×ぬら孫

「なんじゃ……それは?」
「……」

背後に庇った乙女に、問い掛けられた。
雷の矢は、オレの炎の壁によって防がれて、男は呆気に取られた様な顔でこちらを見ている。
かくいうオレも、呆然と自身の手を見詰めている。
まさか、ここで炎が出るとは。

「今の炎はなんじゃ、鮫弥?」

ただ一人、乙女だけが、憮然とした、納得のいかない顔で問い掛けてきていた。

「その青い炎が、攻撃を防いだのかえ?」
「……そうだ」
「その炎はなんじゃ?青い炎とは……なんとも面妖じゃのう」

そりゃあ、普通の人間は、炎を体に灯すなんて出来やしないわけで。
オレはやはり、人外的な存在にも見えてしまうのだろう。

「そう、だな……」
「しかし、美しい炎じゃったの」
「……美しい?」
「ああ、燃えたぎる激しい揺らめきの中に、水の如き美しさを持つ。不思議な火じゃな。お主の、能力なのか?」
「……ああ。つっても、このリングがなけりゃあ炎は灯せねぇが」

手の甲を向けて、リングを見せる。
それをまじまじと眺めた乙女は、小首を傾げた。

「これは……先日あの男が持ってきた装飾品か?」
「ああ。その、『昔』、オレが使ってたモノに酷似している」
「……ほう」

男を警戒しつつ、乙女の問い掛けに答える。
美しいと、そう言ってくれたことが酷く嬉しい。
この炎はオレの覚悟の炎なのだから。

「お主、本当に何者なのじゃ?あの茨木童子とまともに戦い、あまつさえ、その攻撃を無効化させた。不思議な奴よ……」

そろり、頬に手を添えられる。
覗き込むようにして、視線を合わせられる。
そんなに見詰められても、困る。

「やはりお主とは、ゆっくりと話をしておきたいのう」
「な……、ちょっと待て羽衣狐っ!!そんな怪しいクソガキ、さっさと殺して喰っちまった方が……、っ!!」
「茨木童子……、妾がこの者を知りたいと言うておるのじゃ」
「それは……っ、だが!」
「くどい、二度は言わぬぞ」
「ぐ、……」

乙女に向かって跪き進言した男が、殺る気満々のギラギラした目で、オレを睨み付けてくる。
そんな目をされても、オレにはどうしようもないし、出来ることなら殺さないで頂きたい。
こんな子供の体じゃあ、あんな戦い続けられたら、流石に死ぬ。

「鮫弥、茶でも飲みながら話さぬか」

誘ってくる乙女だが、その言い方、拒否権があるようには感じられない。
1つ溜め息をついて、乙女についてバルコニーに出た。
紅茶を淹れさせ、人払いをし、さて、とばかりに乙女が切り出す。

「お主の、前世とやらを聞かせてもらおうかの」
「……念のために聞いておくが、拒否権は?」
「ないのう」

ニッコリと微笑んで、頬に手を当てる。
その優雅な仕草にオレは頬をひきつらせる。

「長くなるぜぇ?」
「構わぬ。ほれ、語ってみせよ」

そこまで言われたら、仕方がない。
語ってやろう。

「オレは昔、とある金持ちの家に生まれた……」

前世、オレは女として生まれ、しかし男として、時に暗殺者として、時に忠実なる下僕として、生きた。
とある男に仕え、そしてその男が死んだ後、オレも後を追うようにして、戦い、その果てに、死んだ、ハズだった。

「オレの魂は記憶をなくすことなく、再びこの世に生を受けた」
「ふむ、そしてその指輪は、前世にてお主が使っていた武器、と言うことか」
「ああ、オレ専用の武器だぁ。他にも幾つか持っていたが、この指輪が一番、付き合いが深かった」

紋章を囲むように彫られた鮫を見る。
アーロ。
オレの相棒。
まさか、また会うことになろうとは。

「因みに、オレは生前、このリングに似たようなのをあと2つ持っていたぁ。1つには鷹が、もう1つには烏が彫ってある」

前世のオレは、雨のリング、嵐のリング、そして霧のリングの、3つのリングを持っていた。
それぞれに、暴雨鮫-スクアーロ・グランデ・ピオッジャ-、暴風鷹-ファルコ・ウラガーノ-、霧烏-コルヴォ・ディ・ネッビア-の名が付いている。
オレは、アーロ、ファルコ、コルヴォって呼んでたけどな。

