×ぬら孫
「さて、鮫。ここがイタリアだ!!いやーあ、やはり良いところだな!と言っても来るのは初めてだがな!!」
「あ、はは……」
5月の大型連休、ついにオレはイタリアに来た。
約12時間にもおよぶフライトの果てにたどり着いた、パレルモ国際空港。
イタリアの南に位置する島、シチリア島の空港である。
マフィア発祥の地と言われるこの島には、オレの生前(今も生きているがつまり前世)には、ボンゴレの本拠地があったのだ。
ヴァリアーのアジトもまた然り。
だが……
「……」
「……どうかしたのかい?」
「いえ、何でもありません。お祖父様、お疲れでしょう?オレは使用人達と観光していますから、今日は宿でゆっくりお休みください」
「……うむ、そうだな。では、頼んだぞ」
「かしこまりました、大旦那様」
今日は祖父と数人の使用人達とで来たのだが、祖父は直前まで仕事だったそうだ。
無理はしてほしくないし、何より、これから向かうところには、なるべく人が少ない方が良い。
「行こう、柏木、松原」
「はい、鮫弥様」
祖父と、祖父付きの使用人と別れて、オレ達は目的地に向かう。
空港からはそう遠くない。
使用人達を先導するように、黙々と歩き続けた。
何も言わずに着いてきてくれるのだから、鬼崎の使用人達は優秀だ。
「……あ、」
1つ、角を曲がったところで、見覚えのある店を見付けた。
地元民の中ではそれなりに有名だった、老舗のレストラン。
そこを過ぎると、古びた宝石店。
その先にあるのは、仕事の合間によく通っていたカフェ。
「鮫弥様っ!?」
「坊っちゃん、ちょっ、早っ!!」
ジェラートの店に、古い雑貨屋、少し新しめな靴屋、今にも壊れてしまいそうな小さな古物商の店。
全部、全部、懐かしい。
そして、そしてこの先には……!
「っ……!」
「ぼ、坊っちゃん!!やっと追い付いたっ!」
「いけませんよ、いきなり走り出したりして!!もし迷子になったりしたら!!」
立ち止まる。
そこにあったのは、大きな大きな建物だった。
でも、違う。
ボンゴレの屋敷でも、ましてやヴァリアーの屋敷でもなかった。
ただのホテルだ。
なんの変鉄もない、一般的なホテル。
「?ホテル、見たかったんですか?」
「……いや、」
ホテルの従業員からも、マフィアらしい血生臭さは感じられない。
なら、ヴァリアーの屋敷があった場所は……。
「タクシー、捕まえてくれるか?」
「はい、畏まりました」
柏木が、タクシーを呼んでくれる。
松原はただ、心配そうにオレの様子を見ていた。
「坊っちゃん、タクシー来ましたよ!」
「ん、行こう」
タクシーに乗って、行き先を指示する。
オレがイタリア語を喋ったことに、二人は少し驚いていた。
20分ほど走って、目的地に着く。
着いた場所には、またもや大きな建物。
だがやはり、それはマフィアとは関係のない建物で。
「ここも、か……」
「あ、あの、坊っちゃん?」
「何か、お探しなのですか?」
「……あと、もう2ヶ所、行きたいんだ。いいか……?」
「勿論ですよ」
「当たり前じゃないですか!!次はどこに行きますか?」
「次は……、」
次は、キャバッローネのアジト、跳ね馬ディーノの、いた場所に。
そして最後は……、
* * *
「ここは……墓地?」
数時間後、墓地に佇みながら、オレは小さく息を吐いた。
キャバッローネはなかった。
ボンゴレ代々の墓がある墓地にも、ザンザスの墓や、その他見覚えのあるものは、名前は、何もなかった。
ここまで確認して、ようやく、オレは納得した。
ここは、オレの知ってる世界じゃない。
ディーノも、ザンザスも、ボンゴレも、ないんだ。
オレの世界は、もう、ない。
死んでしまって、存在しない。
「あの、坊っちゃん……?」
「……うん、もう大丈夫だ。悪かった、付き合わせちまって」
「本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
「……そうは、見えません」
そんなに、情けないツラしてただろうか。
そうかもしれない、大丈夫では、ないかもしれない。
今まで、転生も、自分の死も、何となく現実感のない事柄として認識していた。
ずっと夢を見ているような気分で、だからこそ、父の事も乙女の事も、すんなりと受け入れたのかもしれない。
ここに、オレの世界はない。
オレの居場所は、ファミリーは、大事な人達はみんな、過去にすら、存在しない。
初めて、泣きたいような気持ちになった。
――スペルビは、一人で背負いこみ過ぎてるんだよ
なんて、よく言われたっけ。
今もまた、背負いこみ過ぎてんのか?
