×鳴門

人差し指と中指を揃えてピンと立て、お互いに向き合う。
対立の印、これから戦うと言う合図。
オレと先生は、互いに距離を取り合って、再び向き合う。

「それでは、始め!」

先生がそう口にした瞬間、何故か真っ先に動いたのは、紫紺だった。
依代の石の中から、先生に向けて畏を飛ばし、威嚇をする。
呆れたな……、こんな下らないことに畏なんて使うなよ、もったいない。
その考えを察したのか、紫紺の畏が収まる。
その間だいたい、1秒、といったところか。
一瞬体を硬直させた先生だったが、すぐに気を取り直したらしく、笑顔を取り繕うと、オレに向けて言葉を投げ掛ける。

「今日は『お手本』だからな。そちらが先攻で構わないぞ」
「……はあ、そうっすか」

さっきの畏を受けてこの発言とは、学習能力がないのか、実力差もわからないほどの弱さなのか、それとも異様にプライドが高いのか。
まあ先攻で良いと言うのなら、お言葉に甘えさせて頂こう。

「んじゃ、行く……ます」

敬語を使うのもなんか面倒だな……。
お家帰りたい。
オレはだらんと腕を下げたまま、先生に歩み寄る。
無防備も良いところ……だと思うか?
実はこう見えて、どこに攻撃受けても問題なく防御に移れる姿勢だったりするのだ。
戸惑う先生の2mほど前まで近寄る。
うむ、ここからどうするか。
取り合えず、この体格差でマトモにぶつかるのも馬鹿馬鹿しい。
オレは適当に向こう脛……いわゆる弁慶の泣き所に蹴りを放った。
しかし……いや、当たり前にその蹴りは避けられる。
そりゃそうだ、その程度の蹴りだったもの。
後ろに下がって避けた先生は、リーチの長さを活かして、オレの届かない場所から蹴りを繰り出す。
ちっ、意地の悪い……。
ふむ、これを避けることは簡単だ。
だが攻撃を避けたところで、面倒なことは変わらねぇ。
ならば、とオレはその攻撃を避けずに、わざと当たった。
やっぱり、生徒に向ける攻撃の強さじゃねぇよな……。
後ろに飛んで相殺し、やられた演技をしながら紫紺とボソボソ話す。

「どーするかな」
『気にせずさっさと跪かせろ』
「オレは目立ちたくねーんだよ」
『なら毒でも幻術でも使え。あんな雑魚に割いてやる時間がもったいないだろう』
「……しゃーねぇなぁ」

笑顔でオレに近付いてくる先生を見上げて、オレもまた、へらりと笑った。

「先生、スゴいですね。オレ、びっくりしちゃいましたよ」
「は?」

全員に聞こえるような大きさで言った言葉、その直後に、先生にだけ聞こえる程度の音量に落とすと、オレは更に笑みを深めて囁いた。

「あんまり弱くて、驚いた。あんた本当に教師かぁ?」

オレの言葉に、先生の頭に血が上ったのがすぐにわかった。
考えもせずに突き出された拳を紙一重で避けて、トン、とその腕を押す。
捕まえられるより前に、手の届かないところまで逃げる。
『これ』が効くには、まだもう少し時間が掛かるからな。

「お前……!」
「どうしたんですか?先生?」
「ぐ……ぅ……!」

怒りに声もでないのか、それとも思ったより早く効いてきてるのか、唸るような声をあげて、やたらめったらに拳を打ち込んできた。
こんな攻撃なら、容易く避けられる。
そして15発目を避けたところで、先生の体がどうっと倒れた。
慌てるふりして駆け寄る。

「先生?大丈夫!?」
「せ、先生が倒れたー!!」
「先生!先生!!」

仰向けにして気道を確保。
そのまま楽な体勢で寝かせてやってから、近くにいた生徒に、他の先生を呼びに行くように言った。
オレが、彼にしたのは単純なことだ。
腕の血管から雨の炎を流し込んで、心臓の機能を限りなく停止に近付けた。
炎の量を調節すれば、仮死状態を再現することなんて簡単だ。
ま、炎の量が少なかったから、もう起きるだろうけど。

「……ぅ……うぅ……」
「あ、起きた」

オレの予想通り、すぐに起きた先生の顔を覗き込んで、にっこりと笑顔を浮かべた。

「よかった、先生。このまま死んじゃうかと思いました」
「あ……ぅぁ……」
「次からは、気を付けてください、ね?」
「ひぃっ……!?」

ガクンと先生の首が倒れた。
あちゃ、これはあまりの恐怖に失神したっぽいな。
ちょっとやり過ぎたかもしれねぇ。
まあ失禁まで及ばなかっただけましか。
駆け付けてきた別の先生に彼を任せて、今日の授業は中止となった。


 * * *


「お前……えっと、鬼崎さ、先生に何かしたんじゃねーのか?」
「はあ?」

話し掛けてきたのは、早弁をしてたクラスメイト、もとい、うみのイルカであった。
親がオレを嫌忌しているのを見ているからか、子供達はあまりオレには話し掛けてこない。
このイルカってのが、時折オレを不思議そうな目で見ていることは知っていたが……、何故そう思ったのだろう。

「なんで、そう思った?」
「え……いやあの、お前スゴい不思議な奴だから……もしかしたらそうかもなーって」
「不思議な奴?」

それはつまり、……いつも一人でいて気味の悪い奴的な……?
いや、ないと思うけどもしそうだったら悲しすぎるだろ。
ちょっと神妙な顔になって、イルカに問い掛ける。

「その……オレの勘違いかもしんねーけど、お前の髪が……」
「は……髪?」
「屋上、オレはよく早弁とか嫌いな授業あるときに、そこでサボったりするのに使ってんだけど、そこにたまに、白い髪の毛落ちてて……」
「……それがオレのだと、不思議なのか?」
「だって、オレが見てる限り、お前屋上使ってないんだもん」
「……ああ」

緊張した面持ちで言うイルカとは対称に、オレはちょっと安心した。
オレが雨の炎を使ったのがバレたわけではなくて、本当に不思議な奴だと思ってただけってことか。
確かに、授業には身代わり使ってるし、屋上は一人の時以外は使わないからな。

「それにさ、あの時オレ達に聞こえないくらいの声で、何か言ってたみたいだし……」
「うん、言ってたなぁ」

まー、イルカは髪を見たときから、オレを注意して見てた為に、そう思ったってことなんだろう。
余裕を取り戻したオレは、頬杖を突きながらにやっと笑ってイルカを見詰める。

「先生に何て言ってたんだ!?」
「んー、ヒミツ」
「えー!」

不満そうに叫んだイルカ。
言ったら恥ずかしいから絶対に言わねーよ。

「じゃあどうやって先生倒したんだ!?」
「それもヒミツ」
「ズリー!」
「ズルいってなんだよ」

イルカ少年の感想に思わず苦笑した。
ズルいと言われても、答えられないものは答えられない。
意地になって問い詰めてくるイルカをあしらって、その日は家に帰った。
そして家の前で仁王立ちをして待っていたエンに、正座をさせられて説教をされた。
正当防衛だと言うオレの言葉が、聞き届けられることはなかった。
奴に人の心はない。
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