if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯
「ギーグの連中が殺られたぁ!?」
スクアーロがそのニュースを聞いたのは、継承式まであと3日と迫った日の夕時だった。
伝説の殺し屋集団とまで呼ばれる、あのギーグファミリーが、いったい誰にやられたと言うのか。
部下が把握しているのは、ギーグが何者かに倒されたと言うところまでで、誰に、どのように殺されたのかまではわからなかったらしい。
スクアーロは、報告を受けた部下と共に、ギーグが殺られたと言う現場を訪れることにしたのだった。
「現場……と言っても、既にギーグが元あったように復元しています。今さら来たところで、新しい発見はないのでは……」
「そんなもんは見てみねぇとわからないだろうがぁ。ギーグは、犯人について何と言っている?」
「それが……、今回の継承式に参加するために来日した者達の独断専行で動いていたらしく、ギーグ本体の方はまるで状況を把握していなかったそうです」
「役立たずがぁ……。死体の処理はどうしたぁ?」
「既に焼却済みだそうで……。骨も残さず灰となっています」
「使えねぇなクソ……」
死体、現場、ほとんどの手掛かりが消されてしまっている。
もちろん、マフィアが世間の目から逃れることは大切なことだが、手掛かりもなく敵を見付けるのは相当難しい。
スクアーロは、到着した現場をざっと見渡し、そしておもむろにしゃがみこんで土に触れた。
「……湿ってる部分があるな」
「あ……確かに。ここ最近、雨は降っていなかったはずですが……」
土が抉られた痕だったり、建物の瓦礫なんかが残っているような、破壊の痕が大きく見える場所ほど、土が湿っていたり、強い湿気を感じる。
空気の匂いを嗅ぐが、毒物の臭いや、変わったことは感じられない。
ただの水……?
しかし、こうも不自然に水気が残るのはおかしい。
「相手は雨の炎の使い手か……?いや、にしては戦い方が派手すぎるな……」
「ギーグの精鋭を倒すほどの使い手……。しかも正体が不明なんて、相当の猛者でしょうね」
「そうだな」
知らず知らず、二人の表情は険しさを増していく。
一体、何者なのか。
その尻尾すらも掴めない。
「……とにかく、ギーグの足跡を辿れ。手掛かりが見付かるかもしれねぇ」
「はい」
ギーグファミリーがどうやって敵の存在に気が付いたのか。
そこまでたどり着くことが出来れば、彼らもまた、敵を知ることが出来るはず。
その場を部下に任せて、スクアーロは足早に立ち去る。
今日は獄寺隼人が綱吉の護衛をしているはず。
何より、普段はあれでも、綱吉は強い。
簡単にやられることはないだろうが、報告は早い方が良い。
「お前らも行ってこい」
スクアーロが、ピュイっと鋭く口笛を吹く。
途端、木々に止まっていた幾羽ものカラスが一斉に飛び立った。
その首には、小さなカメラが取り付けられている。
スクアーロの眼として、忠実に動く小さな部下達。
彼らが散々に飛んでいくのを見送ってから、スクアーロは沢田家へと向かったのだった。
* * *
「面白そうな奴が来たな。まさかギーグを倒すとは」
リボーンのクールな反応に、スクアーロは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
仲間達も、カラス達も、懸命に探っていると言うのに、尻尾すら掴めない。
ギーグの死体の写真を見せてもらうことが出来たが、どれもこれも損壊が酷く、どのような手を使って殺されたのか、まるで見当がつかない。
不機嫌になるのも、無理はないだろう。
「敵がわかんねぇなら、仕方がねぇだろ。探すのも良いが、こういうときはどんと構えて待つのも手だ」
「そんな悠長な……。いつ沢田達が奇襲されてもおかしくないんだぞ」
