×鳴門
「報告しろ、エン」
「はっ」
ダンゾウ様の命令を受け、オレはここしばらくの間ずっと、一人の少年の側に張り付いていた。
「……鬼崎コウヤは、天才です。既に並みの上忍では叶わないほどの実力がある」
「ほう、何故そう思う」
「……鬼崎一族の、秘術を身に付けたと」
「なに……!?して、その秘術とはどのような術なのだ?」
「それは……」
* * *
「エン、久しぶりだな?」
「……」
オレが鬼崎コウヤの見張りに戻ったすぐ後に、コウヤはオレの存在に気が付いて、天井に潜むオレを見上げて声を掛けてくる。
何故気付けるのだか……、無言で天井裏から降りて奴の前に立つと、花が咲くようにほろりと笑う。
無邪気な微笑み……いや、無邪気に見える微笑み。
オレには分かる。
こいつの行動は全て、打算の上にある。
「おやつ食べてかねーか?」
「いらん、いらねーよ。オレは仕事中だ」
「でも一人でおやつなんて寂しいだろぉ?」
「知るかよ」
甘えるような仕種も、唇を尖らせるその表情も、全ては計算ずく。
その計算が、意識したものなのか無意識のものなのかはわからない。
「エン、オレのあの鬼崎の術な、紫紺に名前付けてもらったんだぁ。『斬鬼』って名前でな。かっこいいだろぉ?」
「だせぇな」
「えー!」
不満そうに言われたが、オレはそれを無視してソファーにどっかりと座り込む。
ダンゾウ様に、「どんな術なのだ」と問われた時、オレはわからないと答えた。
あの術を体感し、それなりの説明も聞いたが、オレはダンゾウ様にその術を教えなかったのだった。
「お前、お前は……何と言うか悪どい性格しているよな」
「はあ?」
「腹黒い。ガキとは思えねぇ程には腹黒い。オレは自分の実力に自信がなくなった」
「なにそれ?」
不思議そうな顔で頭を傾げるガキから、鼻を鳴らして顔を背ける。
こいつが余りにも開けっ広げに情報を晒すから、深い関係を好まないオレ達の隙に潜り込んで、触れてくるから。
今までにないほど近くに来られてしまったから、オレはこのガキの全てを、ダンゾウ様に話していいのかどうか、わからなくなってしまった。
術、性格、能力、行動。
こいつの情報は、実は結構豊富にあるのに、オレは話すのを躊躇う。
里に害を為すような事はしないだろう。
何故かそんな確信めいたものだけは感じていた。
だからって訳じゃないが、結果、ダンゾウ様には、術の内容は不明、とだけしか報告せず、オレは中途半端に距離を保ちながらこいつを見張り続けている。
「寂しいなら、人を呼べばいいだろう」
一人で不満そうに、モソモソとクッキーを食べ出したコウヤにそう声を掛けた。
別に、断って悪かったと思っている訳じゃない。
目の前で湿気た面を晒されるのはイラつくから言っただけだ。
「……折角エンが目の前にいるのに?」
「オレは甘いのは嫌いなんだ、甘いのは」
「甘さ控えめだぜ?」
「仕事中だっつっただろ」
「紅茶もつけるのになぁ」
「……いらん」
「じゃあお土産に持って帰ってくれよ」
そう言うと、キッチンからビニール袋を持ってきて皿の上のクッキーをガサガサと入れ始める。
まだ奥にクッキーが残っているはずなのに、何故皿の上から取るのか……。
きっと、オレに毒が入っていないと安心させるためなのだろう。
変なところで気が利くやつだからな。
全くもって、子供だとは思えない行動だ。
「よっと、ラッピングはサービスな」
「……」
渡された袋は、見た目も綺麗に整えられていて、赤いリボンが既製品顔負けにピシッと綺麗に結ばれていた。
そして袋の中にはクッキーに混じってティーバックらしき物が。
「オレ手製のブレンドティー」
「……美味いのかこれは?」
「飲むかぁ?今オレが飲んでるの、同じ奴だぜ」
ピースサインを出すコウヤに言われ、ふと机の上を見ると、確かに琥珀色が覗けるティーカップが。
「いらない、後で自分で飲む」
「飲んでくれんのかぁ?」
「ふん……そのまま腐らせるのは勿体ないからだ。勿体ないから飲むだけだ」
「ふぅん」
ニヤニヤとオレの顔を覗き込んで笑うガキから顔を背けた。
ムカつく顔だ。
オレの事をなめきっていやがる。
「そうだ、エン」
ガキんちょはもう一度椅子に座ると、またオレの名を呼ぶ。
オレが返事を返さないことは特に気にせずに、そのままマイペースに話し出した。
「ダンゾウに斬鬼の話をしなかったんだって?」
「ぶふっ!?」
思わず噴き出した。
何故こいつが知っている!?
