if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

「人員は十分足りているから、帰れ。……と、オレはそう言ったはずだが」
「それは……そうなんだけど、さ」

人が少し減り、落ち着いた雰囲気の流れるファミレスで、スクアーロは固く表情を引き締めたまま、抑揚のない声でそう言った。
ディーノは悪戯を見付かった子どものように、背中を丸めてスクアーロの顔色を窺う。
……窺ったところで、その無表情から考えていることを当てることは出来なかったのだが。

「今度は、先生として中学校に入って、ツナ達の護衛してるんだろ?また、無理してるんじゃねーのかな……って思って、様子を見に」
「余計なお世話だなぁ。これくらい、大した仕事じゃない。わかったらいい加減、オレに構うのはやめてくれ」

ピシャリと言い返されて、ディーノは心なしか更に肩を縮こめる。
怒られることがわかっていたから、わざわざサングラスを買ったり、部下を撒いたりして、一人隠れてついてきたというのに、バレてしまうとはついていない。
眉を下げて、しょんぼりと沈むディーノに、流石のスクアーロもその表情を動かした。

「……お前の、優しさは……これでも一応、嬉しいと思ってる」
「ほ、本当か!?」
「……でも、やめてくれ。オレにはそんなの要らないんだ」

深く息を吐き、瞳を伏せてそう言った。
スクアーロのその様子に、一度復活しかけたディーノの調子も下がっていく。
不安そうにスクアーロの顔を覗き込んだディーノの視線から逃れるように、彼女はふい、と顔を背けた。

「お前がいると、仕事がままならない」
「え……、オレそんなに足引っ張ってた?」
「そうじゃない。ただ……、オレが、いつも通りでいられなくなる。平静じゃなくなる」
「それって……」
「お前には色々なことを知られた。性別のこともだし、自分の弱いところ、とか、嫌なことをたくさん知られた。そのせい……か、分からないが、お前が側に来るのが、オレは怖いんだ」

怖い、と。
その言葉が鼓膜を揺らして、脳ミソに届いて、ディーノは言葉を失った。
そんな風に思われていたのがショックだったし、もしそれがリング戦の時からの話だったのなら、自分のしてきたこと全て、彼女に恐怖を与えるだけの、はた迷惑なことでしかなかったのかもしれないと、そう思ったからだった。

「これ以上知られるのが怖い、お前の優しさに甘えて、自分が弱くなっていきそうで怖い……。お前が…………怖い」
「そ、そう……なのか……」

何とか絞り出した声が、酷く掠れているのがわかる。
ディーノの視線は自然と下がっていき、その視界には、テーブルの上に置かれたスクアーロの拳が入ってくる。
微かに、震えているように見えた。

「ごめん……オレ、おかしいな」
「い、いや……オレの方が、ごめん。スクアーロが、そんな風に感じていたなんて思わなくて……。……ごめん」
「っ……。もう、帰る」

立ち上がったスクアーロの顔が、痛々しく歪んでいた。
思わず呼び止めたくなる気持ちを押し殺して、無理矢理笑顔を作って見送った。
胸の辺りが、ずきずきと痛い。
片想いをしていた女の子にフラれた時より、怪我をして一人っきりでいるときより、ずっとずっと胸が痛い。

「ご、めん……」

既に目の前には誰もいない。
それでも、その言葉を口に出さずにはいられなかった。


 * * *


「っ……」

胸が痛い。
締め付けられるような、という表現は、こういう時にこそ使うのだろう。
早足にホテルへと向かいながら、スクアーロは服の胸元を強く掴んだ。
手足の先が、酷く冷たい。
どうして、あんなことを言ってしまったのだろう。
スクアーロは、早くイタリアに帰るようにと、ただそれだけを言おうと思っていた。
だが気付くと、口は勝手に、言葉を吐き出していて、目の前にはショックを受けた様子のディーノがいた。

「あんな……つもりじゃ……」

あの顔を思い出すと、胸が締め付けられて、血が全部凍ってしまったのではないかというような、そんな寒気が背を撫でる。
……でも、あの時言った言葉は、確かに彼女の本心だった。
仕方がなかったんだ。
痛む胸の辺りで、そんな声が甘く囁く。
仕方のないことだった。
怖いものは怖いのだし、本当のことを言って何が悪いというのか。

「仕方ない……」

しかしその言葉を、胸の痛みは簡単に上回ってくる。
人のいない路地で、壁に寄りかかったスクアーロは、いまだ痛む胸を押さえて小さく呟いた。

「……い、たい」
「大丈夫ですか?」
「っ!?」

誰もいない、と思っていたそこに、自分以外の声が落ちた。

「だ……誰……は?」
「ああ、すいません。仕事帰りなもので」
「あ……そ、うか……」

始めに気付いたのは、大きな鎌だった。
凶悪な形に、可愛らしい水玉模様。
そんな変わった凶器を持った美少年が、スクアーロのことを心配そうに覗き込んでいた。

「大丈夫ですか?」
「何がだ……?」
「今、痛いって言って、壁に寄り掛かっていたじゃないですか」
「……大丈夫だ」
「そうですか、それは安心です」

見られていたのか、と思うと、恥ずかしい。
適当に返して話を切り上げようとすると、少年はにっこりと笑った。

「……悪かったな、足を止めさせて」
「いえ、何てことはありません。それにしても、随分と顔色が悪い。これも何かの縁でしょうし、お送りいたしますよ、お兄さん」
「……しかし、」
「僕のことは気にしないで、ね?」
「……ああ」

何となく、少年の言葉には逆らえなかった。
強制的に頷かせられる、圧力のようなものを感じる。
ゆっくりと歩を進めると、少年もまたゆっくりと隣を歩き始めた。

「自己紹介をしましょうか。僕の名前は、……萌太。あなたは?」
「……」
「答えたくありませんか?では、銀色のお兄さんと呼んでも?」
「……何でも、良い」

萌太……とは、何と言うか、あまり外見からは想像しにくい名前だ。
本名、だろうか。
疑いをもってしまえば、自分の名前を素直に明かすことは出来ず、萌太の好きに呼んでもらうことになった。
月のない夜の、不思議な出会いであった。

「……一つ聞くがぁ、」
「なんでしょう?」
「オレを殺しに来た殺し屋、とかじゃねぇよなぁ?」
「僕の標的はあなたではありませんよ。それに、殺し屋とはまた違う存在です」
「……そうか」

……とりあえず、殺されることは、ないようだった。
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