if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯
「謝らなくちゃ、ならねぇと、思って」
途切れがちに零れ落ちた言葉に、ディーノは一瞬ポカンとしてしまった。
謝られるような事をされた覚えがない。
だが彼女が謝りたいと言うのなら、何かがあったと言うことなのだろう。
「前に、ファミレスでお前に、酷いことを言ったから」
「え?」
いつの間にか、スクアーロの拳に重ねていたはずの手は、彼女の掌の中に閉じ込められていて、ふと視線を上げた彼女の瞳からは、酷く稚拙で真っ直ぐな想いが覗けて見えた。
ファミレスでのこと、といえば、勝手に尾行してきた自分に対して、スクアーロが怒ったこと、で間違いないだろうか?
確かに、『怖い』だなどと言われるとは夢にも思っていなくて、傷付かなかったと言えば嘘になる。
しかしそれは、スクアーロの本心だったと思っていたし、しつこく纏わりついていたのは自分の方だとわかっていたから、謝られることには、何となく納得がいかなかった。
「そんなこと……別にお前が謝ることじゃねーだろ?」
「……でも、謝りたかったんだ」
しゅん、と落ち込んだ様子を見せたスクアーロに、ディーノは慌てて取り繕おうとする。
「あ、いやでも!なんでそう思ったのかとか、聞かせてもらいたいなぁ……とか、思ったりして……」
チラリと顔色を窺う。
苦しそうな、少し辛そうな顔をしていた。
話すと、傷に響くのかもしれない。
また拒絶されるかもしれない、とは思ったが、再び背中へと手を当てる。
だが今度は、その手が振り払われることはなく、スクアーロは体を固くしてはいたが、背中を撫でる手を受け入れていた。
「ん……」
「ゆっくりで良いから」
「……ん」
手を痛いほど強く握られている。
ぎゅっと握り返すと、少しだけその拘束が緩まった。
彼女らしくない子供っぽい仕草に、思わず笑ってしまいそうになる。
いつになく素直で、可愛らしい仕草に、胸の奥底が暖かくなっていくようだった。
「ずっと、羨ましかったんだと、思う。お前には、オレにないものがたくさんあって、会う度に、それを見せ付けられているような気がして」
「オレにあって、スクアーロにないもの?」
「……理解しあってる右腕がいて、失敗しても助けてくれる仲間がいて、たくさん愛してもらったんだって、見ていてわかった。それを見る度に、胸のとこがモヤモヤして……。当たり前のように、他人を助けられるお前が、信じられなくて、イラついて、当たってたんだ」
「ん」
「自分の事を大事にしてほしいとか、愛して、もらいたいとか、そんな感情、捨てたつもりだったのに。お前を見てると、優しくされると、また思い出して。苦しいし、辛いし、弱ってく自分を見てると、情けねぇし……」
励ますように、続きを促すように、背中をゆっくりと撫でた。
呼吸を少し整えてから、スクアーロは言葉を続ける。
「オレ、こんななのに。弱くて、小汚なくて、見苦しく嫉妬してんのに。お前はオレに、優しくするし、女みたいに扱うし。……オレは、まるで自分が救われるんじゃないかって、助けて、もらえるんじゃないのかって。真っ当になれるかもしんねぇって、勝手に、期待しちまって……」
「スクアーロは……、弱くなんかないだろ。汚くない、見苦しくもない。お前が素直に頼ってくれたなら、オレはいつだって……んっ」
唐突に、冷たい人差し指が唇を塞いだ。
顔を上げたスクアーロと視線が合う。
深い銀灰色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
らしくもなく、ふぅわりと笑ったスクアーロが、今にも消えてしまいそうに見えて、手を握る力を強めた。
「そうやってまた、オレを甘やかす」
「え?」