「情報源は秘密だが、ちょっと小耳に挟んで、なぁ。話しても良いから話したのに、お前変な奴だよなぁ」
「お前に……お前には言われたくない」
でも確かに、ダンゾウ様に話さないのはおかしな話なのだ。
オレは根の人間、ダンゾウ様の手足なのだから。
「別に話すかどうかは、お前が好きに決めれば良いけどよぉ」
「……」
「無理はすんなよ」
「……オレが、オレがお前なんかの為に無理するかよ」
「あはは、そうだなぁ」
底の知れないこのガキの、その言葉はしかし、やたらと心に染み入ってくる。
その言葉の音も、早さも、また計算なのだろうか。
オレはこいつの事を、どこまで報告すれば良いのだろう。
* * *
「鬼崎の秘術について、何か分かったか?」
「……」
ダンゾウ様にそう問われ、オレは静かに口を開いた。
「時空間忍術の一種ではありますが、まだ詳しい内容が分かっていません。中途半端な情報を上げるより、全容が明らかになったときに報告した方が良いと判断します」
「……つまり、まだ報告は出来ないと?」
「はい」
結局、ダンゾウ様には詳しい報告をしなかった。
この結果がどう出るのかはわからない。
だが、後悔することはないだろう。
そしてもらったクッキーと紅茶は、かなり美味かった。
そう言うところもムカつくガキだ。
「はっ」
ダンゾウ様の命令を受け、オレはここしばらくの間ずっと、一人の少年の側に張り付いていた。
「……鬼崎コウヤは、天才です。既に並みの上忍では叶わないほどの実力がある」
「ほう、何故そう思う」
「……鬼崎一族の、秘術を身に付けたと」
「なに……!?して、その秘術とはどのような術なのだ?」
「それは……」
* * *
「エン、久しぶりだな?」
「……」
オレが鬼崎コウヤの見張りに戻ったすぐ後に、コウヤはオレの存在に気が付いて、天井に潜むオレを見上げて声を掛けてくる。
何故気付けるのだか……、無言で天井裏から降りて奴の前に立つと、花が咲くようにほろりと笑う。
無邪気な微笑み……いや、無邪気に見える微笑み。
オレには分かる。
こいつの行動は全て、打算の上にある。
「おやつ食べてかねーか?」
「いらん、いらねーよ。オレは仕事中だ」
「でも一人でおやつなんて寂しいだろぉ?」
「知るかよ」
甘えるような仕種も、唇を尖らせるその表情も、全ては計算ずく。
その計算が、意識したものなのか無意識のものなのかはわからない。
「エン、オレのあの鬼崎の術な、紫紺に名前付けてもらったんだぁ。『斬鬼』って名前でな。かっこいいだろぉ?」
「だせぇな」
「えー!」
不満そうに言われたが、オレはそれを無視してソファーにどっかりと座り込む。
ダンゾウ様に、「どんな術なのだ」と問われた時、オレはわからないと答えた。
あの術を体感し、それなりの説明も聞いたが、オレはダンゾウ様にその術を教えなかったのだった。
「お前、お前は……何と言うか悪どい性格しているよな」
「はあ?」
「腹黒い。ガキとは思えねぇ程には腹黒い。オレは自分の実力に自信がなくなった」
「なにそれ?」
不思議そうな顔で頭を傾げるガキから、鼻を鳴らして顔を背ける。
こいつが余りにも開けっ広げに情報を晒すから、深い関係を好まないオレ達の隙に潜り込んで、触れてくるから。
今までにないほど近くに来られてしまったから、オレはこのガキの全てを、ダンゾウ様に話していいのかどうか、わからなくなってしまった。
術、性格、能力、行動。
こいつの情報は、実は結構豊富にあるのに、オレは話すのを躊躇う。
