if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

「ちゃおっス、どーせ起きてんだろ、スクアーロ」
「……何か用かよ、アルコバレーノ」
夜も更けた頃、リボーンの声が響いた。
周りの人間を起こさないようにか、スクアーロからはいつもよりも随分小さな声が返ってくる。
細く開いた目が、刺すような視線を寄越している。
横になった彼女の腹の前には、ツナの相棒であるナッツが丸まって寝ていた。
ツナ、獄寺、山本は既に寝入っているらしく、三方からは穏やかな寝息が届いてくる。
全員疲れていたからか、あっという間に眠りについていたが、山本は特に早かった。
眠る前に何かを飲んでいたようだったが、睡眠導入剤か何かだったのかもしれない。
ただ座るように、ただ歩くように、ただ殺す零崎なのだから、少しでも深く眠ってもらいたいと考えるのは当然だ。
恐らくはスクアーロの提案。
山本が実家を離れるときにも、同じようにしていたはずだ。
「お前もちゃんと寝ておかねーと、明日がしんどくなるんじゃねーか?」
「そりゃお前もだろうがぁ。中身はともかく、ガキならガキらしくとっとと寝てろ」
「オレはさっきお昼寝したぞ。……お前、眠れないんじゃねーか?」
「そんなことねーさ。……ただ、少し、眠くないだけだぁ」
リボーンの指摘に、彼女は少しだけ視線をさ迷わせて、しかし一秒と満たない内にハッキリと否定を返した。
と言っても、リボーンからすれば嘘をついていることは明白で、思わず眉間にシワが寄る。
彼女はすぐに寝ると言ったが、それを信じてやれるほど、リボーンもバカにはなれない。
はぐらかそうとする彼女の隙をついて、その腹の辺りを指で突いた。
「かっ!……ぁ……っ!!!」
「傷が治ってねーみてーだな。痛くて眠れねーってとこか」
「わざわざ……つつく奴が……あるか……っ!」
「だってはぐらかそうとするんだもんっ」
「テメーは……!うぅ……」
山本を連れてきたことも、霧のVG(ボンゴレギア)を持ってきたことも、今回の戦いの流れを大きく変えたきっかけだと言える。
だが、ここまで酷い傷を治さずに追い掛けてきたことには、眉をしかめずにはいられなかった。
「なんでそこまでする?山本なら、その泥棒の友人とやらに送迎だけ任せて、お前は休んでりゃ良かったじゃねーか」
「そんな、無責任な真似はできねーだろぉ……。つーか、あいつまだ全然、表世界に馴染めてねぇし、よぉ」
「……そうなのか?」
確かに、以前の彼と比べれば、山本は言動が変わってしまっている。
しかしそれでも、不殺を貫く意思ははっきりしていたし、実際にD・スペードとの戦いでも敵を殺すことがないように注意をして……。
ああ、いや、そういうことか。
注意をすると言うことは、その危険が大きなものであるということで、つまりうっかり油断でもすれば、山本は零崎として誰かを……D・スペードに限らず誰かを、殺してしまう可能性が高いということなのだろう。
「山本は、意識の半分以上を、人を殺さないということに集中させて、それでようやく普通の人間と同じように出歩けている。あいつの家賊に聞いた話じゃ、あいつは抑制されていた期間が長かったせいか、他の零崎よりも『零崎』らしい……要するに、殺しに対して貪欲になってる」
「餌をお預けされてた犬が、肉をがっつくみてーな感じか?だからお前は、寝るときには睡眠薬を飲ませて、常に山本を見張るようにしているわけか……」
「そんなところだぁ」
事も無げに、スクアーロは言った。
だがそれは、一体どれ程のストレスだろう。
寝ることもままならないほどの重体を抱えて、常に死の危険に晒され続け、仲間からも隠れるようにして過ごす。
「そういや、ディーノの奴が怒ってたぞ。逃げられたとか言ってたな」
「……そか」
「オレも、お前はもう少し周りを頼っても良いと思うぞ。それに、山本のことだって、完全に手放しには出来ないにしたって、もう少し目を離しても良いんじゃねーか?」
「……ん」
「なんでそんなに、自分ですることに固執する。何がお前を、そこまでさせるんだ?」
ずっと、疑問に思っていたことがあった。
読心術を心得ていると言ったって、ある程度精神をコントロール出来ている人間相手には利かない。
スクアーロの心を見透かすことは出来なかった。
山本……いや、零崎威識の件について、スクアーロが適任であることは疑いようがない。
何より、相手方からのご指名、預かってくれとのご依頼があった以上、断るわけには行かないだろう。
それでも、わざわざヴァリアーとの接触も最小限にして、部下にも頼らず、ツナ達10代目ファミリーも頼らずに、山本と二人っきりでどうにかしようとしているのは、どうしてなのだろう。