「なんだ、心配してくれるんだな」
「そうじゃねぇよ!くそっ……お前らはいつもそうやって何でも軽く……」
「お前『ら』?」
「っ……お前も9代目も、沢田に関わる奴は皆そうだろうがぁ」
「確かに、ディーノも軽く受け止めそうだな」
「何でアイツが出てくんだぁ‼」
苛立たしげに塀へ拳を打ち付け、スクアーロは足音荒く立ち去っていく。
報告は早い方が良い、例え式の前に捕まえることが出来たとしても。
そう思って、わざわざ出向いたと言うのに、リボーンはスクアーロをからかうばかりで、まるで真剣に受け止めている様子がない。
来なければよかった、と大きく息を吐き出し、重たい脚を引きずって、裏路地から大通りへと抜ける。
今でさえ、大量の敵が綱吉を狙っている。
そこに正体不明、実力を測ることも出来ない謎の敵が来たのだとしたら、護衛の計画を見直す必要だって出てくる。
子供の護衛と違い、スクアーロ達ヴァリアーは大きな組織だ。
一つ事柄を変えるのも、様々な手続きが必要となる。
だと言うのに、あのよく動く赤ん坊と来たら、何が『どんと構えて待つのも手』だ。
待っているばかりで、事態が良い方へと動くはずはない。
だいたい奴の教え子と来たら、跳ね馬も綱吉も、揃いも揃って自覚が足りない。
そんな愚痴を心に並べていたところに、リボーンに痛いところを突かれた。
何で跳ね馬のことなど考えていたのか。
イライラと頭を掻き、スクアーロは再び人気の少ない路地へと入っていく。
「……報告かぁ」
「……は。……その……実は……」
「ハッキリ言え」
「も、申し訳ございません……。ギーグが、……今回の事件の調査には協力出来ない、と……」
部下の報告に、スクアーロの脚が止まる。
「……どういうことだぁ」
「これ以上徒に手を出して、貴重な構成員を失うよりは、ヴァリアーの精鋭に任せた方が良いだろう、と。ヴァリアーならばこの程度、たいした仕事でもないだろう、と……」
「うちの隊員なら、死んでも良いとでも言うつもりかぁ!?」
「た……隊長!?」
「……チッ、取り乱したなぁ。悪かった……」
「いえ、そんな、謝るようなことでは……」
殴り付けたコンクリートの壁が、痛々しい音をたてる。
じんじんと痺れる拳を擦り、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
ギーグの魂胆は見えている。
勿論、貴重なファミリーを失えない、と言うのも本音ではあるのだろうが、何よりも奴らが望んでいるのは、ヴァリアーの弱体化、並びに、ボンゴレの弱体化。
こんな世界だ。
例えボンゴレが、最も力のあるファミリーだと言われていようと、その首を取り、上に立とうと狙う連中は山程いる。
10代目の継承を祝う、などと口では言っていても、結局は奴らもその内の一つに過ぎないのか。
……いや、むしろ、それを狙わないファミリーの方が少ないのだろう。
キャバッローネのように、損得勘定なしに協力してくれるファミリーなんて、普通ならあり得ない……。
「……って、またかよ、くそ……」
「隊長?」
「何でもねぇ。お前らは残された情報から敵の調査を進めろぉ。沢田の護衛には本国から応援を呼ぶ」
「畏まりました。……隊長、どうか、ご無理はなさらず」
「わかってる……」
投げ遣りな返事をして、暗い道を歩いていく。
部下の男は既にいなくなり、1人歩くスクアーロを、高い空の上から月が照らしている。
酷く、寒々しい気持ちになる。
まるで、自分が一人ぼっちで世界に取り残されているような。
ようやくたどり着いた住み処で、縮こまるように座り込み、ぎゅっと結んだ拳を抱え込んだ。
「……大丈夫、大丈夫……何とか、なる」
自分自身に言い聞かせるように、ポツリ、ポツリと呟く。
ふと、脳裏に、同じように囁かれた言葉が甦る。
ーー大丈夫、大丈夫だからな?
