if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

声もなく、綱吉達は呆気に取られたまま、山本武とD・スペードの戦いを見ていた。
甲高く響く金属同士の擦過音に、まるで刀が泣いているかのような錯覚に囚われる。
振り回された山本の長い腕が、脚が、別の生き物のようにうねり、D・スペードの脇腹を殴打した。
燕や、犬などとは似ても似つかない、鷹か、蛇かと見紛うような鋭い視線で、洗脳を受けているはずのクロームは、D・スペードの助けに入ることも出来ずにいる。
今までは、何かを護るために、誰かの為に振るわれていたその日本刀は、今や拳や蹴りと共に、相手をいたぶるように振るわれている。
綱吉はずっと、例え正体が化け物でも、山本武は山本武なのだと思っていた。
だが、五感を以て味合わされた。
最早彼は、自分の知る者ではない。
「うわっと!あっぶねー、危うく首落とすとこだったのな……!」
「ぬぐっ……!化け物が、更に化け物になったというところか……?」
山本武の猛攻に、流石の亡霊も劣勢に陥っていた。
どれだけ傷を追っても、嘘のように治る体に、骸とも並ぶ幻術の数々。
彼の命を刈り取るには、並みの攻撃では足りないだろう。
事実、山本の攻撃も全て、かわされるか、受けてもすぐに修復されている。
それでも、D・スペードは明らかに疲弊していた。
いつの間にか、綱吉達の隣で座って観戦していた雲雀恭也が、獲物を吟味するように舌嘗めずりしている。
「良いね、君達にはない肉食獣の眼をしてる。戦うのが楽しみだよ」
戦うだけで済むのだろうか。
ヒバリのコメントに生唾を飲み込んだ。
どれ程頭を捻っても、二人の勝負はイメージできない。
「ヌフフ、成る程理解しました。君はもう芯から零崎になってしまっているのだと」
「ん?んー……まあ、そうだな!でも今は『山本武』だ。だからツナ達の所に来た」
「戯言を」
D・スペードは山本の言葉を一笑に伏したが、綱吉は彼の言葉にハッとして瞬きをする。
そう、例えその戦い方が化け物染みていたって、その在り方が異次元的だったって、山本は自分達を、友達を助けるために、こうしてこんな辺境の島まで駆けつけてくれたのだ。
戯言はD・スペードの方だと、綱吉は固く拳を握り締めた。
何もわかってない、ただ表面だけを見て放ったその言葉ほど、『戯言』という文字が似合うものはない。
「だが確かに君は、零崎にしては随分と懐が広いらしい……。しかしそれは、直ぐ様弱点へと繋がるのですよ」
「は?」
山本がその頭を捻る。
にたりと粘つく笑みを浮かべるD・スペードは、持っていた大鎌を軽く振った。
だが山本に攻撃が与えられる様子はない。
ーー ズチャ……
しかしどこかで金属の鳴る音が聞こえてくる。
綱吉が必死で目を凝らす。
そして気が付いた。
地面が捲れ上がって、鋭い槍のようなものが覗いている。
場所は、スクアーロの背後で……。
「スクアーロ!後ろ!」
「!」
「……」
咄嗟に綱吉が叫んだ。
その声に反応したスクアーロが、肩越しに振り返ってそれを確認する。
山本は振り返らず、目の前の敵を睨み付けていた。
スクアーロの背に凶器が迫る。
気付いていた以上、スクアーロならばかわせたのかもしれない。
だが彼女が避けるよりも早く、間に割り込んできた影があった。
「なっ……水野!」
スクアーロを庇うように、水野薫が立ち、D・スペードの武器を受け止めていた。
いや、受け止めていたというよりもそれは、身代わりになったと言う方が正しいだろう。
水野の腹には槍が深く突き刺さり、明らかに重傷を負っている。
「あんたなら……避けられたかもしれねえが……オレ、あんたによお、借りを返してえんだ!!」