ディーノ、教えてくれ、オレは、どうすれば良い?
――もっと素直に気持ちを吐き出してみろ。オレのことを、もっと頼れ
もう、お前はいないのに……、オレは誰を頼れば良いんだよ。
泣きたいときに、胸を貸してくれる奴は、もういないんだ……。
「……鮫弥様、私、行きたいところがあるのです」
「……?」
「申し訳ありませんが、少しの間、お付き合いください」
「え?」
立ち尽くしていたオレの手をとって、柏木が歩き出した。
迷いなく前を向いて歩いていく柏木に、オレは少し引きずられるようにして歩く。
後ろからは、松原が慌ててついてきていた。
「どこ、行くんだ?」
「友人に紹介してもらったところです。とても景色の良いところだそうで……、ああ、この先ですね」
「……、っ!!」
森の中の小路を進み、その先の開けた場所に出る。
そこは切り立った崖の上だった。
柵も何もなくて、ギリギリまで立って、景色を見下ろせる。
崖の下には、広い広い、海原が輝いていた。
「綺麗な場所ですね」
「うわぁ、スッゴいなー……」
なんて、美しいのだろう。
なんて、力強いのだろう。
オレは言葉も出なくなって、ただただ、夕陽に輝く赤い海を見つめていた。
「鮫弥様、あなたが何を抱えているのか、何に悩まされているのか、私たちにはわかりません」
「……」
「無理に話すことはありません。ですが、泣きたいとき、それを我慢しないでください」
――たまにはちゃんと泣け、ばか
耳に、あいつの声が残っている。
泣け、なんて言われたのは、たぶん、それが初めてで。
人前で泣いたのも、たぶん、あいつの前が初めてで。
今もまた、泣いてもいいんだ、と、そう思ったら、目頭がカアッと熱くなった。
「柏木……」
「はい」
「ありがと……」
柏木はちょっと驚いたような顔をして、嬉しそうに、はい、と頷いた。
その柏木のスカートにしがみついて、声を立てずに、ひっそり泣いた。
「あ、はは……」
5月の大型連休、ついにオレはイタリアに来た。
約12時間にもおよぶフライトの果てにたどり着いた、パレルモ国際空港。
イタリアの南に位置する島、シチリア島の空港である。
マフィア発祥の地と言われるこの島には、オレの生前(今も生きているがつまり前世)には、ボンゴレの本拠地があったのだ。
ヴァリアーのアジトもまた然り。
だが……
「……」
「……どうかしたのかい?」
「いえ、何でもありません。お祖父様、お疲れでしょう?オレは使用人達と観光していますから、今日は宿でゆっくりお休みください」
「……うむ、そうだな。では、頼んだぞ」
「かしこまりました、大旦那様」
今日は祖父と数人の使用人達とで来たのだが、祖父は直前まで仕事だったそうだ。
無理はしてほしくないし、何より、これから向かうところには、なるべく人が少ない方が良い。
「行こう、柏木、松原」
「はい、鮫弥様」
祖父と、祖父付きの使用人と別れて、オレ達は目的地に向かう。
空港からはそう遠くない。
使用人達を先導するように、黙々と歩き続けた。
何も言わずに着いてきてくれるのだから、鬼崎の使用人達は優秀だ。
「……あ、」
1つ、角を曲がったところで、見覚えのある店を見付けた。
地元民の中ではそれなりに有名だった、老舗のレストラン。
そこを過ぎると、古びた宝石店。
その先にあるのは、仕事の合間によく通っていたカフェ。
「鮫弥様っ!?」
「坊っちゃん、ちょっ、早っ!!」
ジェラートの店に、古い雑貨屋、少し新しめな靴屋、今にも壊れてしまいそうな小さな古物商の店。
全部、全部、懐かしい。
そして、そしてこの先には……!
