if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯
――6年前、京都……
「そ、んな……」
アクーラ……、ボンゴレの掃除屋として、日本を中心に悪事を働くマフィアの始末を命じられ、オレはとあるビルの屋上から、望遠鏡でそのマフィアの様子を窺っていた。
いや、正確に言えば、窺おうとしていた、だろうか。
マフィアの事務所があるはずの場所には、赤、赤、赤。
とにかく赤ばかりが広がっていた。
鮮烈な赤に彩られた事務所は、グチャグチャに潰れた肉の塊が、山のように積み上がっていた。
ほんの数分前までは、20人ほどの男達がズラリと並んでいたのだ。
それが10分と経たない内に全滅した。
それも、たった一人の人間によって。
事務所内の全てのヒトとモノは、無惨に叩き潰されていて、無事に残っているものは1つとしてなかった。
「何なんだ、あの野郎……!?」
圧倒的なまでの破壊行為に、思わず素のままの口調が出てしまう。
レンズの向こう、死骸のなかに唯一生きて立っている男がいた。
あんなに部屋は血で汚れているのに、その男の服には埃1つ付いていない。
つば広の日に焼けた麦わら帽子に、真っ白なタンクトップ、だぼっとしたパンツ。
浅黒い肌が特徴的な、長身痩躯の華奢な青年。
その男の背中から目が離せなくなる。
あんな、……田舎者みたいな奴が、数分の内に凶悪なマフィアを壊滅させた、なんて。
『ピッ……ガッ、ガガッ!!……で、全員っちゃ?』
「!」
先日仕掛けた盗聴器から、ノイズと、男の声が流れ出した。
部屋中のモノは壊されていたが、コンセントプラグにつけた盗聴器は生きていたらしい。
こちらの声が聞こえるはずはないのに、思わず息を潜めて男の声に意識を集中した。
『全部で23人いたちや。……殺りながら数えたんだから間違いはないっちゃよ』
携帯を片手に、もう片手には釘バットらしきものを持っていて、それを杖代わりにして体重を預けている。
『いくらグチャグチャにしたって数え間違いはないっちゃ。……これで全部なら、もう帰るっちゃよ。それとも、まだ零崎しなきゃならない奴がいるっちゃか?』
オレは、その時初めて、『零崎』という名前を聞いた。
それが何なのか……、固有名詞なのか、奴の使い方からすると動詞のようにも聞こえたが、とにかくどういう意味を持つ言葉なのかは、さっぱりわからなかった。
男は、暫く電話の向こうの声に耳を傾けていたが、何の前触れもなく、突然こちらを振り返った。
レンズの中の奴と、目があった気がする。
そんな、まさか。
これだけ離れているのに、こちらに気付くはずはない……!!
その時のオレの頭には、ソイツの仲間がどこにいるのかとか、ソイツの様子を見ている奴が他にもいるとか、そんなことを考える余裕などなかった。
だから気付かなかったのだ。
後ろを取られ、尚且つその相手に声を掛けられるその時まで。
「まさか、我々以外にもあのマフィアを狙う者がいたとは思わなかった」
「っ……!!?」
自らの背後、ほんの数mも離れていない距離から、突然声が聞こえた。
驚いて弾かれるように立ち上がり、その声から距離を取る。
「悪くない。だが困った。見られたからには放っておくわけにはいかない」
「くっ!!」
距離をとって、向き合った途端に、凄まじい殺気が襲い掛かってくる。
膝がガクガクと笑い、冷や汗が後から後から噴き出してきて止まらない。
怖いと思った。
その時、オレの頭の中にあったのは純粋な恐怖だけだった。
逃げなければならないのに、体が動かない。
「見たところ、子供ではないようだ。男女の区別はつけられないが、少女ではなさそうだ……。……いや、それともそう見せ掛けているだけで、実は少女なのか?声を聞けばわかるだろうか」
男が何かブツブツと呟いているが、オレにそれを構っている余裕はなかった。
逃げねぇと、今すぐに……!
だが足は動かない。
それどころか、首も、腕も、指の1つすら動かせない。
ここまで来てようやく気付いた。
恐怖のせいじゃない。
何か『外部からの力』で動きが止められている……!
