×鳴門

オレはとにかく、絶やすことなくニコニコと微笑みを浮かべ続ける。
向かいに座る初老の忍達は、オレに異物を見るような目を向けていた。
オレの口からは猫撫で声で冷たい言葉がこぼれ落ちる。

「オレの邪魔をするなら、オレはあんたらを決して許さない。でも、オレの意思を優先して考えてくれるのなら、オレは里の為に協力する」
「……」
「もしオレのこと、無理矢理忍の道に引っ張り込むって言うなら、この里を潰す。オレには、それだけの力がある。あんたらもこの力、有効に使いたいだろ?」

オレは笑みを絶やさない。
ダンゾウという男が低く唸るのを聞いて、張り付けた笑みを更に深めた。

「わかるだろ、どっちの方が、お互いにとって良い選択なのか」

オレの言葉に、目の前の奴らは酷く渋い表情を浮かべた。
……なぜ、こんな状況になっているのか、それは今から一時間くらい前に遡る。


 * * *


「ダンゾウとご意見番の二人が、オレの事を忍にしたがってんだなぁ。はっ、良かったぜぇ、そいつらが昔強かった忍者でなぁ」
「で……一体どうするつもりなの?」
「別に?ちょっと怖い思いしてもらって、オレの言い分を通りやすくするだけ。オレも本気出さなきゃなんねーけど、やりたいことするためには、リスクも背負わなけりゃな」
「リスクって……無茶する気じゃないだろうね!?」
「無茶はしねぇ。ヤンチャするだけだぁ」

ニィッと笑ったオレを見て、ミナトがドン引きしている。
オレはそんなのは無視して、ちょっとワクワクしながら、一度自分の部屋に入った。
ミナトは入れない。
ちょっとした秘密に触れるからな。
数分後、部屋から出てきたオレに、ミナトは不安そうに問い掛けた。

「本当に大丈夫?無理しなくてもオレが……」
「ミナトの気持ち、嬉しいけど、ミナトだって何でも出来るわけじゃねぇんだろぉ?オレの為に無理して、立場悪くなるなんてあったら、オレが許せない。心配かけるけど、でもオレは平気だぁ。安心して見ててくれよ」

今度は、さっきの笑いとは違う、優しい笑い方をしてみる。
笑うのって、オレはあまり得意じゃねーけど、出来る限り優しく微笑んだ。
それでもミナトは不安そうだ。
こいつ心配のし過ぎで、胃に穴空くんじゃねぇのかな。

「……そんなに心配なら、変に先伸ばししねぇで、さっさと片付けるか」
「……ん?」
「なあ、そいつらに会わせてくれよ。面倒事はさっさと終わらせようぜぇ」
「えぇ!?」

そんなわけで、ミナトを急かして火影邸へと赴き、20分後にはその3人と面会することになったのである。

「よろしくお願いします」

オレは愛想よくニコッと笑って、3人に握手を求める。
驚いたような顔で、だが直ぐに立ち直って手を差し出してきたのは、ダンゾウという男。
そりゃ驚くよな。
この間、母親を失ったばかりのガキんちょが、満面の笑みで握手求めて来たんだから。
ダンゾウの右手が、オレの手を握る。
その瞬間に、オレは天井を見上げて言った。

「ガキ一人と会うだけなのに、忍を二人も付けてるなんて、ちょっと驚いたなぁ」
「な、」
「オレが鬼の子だから、こんなに警戒してんのかぁ?なら、無駄だぜ。あんな程度の奴、オレでも10秒で倒せる」
「何を馬鹿なことを言ってる」
「事実だぜ、オジサン?」

天井の気配が揺らぐ。
目線を下ろして、ダンゾウに顔を向ける。
オレと繋がれたダンゾウの指が力むのを感じて、離されるより前に、オレは霧のリングに炎を灯した。
幻術が展開される。
オレの服の袖からイバラが伸びて、ダンゾウの手に絡み付く。
簡単には離さない。
下手に離して、忍どもに一斉に襲い掛かられたら、やっぱりオレだってキツい。
ダンゾウは人質。
でもそうとは思わせないように、ぬらりくらりと、掴み所なく。

「スゴいなオジサン、手がまだタコだらけ!現役退いて長いんだろ?」
「坊主、お前一体……」
「ダンゾウ様!直ぐに離れてください!」
「やだ、離さねぇよ。なあ、今日は取引しに来たんだぁ。あんたら、オレの事忍にしてぇんだろ?でもオレは忍になる気ねぇんだよ。次期火影使ってまで説得しようとしてくれてるところわりぃけどよぉ。説得してぇんならまずは、腹ぁ割って話そうぜぇ」
「クソ、ガキ……!」
「はは……オレがただのガキだなんて、まだ思ってんのかぁ?」

