if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

「どういうことじゃ!?」
「ですから、今言った通りです!スクアーロ隊長が、『罪を守れ』という暗号を最後に通信が途絶え、行方不明になっているのです」
「通信が途絶えたって……スクアーロに何かあったってこと!?」
「それは……なんとも……。ただ、最後に通信したとおぼしき場所には、激しい戦闘痕と、隊長のものらしき夥しい血の痕が残っており……」
「そんなっ……!じゃあスクアーロは……!?」

9代目ボンゴレに、10代目の継承を断る。
それでボンゴレの後継者と言う、自分にはあまりにも不釣り合いな称号から逃れて、皆といつも通り、平穏に暮らせるかもしれない。
そんな思惑を抱いて、9代目の元へと訪れた綱吉の耳に入ったのは、最近昼夜を問わずして自分を護ってくれていた人物の不吉な報せだった。

「おびただしいって……どれくらい血があったの!?」
「……専門家の話では、致死量に近いと……」
「そんな……じゃあスクアーロは……!」
「狼狽えてんじゃねぇ、ダメツナ。こんな時こそ、ボスらしくどんと構えろ」
「ボスじゃないよ‼……でも、確かに、落ち着かなきゃ」

リボーンの一喝で落ち着いた綱吉は、大きく深呼吸を繰り返して、リボーンと視線を合わせる。

「スクアーロなら大丈夫だろ。このオレが保証してやる。アイツはこんなに簡単に死ぬような奴じゃねーぞ」
「うんっ、ありがとうリボーン。……まずは、皆にも知らせなきゃ。スクアーロが襲われたってことは、他の皆も危ないかも……!」
「じゃあ皆でファミレスに集合だな」
「うん!」

9代目にぺこりと頭を下げて出ていく綱吉は、先程までの狼狽えようが冗談のように、真っ直ぐに前を向いていた。
報告をしていたヴァリアーの隊員は、9代目をちらりと見てから、ほうっと息を吐く。
スクアーロが9代目を嫌っていたにも関わらず、綱吉の護衛を引き受けた理由が、何となくだが、掴めたような気がした。
9代目の頭の中はきっと、守るべき罪で一杯なのだろう。
スクアーロの身を案じていない訳ではないが、彼はあくまでマフィアのドンなのだ。
一人の死に動揺するようでは、その仕事は務まらない。
……わかってはいても、嫌な気分が晴れることはないが。

「罪……そうか、敵の狙いは罪なのか……」
「9代目、罪とは……?」
「……ボンゴレのボスに代々継承される、血の入った小瓶じゃ。君達ヴァリアーは、継承式当日、罪を守っておくれ……。そこに必ず、敵が現れる。必ず、スクアーロ君の仇は……」
「仇なぞ、取る気はありません」
「……なに?」

9代目の言い様に、ヴァリアーの男は低い声で答えた。
その瞳の奥には、沸々とたぎる怒りの色が覗ける。
立ち上がった彼の様子に危険を感じ、守護者達が9代目を守るように立ち塞がった。
それに対して、呆れたように首を振り、彼は目を細めて言葉を重ねる。

「死体も上がっていないのに、死んだと断定しないでいただきたい。隊長はまだ、生きている。罪の護衛、請け負いましょう。しかし9代目、我々は復讐のために動くのではない。スクアーロ隊長の指示があったから、動くのです。だから罪を守るのです。それ以上も、それ以下もない」

滔々と語る男は、9代目とその守護者達からすれば、まるで正気には見えない。
だが一つだけハッキリとわかる。
彼らのスクアーロへの忠誠は、異様と言えるほどに深い。

「……失礼、出すぎた真似をしました。明日の継承式、全力で罪を守護いたします。では」

音も立てずに帰っていった男に、背筋が粟立つのを感じる。
それは紛れもない、恐怖であった。

「やっぱり、ヴァリアーの奴らはおかしいですよ、9代目……」
「……いや、彼らはただ、純粋なだけじゃよ」
「はあ……純粋……ですか」

納得しない顔で頷くガナッシュの横で、9代目は顎を撫でながら思案する。
本当にスクアーロは死んだのか。
貴重な戦力であるスクアーロがまだ生きているとすれば、それは確かに嬉しいことだが、可能性の低いことに希望を懸けられるほど、ボンゴレのボスと言う座は軽くない。
今いる人員で、どうやって敵を迎え撃つのか。
夜は、様々な思惑を孕みながら、更けていった。


 * * *


ボンゴレが抱える罪の正体、スクアーロの失踪、そして激しい戦闘の痕跡。
リボーンを通じて、すべての情報を得た綱吉は、深く息を吸い込んで決意を吐き出す。

「オレ、継承式に出るよ」

継承式を開けば、敵は必ず罪を狙ってやって来る。
スクアーロを見付けるために最短の道は、彼女が戦った敵に聞くことのはずなのだから。
頷いてくれた仲間達に、安心して胸を撫で下ろす。
未来で命懸けの戦いを共にした彼らならば、きっと出来ないことはない。
……今は、一人足りないけれど。

「ところでさ、シモンの人達には……」
「スクアーロのことはさっき伝えたが、敵が来るかもしれねぇことは言わない方が良いかもな」
「そう……だよね……」

彼らを巻き込んではいけない。
綱吉達がそう気遣うのとは逆に、シモンの者達は根城とする並盛荘で、ボンゴレ襲撃のための最後の打ち合わせを行っていた。

「わかっているな炎真。容赦はしない。一気に決めに掛かるぞ」
「うん、わかってるよ、アーデル」
「そぉーんな気張んなって。オレちんが心強い助っ人呼んでおいたし!」

にぃっと笑うジュリーに、アーデルハイトも納得したように頷く。

「彼女達か……」
「大丈夫、なの……?裏切られたり、とか……」
「あいつらは仕事は真面目にこなすって!そういう奴らだからな」
「……うん」

自信満々に言い切ったジュリーに、炎真は顔を伏せて小さな声で返事をする。
その日、炎真はろくに眠ることができないでいた。
目を閉じれば、月明かりの下で見た、真っ赤な血の色が蘇る。
これから彼らが歩むだろう、血と硝煙にまみれた道を、暗示しているような光景。
瞼の裏に焼き付いて離れない、その光景と、銀色の人。
いくら消えろと念じても消えない、余りにも鮮烈な色合いが、夢の中まで追いかけてくる。

「……僕の、僕達の行く道は、本当にここであっているのかな……。ねぇ、父さん、母さん……真美……」

小さな呟きは誰にも届くことなく、炎真の心に波紋を残して消えていった。
そしてついに、運命の日が、やって来る。
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