×ぬら孫

「……さ、帰ろう」
「畏まりました。松原君、タクシーを呼んで」
「わかりました!!」
「明日は、色んなとこ行こうぜ。トレヴィとか、あー、ヴェネチアとかも行きたいな!!」
「楽しみですね」
「松原がはしゃぎそうだなぁ」
「ふふ……、松原君は海外初めてみたいですしねぇ」

気持ちの切り替えが大事なんだろう、と思う。
あの終わってしまった人生を、今更変えることは出来ない。
オレは、この世界を、新しい命を、生きていかなければならないのだ。
すぐにキッカリ、切り替えられるとは思わねーけど、少しずつ、今の世界に馴染んで行こう。
とにかく、今は目を冷やしたい。
赤くなってないかな。

「水で冷したハンカチです。宜しければお使いください」
「あ、助かる。ありがとう」

にこりと笑って、ハンカチを受け取った。
柏木も嬉しそうに、極上の笑顔を浮かべた。
やっぱり、人は笑ってる方が素敵に見える。

「柏木の、そうやって笑ってる顔、オレ好きだなぁ」
「うふふ、口説いてるんですか?」
「そんなんじゃねーけどさ。柏木が笑ってると、幸せだと思う。柏木だけじゃなくて、お祖父様や、乙女や、松原が笑ってると、オレは幸せだ」
「それは……そうですね。私も、鮫弥様の笑顔を見ると、とても幸せですよ」

お互いに、甘ったるくて、端から見ればスゲー恥ずかしい台詞を言い合う。
でも本当に、柏木がいてくれてよかったと思うんだ。
柏木に助けられたし、その姿に励まされた。

「柏木、オレな、オレの大切な人達が、笑顔でいられるような場所を作る」
「はい」
「……柏木は、オレのこと、手伝ってくれるか?」
「勿論です。私で宜しければ、お手伝いさせてください」

ソッと手を取られる。
その手を、きゅっと握り返した。

「ありがとう、柏木」
「――坊っちゃーん!柏木さーん!!タクシー来ましたー!」
「あ、今いく!」

迎えに来た松原に手を振って、タクシーのいる場所に歩き出した。

「……柏木さん?なんか顔、赤くないっすか?」
「……将来が、恐ろしいわ」
「はあ?」
「鮫弥様のこと、しっかりお守りしましょうね、松原くん」
「?……はいっす!」

取り合えず、ホテルで待っているだろう祖父に、美味しいモノでも買っていってあげよう。
どのルートで帰るか頭の中で計画を立てながら、タクシーに乗り込んだ。
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