ニコッと笑う。
ダンゾウの体にはイバラが絡み付いていて、もうろくに動くことも出来ない。
彼らは強かった。
だからこそ、今オレが優位にあることも、オレの力の恐ろしさも、直ぐに理解してくれるだろう。

「まずは、その忍達を外に出してくれよ。こっちだって、あんまり知られたくないことあるんだぁ。そしたら座って、ゆっくりオハナシ、しようぜぇ」

な?と、言ったオレに、ミナトと今の火影は、不安そうな視線を投げ掛ける。
一応、大まかに何するかは説明したけど、所詮子供だからな。
二人には直ぐに助けにはいるから、と何度も言われた。
助けに入る隙なんかねぇよ。
忍が出ていくのを見届けて、オレはやっとダンゾウを離した。
ダンゾウに攻撃されたら堪らないから、オレは直ぐにミナトの隣に戻る。
3人が座ったのを見届けて、オレはミナトを引っ張って彼らの前に座った。

「ダンゾウ様に、ご意見番のホムラ様とコハル様、で合ってますよね?オレの名前、知ってると思いますけど、鬼崎コウヤって、言います。改めてよろしくお願いしますね」
「コウヤ、一体あんた何が望みなんだい?」
「別に?コハル様、オレは大した望みは持ってないんですよ。ただ、普通の人生を送りたいだけ……」

目を細めて、3人を見る。
彼らの考え、オレを忍として育てて、里の肥やしにしようって考え、理解できない訳じゃなかった。
全を守るために個を犠牲にする。
でもそんなの、もう嫌なんだ。
オレはオレのやりたいようにする。

「オレは忍になんてなりたくない」
「……ミナトお前、説得はどうした?」
「いやぁ……何か、失敗してしまいまして……」

頭の後ろに手を当てて、空笑いしたミナトに、3人の鋭い視線が突き刺さる。
オレはその視線を戻すために、机を軽く叩いた。

「ミナトは今関係ねぇよ。単刀直入に聞くけどよぉ、あんたらオレを忍にして、この里の為に尽くさせようとさせてんだろぉ?でもオレは忍なんかになりたくねぇ。人殺すの、嫌いだし、他にやりたいことがあるから」
「コウヤ君……」

この間、スゴく久々に人を斬った。
やっぱり変わらず、嫌な感触があった。
ずっと戦い続けてきたけれど、オレはやっぱり、人を殺すのは嫌いだ。
出来なくは、ないけれど。

「でも、あんたらはオレの力を放っとく気はない。当たり前だよなぁ。上手く使えば、木ノ葉が無敵になるかも知れねぇ力を、一般人として腐らせとくなんて勿体なさ過ぎる」
「……そこまでわかっているのなら、何故忍になるのを拒否する」
「ダンゾウ!」
「ホムラ、このガキはただの子供ではない。ならば対等に話し、説得するが吉だろう。違うか?」
「それは……」

……3人を見ていて、ちょっとずつその人柄がわかってくる。
ダンゾウがきっと、一番頭の回転が速い。
だがその考えが過激であるため、周りの者からは非難されがちってところかな。
少なくともホムラは、ダンゾウのことを非難の目で見てる。
ホムラはきっと穏健派であり、尚且つ全員を纏めるバランサー。
リスクを負うことはきっと嫌がる。
コハルさんはそんな彼らを一歩引いたところから見て、意見を出すタイプ。
とっさの判断はダンゾウの次に早く、そしてダンゾウより的確。
一番の課題はやはり、ダンゾウになりそうだな。

「何故忍を拒否するか、ってのは、単純に他にやりたいことがあるからだ。母さんと約束したことをしたい。それだけ」
「……くだらん」
「あんたにとっては下らなくても、オレにとっては大事な事なんだぁ」
「だが貴様一人の得と、里全体の得を比べてみろ」
「ああ、きっとオレが忍になれば、里の大きな利になるだろうな。オレだって里を守りたくない訳じゃねぇよ。だから、ちょっとオレなりに考えてみた」

オレはピッと人差し指を立てる。

「まず、オレは自分のやりたいことを捨てる気はない」

そして中指を立てる。

「そして木ノ葉の人達守るためには、戦っても良いと思う」
「……思っていたが、意外だな」
「何故?」
「貴様ら親子は、里中の人間に嫌われていた。そんな奴らを、何故守りたいと思う」
「ああ、それ」

そうだよな。
そこは、疑問に思うよな。

「誰かを助けたら、母さんもきっと喜んでくれる。それに、誰かを助けることでオレが認められたら、今まで鬼崎の血に振り回されていた先祖も、浮かばれるんじゃないかと思った」
「……」

ホムラと、コハルさんの顔が歪む。
思い出したんだろう。
オレが、つい先日に母親を失ったばかりの子供なんだって。
後ろでは、ミナトと火影が息を飲む音が聞こえる。
そう言えば、こんな事話したのは初めてだったな。