「『少女趣味-ボルトキープ-』零崎曲識。僕は少女しか殺さない。だから確かめさせてもらおう。君の素顔を。ついでに所属と、あのマフィア達を狙っていた理由も聞けたら、悪くない」
「っ!?……は!!?」
ボルトキープ?
少女しか殺さない!?
零崎ってなんだよ!!
頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされていた。
それと同じくらい、逃げなければならないという焦燥感も溢れてきた。
それでも足は動かない。
「ああ、逃げようとしても無駄だぞ。君にできるのは話すことぐらいだろう」
男が、一歩、また一歩と近付いてくる。
見た目は優しそうな、若い細身の男なのに、それが発する殺気は尋常でない量、質だった。
その男が、明確な死を伴って、オレに近付いてきている。
オレは、口を開き、そして、
「ぐっ……!!」
「……なに?」
思いっきり舌を噛んだ。
ビリビリと鋭い痛みが全身を貫く。
その瞬間、夢から覚めたように全身の感覚が鮮明になる。
目を見開き驚く男を残し、オレは必死にその場から逃げた。
ビルの屋上から飛び降りて、途中剣で速度を落として無理矢理着地する。
痛む舌も、痺れる脚も無視して、全力で駆け抜けた。
隠れ家に帰って、呼吸を整えてからも、震えは止まらなかった。
零崎、零崎曲識……。
恐ろしかった。
もしあのままオレが逃げられなかったら、どうなっていただろう。
死、以外の結果は、想像できなかった。
* * *
「……逃げられたか。悪くない」
「悪いに決まってるっちゃ!!」
スクアーロがいなくなった屋上、急いで駆けつけた麦藁帽子に釘バットの男は、一人きりで佇む零崎曲識と彼の言葉に、思わず叫んだ。
逃げられて良いはずがない。
もし下手に自分達の存在を言い触らされたらコトだし、何よりソイツが先程潰した組織の関係者なら殺さなければならない。
零崎に仇なすものは一族郎党、老若男女皆殺し。
零崎にとってこれは、一部例外を除き必ずの掟とも言えることなのだ。
そしてその例外である男は平然とした顔で釘バットの男に向き直った。
「安心しろアス。奴はあの組織の関係者ではないだろう。そして恐らくは裏社会の者だ。簡単に僕達のことを言い触らしはしまい。奴の狙いがあのマフィアの壊滅で、その仕事を我々に横取りにされたのならば尚更な」
「……なんで関係者でないとわかるっちゃか?」
「勘だ」
「勘っちゃか!?」
「悪くない」
「だから悪くなくないっちゃ!!」
アスと呼ばれた釘バットの男は、生真面目に一つ一つ突っ込んだ後、ようやく現場に目を向ける。
逃亡した者がいたという場所には、壊れた望遠鏡だけが落ちていて、それ以外に痕跡は残っていない。
曲識の話では、全身を黒い服で覆い隠し、首にだけ何故か赤いマフラーを巻いた、性別不明、年齢不明、どころか容姿まで不明の人物だったそうだ。
「だが聞こえた声は若かった」
「声が聞こえたのに性別はわからなかったっちゃか?」
「若い男にも、声の低い女にも聞こえた」
「……どうやって逃げたっちゃか?」
「そこから飛び降りて逃げた」
曲識の指し示した屋上の縁から覗くと、随分下に地面がある。
よくよく見れば壁の途中から地面近くまで、何かで抉ったような痕が長く延びていて、どうやら長い武器か何かを壁に突き刺して、落下速度を緩めることで逃走に成功したらしかった。
「お前が逃げられるなんて、珍しいこともあるもんっちゃな。明日は雪か?」
「舌を切った痛みが僕の精神感応を打ち消したらしい。本来ならその程度で解けるモノではないのだが、ヘルメットのせいで音が届ききっていなかったのかもしれない」
「なるほど」
咄嗟に舌を噛み切る判断も、この高さから躊躇なく飛び降りる度胸も、その人物の実力の高さを表しているように思える。
その実力はあのマフィア達には見合わない。
「……ま、どっちにしろ調べてみるっちゃか」
釘バットを肩に背負い、燕尾服を整えた二人は、のんびりとその場を立ち去った。
