if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

目が覚めたとき、スクアーロの目の前には真っ白な天井と、同じくらい真っ白な髪の毛があった。


 * * *


「なんだぁ?まるで幽霊でも見たような顔をしやがってよぉ。おら、ちゃんと足はついてるぜぇ」
「スペルビ・スクアーロ……!貴様、なぜ……!?」

ずるり、ずるりと、背後に何か重たそうなものを引きずりながら、スクアーロは現れた。
たった今シモンファミリーの口から、『殺した』『死んだ』と言われていたスクアーロは、いつも以上の不敵な表情を浮かべてそこにいる。

「あの時……あなたは瀕死の重傷を負っていた!その上、崩れた瓦礫の下敷きになっていたじゃないか!なのに何でここに……?何で生きているんだ!?」

炎真の叫び声に、場がざわつく。
何より一番驚いた顔をしていたのは、9代目ボンゴレであった。

「瓦礫の下……?しかしスクアーロ君の血痕があったのは、路地裏で……、確かに戦闘痕はあったが、瓦礫があったとは聞いてないが……」
「何を言って……だってあんなに激しく壊したはずなのに……!」

食い違う話に、9代目は首を傾げ、スクアーロに疑いの目を向ける。
そんな9代目に、視線の一つもくれてやることなく、スクアーロはちろりと唇を舐める。

「オレを助けた奴らの仕業、だなぁ。まあ、そんなことは後で良いのさぁ。それより、ほら。忘れ物だぜぇ、シモンファミリー」
「なっ……!」

唐突に、後ろに引きずっていたものをシモンの前に投げ出した。
どさどさと床に落とされ、ぐったりと横たわるのは、3人の女性……いや、一人はまだ少女とも言えるような年頃だ。
彼女達はどうやら意識がないらしく、白目を剥いたまま、ピクリとも動かない。

「手こずったぜぇ。ヴァリアーの仲間がいたとは言え、相手もプロのプレイヤーだったからなぁ」
「そんなっ……!彼女達が、なぜ……!?」
「おいおい……、殺し名一位匂宮の分家だぜ、コイツら?どんな手使って倒したってんだよ!?」

ジュリーの言葉に、即座に反応したのは綱吉、リボーン、ディーノの3人だった。
特に匂宮の人喰い兄妹に会ったことのあるディーノは、目を見開いてスクアーロと3人の女性を見比べている。
スクアーロはわずかに目を細め、シモンファミリーを睨んだだけだった。

「……総角三姉妹については、聞いたことがあった。それに、こちとら日本に来る度に、それより面倒な奴らに襲われてるんだぁ。確かにコイツらは強いがぁ、コイツら程度ならばオレでも倒せる」
「は……はは、あんた本当に化け物なんじゃねーの?オレちんも流石に引くんですけど」
「化け物はコイツらの上の連中だろう。殺し名七名、呪い名六名。あいつらこそが化け物だ。オレじゃあ到底及ばねぇ」

嘲笑うように言うスクアーロに対して、シモンはじりじりと後退していく。
大地7属性の炎を相手に、何時間も逃げ続けたスクアーロ。
プロのプレイヤーを倒すほどの腕前を持ったその人に勝てたのは、数の利と、彼らにとって未知であるこの能力、そして土地の利が、偶然作用したからでしかない。
先頃の戦いで、シモンの手は割れている上、数は圧倒的に向こうが上。
更に屋内という限られた空間での勝負では、どちらが勝つかわからない。

「……まあ、そんなことはどうでもいい。オレは戦いに来た訳じゃねぇ。警告に来た」
「警告……?」
「今から本物の化け物が来る。全員ここから避難しろ、ってなぁ」
「……はあ?」

スクアーロが小さく息を吐く。
ふっと手を上げて合図を送ると、ヴァリアーの隊員達が飛び込んできた。
だが、彼らが襲ってくる様子はない。
ただ威嚇するように、黙ってじっと立っているだけだった。
言外に、帰れと言っているのがわかり、シモンは戸惑い、疑うような視線を向ける。
それに対して、スクアーロは疲れたように首を振った。

「帰れ。いや、問題が起こる前に、すぐにでも帰ってくれ」

帰れと、帰ってくれと、言葉に出して、スクアーロは彼らを睨む。
突然訳のわからないことを言い出したスクアーロに、戸惑ったのはシモンだけではなかった。
ボンゴレの幹部が、唖然としてスクアーロを見詰める。
綱吉達は、スクアーロが考えていることがわからず、戸惑いの視線を向けて次の言葉を待っていた。
しかし、次に口を開いたのはスクアーロではなく、シモンファミリーの一人であった。

「な、何を言ってるのだ結局!敵を逃がすなど……、正気か貴様は!?」
「敵だぁ?お前らと、これから来るやつとを比べたら、お前ら程度を敵とは呼べねぇよ」
「き、さま……!好き放題言いおって!」