「それは、お主にしか炎を灯すことは出来ぬのか?」

その問い掛けに、ちょっと考えてから答える。

「恐らく、出来ねぇ」
「恐らく?」
「このリングを作った男の話によれば、リングにも意志があるらしい。故に、主と認めた者以外には従わないそうだぁ」

リングを作った男――言わずもがな、タルボの爺さんのことである。
他のリングならそのようなこともないのだそうだが、このリングはあの爺さんが、ボンゴレの至宝『虹の欠片』を加工して作った、超特別製のAランクリング。
ボックスアニマルとの融合も成されていて、余計に癖の強いリングとなってしまったのだとか。

「では、その2つもこの世のどこかにあるのかもしれんのう」
「そう、なのかな」
「そうとも。その指環は、お主の魂に深く共鳴し、その縁は、深く深く絡み合っておる。しかし、もしもそのリングとやらが、お主の持つそれ以外にもあるのだとしたら、それを操る者がお主以外にもいるかもしれんのう?」
「……それは、どうだろうなぁ」

それは昔、白蘭に聞いた話である。
この世には幾つもの平行世界が存在する。
今自分達がいる世界も、幾つもに分岐した平行世界の内の1つ。
そして、それと同じくらい、全く次元の異なる世界も存在するのだそうだ。

『僕も流石に行ったことはないんだけどねー。世界の理からして、全く違う世界が存在するっていわれているんだ♪』

それは、あの世界ではなければならないものとして存在していた、トゥリニセッテがないかもしれない世界。
オレ達が存在しないかもしれない世界。
そもそも、人間がいないかもしれない世界。

「生まれてから、ずっと考えていた。この世は、オレが過ごしてきた世界とは、全く違う次元に存在する世界なのかもしれないと。ここにオレの故郷はなく、オレの大切な仲間が生きた記録もなく。オレは全く知らない世界に紛れ込んでしまったのかも知れないと……。いや、そう思いたかったのかもしれねぇ。もう一度、アイツらに会わせる顔が、今のオレには、とても、ない……」
「ふむ……。それを、世界が違うことを確かめる、術はないのか?」
「……確かめるために、イタリアに行こうと思っていたぁ」
「いたりあ……外つ国のことかの?そこに行けば、この世界が『どこ』にあるのか、確かめられると?」
「……かもしれねぇ。が、何より、オレの覚悟がつくだろう」
「覚悟、とな?」
「何を守りたいのか、どこにいたいのか、オレがどうすべきなのか……。見定めることが、出来るはずだぁ」

イタリア、遠い遠いオレの故郷。
もしそこにオレの帰る場所があったなら、オレはずっとそこを、そこにいる者達を想って生きていく。
日本にいながら、鬼崎鮫弥として生きながら、彼らを想って生きていく。
もしそこに何もなかったその時は、オレはここに、己の帰る場所を見付ける。
それは乙女かもしれないし、祖父かもしれないし、はたまた、まだ会えていない誰かかもしれない。

「……そういやぁ、乙女。お前、外国を外つ国っつったり、ケーキ知らなかったり、学校知らなかったり……。妖怪って皆そうなのかぁ?」
「妾は転生妖怪ゆえな、昔生きたその時代のことまでしか知らぬのじゃ」
「転生?」
「我が名は羽衣狐。闇が支配する時に、人の皮を被って生まれる、転生を繰り返す妖。……ふふ、すこぅし、お主と似ておるのう?因みに前世は戦国の世を生きておった」

発見がいっぱいだった今日。
実は乙女が何か凄い妖怪だったとしってしまった。
……小鬼たちの話は、羽衣狐を誉めるばかり、讃えるばかりで、結局それが何なのか、いまいちわからなかったから、今回は聞けて良かった。
あいつら、羽衣狐を誉めるだけ誉めたらどっか行っちまったからなぁ。
遠い目をするオレと乙女……羽衣狐の間を、一陣の風が通り抜けていった。
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