だがその後、彼らがその人物と合間見えることは、なかった。
「そ、んな……」
アクーラ……、ボンゴレの掃除屋として、日本を中心に悪事を働くマフィアの始末を命じられ、オレはとあるビルの屋上から、望遠鏡でそのマフィアの様子を窺っていた。
いや、正確に言えば、窺おうとしていた、だろうか。
マフィアの事務所があるはずの場所には、赤、赤、赤。
とにかく赤ばかりが広がっていた。
鮮烈な赤に彩られた事務所は、グチャグチャに潰れた肉の塊が、山のように積み上がっていた。
ほんの数分前までは、20人ほどの男達がズラリと並んでいたのだ。
それが10分と経たない内に全滅した。
それも、たった一人の人間によって。
事務所内の全てのヒトとモノは、無惨に叩き潰されていて、無事に残っているものは1つとしてなかった。
「何なんだ、あの野郎……!?」
圧倒的なまでの破壊行為に、思わず素のままの口調が出てしまう。
レンズの向こう、死骸のなかに唯一生きて立っている男がいた。
あんなに部屋は血で汚れているのに、その男の服には埃1つ付いていない。
つば広の日に焼けた麦わら帽子に、真っ白なタンクトップ、だぼっとしたパンツ。
浅黒い肌が特徴的な、長身痩躯の華奢な青年。
その男の背中から目が離せなくなる。
あんな、……田舎者みたいな奴が、数分の内に凶悪なマフィアを壊滅させた、なんて。
『ピッ……ガッ、ガガッ!!……で、全員っちゃ?』
「!」
先日仕掛けた盗聴器から、ノイズと、男の声が流れ出した。
部屋中のモノは壊されていたが、コンセントプラグにつけた盗聴器は生きていたらしい。
こちらの声が聞こえるはずはないのに、思わず息を潜めて男の声に意識を集中した。
『全部で23人いたちや。……殺りながら数えたんだから間違いはないっちゃよ』
携帯を片手に、もう片手には釘バットらしきものを持っていて、それを杖代わりにして体重を預けている。
『いくらグチャグチャにしたって数え間違いはないっちゃ。……これで全部なら、もう帰るっちゃよ。それとも、まだ零崎しなきゃならない奴がいるっちゃか?』
オレは、その時初めて、『零崎』という名前を聞いた。
それが何なのか……、固有名詞なのか、奴の使い方からすると動詞のようにも聞こえたが、とにかくどういう意味を持つ言葉なのかは、さっぱりわからなかった。
男は、暫く電話の向こうの声に耳を傾けていたが、何の前触れもなく、突然こちらを振り返った。
レンズの中の奴と、目があった気がする。
そんな、まさか。
これだけ離れているのに、こちらに気付くはずはない……!!
その時のオレの頭には、ソイツの仲間がどこにいるのかとか、ソイツの様子を見ている奴が他にもいるとか、そんなことを考える余裕などなかった。
だから気付かなかったのだ。
後ろを取られ、尚且つその相手に声を掛けられるその時まで。
「まさか、我々以外にもあのマフィアを狙う者がいたとは思わなかった」
「っ……!!?」
自らの背後、ほんの数mも離れていない距離から、突然声が聞こえた。
驚いて弾かれるように立ち上がり、その声から距離を取る。
「悪くない。だが困った。見られたからには放っておくわけにはいかない」
「くっ!!」
距離をとって、向き合った途端に、凄まじい殺気が襲い掛かってくる。
膝がガクガクと笑い、冷や汗が後から後から噴き出してきて止まらない。
怖いと思った。
その時、オレの頭の中にあったのは純粋な恐怖だけだった。
逃げなければならないのに、体が動かない。
「見たところ、子供ではないようだ。男女の区別はつけられないが、少女ではなさそうだ……。……いや、それともそう見せ掛けているだけで、実は少女なのか?声を聞けばわかるだろうか」
男が何かブツブツと呟いているが、オレにそれを構っている余裕はなかった。
逃げねぇと、今すぐに……!
だが足は動かない。
それどころか、首も、腕も、指の1つすら動かせない。
ここまで来てようやく気付いた。
恐怖のせいじゃない。
何か『外部からの力』で動きが止められている……!
