if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

「カハハ、くそ殺人鬼たぁ、零崎二人を前にしてよく言えんぜ、傑作だなぁスクアーロ」
「何が傑作だぁ。この馬鹿を継承式に連れてきたのはてめぇかぁ?何考えてやがる」

一定の距離を保ちながら、スクアーロは人識を睨み付けた。
何が楽しいのか、彼はニヤニヤとした笑いを止めることなく、じわりじわりと近付いてくる。
ゆっくりと移動しながら、スクアーロはシモンと威識との間に立った。
襲われれば逃げ場はない。
その危機的な状況に、恐怖を通り越して笑みを浮かべた。
下手を打てば、次の瞬間には首と胴は離ればなれになっているかもしれない。
背中にとんっと何かが当たる。

「あっ……」

消えてしまいそうなほど小さな声に、古里炎真に当たったのだとわかった。
自分達のペースを乱され、可哀想になるほど戸惑い、威嚇するようにスクアーロや零崎達を睨んでいる。

「古里炎真」
「な、に……?」
「逃げて良い」
「え……?」

目を見開き、息を飲んで……いるのだろう。
背中へ視線を向ける余裕がないため、スクアーロにはわかりようもないが。

「もうここはてめぇらの舞台じゃねぇ。殺人鬼に乗っ取られた」
「カハハ、乗っ取ったとは失敬だな。弟の友達の晴れの舞台を祝いに来てやったってのに」
「お前らが来た時点で、いろんなもんが台無しだぁ、ボケが」

カハハ、と笑う人識は、背後に炎真達を抱えて動けずにいるスクアーロの、すぐ目の前まで迫っていた。
目下からニヤニヤと見上げてくる人識に、スクアーロは苦い顔をする。

「まあ冗談はさておきだな」
「冗談じゃすまねぇよ」
「半分冗談はさておき」
「本気なのはもっと困るぞ」
「まあどれもこれも置いとけや、老けるぞ?」
「老けねぇよ!」
「今日はお願いがあってきたんだわ」
「はあ?」

眉間に深くシワを刻んだスクアーロに、ほんのわずかに隙が出来た。
その隙を、零崎の申し子が逃すはずもない。
彼は素早く間合いを詰めると、そのままスクアーロの体をキツく抱き締めた。

「うぐぁっ!?」
「いや、オレらはよー、あくまで殺人鬼の集合体で、プロプレイヤーの育成集団じゃないわけだ。それも零崎として目覚めちまった奴を、人殺しをしないように育てるなんて、無理な話なんだよな」
「か……はっ……」
「だから家賊で集まって相談したわけよ。オレはサボったけどな。あんたのトラウマ作ったとっぽい大将とか、あの音楽家とか、まあ俗に言う零崎三天王だな。あとは爆弾魔とか?そんなのが集まって、この坊っちゃんの行く末を相談したわけだ。で、決めたんだよ」
「人識兄ずりーって!オレもスクアーロと遊びたいのな!」
「あそ、んでね……ぇ……!」

ぱき、ぎし、と音が聞こえる。
元々、一命をとりとめたとはいえ、重傷患者。
それもつい先程、炎真の攻撃を食らったばかりで、いつ倒れてもおかしくない状態。
そんなスクアーロに力一杯抱き着こうものなら、痛みで気を失ってもおかしくない。
震える手で人識の肩を押しても、そんな抵抗は意味をなさない。

「人殺したくねぇなら、とにもかくにも表世界で生きてくより他ねーだろうってな。だからあんたにお願い。威識君のこと預かってくんねーか?」
「い、いから……はなっ……せ!」
「スクアーロ!おい!スクアーロから離れろ!」
「あーあー、うるせーうるせー。で?返事は?」
「預かる……からっ、離せ……!」
「カハハ、いい返事だぜ」