「大丈夫……だから……」
ーーゆっくり、ゆっくりと話してみろ……
「……帰りたいなぁ、イタリアに……」
膝に額を押し付けて、ぼんやり呟いた。
温かな声を思い出して、肩の力が少し抜けた。
「って……また、跳ね馬のこと……」
なんで、思い出してるのだろう。
だが、思い出した温もりに、優しかったその声に、安心している自分がいるのも確かだった。
「大丈夫……」
もう一度呟く。
先ほど感じていた寂しさは、少し薄れたような気がした。
スクアーロがそのニュースを聞いたのは、継承式まであと3日と迫った日の夕時だった。
伝説の殺し屋集団とまで呼ばれる、あのギーグファミリーが、いったい誰にやられたと言うのか。
部下が把握しているのは、ギーグが何者かに倒されたと言うところまでで、誰に、どのように殺されたのかまではわからなかったらしい。
スクアーロは、報告を受けた部下と共に、ギーグが殺られたと言う現場を訪れることにしたのだった。
「現場……と言っても、既にギーグが元あったように復元しています。今さら来たところで、新しい発見はないのでは……」
「そんなもんは見てみねぇとわからないだろうがぁ。ギーグは、犯人について何と言っている?」
「それが……、今回の継承式に参加するために来日した者達の独断専行で動いていたらしく、ギーグ本体の方はまるで状況を把握していなかったそうです」
「役立たずがぁ……。死体の処理はどうしたぁ?」
「既に焼却済みだそうで……。骨も残さず灰となっています」
「使えねぇなクソ……」
死体、現場、ほとんどの手掛かりが消されてしまっている。
もちろん、マフィアが世間の目から逃れることは大切なことだが、手掛かりもなく敵を見付けるのは相当難しい。
スクアーロは、到着した現場をざっと見渡し、そしておもむろにしゃがみこんで土に触れた。
「……湿ってる部分があるな」
「あ……確かに。ここ最近、雨は降っていなかったはずですが……」
土が抉られた痕だったり、建物の瓦礫なんかが残っているような、破壊の痕が大きく見える場所ほど、土が湿っていたり、強い湿気を感じる。
空気の匂いを嗅ぐが、毒物の臭いや、変わったことは感じられない。
ただの水……?
しかし、こうも不自然に水気が残るのはおかしい。
「相手は雨の炎の使い手か……?いや、にしては戦い方が派手すぎるな……」
「ギーグの精鋭を倒すほどの使い手……。しかも正体が不明なんて、相当の猛者でしょうね」
「そうだな」
知らず知らず、二人の表情は険しさを増していく。
一体、何者なのか。
その尻尾すらも掴めない。
「……とにかく、ギーグの足跡を辿れ。手掛かりが見付かるかもしれねぇ」
「はい」
ギーグファミリーがどうやって敵の存在に気が付いたのか。
そこまでたどり着くことが出来れば、彼らもまた、敵を知ることが出来るはず。
その場を部下に任せて、スクアーロは足早に立ち去る。
今日は獄寺隼人が綱吉の護衛をしているはず。
何より、普段はあれでも、綱吉は強い。
簡単にやられることはないだろうが、報告は早い方が良い。
「お前らも行ってこい」
スクアーロが、ピュイっと鋭く口笛を吹く。
途端、木々に止まっていた幾羽ものカラスが一斉に飛び立った。
その首には、小さなカメラが取り付けられている。
スクアーロの眼として、忠実に動く小さな部下達。
彼らが散々に飛んでいくのを見送ってから、スクアーロは沢田家へと向かったのだった。
* * *
「面白そうな奴が来たな。まさかギーグを倒すとは」
リボーンのクールな反応に、スクアーロは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
仲間達も、カラス達も、懸命に探っていると言うのに、尻尾すら掴めない。
ギーグの死体の写真を見せてもらうことが出来たが、どれもこれも損壊が酷く、どのような手を使って殺されたのか、まるで見当がつかない。
不機嫌になるのも、無理はないだろう。
「敵がわかんねぇなら、仕方がねぇだろ。探すのも良いが、こういうときはどんと構えて待つのも手だ」
「そんな悠長な……。いつ沢田達が奇襲されてもおかしくないんだぞ」
「なんだ、心配してくれるんだな」
「そうじゃねぇよ!くそっ……お前らはいつもそうやって何でも軽く……」
