て、仮想敵であるくの一クラスの生徒にちょっとした悪戯をします。計画書と、報告書を毎回授業の時に提出。次の授業で改善点の指摘をして返しますので、少しずつ計画を改良していきながら、悪戯を成功させてみましょう」

教師の説明に教室中がざわめきたった。
子供にとっては苦痛でしかない座学で、初めての実践的で心踊る授業。
そりゃあ、生徒達も興奮するだろう。

「ただし、」

しかし、後に続いた言葉に生徒達の顔色が変わった。

「くの一クラスも同じように悪戯を仕掛けてきます。もしもその悪戯に引っ掛かった生徒は、ペナルティーを課すので注意するように」

ピンと空気が張り詰める。
ペナルティー、とはいったいなんなのか。
もしも自分が負けたら、いったいどんなことをさせられるのだろうか……。

「……」

まあ、オレは適度に参加して適度に切り上げて、あとはくの一の子達に見付からないように身を隠しているつもりなのだけれども。


 * * *


「こんなもんかな……」

鬼崎鮫弥、現在7歳。
最近あまりダンゾウ達から仕事が回ってこず、ちょっぴり安心している、どこにでもいる忍者の卵である。
……冗談だ。
オレはどこにでもいない転生者で、とりあえずアカデミーを無難にやり過ごそうと、今日も今日とて教室の隅で気配を消している。
だと言うのに、ひっそりと計画を練っていたオレの元へ、いつも騒がしい……ではなく、いつも元気なイルカ少年が寄ってきた。
いったい何のつもりか、なんてのは、顔を見れば一目瞭然である。

「よ、よお鬼崎!」
「よお、じゃあな」
「いや早いだろ!そこはもっとこう、『何の用だ』とか『どうかしたのか』とか、少しは興味持ってくれたって良いだろ!?」
「……何の用だぁ」
「そ、そのだな……、お前はどんな計画立てたんだ?あ、いや!オレはもう完璧な計画を立て終わってるんだけどな!!お前がちゃんと出来てるかどうか気になってだな!!」

チラッチラッとオレの計画書を見てくるイルカの計画は、恐らく何も考えていない状態なんじゃないだろうか。
計画書の様式の中に、こっそりと出来る悪戯だとか、人に迷惑にならない悪戯だとか、そんな注意書があった。
派手な悪戯ならコイツは好きそうだけど、そんな条件の悪戯は苦手そうだ。

「自分のは出来たけど、他人に話してやる義理はねぇな」
「んがっ!た……他人ってことねーだろ!?オレ達クラスメイトだし!つーかちょっとだけで良いからオレに見せてくれって!ほ、本当は全然考え付かなくて……!!」

連れなく返すと、イルカはぺこーっと頭を下げて、意外にも素直にお願いをして来た。
なんだ、やれば出来るじゃねぇか。

「それは困ったなぁ」
「だろ?ヒントだけでも良いからさ、なんか教えてくれよ!」
「お前が自分で考えろ」
「ありが……ってええ!?」

いや、いくら素直に言われても、いくらヒントだけと言われても、これは授業で、自分で考えなければならないことなのだから、オレは教えてやるつもりはない。

「今のは教えてくれる流れだろ!?」
「ダメなもんはダメだぁ」
「そんなこと言うなよぉー!」
「……そんなに知りたいなら、自分の力で調べろよ」
「……へ?どーいうこと?」
「忍なら、情報収集くらい自分でやれ、ってことだぁ」

イルカの間抜け顔に、思わずくすっと笑いが漏れた。
立ち上がって肩を叩いてやり、オレは計画書を提出するために、先生の元へと向かったのだった。


 * * *


「う、うそ……」

顔が赤いのが自分でもわかる。
一瞬笑顔を溢した鬼崎に、オレの心臓はばくばくと大きな音を立てて早鐘を打っていた。
あんな、突然笑うとかズルいだろ……。
前から、綺麗な奴だって思っていたけど、笑ったらもっと綺麗に見えた。
誰にも優しくしないで、誰にも心を開かない、そんな奴だと思っていたから、あの笑顔の不意打ちは、オレにとっては、凄まじい衝撃だったんだ。

「なあイルカー、なんか聞き出せたのか?」
「つーかアイツから聞き出しても無駄じゃねーの?あんな根暗っぽい奴じゃーろくな計画立てらんなさそうじゃん?」
「あー、わかるわかる」
「今先生のとこ行ったけど、絶対やり直しだぜ?」

後ろからオレの友達の声が聞こえる。
鬼崎の悪口を言っていた。
オレは、そんなことないと、アイツは本当はきっとすごい奴なんだと、そう言いたかったけど、なんかもう赤くなった顔を見られたくなくて、顔を手で扇いで必死に熱を冷まそうとしていた。
『忍なら、情報収集くらい自分でやれ、ってことだぁ』
鬼崎はそう言っていた。
先生に計画書を渡した鬼崎は、先生と何かを話した後、すたすたと教室を出ていく。

「なあ、イルカ。アイツなんて言って……」
「わ、悪い!オレちょっと腹が痛くなってきた……!!」
「え?おい!?」

情報収集……つまり、アイツの動きを、計画を探る。
それを元にオレはオレの計画を考える。
上手くいくかはわからないけど、やってみる価値はあるはずだ。

「えーと、アイツは……」

あの銀色の頭を探して、キョロキョロと視線を巡らせる。
やっと見付けたとき、鬼崎はくの一クラスが手裏剣投げの授業をしているのが見える位置に潜んでいた。
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