スクアーロは、質問に対してあまり答えたくは無さそうだった。
それでも、ぼうっとした調子ではあったが、ぽつぽつと話始めた。
「……沢田達を頼らねーのは、オレの意思じゃねぇ、山本の意思だぁ。もう少し『マトモ』になるまでは、出来る限り接触は控えてぇってなぁ」
「なら、ヴァリアーを頼れば良い」
「山本を預かるって言ったのはオレだし、ヴァリアーは……ボンゴレは関係ねぇだろ。それに、もし何かあって、部下が山本に殺されたりしたら、……オレは後悔する」
「怪我人のお前よりゃ使えるんじゃねーか?」
「……そうかも、なぁ。でも、オレがやると決めたから、最後までする。それに、……止めたいんだよオレぁ」
「?」
リボーンにしか聞こえないような、小さな声で呟かれる言葉は、どこか懺悔のようにも聞こえる。
彼女の視線は消えかけた焚き火へと向けられていたが、たぶんそこに在るものなどはその視界に映っておらず、遠くの誰かを思い浮かべていたのだろう。
滲むような言葉が、座り込んだリボーンの小さな背中に染み込んでいく。
「オレは、気が付いたら戻れなくなっていた。裏社会にどっぷり沈んで、表にはどこにも、居場所がなくなっちまってた。だが山本は、あいつは、まだ表世界にも待っててくれる奴らがいんだろぉ。アイツはもう全身裏世界に沈み込んでるようなもんだがよぉ、まだ片足だけ、こっち側に残してるんだ。だから、片足だけあっちに突っ込んじまってるオレが、あいつの残った足を、押さえていてやりてぇ」
「それが、命を削るようなことでも、か?」
「……ああ。アイツは零崎だけど、それ以前にオレの教え子でもあるだろ。オレは、大したものを残せるような人間じゃねぇが、せめて、それくらいはしてやりたい。……ああ、でも」
細めた銀の瞳に、赤い熾が映っていた。
今にも消えそうな火が、彼女の顔を頼りなく照らしても、その表情から想いを読み取ることは、やはりできない。
「オレは、任務で死にたい。オレは、死ぬなら戦いの中で死にたいんだ。それがダメなら、誰かの役に立って死にたい。ただの道化のような女として死ぬなんて嫌だ。抵抗もできずに、何も残せずに、誰の記憶にも残らずに消えるなんて……。だから、あんなに能書き垂れたけどよぉ、オレは、山本を利用しているのかもしれない。オレが望む死に方で死ねるように、あいつを利用しているんだ」
「……」
その言葉は、無感情に、熱さも冷たさも感じさせない声色で、ただの通り雨のように、過ぎていく。
リボーンは、その言葉に少しだけ共感を覚えた。
通りすがりの一般人として死ぬなんてごめんだった。
事故のように下らないトラブルで死ぬなんてごめんだった。
自分が死ぬのならば、今までの罪を全て詰め込んだようなできる限り無惨な方法で殺されるんだろうと思っていたけれど、きっと彼も、そう殺してほしいとどこかで願っていた。
そうとでも思わないと、自分が犯した罪の重さは耐え難い。
「……それでも、少し位は周りの手を借りろ。任務の完遂はヴァリアーの売りだろ?私事とはいえ、失敗するくらいなら、その前に誰かの手を借りるべきだぞ」
「はっ、言う通りだなぁ。気を付けるよ。忠告、感謝する。……今の話は、後で忘れろ。こんな話、するつもりじゃなかったんだ……」
「ま、良い女の頼みならしかたねーな」
「……誰がだ、クソガキ」
これは予想でしかなかったが、きっとスクアーロはこの後も無茶をやるだろう。
何となく、ディーノが彼女を気にかけている理由がわかったような気がした。
彼はツナ同様、マフィアらしいマフィアじゃあなかったが、ボスらしいボスだ。
困っている人には、当たり前に手を差し伸べる。
そして誰もが、その手を思わず取ってしまう。
彼女は、頑としてそれを受け付けなかった。
それは、ヴァリアー幹部としてのプライドでもあったし、彼を巻き込みたくない優しさでもあったのだろう。
無茶をしている。
自分の見えないところでも、無茶をし続けているだろうし、し続けていくだろう。
今にもポッキリ折れてしまいそうなその歩き方に、ディーノは不安になっただろうし、酷く気を揉んだはずだ。
あれはそういう男だ。
こっちの都合は二の次にして、ただただ善意で、ただただ笑って生きてほしいと言う欲で、助けようとするから。
「山本のことも、ツナ達のことも今はオレが見といてやるぞ。お前は少しでも寝て、体を治せ」
「……何かあったら、起こしてくれ」
「わかったぞ」
僅かな逡巡があった。
しかし流石に、疲れが溜まっていたらしい。
最後の言葉が聞こえてから、30も数えない内に、穏やかな寝息が聞こえてきた。
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