「お前『ら』?」
「っ……お前も9代目も、沢田に関わる奴は皆そうだろうがぁ」
「確かに、ディーノも軽く受け止めそうだな」
「何でアイツが出てくんだぁ‼」
苛立たしげに塀へ拳を打ち付け、スクアーロは足音荒く立ち去っていく。
報告は早い方が良い、例え式の前に捕まえることが出来たとしても。
そう思って、わざわざ出向いたと言うのに、リボーンはスクアーロをからかうばかりで、まるで真剣に受け止めている様子がない。
来なければよかった、と大きく息を吐き出し、重たい脚を引きずって、裏路地から大通りへと抜ける。
今でさえ、大量の敵が綱吉を狙っている。
そこに正体不明、実力を測ることも出来ない謎の敵が来たのだとしたら、護衛の計画を見直す必要だって出てくる。
子供の護衛と違い、スクアーロ達ヴァリアーは大きな組織だ。
一つ事柄を変えるのも、様々な手続きが必要となる。
だと言うのに、あのよく動く赤ん坊と来たら、何が『どんと構えて待つのも手』だ。
待っているばかりで、事態が良い方へと動くはずはない。
だいたい奴の教え子と来たら、跳ね馬も綱吉も、揃いも揃って自覚が足りない。
そんな愚痴を心に並べていたところに、リボーンに痛いところを突かれた。
何で跳ね馬のことなど考えていたのか。
イライラと頭を掻き、スクアーロは再び人気の少ない路地へと入っていく。
「……報告かぁ」
「……は。……その……実は……」
「ハッキリ言え」
「も、申し訳ございません……。ギーグが、……今回の事件の調査には協力出来ない、と……」
部下の報告に、スクアーロの脚が止まる。
「……どういうことだぁ」
「これ以上徒に手を出して、貴重な構成員を失うよりは、ヴァリアーの精鋭に任せた方が良いだろう、と。ヴァリアーならばこの程度、たいした仕事でもないだろう、と……」
「うちの隊員なら、死んでも良いとでも言うつもりかぁ!?」
「た……隊長!?」
「……チッ、取り乱したなぁ。悪かった……」
「いえ、そんな、謝るようなことでは……」
殴り付けたコンクリートの壁が、痛々しい音をたてる。
じんじんと痺れる拳を擦り、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
ギーグの魂胆は見えている。
勿論、貴重なファミリーを失えない、と言うのも本音ではあるのだろうが、何よりも奴らが望んでいるのは、ヴァリアーの弱体化、並びに、ボンゴレの弱体化。
こんな世界だ。
例えボンゴレが、最も力のあるファミリーだと言われていようと、その首を取り、上に立とうと狙う連中は山程いる。
10代目の継承を祝う、などと口では言っていても、結局は奴らもその内の一つに過ぎないのか。
……いや、むしろ、それを狙わないファミリーの方が少ないのだろう。
キャバッローネのように、損得勘定なしに協力してくれるファミリーなんて、普通ならあり得ない……。
「……って、またかよ、くそ……」
「隊長?」
「何でもねぇ。お前らは残された情報から敵の調査を進めろぉ。沢田の護衛には本国から応援を呼ぶ」
「畏まりました。……隊長、どうか、ご無理はなさらず」
「わかってる……」
投げ遣りな返事をして、暗い道を歩いていく。
部下の男は既にいなくなり、1人歩くスクアーロを、高い空の上から月が照らしている。
酷く、寒々しい気持ちになる。
まるで、自分が一人ぼっちで世界に取り残されているような。
ようやくたどり着いた住み処で、縮こまるように座り込み、ぎゅっと結んだ拳を抱え込んだ。
「……大丈夫、大丈夫……何とか、なる」
自分自身に言い聞かせるように、ポツリ、ポツリと呟く。
ふと、脳裏に、同じように囁かれた言葉が甦る。
ーー大丈夫、大丈夫だからな?
「大丈夫……だから……」
ーーゆっくり、ゆっくりと話してみろ……
「……帰りたいなぁ、イタリアに……」
膝に額を押し付けて、ぼんやり呟いた。
温かな声を思い出して、肩の力が少し抜けた。
「って……また、跳ね馬のこと……」
なんで、思い出してるのだろう。
だが、思い出した温もりに、優しかったその声に、安心している自分がいるのも確かだった。
「大丈夫……」
もう一度呟く。
先ほど感じていた寂しさは、少し薄れたような気がした。