「っ……!」
「ぼ、坊っちゃん!!やっと追い付いたっ!」
「いけませんよ、いきなり走り出したりして!!もし迷子になったりしたら!!」
立ち止まる。
そこにあったのは、大きな大きな建物だった。
でも、違う。
ボンゴレの屋敷でも、ましてやヴァリアーの屋敷でもなかった。
ただのホテルだ。
なんの変鉄もない、一般的なホテル。
「?ホテル、見たかったんですか?」
「……いや、」
ホテルの従業員からも、マフィアらしい血生臭さは感じられない。
なら、ヴァリアーの屋敷があった場所は……。
「タクシー、捕まえてくれるか?」
「はい、畏まりました」
柏木が、タクシーを呼んでくれる。
松原はただ、心配そうにオレの様子を見ていた。
「坊っちゃん、タクシー来ましたよ!」
「ん、行こう」
タクシーに乗って、行き先を指示する。
オレがイタリア語を喋ったことに、二人は少し驚いていた。
20分ほど走って、目的地に着く。
着いた場所には、またもや大きな建物。
だがやはり、それはマフィアとは関係のない建物で。
「ここも、か……」
「あ、あの、坊っちゃん?」
「何か、お探しなのですか?」
「……あと、もう2ヶ所、行きたいんだ。いいか……?」
「勿論ですよ」
「当たり前じゃないですか!!次はどこに行きますか?」
「次は……、」
次は、キャバッローネのアジト、跳ね馬ディーノの、いた場所に。
そして最後は……、
* * *
「ここは……墓地?」
数時間後、墓地に佇みながら、オレは小さく息を吐いた。
キャバッローネはなかった。
ボンゴレ代々の墓がある墓地にも、ザンザスの墓や、その他見覚えのあるものは、名前は、何もなかった。
ここまで確認して、ようやく、オレは納得した。
ここは、オレの知ってる世界じゃない。
ディーノも、ザンザスも、ボンゴレも、ないんだ。
オレの世界は、もう、ない。
死んでしまって、存在しない。
「あの、坊っちゃん……?」
「……うん、もう大丈夫だ。悪かった、付き合わせちまって」
「本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
「……そうは、見えません」
そんなに、情けないツラしてただろうか。
そうかもしれない、大丈夫では、ないかもしれない。
今まで、転生も、自分の死も、何となく現実感のない事柄として認識していた。
ずっと夢を見ているような気分で、だからこそ、父の事も乙女の事も、すんなりと受け入れたのかもしれない。
ここに、オレの世界はない。
オレの居場所は、ファミリーは、大事な人達はみんな、過去にすら、存在しない。
初めて、泣きたいような気持ちになった。
――スペルビは、一人で背負いこみ過ぎてるんだよ
なんて、よく言われたっけ。
今もまた、背負いこみ過ぎてんのか?
ディーノ、教えてくれ、オレは、どうすれば良い?
――もっと素直に気持ちを吐き出してみろ。オレのことを、もっと頼れ
もう、お前はいないのに……、オレは誰を頼れば良いんだよ。
泣きたいときに、胸を貸してくれる奴は、もういないんだ……。
「……鮫弥様、私、行きたいところがあるのです」
「……?」
「申し訳ありませんが、少しの間、お付き合いください」
「え?」
立ち尽くしていたオレの手をとって、柏木が歩き出した。
迷いなく前を向いて歩いていく柏木に、オレは少し引きずられるようにして歩く。
後ろからは、松原が慌ててついてきていた。
「どこ、行くんだ?」
「友人に紹介してもらったところです。とても景色の良いところだそうで……、ああ、この先ですね」
「……、っ!!」
森の中の小路を進み、その先の開けた場所に出る。
そこは切り立った崖の上だった。
柵も何もなくて、ギリギリまで立って、景色を見下ろせる。
崖の下には、広い広い、海原が輝いていた。
「綺麗な場所ですね」
「うわぁ、スッゴいなー……」
なんて、美しいのだろう。
なんて、力強いのだろう。
オレは言葉も出なくなって、ただただ、夕陽に輝く赤い海を見つめていた。
「鮫弥様、あなたが何を抱えているのか、何に悩まされているのか、私たちにはわかりません」
「……」
「無理に話すことはありません。ですが、泣きたいとき、それを我慢しないでください」
――たまにはちゃんと泣け、ばか
耳に、あいつの声が残っている。
泣け、なんて言われたのは、たぶん、それが初めてで。
人前で泣いたのも、たぶん、あいつの前が初めてで。
今もまた、泣いてもいいんだ、と、そう思ったら、目頭がカアッと熱くなった。
「柏木……」
「はい」
「ありがと……」
柏木はちょっと驚いたような顔をして、嬉しそうに、はい、と頷いた。
その柏木のスカートにしがみついて、声を立てずに、ひっそり泣いた。