「嬉しいんだ。甘やかしてくれることも、頼らせてくれることも。お前は優しいから、その優しさに、すがりたくて堪らなくなる。そんな、自分の弱さが透けて見えるのが、疎ましくて、怖くて、嫌で嫌で堪らない」
「そんなの、弱さなんかじゃないだろ!?」
「価値観の違いだなぁ」
どうして、スクアーロはこんな風に笑うんだろう。
酷く弱々しくて、苦しそうで、泣きそうな顔だ。
頬を優しく撫でる彼女の指を、ディーノは慌てて捕まえる。
冷たい指に、掌の熱が吸いとられていく。
「スクアーロ」
「八つ当たり、いっぱいした。ごめん、本当にごめん。死にそうになってた時に、どうしてもそれが心残りで、だから今、謝らなくちゃって思ったんだ。……今まで誰かを、こんな風に思ったことなかった。オレ、オレは……」
スクアーロの指を掴んだその手が、すっと引かれて、頬に寄せられる。
触れた彼女の頬は、冷えきった指とは違って熱いくらいだ。
息をすることも忘れて、ディーノは彼女の笑顔に魅入っていた。
「……好きに、なっちまったんだぁ」
目の端に、涙の雫が見えた。
溢れたそれが、ディーノの指に伝い、熱を残して消え落ちて行く。
「ごめん、ごめんなぁ……」
また泣かせたことを、謝りたかったのに。
好きになったことを、謝る必要なんてないと、怒りたかったのに。
喉が詰まって、言葉が出ない。
「さいごに、一つだけ甘えても良いか?」
スクアーロの手が伸びてきて、するりと唇をなぞった。
さいごだなんて、言わないでほしい。
そう文句を言う時間も惜しい気がする。
吸い寄せられるように、スクアーロの肩を抱いて、顔を寄せて、薄い桜色の唇に近付いて。
ゆっくりと、しっかりと重ねられたスクアーロの唇は、暖かくて、柔らかくて、甘い味がした。
「……っ、んぅ……ごめん、なぁ。ディーノ」
その言葉を最後に、ディーノは意識を失った。
次に目覚めた時、ディーノはベッドの上に寝かされていて、スクアーロの姿はどこにもなくなっていた。
途切れがちに零れ落ちた言葉に、ディーノは一瞬ポカンとしてしまった。
謝られるような事をされた覚えがない。
だが彼女が謝りたいと言うのなら、何かがあったと言うことなのだろう。
「前に、ファミレスでお前に、酷いことを言ったから」
「え?」
いつの間にか、スクアーロの拳に重ねていたはずの手は、彼女の掌の中に閉じ込められていて、ふと視線を上げた彼女の瞳からは、酷く稚拙で真っ直ぐな想いが覗けて見えた。
ファミレスでのこと、といえば、勝手に尾行してきた自分に対して、スクアーロが怒ったこと、で間違いないだろうか?
確かに、『怖い』だなどと言われるとは夢にも思っていなくて、傷付かなかったと言えば嘘になる。
しかしそれは、スクアーロの本心だったと思っていたし、しつこく纏わりついていたのは自分の方だとわかっていたから、謝られることには、何となく納得がいかなかった。
「そんなこと……別にお前が謝ることじゃねーだろ?」
「……でも、謝りたかったんだ」
しゅん、と落ち込んだ様子を見せたスクアーロに、ディーノは慌てて取り繕おうとする。
「あ、いやでも!なんでそう思ったのかとか、聞かせてもらいたいなぁ……とか、思ったりして……」
チラリと顔色を窺う。
苦しそうな、少し辛そうな顔をしていた。
話すと、傷に響くのかもしれない。
また拒絶されるかもしれない、とは思ったが、再び背中へと手を当てる。
だが今度は、その手が振り払われることはなく、スクアーロは体を固くしてはいたが、背中を撫でる手を受け入れていた。
「ん……」
「ゆっくりで良いから」
「……ん」
手を痛いほど強く握られている。
ぎゅっと握り返すと、少しだけその拘束が緩まった。
彼女らしくない子供っぽい仕草に、思わず笑ってしまいそうになる。