「『少女趣味-ボルトキープ-』零崎曲識。僕は少女しか殺さない。だから確かめさせてもらおう。君の素顔を。ついでに所属と、あのマフィア達を狙っていた理由も聞けたら、悪くない」
「っ!?……は!!?」
ボルトキープ?
少女しか殺さない!?
零崎ってなんだよ!!
頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされていた。
それと同じくらい、逃げなければならないという焦燥感も溢れてきた。
それでも足は動かない。
「ああ、逃げようとしても無駄だぞ。君にできるのは話すことぐらいだろう」
男が、一歩、また一歩と近付いてくる。
見た目は優しそうな、若い細身の男なのに、それが発する殺気は尋常でない量、質だった。
その男が、明確な死を伴って、オレに近付いてきている。
オレは、口を開き、そして、
「ぐっ……!!」
「……なに?」
思いっきり舌を噛んだ。
ビリビリと鋭い痛みが全身を貫く。
その瞬間、夢から覚めたように全身の感覚が鮮明になる。
目を見開き驚く男を残し、オレは必死にその場から逃げた。
ビルの屋上から飛び降りて、途中剣で速度を落として無理矢理着地する。
痛む舌も、痺れる脚も無視して、全力で駆け抜けた。
隠れ家に帰って、呼吸を整えてからも、震えは止まらなかった。
零崎、零崎曲識……。
恐ろしかった。
もしあのままオレが逃げられなかったら、どうなっていただろう。
死、以外の結果は、想像できなかった。
* * *
「……逃げられたか。悪くない」
「悪いに決まってるっちゃ!!」
スクアーロがいなくなった屋上、急いで駆けつけた麦藁帽子に釘バットの男は、一人きりで佇む零崎曲識と彼の言葉に、思わず叫んだ。
逃げられて良いはずがない。
もし下手に自分達の存在を言い触らされたらコトだし、何よりソイツが先程潰した組織の関係者なら殺さなければならない。
零崎に仇なすものは一族郎党、老若男女皆殺し。
零崎にとってこれは、一部例外を除き必ずの掟とも言えることなのだ。
そしてその例外である男は平然とした顔で釘バットの男に向き直った。
「安心しろアス。奴はあの組織の関係者ではないだろう。そして恐らくは裏社会の者だ。簡単に僕達のことを言い触らしはしまい。奴の狙いがあのマフィアの壊滅で、その仕事を我々に横取りにされたのならば尚更な」
「……なんで関係者でないとわかるっちゃか?」
「勘だ」
「勘っちゃか!?」
「悪くない」
「だから悪くなくないっちゃ!!」
アスと呼ばれた釘バットの男は、生真面目に一つ一つ突っ込んだ後、ようやく現場に目を向ける。
逃亡した者がいたという場所には、壊れた望遠鏡だけが落ちていて、それ以外に痕跡は残っていない。
曲識の話では、全身を黒い服で覆い隠し、首にだけ何故か赤いマフラーを巻いた、性別不明、年齢不明、どころか容姿まで不明の人物だったそうだ。
「だが聞こえた声は若かった」
「声が聞こえたのに性別はわからなかったっちゃか?」
「若い男にも、声の低い女にも聞こえた」
「……どうやって逃げたっちゃか?」
「そこから飛び降りて逃げた」
曲識の指し示した屋上の縁から覗くと、随分下に地面がある。
よくよく見れば壁の途中から地面近くまで、何かで抉ったような痕が長く延びていて、どうやら長い武器か何かを壁に突き刺して、落下速度を緩めることで逃走に成功したらしかった。
「お前が逃げられるなんて、珍しいこともあるもんっちゃな。明日は雪か?」
「舌を切った痛みが僕の精神感応を打ち消したらしい。本来ならその程度で解けるモノではないのだが、ヘルメットのせいで音が届ききっていなかったのかもしれない」
「なるほど」
咄嗟に舌を噛み切る判断も、この高さから躊躇なく飛び降りる度胸も、その人物の実力の高さを表しているように思える。
その実力はあのマフィア達には見合わない。
「……ま、どっちにしろ調べてみるっちゃか」
釘バットを肩に背負い、燕尾服を整えた二人は、のんびりとその場を立ち去った。
だがその後、彼らがその人物と合間見えることは、なかった。