if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

「……厄日だ、今日は」

倒壊するビルを見ながらそうボヤいた。
ビルを倒壊させた者の高笑いが、深夜のオフィス街に響いている。



―――その2時間前

「……帰りたい」

昼間、零崎とか言う化け物に遭遇し、危うく殺されかけたスクアーロは、夜になってもまだ、憔悴した様子でボヤいていた。
帰りたい。
今スクアーロの脳内は、その言葉だけが占めている。
少なくとももう、京都には居たくない。
もし万が一、再び彼らと遭遇したりしたら……、そう思うとゾッとしない。
だが京都での仕事がまだ残っていた。
昼間のマフィアとは無関係だが、イタリアのマフィアと結託して、一般人に銃やらクスリやらを売り捌いている阿呆がいるのだ。
その阿呆共を潰さなければならない。
準備も体調も、万全とは言えなかったが、これ以上京都に居続けるより、さっさと仕事を終わらせた方が良い。
彼女はそう判断し、夜、人のいない時間帯に、オフィス街に出向いたのだった。
阿呆が所有するビル、その中の幾つかの部屋に、煌々と灯りが点っている。
表向きに経営している会社は終業しているはずだから、今このビルにいる奴らは絶賛悪巧み中の、スクアーロの狙っている人物達なのだ。
侵入は、このビルの三階の窓からだ。
ラッキーなことに『どこかの誰か』が窓を壊してしまったらしく、今は段ボールで塞いであるだけだった。
さて、そろそろ入るか、とスクアーロが一歩踏み出そうとする。
しかし踏み出した足をそのままに、スクアーロは一瞬静止した。
彼女にボンゴレの超直感はないが、何か予感が過ったのだ。
それも酷く嫌な予感が。
自分の嫌な予感は良く当たる。
今までの経験でそれをよく知っているスクアーロは、少しでも早く仕事を終わらせるため、駆け足気味に移動し始めた。
彼女は真っ直ぐにビルの裏路地に向かう。
だから気付かなかったのだ。
ビルの正面口にいるはずの警備員が、受付奥の壁に埋もれるようにして死んでいたことを……。
そしてもう一人、スクアーロの後を追うように現れ、正面口に入っていった人影に。



 * * *



「……クソ。本当に、嫌な予感ほど当たりやがる」

小さな声で毒づき、スクアーロはフルフェイスヘルメットの奥で、眉根にシワを寄せる。
目の前にはまたもや、血の海が広がっていた。
ビルに侵入し、明かりのついた部屋に入ったスクアーロを出迎えたのは、獣に食い千切られたように、腹に大きな穴を空けた死体達だった。
昼間に見た手口とはまた違うものだ。
昼間の釘バットは、相手をぐちゃぐちゃに潰すような殺しかた。
こちらのは、ぐちゃぐちゃなことは同じだが、潰すのではなく、体をぶち抜いている。
まさに穴が開いているのだ。
傷口は潰れていて見れたものじゃあないが、それでも昼間の死体よりは、まだ原型を保っている。
また、まずい所に首を突っ込んだかも知れない。
今すぐにでも逃げ出したいが、せめてターゲットが死んでいるかどうかだけ確かめたい。
そうすれば晴れて、日本ともおさらば出来るわけだから。
死体達の顔を見てみると、それは全員、今日殺す予定だったターゲット達。
だがターゲットはこれで全員ではない。
まだ何人か残っているはず……。

「……チッ、上も見てみるか」

階上の部屋にも人が居たはず。
そちらを確かめるため、部屋を出ようとドアに手をかけ、その一瞬後に、その場から飛び退いた。
バガンッ!と鼓膜が破れるほどの音を発しながらドアが吹っ飛ぶ。
この死体達を製造した犯人が、まだ近くにいたのだ。
悪態を吐きたくなるのをなんとか堪えて、スクアーロは犯人の姿を見定める。

「ぎゃはははは!!お兄さんやるぅぅう!!まさか避けられるなんて思わなかったぜ?メチャクチャショック!!」
「なっ……」

騒がしい声を上げて、小さな人影が部屋に転がり込んできた。
腰を優に越す長い黒髪。
黒い皮のパンツにジャケット。
ジャケットの下は何も着ていないらしく、白い矮躯がチラチラと見え隠れする。
八重歯を覗かせ大口を開けて笑うそれは、まだ中学生――いや、下手をすれば小学生かもしれない――の少女だった。
絶句したスクアーロに調子を良くしたらしい少女は、ニヤニヤと粘着質な笑顔を浮かべながら口を開く。