「疑問は解けたかぁ?」
「……解けた」
「そう、なら、続き話すぜ。オレはさ、どっちか1つを選ぶ必要ねぇと思う。どっちもやりたいならどっちもやれば良いんだ。だから、オレは忍にはならないけど、あんたらがオレを必要だと思った時には手伝ってやる」
「一般人でありながら、忍の仕事を受けようと言うことか」
「仕事はしっかり見定めて、受けるかどうか自分で決めるけどなぁ」
「……」
「アカデミーには行く。そこで並みの忍以上の実力をつける。それくらいは絶対出来ると思うぜ。だがその後、忍にはならない。一般人になって自立して、やりたいことやりながら、木ノ葉を守る。これなら、お互いの損にはならねぇだろ?」

ダンゾウは難しい顔をしている。
ホムラとコハルさんは感触良いな。
そして最後の一押し。

「もし、この条件飲めなくて、どうしてもオレを忍にして、道具みてぇに使うなんて言うなら、オレは今すぐここから逃げて2度と戻ってこない。捕まえようとしたら全員殺す」
「殺す、などと、随分と簡単に言うな」
「自信あるからなぁ。今この時も、オレが少し本気になったら、あんたらの心臓止められるんだぜ?」
「なに……?」
「さっきのイバラとはまた別の術。忍の術とは違うから、あんたらにも防げねぇと思うぜ?」
「ほう……」

言わずもがな、雨の炎の事である。
ダンゾウの目はギラギラと輝いていた。
もし、このガキを手中に収められたなら、なんて考えてるんだろうか。

「オレの邪魔をするなら、オレはあんたらを決して許さない。でも、オレの意思を優先して考えてくれるのなら、オレは里の為に協力する」
「……」
「もしオレのこと、無理矢理忍の道に引っ張り込むって言うなら、この里を潰す。オレには、それだけの力がある。あんたらもこの力、有効に使いたいだろ?」

オレは笑みを絶やさない。
ダンゾウという男が低く唸るのを聞いて、張り付けた笑みを更に深めた。

「わかるだろ、どっちの方が、お互いにとって良い選択なのか」

ダンゾウは暫く考え込んでいた。
ホムラとコハルさんは、ダンゾウが何か言うまで口を出す気はないらしい。
やがて、口を開いたダンゾウは、苦虫を噛み潰したような顔で、オレを見た。

「良いだろう、貴様の条件を飲んでやる」
「……」
「だがもし、貴様が我々の敵になろうとしたとき、我々の損になるとき、容赦はせん」
「うん、それで構わねーぜ」

ダンゾウの言葉を聞いた後、ご意見番の二人を見る。
オレと目線が合った二人は、肯定を示して頷いた。

「……じゃあ、オレは忍にならねぇの、決定だなぁ。……良かった」

木ノ葉潰すとか、あんたら全員殺すとか言ったけど、雨の炎がちゃんと効くかとか、子供の体でどこまで戦えるかわかんなかったし、ちょっと緊張してた。
本当に良かった。

「コウヤ君……忍が嫌なのに、木ノ葉を守るために、戦ってくれるんだね」

ミナトが、少し納得いかない顔でそう言ってきた。
オレはちょっと気の抜けた顔で笑って返す。

「んー……と、さ。オレが嫌なのは殺すことなんだ。忍になることで、殺人鬼みたいになることなんだぁ」
「……っ」
「守るんなら、殺人鬼じゃねーだろ?えーと、つまりよぉ……、忍として道具になって、殺人鬼みたいに戦うんじゃなくて、人間として自分の意思で、誰かを守るために力を使いたい、ってこと、なんだ」

オレの言葉を真剣に聞いてくれるミナトに、オレは本当の笑顔を浮かべられたと思う。

「オレ、人間として生きられそうで良かったぜ。協力してくれてありがとな、ミナト」
「オレは何もしてないよ……」
「まさか、色々してくれただろぉ」

そのまま、オレはダンゾウに向き直る。
そして深く、頭を下げた。

「ダンゾウ様、縛ったり、無礼な言動をしたりと、本当に申し訳ありませんでした。オレと対等に話してくれて嬉しかったです。ありがとうございます」
「……」
「ホムラ様、コハル様、オレの無茶苦茶な条件飲んでくれてありがとうございます。火影様も、協力ありがとうございます」
「気にするでないコウヤ。ワシはただ、場を用意しただけじゃしの」
「それだけでも、オレはとても助かりました」

皆に頭を下げて、そしてオレは最後にもう一度言ったのだった。

「皆さんありがとうございました」

母さん、オレの事、殺人鬼じゃないって言ってくれたよな。
オレ、ちゃんと人として生きていく。
だから、どこかでオレの事見ててくれよな。
気づけば、オレは胸に下げたロケットを、ぎゅっと握り締めていた。
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