if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯
「お兄さんは、観光で日本に?」
「……そのでけぇ首斬り鎌見て、ビビりもしないで会話を続けられる観光客がいるとでも思うのかぁ?」
「そうですね、おっしゃる通りだ」
ニコニコと食えない笑みを浮かべる萌太少年に、スクアーロは探るような目を向けて、彼を観察し続けていた。
自分ほどではないにしても、長い髪。
整った顔立ちと合わせて、美少年、と呼ぶよりも、美少女と呼びたくなるような風貌だった。
だがその体からは、ほんのりと煙の臭いが漂ってくる。
得物は肩に担いでいる鎌のようだし、どうやらタバコを常用しているようだった。
「お前、どこまでついてくるんだぁ」
「あなたの目的地までですが……不都合が?でしたら、途中で引き取りますが」
「……別に、好きにしろよ」
「では目的地まで同行させていただきます。そろそろ暗くなってきましたし、一人では危ないですものね」
「……」
にこやかで柔らかい表情をして話し掛けてくる萌太に、スクアーロは素っ気ない態度を崩すことはない。
それを気にする様子もなく、少年はのんびりとした様子で話を続けた。
「今日は仕事で東京に来ていたのですが、僕、普段は京都に住んでいまして」
「……」
「妹と一緒に……ああ、崩子と言うのですが、二人で住んでいるんですよね」
「……妹ね」
「はい。数日の事ですが、やはり離れるのは寂しいものですね」
「……そうか」
まだ十代の少年が、家を離れて仕事をして、妹と二人で暮らしているのは、きっと何か事情があるのだろう。
普段のスクアーロなら、深く聞くことはしなかったのだろうが、その時だけは、何となく気になり、尋ねてみた。
「……家族は、妹だけなのかぁ?」
「いえ、父と、僕と妹それぞれ母が一人ずついます」
「……腹違いの兄妹なのか」
「ええ、ろくでもない父親でして、殺し名七名の全てで子を作るなんて抜かしているのですよ」
「殺し名……だと!?」
その単語が頭に入ってきた瞬間、思わず大きく後退って距離を取っていた。
殺し名で子を作る……?
そんな滅茶苦茶な男がいるということにも驚いたが、スクアーロは今まで何となく感じていた悪寒の正体にようやく気付いたのだった。
「殺し名……大鎌……デスサイズ……。お前、石凪……か……?」
「ああ、やはりご存知でしたか。流石、裏社会の大物ともなれば、こちらの事にも通じていますか。ね、スペルビ・スクアーロさん」
「っ!……知って、るのか」
あからさまに警戒して、じりじりと後退るスクアーロに、萌太はそれでも笑顔を崩さなかった。
殺し名序列第七位、石凪調査室。
最下層にして特権階級。
運命に背く者を殺す『死神』。
哀川潤曰く、生涯で目にする可能性は少ないだろう、という集団。
スクアーロは心の中で哀川潤への恨み言を吐き出しながら、目の前の少年から逃げる手段を考え始める。
脚力はあまり無さそうだ。
上手くいけば逃げ切れる、だろうか。
「逃げる必要はありません。僕達死神が殺すのは、生きるべきではない者達、運命に背く者達。あなたはその範疇ではありません」
「……それを、信じろと?」
「もしあなたが死ぬべき者ならば、出会った時点で殺していますよ」
「それは……」
「それに、殺そうと思えばいくらでも殺せますから、逃げるだけ無駄ですしね」
「…………っ!」
すっと萌太の腕が上がり、肩に乗せていたデスサイズがスクアーロに向けられる。
その先端が自分に向いた瞬間、ぐっと息の詰まるような感覚に襲われた。
すべてが抑え込まれるような、圧倒的な威圧感。
「では、帰りましょうか」
「……あ、あ」
念を押すように笑みを深めた萌太に、スクアーロは抗うことは出来ずに、素直に頷いたのであった。
* * *
「――そのアパートのお兄さんが変わり者で……」
「なあ」
「なんでしょうか?」
「何で石凪の人間が、オレなんかに構う?殺すわけでないのなら、何をしに来た」
二人並んで歩きながら、萌太はとりとめもない話を続けていた。