いつになく素直で、可愛らしい仕草に、胸の奥底が暖かくなっていくようだった。
「ずっと、羨ましかったんだと、思う。お前には、オレにないものがたくさんあって、会う度に、それを見せ付けられているような気がして」
「オレにあって、スクアーロにないもの?」
「……理解しあってる右腕がいて、失敗しても助けてくれる仲間がいて、たくさん愛してもらったんだって、見ていてわかった。それを見る度に、胸のとこがモヤモヤして……。当たり前のように、他人を助けられるお前が、信じられなくて、イラついて、当たってたんだ」
「ん」
「自分の事を大事にしてほしいとか、愛して、もらいたいとか、そんな感情、捨てたつもりだったのに。お前を見てると、優しくされると、また思い出して。苦しいし、辛いし、弱ってく自分を見てると、情けねぇし……」
励ますように、続きを促すように、背中をゆっくりと撫でた。
呼吸を少し整えてから、スクアーロは言葉を続ける。
「オレ、こんななのに。弱くて、小汚なくて、見苦しく嫉妬してんのに。お前はオレに、優しくするし、女みたいに扱うし。……オレは、まるで自分が救われるんじゃないかって、助けて、もらえるんじゃないのかって。真っ当になれるかもしんねぇって、勝手に、期待しちまって……」
「スクアーロは……、弱くなんかないだろ。汚くない、見苦しくもない。お前が素直に頼ってくれたなら、オレはいつだって……んっ」
唐突に、冷たい人差し指が唇を塞いだ。
顔を上げたスクアーロと視線が合う。
深い銀灰色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
らしくもなく、ふぅわりと笑ったスクアーロが、今にも消えてしまいそうに見えて、手を握る力を強めた。
「そうやってまた、オレを甘やかす」
「え?」
「嬉しいんだ。甘やかしてくれることも、頼らせてくれることも。お前は優しいから、その優しさに、すがりたくて堪らなくなる。そんな、自分の弱さが透けて見えるのが、疎ましくて、怖くて、嫌で嫌で堪らない」
「そんなの、弱さなんかじゃないだろ!?」
「価値観の違いだなぁ」
どうして、スクアーロはこんな風に笑うんだろう。
酷く弱々しくて、苦しそうで、泣きそうな顔だ。
頬を優しく撫でる彼女の指を、ディーノは慌てて捕まえる。
冷たい指に、掌の熱が吸いとられていく。
「スクアーロ」
「八つ当たり、いっぱいした。ごめん、本当にごめん。死にそうになってた時に、どうしてもそれが心残りで、だから今、謝らなくちゃって思ったんだ。……今まで誰かを、こんな風に思ったことなかった。オレ、オレは……」
スクアーロの指を掴んだその手が、すっと引かれて、頬に寄せられる。
触れた彼女の頬は、冷えきった指とは違って熱いくらいだ。
息をすることも忘れて、ディーノは彼女の笑顔に魅入っていた。
「……好きに、なっちまったんだぁ」
目の端に、涙の雫が見えた。
溢れたそれが、ディーノの指に伝い、熱を残して消え落ちて行く。
「ごめん、ごめんなぁ……」
また泣かせたことを、謝りたかったのに。
好きになったことを、謝る必要なんてないと、怒りたかったのに。
喉が詰まって、言葉が出ない。
「さいごに、一つだけ甘えても良いか?」
スクアーロの手が伸びてきて、するりと唇をなぞった。
さいごだなんて、言わないでほしい。
そう文句を言う時間も惜しい気がする。
吸い寄せられるように、スクアーロの肩を抱いて、顔を寄せて、薄い桜色の唇に近付いて。
ゆっくりと、しっかりと重ねられたスクアーロの唇は、暖かくて、柔らかくて、甘い味がした。
「……っ、んぅ……ごめん、なぁ。ディーノ」
その言葉を最後に、ディーノは意識を失った。
次に目覚めた時、ディーノはベッドの上に寝かされていて、スクアーロの姿はどこにもなくなっていた。