if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

深夜、日付を跨ごうかというそんな時間に、スクアーロは沢田家から出てくる人影を見た。
門前で見回りをしていた獄寺に見付かり、眩いライトの明かりに驚いた人影の正体は、古里炎真。
明日の学校に持っていくものを全部忘れた、なんて言った彼は、急ぎ足で泊まっている民宿へと帰っていく。
その様子に、どことなく違和感を覚える。
近くに獄寺がいるため、見付かって騒がれないように、音を立てずに窓からこっそりと、綱吉の部屋を覗き込むが、特に変わった様子はない。
ぐぅすかと寝こけている少年と、散らかったままの部屋。
よくある男の子の部屋という感じだろうか。
だが一つだけ、目についたものがあった。
机の上に置かれた白い封筒。
『ツナ君へ』と書かれたその封筒の中に、何が書いてあるのかは分からないが、きっと良いことではない、だろう。
その後、夜が明けるまで、スクアーロは沢田家の近くに身を潜めていたが、古里炎真が戻ってくることはなかった。


 * * *


「……古里君は、お休みですか?」
「炎真いないヨ☆」
「そうですか」

翌日、何事もなく登校した綱吉とは逆に、古里炎真は無断欠席をした。
不安そうに空席を眺める沢田と、まるで気にした様子のないクラスメイト達。
真夜中のことも含めて、彼の様子が気になり、スクアーロは昼休みに、学校を抜け出した。
仲間から情報を受け取り、古里炎真がいる場所へと向かう。
彼がいたのは、ギーグの構成員達が殺された廃工場。
鉄材に埋もれるようにして座っていた炎真は、俯いてケータイを眺め、酷く冷たい空気を醸し出している。

「こんなところで、何してんだぁ、古里炎真」
「っ!」

声を掛けられた炎真は、びくりと肩を震わせて顔をあげる。
相手がスクアーロであることを確認すると同時に、警戒したように視線を尖らせた。

「どうしてあなたがここに……?ツナ君に頼まれてきたの?」
「オレはオレの意思でここに来てる。沢田は関係ねぇ」
「……そう」
「ちなみに、お前が沢田の部屋に置いていった手紙だがなぁ」
「っ!なんでその事……!」
「朝、沢田を起こしに来たイーピンが窓を開けたときに、風に飛ばされてどこかに飛んでいったぞ」
「……へ?」
「何が書いてあったかは知らねぇがな、いくら待ったって沢田は来ねぇ。そもそも、お前がここで待ってることなんて、アイツは知らねぇんだからなぁ」
「そ、そんな……」

動揺して視線を泳がせる炎真を、スクアーロは顔色を変えずに眺める。
綱吉が何も知らないと言うことを、信じるか信じないか、炎真は酷く迷っているようだった。
周囲に人の気配はないようだ。
ここにいるのは、炎真1人だけらしい。
スクアーロは戸惑う炎真の横に腰を下ろした。

「……何がしたかったのか知らねぇけどな。するんならもっと徹底的やれよ。虚しいだろ、一人で待ってても」
「……なんで、来たんですか」
「別に、気が向いたからなぁ」
「……」

嘘臭い、なんて声が聞こえてきそうな炎真の顔を見て、スクアーロは鼻を鳴らす。

「信じるも信じねぇも、お前が決めることだ」
「そんなの……当たり前だ」
「沢田のこともだぁ。試すような真似してねぇで、自分の目で見て決めろ」
「……そんなの、わからないよ」
「そうかよ。……オレは、お前らのこと、少しわかった気がするぜ」
「僕達の……?」

不快そうに炎真が顔を歪める。
大した付き合いもないのに、分かったような顔をされれば、不愉快にもなるだろう。
だがスクアーロは、炎真の様子など気にも掛けずに話し始めた。

「古里、お前は気付いているかどうかわからねぇが、ずっとオレ達を観察するような目をしていたな」
「かん、さつ……」
「ずっと、警戒したような目をしていた」
「……そんなことは……」
「お前の仲間にしてもそうさ。協力をしながらも、いつも一線を引き、深いところまでは絶対に踏み込ませない」
「……」
「……獄寺がなぁ、ギーグが襲われた時間帯に、鈴木アーデルハイトを見たそうだ。丁度、この廃工場の前でなぁ……」
「……だから、何だって言うの」

話している間、ずっと前を向いていたスクアーロの銀灰色の瞳が、炎真へと向けられる。
ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。
炎真の緊張が、スクアーロにも伝わってくるようだった。

「ギーグを殺したのは、お前達、だな」
「……証拠はない」
「その通りだぁ。だが、オレには、それ以外の答えが考えられない」
「何をする、つもりなの……?」
「……」

炎真の問い掛けに、スクアーロはふっと口をつぐみ、再び真っ直ぐに前を見る。

「どうしようなぁ」
「は?」
「本当なら、問答無用で始末するべきなんだろうが、……お前らが特別な理由もなく、こんなことをするとも思えねぇんだよなぁ」
「……」
「お前らが、諦めてくれりゃあ、それで全部丸く収まるのにな」
「そんなこと……、そんなこと出来るわけないだろ!」

落ち着いた様子のスクアーロに立ち向かい、赤く燃える瞳を怒らせる。

「諦める?出来るわけない。仲間の想いを裏切れって言うの?今までの苦労を無かったことにしろっていうの?ふざけるな!」
「……」
「僕達は諦めない。ボンゴレの罪を奪い、僕達が裏社会を壊し、再構成をする……。ツナ君は知らなかった、だって?彼は来なかった、それが全てだよ。あなたが何を言おうと関係ない」
「……そう、か」

炎真の言葉に、息を吐き出す。
その顔がどことなく寂しげで、炎真は言葉を詰まらせた。
それでも、気持ちを変えるつもりはない。

「……知られてしまった以上は、あなたをただで帰すことは出来ない」
「だろうなぁ」
「あなたは、ここで、殺す……」

スッと上げた炎真の手には、仄かに輝く指輪がある。
しかし炎真の目の前から、スクアーロは突然姿を消した。
ハッとして身構える彼の背後から、穏やかな声が聞こえる。

「お前に殺しができるのかぁ?」
「くっ!後ろか……‼」

炎真が振り向いた先に、スクアーロはいない。
焦る炎真の傍から、また声が響いた。

「仲間の想い……と言ったな。復讐でもするつもりかぁ?」
「あなたに教えるつもりはない!」
「辞めておけよ、復讐なんざろくなことにならねぇ。何より、ボンゴレに敵意を持つなら、狙う相手が違うだろぉ。沢田の奴はボンゴレを継ぐ気はねぇぞ。アイツは戦いだの殺しだのが嫌いだからなぁ」
「……随分と肩を持つんですね。ヴァリアーはツナ君に負けて、腑抜けになったんですか?」
「……オレは、そうかもな。だが、それで守れるものがあるなら、それで良いんだよ」

炎真が顔に翳した手が独特の炎を帯びる。
ハッとして飛び退いたスクアーロのいた地面が、突然べこりと凹んだ。

「ごちゃごちゃと、うるさいんですよ。僕達はボンゴレを潰す。あなたも、ここで消す」
「チッ……、何言っても、止まらないか……」

炎真の攻撃から逃げて、スクアーロは駆ける。
その日、スクアーロと炎真が学校に戻ることは無かった。
73/90ページ
スキ