×鳴門

「ほらイタチ、お兄ちゃんにご挨拶して?」
「んー……ねむいー……」
「もう、寝坊助さんね……」

ミコトさんが連れてきた小さな子どもは、言葉通り眠たそうに目を擦りながら、よたよたと覚束ない足取りで歩いて、母親の服に掴まっている。

「眠いんなら寝かせといたげた方が良いんじゃねぇのかぁ?」
「いつものことだ。気にするな」
「ふぅん」

フガクやミコトによく似た黒髪、真ん丸の猫目は母親似だけど、顔の雰囲気は父親に似ているだろうか。
今にも座り込んで、寝てしまいそうな様子のイタチを、ミコトさんはオレの前まで連れてきた。

「コウヤ君、この子が私たちの子どもで、イタチよ」
「イタチ……」
「イタチ、コウヤお兄ちゃんよ?」
「こーや?」

きょとりと目を瞬かせて、イタチはこちらを見上げている。
オレも同じようにじっと見詰めてみた。
大きな黒目にオレの影が映っている。
自分より低い位置から見られるのは久し振りの経験で、なんだか少しむず痒く感じる。

「こーやにいちゃん?」
「え……あ……よろしくな、イタチ」
「……」

しどろもどろになりながら答えた。
だがイタチはオレの名前を呼んだ後は一言も喋らないで、ただじっと見詰めてくるばかりだった。
何か気になることでもあるのか……?

「イタチ?どうかしたの?」
「しゅごいねー……」
「え?」
「しろくてきれいー!」
「え……?」

ミコトさんに尋ねられて、ようやく言葉を発したイタチ。
でもその発言に、今度はオレが固まった。
純粋な瞳が、キラキラと輝きながらこっちを眺めている。
しろくてきれい、って、白くて綺麗っていうことか?
しかし突然だな。
なんというか、素直だけれども、変わった子だな……。

「そうねぇ、コウヤ君の髪、真っ白の雪みたいでとっても綺麗だわ!」
「ねー!」
「こらイタチ、よろしくと挨拶されたんだ。ちゃんとお前も挨拶しなさい」
「あーい、よぉしくねー」

なんと言うのか、イタチはミコトさんに似ていると思った。
と言うか、思っていたよりもフガクが父親らしくしていてちょっと驚く。
挨拶を返してくれたイタチの小さな手と握手をして、隣に座った彼をまじまじと見詰める。
子ども……小さい子は、始めの人生で散々面倒を見てきたから簡単だと思っていた。
だが、考えてみればこんな風に面と向かって話すのなんていつぶりだろう。
久々すぎて、戸惑う。

「あらまあ、緊張しなくて良いのよ!お客様なんだから、リラックスしていってね、コウヤ君」
「あ……うん」
「それじゃあ、いただこうか」

どうしてもおどおどとしてしまうオレを微笑ましそうに見詰めて、ミコトは優しい光をその眼差しに宿していた。
フガクの言葉を合図に、全員で手を合わせて箸をとる。

「おいしーねーおにいちゃん」
「あ……お゙う、美味しいな」
「コウヤ君とイタチは4歳差だったかしら?いやねぇ、イタチ、あと4年でこんな風になれるのかしら」
「なるようになる」

他愛もないことを話ながら食べる夕食は、いつもよりずっと美味しく感じた。
家族って、こんな風だったんだっけ。
ほんの一年ほど前までは、あの家にもこんな風景があった。
いつの間にか、一人で食べるのが当たり前になっていた。

「今日、ありがとう」
「……突然なんだ?」
「……んーん、ちょっと言ってみただけ。ご飯、すごく美味しい」
「そうか、なら、良かった」

ああ、くそ。
歳を取ると涙腺が緩くなっていけない。
涙が滲みそうになる目元を前髪で隠して、ミコトさんのご飯をしっかりと噛み締めた。
お袋の味って言うのは、こんなに美味しいものだったのか。

「こーやにいちゃん?」
「……ん゙、なんだぁ?」
「……おいしー?」
「ああ、美味しい。すごく美味しい」
「そっかー、ふふ、そっかー」

によによと笑っているイタチは、なんだか新しく出来た弟みたいで可愛い。
ぽすぽすと柔らかな髪の毛を撫でてやって、また団欒へと戻っていった。
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