×ぬら孫

「ふ、ふふふふふっ!!」
「な、何で笑ってるんデスカ……?」

さて、ところ変わってホテルである。
怪しげな笑い声をあげるのは(認めたくはないが)、我が祖父である。
突然どうしたって言うんだろう。
そしてオレは、そろそろこの人と縁を切る準備をした方が良いのだろうか。

「鮫よ……。儂が大人しくホテルで待っていると思ったか?」
「思ったかって言うか、大人しくしててくださいよ。下手に動かれて問題でも起こされたら……じゃなかった、倒れてしまわないか心配なので、あまり無理はなさらないでください」
「……お前、今の本音か?」
「何がですか?」

鮫弥は 笑ってごまかす を 覚えた !!

「ふっ、まぁよい。実は先程、知り合いに紹介された店に行ってきてな。お前にプレゼントだ!!」
「え?」

バーン!とばかりに渡されたのは高級そうな箱。
開けてみると、中には2つのリング……ってこれは!!

「この間のリング、お前は随分気に入っていたようだからなぁ。今度は動物が少し違うが、なかなかカッコいいデザインだろう?」
「っはい!大切にします……」

渡されたリングは、カラスと鷹が彫られているものだ。
オレが昔使っていたリングと、そっくりだった。

「あの、何故このリングを?」
「ん、そりゃあお前が気に入ってずっとつけてくれてるって聞いたし、なにより他にも似たようなのがあるって聞いたからなぁ」
「……誰に?」
「ああ、知り合いに……知り合いの骨董屋の奴にな」

骨董屋……って、これやっぱり、結構良い品なんじゃないのか?
このリング作るときも、結構な金が掛かったからなぁ……。

「一体、誰が作ったのでしょうか」
「さあなぁ……。製作者不明だそうだぞ?何でも突如として現れた名作だそうでなぁ。昔は多くの者がこれを買い求めたそうだ」
「そんな……そんなものが、よく手に入りましたね?」
「うん、それがなぁ。手に入れたものが皆おかしな死に方をしたとかで、ずっとイタリアの古物商の店に眠っていたらしくてな」
「…………は?」

オレはぽかーんと口を開ける。
後ろで二人の使用人が盛大に噎せていた。
なんだか、オレのリングがすごいことになっていたらしい。
死んだの?
てかそんなもん孫に渡すなよバカか、バカなのか。

「いやぁ知ったのが今日でなぁ。まあ、死んだやつらはみんな、このリングを手に入れて3日以内だったそうだし、鬼崎の子ならきっと平気だろう!!」
「そんな滅茶苦茶な……」

まあ元々はオレのリングだし、大丈夫だと思うが。
オレのリングが、人殺しの呪いのリング、ね。
少し寝覚めが悪く感じる、が。
それよりも、オレの大事なリングを、勝手に身に付けられてた方が嫌だ。
まあ大概オレも自分勝手らしい。

「儂はお前に似合っていると思うから買ったまでだ!!気に入ったなら、つけておいてくれな」
「……ええ、勿論、大切に身に付けておきますよ」

子どもがあんまりたくさんのリングをつけてるのは、きっと不自然だし、何より高そうなものを身に付けていると目をつけられやすい。
だからアーロのリングは、普段はチェーンに通して首に掛けてある。
今もらった2つのリングも、同じチェーンに通して首に下げる。
それを祖父に見せて、ニコッと笑った。

「ね?」
「……やべぇよ椋井、この子マジ天使」
「あなたの孫とは思えませんねぇ。僕が嫁にもらっても良いですか?」
「誰がやるかこの変態!!クビにするぞ!!」
「チッ。ただの冗談じゃないですか。本当に冗談の通じない面白味のない方ですね」
「そこまで言うのか!?」

祖父と秘書の椋井が口喧嘩(ただし一方的)が始まったところで、柏木に耳を塞がれて外に連れ出された。
醜い言い争いはまだ続いているのだろう。
あの変態め、仕事面は優秀なのがたち悪い。

「椋井さんもよくやりますよねー」
「いつになったらクビになるのでしょうねぇ」
「あ、れ……?おかしいな、柏木さんが真っ黒に見える」

柏木は椋井のこと、嫌いみたいだな。
まあ変態だけど優しい奴だから、そっとしといてあげてほしい。

「でも、よかったですね坊っちゃん!カッコいいリングもらって!」
「ああ、後生大事にする」
「お、おお……渋い言い方知ってるんですね」

そんなに渋かっただろうか。
むしろ松原の顔の方が、渋く歪められている。

「やっぱり大企業の御曹司ともなると頭の出来からして違うのか……?『後生』とかオレでも使わないですよ」
「そうかぁ?」
「確かに、松原くんよりも鮫弥様の方がずっと賢そうに見えますね」
「えっ……!」

