×鳴門

オレとじっと向き合うのは、黒髪の別嬪さん、もとい、フガクの妻、ミコトさん。
しばらく続いたにらめっこだったが、ミコトさんの一言で幕を閉じた。

「本当に、子どもだったのね……」

たぶん、物凄い真面目に浮気の心配をしていたんだろう。
フガクのお誘いから3日後、オレは予定通り、彼の自宅へと訪れていた。


 * * *


「ごめんなさい、私ったら変な勘違いしてしまって……」
「良いんだよ、ミコトさん。悪いのはフガクさんだから」
「……」

食卓に座り、頭を下げようとしたミコトさんを制して、にやっとフガクを見上げた。
不満げな顔で黙りこくっていたフガクは、怪訝そうに眉間にシワを作る。

「……なんだ、その顔は」
「別になんでもないけど。愛されてるんだなーって思って?」
「……」

笑うオレとは対照的に、ミコトさんは赤くなって、フガクはまたむっつりと黙り込む。

「とりあえず、良かった。オレのせいで夫婦が破局したなんて事になったら、ちょっと寝覚めが悪いからなぁ。でも、相手をちゃんと想っていることは、口に出して伝えないと、なかなか伝わらないんだぜ?」

ほんのわずかなすれ違いで、たったの一言のあるなしで、人は簡単に離れていくし、想い合うことができる。
当たり前のようだけど、だからこそ、すぐに忘れてしまう。

「ちゃんと、愛してるって伝えなきゃ、気持ちはなかなか、伝わらないんだぁ」
「……悟ったようなことを」
「す……すごいわね……」

オレみたいな、子どもが言う言葉ではなかったかな。
中身はともかく、外見はそこらの子どもと大して変わらないのに、こんなわかりきったことを言う子どもは、きっと気味が悪いだろう。
ミコトさんは、ちょっと引いた様子でさえあった。

「……お前は、伝えられたのか?」
「オレ?」
「大切な相手に、自分の気持ちを」
「……そうだなぁ。いっぱい伝えたつもりだけど、今から思うとやっぱり足りない。母さんに、もっともっと、色々としてあげられたんじゃないかなって、今でも後悔が尽きない」

フガクにそんな風に話を振られたのは、意外だったけれど、嬉しかった。
オビト達相手だと、あまりこんな話はしないし、ミナトやクシナさんは忙しそうだし。

「……どんな人だったんだ」
「優しかったよ。だってオレの母さんだぜ?」
「ふふ……、自慢のお母さんなのね」
「あ゙あ、最高の母さんだぁ」

ミコトさんが表情を崩したのを見て、オレも少し安心した。
きっとそれはフガクも同じで、今の話を振ったのも、ミコトさんの感じていた溝を少しでも埋めるためだったのだろう。
表情を若干和らげたフガクは、ミコトさんに声をかける。

「ミコト、少し早いが夕飯にしよう」
「そうね。お客様を待たせちゃ、悪いものね」
「……本当に、良いのか?せっかく家族でご飯食べるのに、オレ、邪魔じゃねぇかなぁ」
「邪魔なんかじゃないわ!この人が進んで招いたの、初めてなの。私も、あなたと色々、お話ししてみたいわ。偏見も、誤解もない、ありのままのあなたと、お話をしたいの」
「……大人しく食っていけ。きっと息子も喜ぶだろうしな」

母親の話を聞いて、心を開いてくれたのかな。
ミコトさんが優しく笑って、話し掛けてくれる。
フガクは視線を合わせなかったけれど、彼なりの最高の誘い文句なんだろう。

「……その……ありが、とう……。ごちそうになります」

ちょっと、赤くなる。
何だろう、くすぐったいような、スゴく落ち着かない感じ。
ミナトやクシナさんは、直感的にオレを受け入れてくれたけれど、理性的で落ち着いた二人が、考えた上で優しくしてくれることは、また違って嬉しい。

「さ、イタチを起こしてこなくちゃ!」
「アイツの昼寝は長いな……」
「イタチ……息子さん?」
「そうよ。今年で2歳になったの」

緊張気味に食卓に着いて、部屋を出ていったミコトさんを待つ。
数分後、ミコトさんはぐずるイタチを連れて戻ってきたのだった。
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