人識はぱっと腕を離して、スクアーロを解放する。
スクアーロは力が抜けたように膝を付き、荒く息を吐きながら脇腹を押さえる。
その口の端からは細く赤い線が出来ていた。
やはりその傷は深いようで、とてもこれ以上は戦えそうにない。
人識が氷の檻を壊したお陰で、自由になっていたディーノが飛び込んできて、スクアーロと人識の間に立った。
そのディーノの側頭を、慌てたように手のひらで掴んで押し退け、スクアーロは無理矢理立ち上がる。

「スクア……どあっ!?」
「くっ……山本ぉ!こっちに来い!」
「ん?なんだ!?」

ワクワクと嬉しそうに笑いながら、威識……ではなく、山本武はスクアーロに駆け寄る。
彼の手首を空いた手で掴み、人識を睨みながら、スクアーロは低い声で唸った。

「こいつは預かる。だからてめぇは、とっとと帰りやがれ」
「カハハ、嫌われたもんだな。まあ始めからわかっちゃいたけど」
「……山本武を、ここまで連れてきてくれたことには、感謝している。育ててくれたことにも、なぁ」
「ん?なんだ、思ったよりは嫌われてねーじゃん。折角だし付き合ってみるか?」
「調子のんじゃねぇぞ、ハゲ」
「はげてねぇよ!」

山本はそっとスクアーロを見上げる。
その額や首には、傷の痛みのせいか、うっすらと汗をかいていた。
それでも彼女は不敵な笑みを浮かべる。
それは少し、痛々しくも見えた。
無意識なのだろうが、ディーノを押し退ける手も、山本を掴んだ手も、微かに震え続けていた。

「わかったら帰れぇ。ここはてめぇみてぇな殺人鬼が来るような場所じゃねぇんだよ」
「ちぇっ、わかったわかった。帰るよ、帰りゃいいんだろ?あーあ、オレってば弟送り届けてパーティに参加もせずに帰るとか超絶健気だな」

しっしっ、とばかりに、ディーノを押し退けていた手を離し、人識へと振るスクアーロに、彼は拗ねたように言って、くるりと背を向けた。
ようやく、このわけのわからない空間がなくなる。
そう、誰もが思った瞬間だった。

「帰せるか……帰せるか!我々シモンの邪魔をした者を、そう易々と帰せるわけがないだろう‼」
「っ!?おい、待て!」
「あ?」

鈴木アーデルハイトが、叫びながら腕を上げる。
地面から伸びた氷の柱が、勢いよく人識へと向かい、そして次の瞬間、広間には血が広がった。
人識のものではない。
彼は危なげもなく攻撃を避けていた。
人識が反撃をしたわけでもない。
彼は両手とも、ポケットへと突っ込んだままである。
血を出したのは、またもスクアーロで、そしてその原因を作ったのは、山本武……否、零崎威識、であった。

「か、は……」
「ん、あれ?なんでスクアーロ!?」
「な、何故……私を、庇ったのか!?」
「スクアーロ!山本も……!ああ!動くな!傷が広がるだろうが‼」
「アーデル!なんで……いや、それより、ここにもう用はない‼今はとにかく退いて、作戦を立て直そう‼」
「逃げるぞ炎真!」
「待って、炎真!……うわあ!」
「逃がさない……!……きゃっ!?」

場が更に混乱していく。
アーデルハイトに襲い掛かった威識から、スクアーロが彼女を庇い怪我をした。
それを助けようと、ディーノがスクアーロを抱きかかえる。
衝撃が引かないままに、立ち去ろうと動き出したシモン達の前に、いつの間に現れたのか、綱吉達が立ちはだかるも、すぐに炎真の能力で吹き飛ばされてしまった。
倒れた守護者達の一人、クローム獨髏を、何故か加藤ジュリーが連れて行く。
9代目やその守護者達は、圧倒され、動くことさえできなかった。
そして、力尽きてぐったりと倒れるスクアーロと、リングを壊され力を失った10代目ファミリーを残し、嵐はようやく、一時の落ち着きを見せたのであった。
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