「お兄さん……ん?お兄さん?まあわかんないからお兄さんで良いや。お兄さん、もしかしてコイツら殺すつもりだった?ざぁぁあんねぇん!!もうここの階の奴らは僕が殺しちゃいました!まあつまり上の階の奴らはまだなんだけど、僕を差し置いて殺せるなんて思ってないよね?そんなわけないよねえ?ここで引っ込むってんなら、今日は見逃しちゃっても良いぜ?」

マシンガンのごとく喋り倒した謎の少女が、首を傾げてこちらを見る。
スクアーロは圧倒され、言葉も返せずにただ一歩後退った。
昼間と言い今と言い、なぜ今日はこうも、化け物染みた奴にばかり遭遇するのか。
この少女だって、ただ笑ってじっとしている分には可愛いもんだが、ドアを吹っ飛ばしたのは間違いなく彼女だし、恐らくこの死体の群れを築いたのも彼女だ。
出来ることなら、尻尾を巻いて逃げ帰りたい。
コイツらは人間じゃない、化け物だ。
そんな、彼女達が聞けば心外だと言われそうな事を思いながら、だがスクアーロは退かなかった。
理由は1つ、ターゲットの死骸をこの目で見れていないから。
彼女にとって化け物との戦いよりも、任務にしくじり9代目の守護者達に見下されることの方が重大なのだ。
何をバカなと思うかもしれないがそこだけは譲れなかった。

「うん?どうすんの?」

何故かワクワクした声で尋ねる少女に、少しだけ掠れた声で、彼女はやっと答えた。

「手は、出さねぇ。だが、ターゲットの死骸を見るまでは、退けねぇ……!」

絞り出すような声に、ジワジワと少女の笑みが深まっていく。
最後まで言い終えると、少女はとびきりの笑顔を携えて、こう言った。

「ぎゃは!良い答えだぜお兄さん!!つーか本当は『引っ込む』って言ったら殺すつもりだったんだけど、ラッキーだぜお兄さん。これで命が長引いたわけだからな!ぎゃははははは!!」

どうやら、スクアーロの選択は大正解だったらしい。
そりゃあそうだ。
顔を見られて生かして帰すなんて、プロの殺し屋ならしない。

「僕も急ぐし、さっさと上行こうぜ」

少女が顎をクイっと上げる。
どうやら着いてこいと言うことらしかった。
十分距離をおいて着いていく。
こんな姿形でも予想するに、少女はきっとプロの殺し屋。
近寄ることはスクアーロの全本能が拒絶していた。
……しかし少女が殺し屋で、スクアーロを連れて行くと言うことは、彼女は仕事が終わり次第、スクアーロを口封じの為に殺すのではないだろうか。
ターゲットの死を確認した後、全力で走れば逃げ切れるだろうか?
脚には自信がある。
だが相手は化け物……。
その1つの事実だけで自信はシオシオと萎んでいく。

「……予想だけど、そのヘルメットの中、お兄さんの顔真っ青なんじゃねーの?」
「……」

大当たりだった。
スクアーロの頭にまた『帰りたい』という言葉が浮かんでくる。
現実逃避をする彼女を責められる者はいないだろう。

「僕の名前は匂宮出夢!短い道中だけど、よろしくぅ!!」

ぎゃはぎゃはという特徴的な笑い声が、廊下に木霊した。

「で?お兄さんの名前は?ていうか顔は?」

出夢の顔が、ヘルメットを早く脱げと語っている。
拒絶し教えないより、素直に喋った方が身のためのようだ。
そう判断したスクアーロがヘルメットに手をかけた。
その途端、背後の壁が炸裂した。
慌てて振り向いて身構え……たかったが、すると出夢に背を向けることになるので、彼女に十分注意しながら横向きになって炸裂した壁を見る。
そこには何故か、横向きになったコピー機が突き刺さっていた。
どうやらコピー機が衝突したせいで壁が破壊されたらしい。
今日一日の出来事で、このくらいでは驚かなくなった自分に溜め息が出そうになる。
だが、チラッと目にした出夢の顔に、スクアーロは驚愕した。
出夢は思いっきり驚いた顔をしていた。
そしてその顔が徐々に顰められていき、遂にはその頬を冷や汗が伝った。
この小さな化け物をこんな顔にさせるなんて、コピー機で壁を粉砕した人物は何者なんだ!?
身動ぎもせず待つこと数秒、現れたのは、赤赤赤、とにかく赤で身を固めた女だった。

「ぎゃはは、なぁーんで赤色がいるんだ?」

出夢が警戒しながら尋ねる。
赤色はシニカルな笑みを浮かべて答えた。

「なぁに、ちょっと仕事でな」

そしてスクアーロは一人、日本の未来を憂いていた。
こんな化け物が蔓延るようになったら、日本は一体どうなるんだろう。
なんだかもう、9代目ファミリーにバカにされることなどどうでも良くなっていた。
生きて帰りたい。
それだけが今の彼女の気持ちである。
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