スクアーロの、当たり前とも言える質問を投げ掛けられても、萌太は表情を変えないままそれに答えた。
「だから、仕事帰りにたまたま通り掛かって声を掛けたんです。痛いって言ってましたから」
「お人好しかぁ。……って、そうじゃねぇだろ。オレの事に気付いた上で、声掛けて、連れ立って歩いて。裏世界のプロのプレイヤーと、裏社会の人間との間で、何の目的もなくそんなことが起こるのはおかしいだろって言ってんだよ」
「……そうですか?僕らも人間ですし、たまにはそう言うこともあるでしょう。それに、あなたがスペルビ・スクアーロである事に気付いたのは、声を掛けて、しばらくした後ですしね」
「……」
「納得がいきませんか?」
「……別に」
頭では理解できる。
そんな月並みな言葉がスクアーロの心情にはピッタリだった。
心はまるで受け入れられない。
スクアーロにとって裏世界のプレイヤーと言うのは人外のような存在で、その存在は謎に包まれていて、いつだって自分には想像もつかない理由で動いている。
そう思っていた相手が、公道で大鎌を背負っているとは言え、ごく普通の事を言ってきた。
受け入れがたいのは、当然のことだった。
「ご不満ですか?」
「別にそんなことは……」
「では、理由をこじつけてみましょうか」
「……はぁ?」
思い付いた、とでも言うように、萌太は明るく言い放った。
「そうですね、実は僕、出掛けに妹と喧嘩をしまして……下らないことなのですがね。何となく一人の帰り道が寂しかったのですが、そんなことを考えているところに、同じように寂しそうに壁に凭れている方がいるではありませんか。何やら辛そうにしていますし、折角なので一緒に帰ろうかと、そう思った。それが理由です」
「……嘘くせ」
「何か?」
「な、何でもない」
何となく、彼の肩に掛かる鎌がぎらりと光った気がして、慌てて言い直す。
寂しさを紛らわせる為、なんて、それこそ人間臭くて、裏世界らしくないと思ったが、それを言える雰囲気ではない。
「妹が、」
「また妹の話かぁ」
「すみません。でもこれくらいしか話すことがなくて」
「……続けろよ」
「妹が、私も仕事をしたいと、そう言うんです」
「それが?」
「僕が働けば、それで良いのに。崩子は自分も手伝いたいなんて言うんです。こんな仕事を、妹に手伝わせたくなくて、僕が出ているのに……」
「その妹ってのは……」
「闇口の子ですよ。まだ、人を殺したことはないのですが」
「……そうかぁ」
もしも、肩に担いでいる大鎌がなかったら、ごく普通の、若しくは生活に少し苦労している少年のように、見えなくもないような話だった。
ふとスクアーロが顔を上げると、そろそろ自分のホテルにつく頃だった。
近くには公園がある。
「……公園、寄らせろ」
「え?構いませんが……」
公園に入って、自販機で飲み物を買い、それを渡して近くのベンチに萌太を座らせる。
「オレが、口出すようなことじゃねぇんだろうけどよぉ……」
「え?」
「お前の妹は、お前の隣に立ちたいんじゃねぇの」
「僕の、隣ですか?」
「好きな人の隣にいたい、とか。好きな人と、苦労を共有したいとか。そういう気持ちは、あっても当然のことだろぉ」
「そう、ですかね」
「……オレは、大切な人がいる。ソイツの為なら、どんな苦労も厭わない。ソイツの力に、少しでもなりたいと思う。そんな気持ちを、わかってやってやれよ」
送ってくれた、そのお礼くらいはしなくてはと、そう思っての口出しだった。
だが話している内に、その言葉はスクアーロ自身へと突き刺さる。
自分がザンザスに対してそう思うように、ディーノも、そう思ってくれていたのではないのだろうか。
もしそうなら、自分は、とても酷いことを言ったのではないか……。
「……そう、ですね。何だか、崩子に会いたくなってきました」
「え、あ……それは、良かったなぁ」
「はい。お送りするのは、ここまでで宜しいでしょうか?」
「ん、まあ、すぐそこだから。……ありがと、な」
「どういたしまして。では、僕はここで失礼いたします」
ペコリと頭を下げて、萌太が去っていく。
自分も、ディーノに謝らなくてはならない、ような気がした。
「次に、会ったら……」
