if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

ずっと不思議だった。
どうしてスクアーロは、一人きりで自分の前に現れたのか。
古里炎真は、継承式会場を巡回するヴァリアー隊員を見ながら考える。
スクアーロは今ここで殺気をばらまくヴァリアーのNo.2で、やろうと思えばこの強面の男達を、大量に引き連れて来ることだって出来たはず。
なのに、どうして彼はたったの一人できたのだろうか。
何より、あの様子を見るに、仲間に炎真達の存在を知らせてはいなかったようだ。

「炎真、行こう」
「……うん」

アーデルハイトに急かされて、炎真は頷き、歩き出す。
その際、向かいから歩いてきた男と肩がぶつかる。

「あ……ごめんなさ、い」
「てめぇ!しょんべんくせぇガキが、兄貴にぶつかっといてそれだけで済むと思ってんのかゴラァ‼」

頭上から響く怒鳴り声に身を竦める。
偉そうにふんぞり返る体格の良い男と、じゃらじゃらとアクセサリーを身に付けた男。
炎真を見下し、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
ああ、彼らは自分をいたぶろうとしている。
ぐっと歯を食い縛り、目を瞑った瞬間に、頬を硬い拳が打った。
後ろ向きに転び、尻餅をつく。
堅気にしろ、マフィアにしろ、自分が格上だと信じる人間の、なんて醜いことだろう。
スクアーロだって、きっと油断をしていただけだ。
コイツらと何も変わらない……。
でも、どれだけそう思おうとしても、脳裏を過るあの瞳が、心臓をぎゅっと締め付ける。
がなりたてる男達に、反論することもせず、炎真は黙って目を伏せる。

「チッ!陰気くせぇガキだな。おい、テメーどこのファミリーのもんだ?」
「……シモン」
「ああ?」
「シモン、ファミリー」

ファミリーの名を口にした途端、今度は思い切り腹を蹴りつけられた。
ぐっと悲鳴を押し殺して、怒鳴り声をやり過ごそうとする。

「おいゴラ‼なめてんのか?クソガキ‼シモンファミリーなんざ聞いたことがねぇ‼ここは青っ白いガキの来る場所じゃねーぞ‼」

見るに見かねて、アーデルハイトが割って入る。
キッと睨み上げて言い返す。

「我々もちゃんと招待状をもらっている!」
「だとぉ!?」
「その通りです。この会場に、招待状なくして入ることは、このヴァリアーが許さない」
「なっ!?おま……ぎゃ!」

不意に、絡んできた男の背後から、冷たい声が届き、炎真はハッとして顔を上げる。

「品のない行いをするものは、この式には不要です。さあ、出ていってもらおうか」
「うっ……やめてくれ!うああああ‼」

ずるずると連れ去られていった男達。
あっという間に彼らを制圧し、排除したヴァリアー隊員の背中に、銀色を重ね合わせる。
彼もきっと、ここに居合わせたら、同じようにしていただろう。
何故だか、炎真はそんな確信を抱いていた。
醜く権威を振り回す男よりも、誇り高く秩序を護ろうとする制服姿の方が、彼には似合っていた。
似合っていると、思った。

「エンマ君‼だ、大丈夫!?」
「ツナ君」

ヴァリアーと入れ違いに駆け寄ってくるのは、沢田綱吉とその守護者達。
その中に一人、見慣れない顔があった。

「その人は?」
「え?あ、ああ!その、山本って言って……雨の守護者なんだけど、その、今までは色々あって出てこられなかったんだけど、今日だけは特別だからって……」
「……そうなんだ」

取って付けたような曖昧な説明に頷く。
何故、山本武が出てこられないのか、それはいまだにわかっていなかったが、今目の前にいる山本武は、恐らく霧の守護者の作る有幻覚だろう。
警戒する必要はない。

「あ、ここじゃ難だし、別の場所に移動しよ!」
「うん」

綱吉に促されて、全員でぞろぞろと動く。
継承式までは、あと数十分に迫っていた。


 * * *


「ぐあ!」
「がはっ!?」

継承式は始まった。
その影で、何者かが動いていた。
数多くいるヴァリアー隊員を、次々に薙ぎ倒しながら、3人の女が走る。
相手に外部と連絡を取らせる暇を与えないのは、流石プロのプレイヤーであると言えよう。
だがヴァリアー隊員とて、ただやられている訳ではない。
何度倒されても立ち上がり、彼女達の行く手を塞ぐ。
しかしすぐに、彼ら全員が、突然頭を抱えて地面にくず折れた。
高音が鼓膜を破らんと鳴り響き、頭蓋を直接揺らしていく。
その間に、女達は何人かのヴァリアー隊員を倒し、目的の部屋へと向かっていった。


 * * *


「なぜだエンマ‼お前みたいな奴が、なぜこんなことを‼」

継承式の最中、ボンゴレの至宝とされる、罪を狙って奇襲を仕掛けた。
炎真は、手の中の小さな瓶を握りしめて思う。
信じかけていた。
そんなことを今さら言っても無駄だと知りつつも、ついそれを口にしてしまう。
綱吉の人柄は見てきた。
スクアーロにも、話を聞かされた。
それでもその人の人柄を示すのは、最終的には行動なのだ。
綱吉すらも再起不能にし、炎真は蔑んだような目をボンゴレに向ける。

「シモンリングは未完の力。この程度で壊れるなんて、ボンゴレリングもたかが知れているね。……まだ、スクアーロさんの方が戦い甲斐があったよ」
「スクアーロ……?お前ら、スクアーロをどうしたんだ!」

怒鳴るようにして聞いてきたのは、跳ね馬の二つ名を持つ、キャバッローネのボス、ディーノ。
二人がどんな間柄なのかは知らないが、彼の瞳には純粋な怒りが満ちていた。

「……殺したよ。僕らの秘密を、暴いてしまったからね」
「そ……んな……」
「嘘だね!しし、スクアーロはそんなに簡単に殺られるような奴じゃねーよ!」
「信じられないのも無理はないだろう。確かに、奴は強かった。我々全員と戦ったにも関わらず、なかなかに善戦していた」
「まあ、それでも死んだけどねん♪」

徐々に徐々に、彼らの顔が青ざめていく。
炎真は目を閉じ、彼の最後を思い浮かべた。
腹を抉られ、大量の血を噴き出し、潰れていくビルの中に消えていった、あの姿。
最後、彼は間違いなく手加減をしていた。
野球を通して仲を深めたと思っていた薫を、殺すことが出来なかったのかもしれない。
だがそれを、教えてやる必要はないだろう。
炎真達はもう一度ボンゴレを睨み、背を向ける。

「今日この日が、ボンゴレ終焉の始まり。そして新生シモンの門出だ。帰りましょう、聖地へ」
「帰る?その前に一つ、忘れ物があるんじゃあねぇのかぁ?」
「……な、に?」

聞き覚えのある声だった。
その場にいた全員が、目を見開いて声の出所を凝視する。
そこには、何かを引きずって歩いてくる、黒づくめの誰かがいた。
その黒いニット帽の中から、銀糸のような髪がこぼれ落ちる。
不敵に笑う口元、ギラギラとシモンを睨め付ける銀灰色の瞳、轟くような声。

「ス……スクアーロ‼」

ディーノが叫ぶ。
そう、そこにいたのは、シモンに殺されたはずの、スペルビ・スクアーロ、その人だった。
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