里に害を為すような事はしないだろう。
何故かそんな確信めいたものだけは感じていた。
だからって訳じゃないが、結果、ダンゾウ様には、術の内容は不明、とだけしか報告せず、オレは中途半端に距離を保ちながらこいつを見張り続けている。
「寂しいなら、人を呼べばいいだろう」
一人で不満そうに、モソモソとクッキーを食べ出したコウヤにそう声を掛けた。
別に、断って悪かったと思っている訳じゃない。
目の前で湿気た面を晒されるのはイラつくから言っただけだ。
「……折角エンが目の前にいるのに?」
「オレは甘いのは嫌いなんだ、甘いのは」
「甘さ控えめだぜ?」
「仕事中だっつっただろ」
「紅茶もつけるのになぁ」
「……いらん」
「じゃあお土産に持って帰ってくれよ」
そう言うと、キッチンからビニール袋を持ってきて皿の上のクッキーをガサガサと入れ始める。
まだ奥にクッキーが残っているはずなのに、何故皿の上から取るのか……。
きっと、オレに毒が入っていないと安心させるためなのだろう。
変なところで気が利くやつだからな。
全くもって、子供だとは思えない行動だ。
「よっと、ラッピングはサービスな」
「……」
渡された袋は、見た目も綺麗に整えられていて、赤いリボンが既製品顔負けにピシッと綺麗に結ばれていた。
そして袋の中にはクッキーに混じってティーバックらしき物が。
「オレ手製のブレンドティー」
「……美味いのかこれは?」
「飲むかぁ?今オレが飲んでるの、同じ奴だぜ」
ピースサインを出すコウヤに言われ、ふと机の上を見ると、確かに琥珀色が覗けるティーカップが。
「いらない、後で自分で飲む」
「飲んでくれんのかぁ?」
「ふん……そのまま腐らせるのは勿体ないからだ。勿体ないから飲むだけだ」
「ふぅん」
ニヤニヤとオレの顔を覗き込んで笑うガキから顔を背けた。
ムカつく顔だ。
オレの事をなめきっていやがる。
「そうだ、エン」
ガキんちょはもう一度椅子に座ると、またオレの名を呼ぶ。
オレが返事を返さないことは特に気にせずに、そのままマイペースに話し出した。
「ダンゾウに斬鬼の話をしなかったんだって?」
「ぶふっ!?」
思わず噴き出した。
何故こいつが知っている!?
「情報源は秘密だが、ちょっと小耳に挟んで、なぁ。話しても良いから話したのに、お前変な奴だよなぁ」
「お前に……お前には言われたくない」
でも確かに、ダンゾウ様に話さないのはおかしな話なのだ。
オレは根の人間、ダンゾウ様の手足なのだから。
「別に話すかどうかは、お前が好きに決めれば良いけどよぉ」
「……」
「無理はすんなよ」
「……オレが、オレがお前なんかの為に無理するかよ」
「あはは、そうだなぁ」
底の知れないこのガキの、その言葉はしかし、やたらと心に染み入ってくる。
その言葉の音も、早さも、また計算なのだろうか。
オレはこいつの事を、どこまで報告すれば良いのだろう。
* * *
「鬼崎の秘術について、何か分かったか?」
「……」
ダンゾウ様にそう問われ、オレは静かに口を開いた。
「時空間忍術の一種ではありますが、まだ詳しい内容が分かっていません。中途半端な情報を上げるより、全容が明らかになったときに報告した方が良いと判断します」
「……つまり、まだ報告は出来ないと?」
「はい」
結局、ダンゾウ様には詳しい報告をしなかった。
この結果がどう出るのかはわからない。
だが、後悔することはないだろう。
そしてもらったクッキーと紅茶は、かなり美味かった。
そう言うところもムカつくガキだ。