次に会ったら、ちゃんと謝ろう。
そう決めて、ホテルへと戻った。
「……そのでけぇ首斬り鎌見て、ビビりもしないで会話を続けられる観光客がいるとでも思うのかぁ?」
「そうですね、おっしゃる通りだ」
ニコニコと食えない笑みを浮かべる萌太少年に、スクアーロは探るような目を向けて、彼を観察し続けていた。
自分ほどではないにしても、長い髪。
整った顔立ちと合わせて、美少年、と呼ぶよりも、美少女と呼びたくなるような風貌だった。
だがその体からは、ほんのりと煙の臭いが漂ってくる。
得物は肩に担いでいる鎌のようだし、どうやらタバコを常用しているようだった。
「お前、どこまでついてくるんだぁ」
「あなたの目的地までですが……不都合が?でしたら、途中で引き取りますが」
「……別に、好きにしろよ」
「では目的地まで同行させていただきます。そろそろ暗くなってきましたし、一人では危ないですものね」
「……」
にこやかで柔らかい表情をして話し掛けてくる萌太に、スクアーロは素っ気ない態度を崩すことはない。
それを気にする様子もなく、少年はのんびりとした様子で話を続けた。
「今日は仕事で東京に来ていたのですが、僕、普段は京都に住んでいまして」
「……」
「妹と一緒に……ああ、崩子と言うのですが、二人で住んでいるんですよね」
「……妹ね」
「はい。数日の事ですが、やはり離れるのは寂しいものですね」
「……そうか」
まだ十代の少年が、家を離れて仕事をして、妹と二人で暮らしているのは、きっと何か事情があるのだろう。
普段のスクアーロなら、深く聞くことはしなかったのだろうが、その時だけは、何となく気になり、尋ねてみた。
「……家族は、妹だけなのかぁ?」
「いえ、父と、僕と妹それぞれ母が一人ずついます」
「……腹違いの兄妹なのか」
「ええ、ろくでもない父親でして、殺し名七名の全てで子を作るなんて抜かしているのですよ」
「殺し名……だと!?」
その単語が頭に入ってきた瞬間、思わず大きく後退って距離を取っていた。
殺し名で子を作る……?
そんな滅茶苦茶な男がいるということにも驚いたが、スクアーロは今まで何となく感じていた悪寒の正体にようやく気付いたのだった。
「殺し名……大鎌……デスサイズ……。お前、石凪……か……?」
「ああ、やはりご存知でしたか。流石、裏社会の大物ともなれば、こちらの事にも通じていますか。ね、スペルビ・スクアーロさん」
「っ!……知って、るのか」
あからさまに警戒して、じりじりと後退るスクアーロに、萌太はそれでも笑顔を崩さなかった。
殺し名序列第七位、石凪調査室。
最下層にして特権階級。
運命に背く者を殺す『死神』。
哀川潤曰く、生涯で目にする可能性は少ないだろう、という集団。
スクアーロは心の中で哀川潤への恨み言を吐き出しながら、目の前の少年から逃げる手段を考え始める。
脚力はあまり無さそうだ。
上手くいけば逃げ切れる、だろうか。
「逃げる必要はありません。僕達死神が殺すのは、生きるべきではない者達、運命に背く者達。あなたはその範疇ではありません」
「……それを、信じろと?」
「もしあなたが死ぬべき者ならば、出会った時点で殺していますよ」
「それは……」
「それに、殺そうと思えばいくらでも殺せますから、逃げるだけ無駄ですしね」
「…………っ!」
すっと萌太の腕が上がり、肩に乗せていたデスサイズがスクアーロに向けられる。
その先端が自分に向いた瞬間、ぐっと息の詰まるような感覚に襲われた。
すべてが抑え込まれるような、圧倒的な威圧感。
「では、帰りましょうか」
「……あ、あ」
念を押すように笑みを深めた萌太に、スクアーロは抗うことは出来ずに、素直に頷いたのであった。
* * *
「――そのアパートのお兄さんが変わり者で……」
「なあ」
「なんでしょうか?」
「何で石凪の人間が、オレなんかに構う?殺すわけでないのなら、何をしに来た」
二人並んで歩きながら、萌太はとりとめもない話を続けていた。
スクアーロの、当たり前とも言える質問を投げ掛けられても、萌太は表情を変えないままそれに答えた。