さらりと毒を吐いた柏木に、ショックを受けたらしい松原がグスグスと鼻を啜る。
ソファーに身を沈めて、後ろに立った松原を見上げた。

「松原、頭悪そうには見えねーぞ。それに、オレは別に賢くないし……」
「ううっ!坊っちゃんー!!」
「ちょっと松原くん?その臭い泣き真似、やめてくれませんか?」
「辛辣っ!何でですか!?」
「不快だったから」
「それだけでこの扱いっ!?」

うーむ、二人は漫才コンビ組めるんじゃないのか?
見ていて飽きない。
特に松原が。
目に涙を溜めて必死で食い下がる姿はまるで仔犬のよう……。
対して、軽く受け流す柏木はまるで猫のようだ。

「あ、そーだ坊っちゃん。今日たくさん歩いて汗かいたんじゃあないですか?着替えてからディナーにしましょう!」
「あ?あー、そうだな。オレ汗臭い、かな?」
「じゃあ、オレ準備するんで着替えにいきましょー!」
「え、」
「?なにか?」

ここだけの話、オレの本当の性別を知っている人は少ない。
オレの側近メイドである柏木と、父親、祖父、乙女。
あとは掛かり付けの医者くらいのものである。
従って松原はオレを男だと思っているのだ。
故に、たまにこんなことがある。
助けて柏木。

「って、柏木は?」
「柏木さんなら今、ディナーの準備に行っちゃったじゃないですか」
「なにっ!?」

絶体絶命、四面楚歌、袋のネズミ。
柏木がオレを一人にするなんて珍しい。
向こうに追い詰めている気はないのだろうが、こちらからするとまさにピンチである。

「一人で……出来るから」
「?でもいつも柏木さんに手伝ってもらってますよね?」
「か、柏木は服の準備して側に控えてるだけだ」
「でも一人きりにするとオレが怒られちゃいますよー」
「いや、本当に一人で大丈夫だからっ!!」
「もー遠慮しないでくださいよっ!!」
「ゔおっ!?ちょっ、ま、待て!」

所詮子供の体型……ばれるかどうかはわからねーが、オレだって男に見られながら着替えるなんて嫌だ!!
沽券に関わるっつーか普通に嫌だ!!
あと流石にオレも下着は女の子用なんだ。
それ見られたらバレるって!

「ほらほらぁ、暴れないでくださいよ。着替えないとお夕飯食べに行けませんよー!!」
「ゔ、あ!?」

脇に手を入れられて、宙に浮いたオレの服をズルっと脱がせた松原の手が止まった。

「…………うん?」
「ぁ………………」

なんで、下から脱がす……!
というかお前、オレだって同年代の中じゃそこそこ背が高い方なのに、軽々持ち上げて脱がすなんてどんな怪力だよ!

「は……え?ぅぇぇえええっ!!!??」
「くっ……!」

身を捩ってなんとか松原の腕から逃れる。
ずり落ちた服を着直して、恐る恐る彼を見上げる。

「え、は?え?坊っちゃん……いや、坊っちゃん!?お嬢様?どっち!!?」
「……坊っちゃんで」
「あ、じゃあ坊っちゃんで……ってそうじゃないですよ!え、女の子?女の子用の下着でしたよね今の!!まさかそういう趣味だったとかいうオチじゃないですよねっ!?」
「いや、ちが」
「おおおおおれ坊っちゃんがそういう趣味でも!坊っちゃんのこと、大好きですからね!!」
「いやだから違うって!」
「いいんです坊っちゃん……、オレ、どんな坊っちゃんでも、受け入れますからっ!!」
「ゔお゙ぉいいい加減人の話聞けぇ!」

うっかり大声を出して松原を殴ってしまったが、子供の腕力だしな、大丈夫なはずだよな?
ようやく静かになった松原から服を奪い取って、着替えてくるからと言い放って、部屋を移ってササッと着替える。
戻ってから、松原をソファーに座らせて落ち着かせた。
いや、それ以前にオレが落ち着かないとヤバイ。
親父にバレたら松原、飛ばされないか?

「いいか松原。お前オレが女だってこと、絶対バラすなよ」
「へぅ?な、なんでですか!?」
「そりゃ……色々問題が出てくるからだぁ」
「も、問題……?」
「とにかくっ、誰にも話すな!!」
「ひゃいっ!いやっ、はい!!」

よし、これで話さない……はず。
そこは彼を信じるしかないよな……。

「鮫弥様ー!夕食の支度が整いましたっ!!……あら?お召し換えしたんですか?」
「……おう」
「……松原くんは?」
「……」
「……」
「柏木、松原のこと頼んでもいいか?」
「ええ、勿論。畏まりました」

とにかく今は食堂に参りましょう、と、そういって柏木は、オレを食堂に誘導した。
……イタリア旅行一日目。
一日目から、旅の前途が見えません。
あー……やってしまった……。
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