if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

軽快なチャイムの音が響いた。
誰か来たんだ。
洗濯物を干していたオレは、慌てて返事をしてから、ベランダから戻って寝室の戸を開ける。
「スクアーロ!誰か来た!」
「……ん"、今行く」
布団の中から伸びてきた手が、無造作にオレの頭を撫でて、ぱたんと床に落ちる。
んー……これ、寝惚けてんのかな?
あ、いや、目は空いてる。
こっち見てるけど、起きたくなさそうな顔をしていた。
「スクアーロ?早く出ないと帰っちゃうのな」
「んん"、すぐ出る……」
「全然起き上がれてないのな~」
「……行く、ああ、すぐ行く」
布団の中から覗いた不機嫌そうな目。
一応、起き出そうとしてるみてーだけど、大丈夫だろうか。
もぞもぞと布団から抜け出して、スクアーロはようやく起き上がった。
「……今出る」
手櫛で髪を整えて、そのまんまの格好で出ていく。
やっぱり、まだ体調が悪そうだ。
顔色は悪いし、脚を少し引き摺っている。
でも、寝起きの悪いスクアーロが見られるなんて、意外だったな。
継承式の後、この部屋で過ごし始めてもう4日経つ。
ベランダの外に広がる穏やかな景色に、今までよりずっと親近感の沸くスクアーロの様子。
今までのことが、まるで夢だったんじゃないのかって思えるくらい、平穏な日々。
「……このまま、寝て起きたら、ツナ達と学校に行けんじゃねーのかなぁって、期待しちまうな……」
窓枠に寄り掛かりながらそう呟く。
今もなお、ツナ達はシモンの聖地で、厳しい戦いを強いられているというのに。
眼下には、狭い路地と、ほったらかされた粗大ごみの上でくつろぐ、三毛猫が見える。
玄関の方からは、スクアーロと誰かが話す声が聞こえてきていた。
スクアーロの部下の人かな。
そう言えば、今日はスクアーロの傷の診察に来るって言ってたっけ。
話し声が途切れる。
足音がして、部屋の引き戸が開いて、スクアーロがひょこりと顔を出した。
もうすっかり目は覚めたみたい。
「山本、今から傷の様子見んのに居間使うから、お前ここで待ってろよぉ」
「うん」
「終わったら買い物行くぞぉ」
「わかったのな」
「ちょっと!絶対安静って何度も言っ……うわっ!」
「っせぇ、黙ってろぉ」
……部下の人、だと思う。
絶対安静って言ってたけど、全然そうは見えなかったなぁ。
普通に部下の人の頭に拳骨入れてたし。
二人はぼそぼそと低い声で話しているみたいで、こっちの部屋では何を話しているのかはわからない。
やることもなくて、暇を潰すために筋トレを始めた。
でも20分後、人の帰っていく気配がして、部屋の戸が開けられた。
「う"ぉい、出るぞぉ。準備しろぉ」
「おう!……って、買い物だよな?どこに?」
「安心しろぉ、そう遠いところじゃねぇ」
オレの質問に答えてないのな!
でもそれ以上を言う気はないみたいで、スクアーロはさっさと荷物を手に取り、壁にかかっていた帽子を被ると、玄関に歩き始める。
オレ、お金とか全然持ってないんだけど、大丈夫なのな?
「今回は歩きだぁ。うっかり通りすがりの人間を殺っちまわないように気を付けろよぉ」
「大丈夫!今日は調子良いからな!」
「それは……どういうベクトルで……いや、なにも聞かねぇ」
「?」
「……路地裏のあれ、猫か」
「ん?……あー、頭潰れちまってるけど、さっき鳴いてたしたぶん猫」
「お前、絶対に外で問題起こすなよぉ」
何はともあれ、これからスクアーロと一緒に買い物だ。
ちょっとばかしワクワクとしていたオレ。
だがしかし、数十分後には呆然とした顔で強風にさらされていた。
「う、うおー!すげー!」


 * * *


「絶対安静です!!良いですか!?この際だから買い物も散歩も10000歩譲って良しとしますけれど、戦闘なんて絶っ……対に!ダメです!!良いですね!?」
「わかってるよ、オレだって自分の状態くらいは把握できてる」
医師としても有能な部下の言葉に、鷹揚に頷いた。
……これから、こいつらを騙して戦地に向かうと考えると心が痛む。
傷に晴れの炎を当ててもらい、尋常でない速さで回復していくのをぼうっと眺めながら、オレはこの後の計画を練っていた。
山本武の言う通り、あいつの抜けた10代目候補者どもでは、シモンに太刀打ちできるかどうか、非常に怪しい。
というか、オレが思うにボンゴレのボス、及び守護者は、必ず7人でなくてはならない。
それは伝統であるだけではなくて、ファミリーの均整を取り、勝利を掴むためには絶対に必要なことなのだ。
故に、山本武はシモンの潜む孤島へと出向く必要がある。
治療を終え、衣服を整える。
出歩かれたくないのなら、傷を治しきらなければ良いのに、しっかりと体に負荷のかからないギリギリまで回復させてくれるのは、正直言って有り難かった。
「さっきよりだいぶ調子が良い。ありがとなぁ」
「……いえ、この程度どうってことないですよ」
ヘラっと笑う部下の顔は疲れきっている。
まあ、緻密なコントロールが必要な治療法だ。
疲れて当然だろう。
帰る前に、もう一度無理に動くなと念を押された。
心配するなと笑って送り出しても、何度もこちらを振り返って心配そうな顔をするから、流石にオレも胃が痛くなってくる。
だがこれは、山本武のことについては、どうなったって、オレがやらなけりゃならない。
悲しませるだろうけれど、それでも。
「う"ぉい、出るぞぉ。準備しろぉ」
山本にそう声を掛けて、並んで部屋を出る。
出掛けに、ふと路地裏に視線が吸い寄せられた。
オレらの部屋の下辺りに、動物の死骸があった。
頭はダンベルらしきもので潰れていて、判別がつけづらいが恐らくは猫だろう。
ヴァリアーの持っていた隠れ家だが、暫くは使えなくなるかもしれない。
全く先が思いやられる。
まあ後片付けは、荷物を運ぶついでに『あいつら』に頼んでしまおう。
オレ達が向かったのは、少し離れた場所にある空き地で、そこに迎えに来ていた人物に、オレは手を上げて挨拶をした。
「よぉ、急に依頼しちまって悪かったな。……小唄」
「いいえ、予想しておりましたから、大した労力ではありませんでしたわ、お友達(ディアフレンド)」
彼女の後ろには、輝く橙色の髪を荒縄のような太い三つ編にして垂らした子ども。
そして、更にその背後に、黒光りする大きなヘリコプターがある。
「じゃあ、ちょっとシモンの島まで頼むわ」
「お任せあれ、お友達。どうか快適な空の旅を楽しんでくださいな」
皮肉ったような言い方に苦笑を浮かべる。
困惑した顔でオレと小唄を交互に見る山本に、小さく笑い掛けてこう言った。
「行くぞぉ、沢田達のところになぁ」
「え、……え?ええええ!!!??」
実際戦うことはないだろうとしても、体調は最悪。
それでも、オレと山本はシモンの待つ島へと、沢田達の戦う戦場へと向けて飛び立ったのであった。
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