「だから、仕事帰りにたまたま通り掛かって声を掛けたんです。痛いって言ってましたから」
「お人好しかぁ。……って、そうじゃねぇだろ。オレの事に気付いた上で、声掛けて、連れ立って歩いて。裏世界のプロのプレイヤーと、裏社会の人間との間で、何の目的もなくそんなことが起こるのはおかしいだろって言ってんだよ」
「……そうですか?僕らも人間ですし、たまにはそう言うこともあるでしょう。それに、あなたがスペルビ・スクアーロである事に気付いたのは、声を掛けて、しばらくした後ですしね」
「……」
「納得がいきませんか?」
「……別に」
頭では理解できる。
そんな月並みな言葉がスクアーロの心情にはピッタリだった。
心はまるで受け入れられない。
スクアーロにとって裏世界のプレイヤーと言うのは人外のような存在で、その存在は謎に包まれていて、いつだって自分には想像もつかない理由で動いている。
そう思っていた相手が、公道で大鎌を背負っているとは言え、ごく普通の事を言ってきた。
受け入れがたいのは、当然のことだった。
「ご不満ですか?」
「別にそんなことは……」
「では、理由をこじつけてみましょうか」
「……はぁ?」
思い付いた、とでも言うように、萌太は明るく言い放った。
「そうですね、実は僕、出掛けに妹と喧嘩をしまして……下らないことなのですがね。何となく一人の帰り道が寂しかったのですが、そんなことを考えているところに、同じように寂しそうに壁に凭れている方がいるではありませんか。何やら辛そうにしていますし、折角なので一緒に帰ろうかと、そう思った。それが理由です」
「……嘘くせ」
「何か?」
「な、何でもない」
何となく、彼の肩に掛かる鎌がぎらりと光った気がして、慌てて言い直す。
寂しさを紛らわせる為、なんて、それこそ人間臭くて、裏世界らしくないと思ったが、それを言える雰囲気ではない。
「妹が、」
「また妹の話かぁ」
「すみません。でもこれくらいしか話すことがなくて」
「……続けろよ」
「妹が、私も仕事をしたいと、そう言うんです」
「それが?」
「僕が働けば、それで良いのに。崩子は自分も手伝いたいなんて言うんです。こんな仕事を、妹に手伝わせたくなくて、僕が出ているのに……」
「その妹ってのは……」
「闇口の子ですよ。まだ、人を殺したことはないのですが」
「……そうかぁ」
もしも、肩に担いでいる大鎌がなかったら、ごく普通の、若しくは生活に少し苦労している少年のように、見えなくもないような話だった。
ふとスクアーロが顔を上げると、そろそろ自分のホテルにつく頃だった。
近くには公園がある。
「……公園、寄らせろ」
「え?構いませんが……」
公園に入って、自販機で飲み物を買い、それを渡して近くのベンチに萌太を座らせる。
「オレが、口出すようなことじゃねぇんだろうけどよぉ……」
「え?」
「お前の妹は、お前の隣に立ちたいんじゃねぇの」
「僕の、隣ですか?」
「好きな人の隣にいたい、とか。好きな人と、苦労を共有したいとか。そういう気持ちは、あっても当然のことだろぉ」
「そう、ですかね」
「……オレは、大切な人がいる。ソイツの為なら、どんな苦労も厭わない。ソイツの力に、少しでもなりたいと思う。そんな気持ちを、わかってやってやれよ」
送ってくれた、そのお礼くらいはしなくてはと、そう思っての口出しだった。
だが話している内に、その言葉はスクアーロ自身へと突き刺さる。
自分がザンザスに対してそう思うように、ディーノも、そう思ってくれていたのではないのだろうか。
もしそうなら、自分は、とても酷いことを言ったのではないか……。
「……そう、ですね。何だか、崩子に会いたくなってきました」
「え、あ……それは、良かったなぁ」
「はい。お送りするのは、ここまでで宜しいでしょうか?」
「ん、まあ、すぐそこだから。……ありがと、な」
「どういたしまして。では、僕はここで失礼いたします」
ペコリと頭を下げて、萌太が去っていく。
自分も、ディーノに謝らなくてはならない、ような気がした。
「次に、会ったら……」
次に会ったら、ちゃんと謝ろう。
そう決めて、ホテルへと戻った。