「っ……の馬鹿がぁ!」
槍が霧に変わり消えてなくなる。
彼の腹から血が噴き出し、力なく倒れるのを、スクアーロが慌てた様子で支えた。
「っ……つぅ!」
水野の体を支え、地面に横たわらせた瞬間、スクアーロから呻き声が漏れた。
やはり傷が治りきっていないのだ。
すぐにでも戦線から遠ざけないと、またD・スペードに狙われたら次こそは危ないかもしれない。
だが、彼女の元へと向かう綱吉達を遮るように、突如として真っ黒の炎が何もない空間から溢れだした。
「勝敗が決した」
「!!」
現れたのは復讐者(ヴィンディチェ)だが、おかしい。
まだ水野薫はボンゴレ側と戦ってすらいないはずなのに。
「何をする復讐者!!薫はまだ何の誇りも懸けて戦っていない!!」
「しかしこの男の誇りは折れている。よって水野薫を敗者と認める」
「ぐっ、すまない……アーデル……」
水野薫の首に枷がつけられ、ずるずると引きずられていく。
もう彼には、抗うほどの気力もないようだ。
彼の引きずられた跡には、血が道のように付いている。
その血の跡にスクアーロが触れるのを、遠くから綱吉は見ていた。
「謝ってんじゃねぇぞ、シモンファミリー、水野薫」
「スクアーロ……」
鋭く、凛とした声が彼を呼び止めた。
革の手袋についた血を握りしめ、スクアーロがその拳を額に当てる。
「誇りが折れるだぁ?違うな、お前は懸けるべき誇りを間違えた。お前が戦う理由は、ファミリーの為じゃねぇだろう」
「ちが……オレは、シモンの為に!」
「お前は、古里炎真と、仲間達の為に戦ってた。オレはそんなお前らに負けた」
「っ!」
シモンファミリーは純粋だった。
仲間のため、故郷のため、そして先祖の無念のために。
それがD・スペードという悪を呼び寄せ、憎しみを歪に成長させる羽目になったのだ。
スペルビ・スクアーロは、シモンファミリーに負けた。
だからこそ、水野や炎真達の抱える誇りを知っている。
誰よりも誇りを重んじる彼女だからこそ、その強さをわかっていた。
「折れちゃいねぇ。いや、例え折れていても、もう一度鍛え直せばいい。そんでまた戦え。今度こそ、大切なもののために、自らの矜持のためにだ」
「矜持のため……」
「そして、お前らが戻ってくるそれまでの間に、邪魔くせぇドカスはボンゴレが始末する。山本ぉ!」
「わかってるって!……オレの家賊は、オレの仲間は、オレの師匠は、オレのかけがえのない誇りだ。それに手を出した以上、元からただで帰すつもりなんてないのな」
スクアーロの言葉に応えた山本が、D・スペードの武器を弾き飛ばした。
スクアーロの隣まで下がり、武器を構え直す。
そんな二人を、またも唇を歪めた悪魔が眺める。
「どこまでもお荷物の役立たずでしたね、水野薫。ただ一つ救いなのは、お前が負けたお陰で素晴らしいショーが見られることです」
「ショー?」
言っている意味がわからずに、スクアーロと山本は首を傾げた。
D・スペードの言葉を待っていたかのように、復讐者がその手に持っていた破けた手紙のようなものを掲げる。
光が溢れ出した。
そして、その場にいたスクアーロ以外の者達が、シモンとボンゴレの、過去の記憶へと誘われていった。
「……?あ゛?」
全員がぼうっと空を眺めている異様な風景。
リボーンのように読心術を心得ている訳でもないスクアーロには、まさか彼らが過去の出来事を見せられているなどわかるはずもない。
「今なら……殺れるか……?」
「やめといた方がいいと思うぞ」
ちゃきりと剣を取り出したスクアーロに、リボーンがあきれた様子で止めたのだった。
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