×鳴門

「……まあ、こうなるよなぁ」
「ん?どうかした?」
「いや、見張りっての?煩わしいなと思ってなぁ」
「うぅん……君、極秘の見張りだと気付いた上でそれを言ってるんだとしたら、かなり意地が悪いよね」
「気付いた上でに決まってんだろ。予想はしてたがぁ……やっぱうぜぇ」

ダンゾウとか、ホムラとかコハルさんとかとの会談を終えた、そのすぐ後から、オレの周りにウザったい気配が纏わり付くようになった。
十中八九ダンゾウの差し金で来た、オレという危険因子の見張り役なんだろうけれど、コイツらがまた面倒なことにトイレやら風呂やらまで着いてくるもんだから、正直オレは辟易していた。
ウザい、とにかくウザい。
その一言に尽きる。

「そう言うわけだから、ちょっと絞めてこようと思う」
「え!?流石の君でもそれは」
「もんどーむよー!」
「うわっ!?ちょっと待って……」
「ぎゃあ!?来るな化け物ぉ!!」
「鬼のガキが!オレ達も殺す気かぁ!?」
「あ゙ぁ?んな面倒くせぇ事するわけねぇだろぉが。てめぇらにゃオレとの実力差をしっかり噛み締めて帰ってもらおうと思ってなぁ。まあ精々、……楽しんでいけや」

そこから先は阿鼻叫喚。
実況については自主規制をさせていただく。
ただ1つだけ伝えられるのは、ミナトが顔を青ざめ冷や汗を垂らしながら、『彼には逆らわないようにしよう』と心に決めた、と言うことである。


 * * *


「うむ、これで思う存分、トイレも風呂も入れるな!」
「そ、そうだね……」

まあまた来るのだろうけれども、その時はまた追い返せば良いか……。
いや、いっそ奴らが来る前に、結界かトラップでも張っておこうか。
でもそうなると、この体じゃあ結構キツいモノがある。
簡易的な結界なら直ぐにでも張れるんだが、強力な物を作ろうとなれば、血を流したり、それなりに価値のある資材が必要になってくる。
トラップだって、材料を自分で集めるとなると大変だし、奴らが来るのは高いところだから、痕跡を残さずに仕掛けるのは、体格的にちょっと厳しい。

「こんな時に、紫紺がいてくれたら良いんだがなあ……」
「……え?なんで……」
「え?」

思わず呟いたその言葉に、予想もしなかった表情が返される。
ミナトの顔は『なんで知ってんの!?』とでも言うような表情になっていたし、ついでに言うなら一瞬合った目線がサッと逸らされた。
これは……まさか……いやしかし……。

「紫紺って名前、知ってんのかぁ?」
「し、知らないけど、紫紺って何の事かな?オレに教えてほしいなー、なんて」
「……嘘つきには教えない」
「んぐっ……!」
「と、言いたいところだが、特別に教えてやる。紫紺ってのは、オレの相棒の化け狐だぁ」
「……化け狐?」
「そう」
「……人を惑わす怪異じゃなくて?」
「はあ?」

ミナトの知っている紫紺と、オレの知る紫紺は少し食い違っていた。
オレはミナトににっこりと笑い掛けた。

「ミナトの知っている紫紺って、どんな奴なんだ?」
「い、いや、オレはそんなの知らな……」
「あれだけポロっと溢しておいて、知らないで済むとか思ってんのかぁ」
「うっ……ごめん、知ってます」

ってな訳で、ミナトに白状させた内容は、何となく紫紺っぽいような……そうでもないようなものだった。
まず、紫紺という名前の出所は木ノ葉のとある商人から。
里の外れの森で、紫紺と名乗る変な女に話し掛けられたと言うのだ。
森の中で足を挫いて動けないというその女を、商人はおぶってやったらしい。
だが始めは羽のように軽かったその女は、足を進めれば進めるほど重くなる。
やがて鉄の塊でも背負っているのではないかと言うほどに重くなった女に振り返って、商人は言った。
『申し訳ないが今しばらく休憩しても良いだろうか』
『いいえ、いけません。この森に長く留まってはならないのです』
『何故だね?』
『この森には、出るのです……。こんな顔をした化け物がねえ!』
顔を上げた女は豹変していた。
口は耳まで裂け、その中に生えた牙の奥には、チロチロと燃えるように赤い舌が揺れている。
商人はわあっと叫ぶと女を放り投げてその場を逃げ出した。

「っていう話が最近何度も出ていてね。今度中忍の部隊が探索に出掛ける予定になっているんだ」
「ふぅん、まあ、怪異っちゃ怪異か」

人を化かすとか、人と関わるとか、そう言うところは紫紺ならやりそうかな、とは思う。
でも、奴は無闇に人を怖がらせる妖怪では無かったはず。
もし……もしも木ノ葉の森の『紫紺』が、オレの知る『紫紺』だったとしたら、いったい奴に、何があったのだろう。

「それ、いつ?」
「ん?えーっと……明日だね」
「ふぅん、その怪異捕まったら、オレにも見せろよな」
「それは……まあ怪異の正体次第かな」

そしてその日は、ミナトと別れて一人自宅で夜を明かした……。


 * * *


……なんて、オレが何の行動も起こさずにいるわけがねーだろう。
家に最近新しく修得した『影分身』とやらの術を使った分身を残してきたオレは、その噂の森へと来ていた。
赤い満月、湿度の高いじめっとした風が薄い雲を運んで、その月の光を少しばかり遮っている。
人を脅かすには絶好の夜。
今日ならば、確実に怪異は出る。
確信し、オレは森へと踏みいった。
持ってきたカンテラがきぃっと軋む、その音にさえもドキリとするほどの静寂が、森を包んでいる。
鳥の1羽さえも見掛けず、獣の1匹すらも見当たらず、まるで異界にでも迷い込んだかのような気分だ。

「……はぁ」

オレの吐息が白い煙となって立ち上る。
寒いな……。
着ていたマフラーを巻き直して、カンテラを高く上げる。
そして、少しだけ広くなった視界の中に、唐突に人影が入り込んできた。

『あら、僕、こんな夜中にどうし……え?』
「……人を惑わす怪異、なんて聞いてたがぁ、お前やっぱり、宗旦狐の紫紺だなぁ?」
『こ、鮫弥……か?』
「まさか、また会えるなんて、な」

それは妖艶な女だった。
その顔立ちは、少しオレに似ているような気もする。
彼女の切れ長の目が見開かれ、その紫紺の瞳がカンテラの灯りに照らされる。
間違いない、『あの』紫紺だ。

「紫紺……」
『な、ぜ……何故だ!』
「なっ!?」

そう叫ぶと共に、紫紺は爪を光らせてオレに襲い掛かってきた。
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