スクアーロの言い方は、捉えようによってはシモンを甘く見ているようにしか聞こえず、遂に額に血管を浮かび上がらせて、青葉紅葉が拳を振り上げた。
その周囲を渦巻くように、木の葉のような形をした炎が広がる。
ざわりと殺気立つヴァリアー隊員を、片手を上げることで抑えて、スクアーロは紅葉を睨み付ける。

「攻撃しようが何しようが構わねぇがなぁ、今逃げねぇと後悔するのはお前らだぞ!」
「何が来るのか知らないが、何が来ようとも、この青葉紅葉の拳で打ち砕いて見せる!もちろん貴様のこともだS・スクアーロ!」
「チッ!話のわからねぇ奴だ、なぁ!」

間近に迫った拳と炎を、軽くステップを踏むことで避け、そのまま紅葉の腕を掴んで蹴りを見舞う。
顎を吹き飛ばされた紅葉がふらりと後退った瞬間、続けて攻撃をしようとしていたスクアーロは、慌てたようにその場を飛び退いた。
床が冗談のようにぼこりと凹む。
炎真の大地の炎の攻撃である。

「はっ!テメーらの攻撃はバカの一つ覚えだなぁ!ああ!?」
「ちょろちょろとすばしっこい……!いい加減に、退場しろ‼」

スクアーロが跳んで逃げる。
それを追うように地面が凹んでいくが、炎真の攻撃はまるで追い付けていない。
すぐに炎真の目の前まで迫ったスクアーロが、鞭のようにしなる蹴りを繰り出す。
しかしその蹴りの先にいたのは炎真ではなく、氷の盾を構えたアーデルハイトだった。
氷が形成する鋭い槍が、幾本もスクアーロに襲い掛かる。
一般人ではとても考えられないような動きで、上半身を捻り攻撃を避ける。
それでも避けきれないものは、剣で弾いて落とした。
スクアーロの蹴り足は氷に捕まっており、離れられないように固定をされてしまっている。
しかしスクアーロは、その脚をそのままにして、振り抜いた剣をアーデルの肩に向けて振り下ろした。

「くそっ!」

自身の腕に纏っていた氷を切り離し、アーデルハイトが離れていく。
振り下ろした剣は地面に突き刺さったが、そこから広がった嵐の炎が氷を砕き、脚が自由になる。
そこら中に作られていた沼を避けて、シモンまで距離を詰めたスクアーロが雨の炎を剣に纏わせて振り上げた瞬間、炎真の腕が持ち上げられた。

「最後の手段、だ……。今はまだ、使いたくなかったんだけどね」
「なっ……てめぇ!」

炎真が手を向けた先、標的として狙われたのは、アーデルハイトの氷に足止めされていたボンゴレ幹部や、ヴァリアー幹部、そして客人にも関わらず飛び込んできた、キャバッローネの二人。
シモンの手前まで迫っていたスクアーロだったが、足を滑らせながら彼らに背を向けて駆け戻ろうとする。
当然、捕まった人間と自由に動ける人間、どちらを攻撃するかなど、決まっていた。

「これで終わりだ!」
「は……ぐっ!」

炎真の操る大地の炎は、スクアーロの背中にのし掛かり、その体を地面に叩き付ける。

「がはっ!」
「スクアーロ!そんな……‼」

血を吐き、めきめきと音を立てて押し潰されるスクアーロに、ディーノが手を伸ばす。
彼らを阻む氷は固く、リングも持たない、使いこなせていない彼らがそれを突破するには、まだ時間が掛かるようだった。
その横で、控えていたヴァリアー隊員が、一斉にシモンに襲い掛かる。
だが炎真の攻撃は、対多数の戦いに何よりも強い。

「ぐああ!」
「がふぅ!」
「ごはっ!?」

一斉に吹き飛ばされた隊員達が、壁に磔にされた。
広範囲に大地の炎を使用したため、威力は通常よりも弱いが、そこをアーデルハイトの氷が固めて捕らえ、あっという間に動きを封じた。
しかし、炎真の攻撃の手が弱まったその間に、残っていた数人の隊員がスクアーロを助け出していた。
歯を食い縛って立ち上がったスクアーロの息は上がりきっていて、もうそう長くは戦えないことがわかる。
苦しそうに息をするスクアーロが、シモンに声を掛けようとしたその時、突然、部屋の壁が切り刻まれ、崩れ落ちた。

「ちはーっす!ツナー、皆いるかー?
……って、あれ?何かあったのな?」
「え……山本!?」
「野球バカ……?何でここに!」

崩れた壁の瓦礫の上に立つのは、山本武……いや、ぎらぎらと殺気だったその瞳は、一般人のそれではない。
彼は……

「零崎……威識!」

殺し名序列三位。
流血で繋がる殺人鬼の一賊。
その末弟である、零崎威識が、継承式の場に大幅に遅刻して駆け付けたのであった。
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