if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

「よっと!」

ぱしゅっと音を立てて元に戻った時雨金時を竹刀袋に戻し、零崎威識は振り返る。
彼の背後に広がるのは、数多の肉塊と血溜まりで、今の今まで、彼が『零崎』をしていたのだろう事が伺えた。

「軋兄、これで終わりなのな?」
「みたいっちゃね。初仕事にしちゃ上出来っちゃろ。さっさと帰るっちゃ、威識」
「はーい」

血塗れの少年が、笑顔で駆け寄ってくる構図は、何とも言えず込み上げるものを感じる。
常人の場合、それは恐怖だろうが、軋識の場合、感じたのは歓びにも似た感情だった。
胸がくすぐったくなるような、ふわふわと浮き立つような、そんな微笑ましい感覚。
そうだ、弟とはこうあるべきなのだ。
一度も血を浴びたことのない零崎のサラブレッドなんかじゃなく、自分を『大将』なんて呼んで舐めきった口を利くわけでもなく、こうして懐いてきて、自分を尊敬してくれてこその弟だろう。
愚神礼賛(シームレスバイアス)こと零崎軋識は、駆け寄ってきた威識にタオルを渡してやるついでに、その頭を軽く撫でる。

「ありがとな、軋兄!」
「……気にすんな……ちや」

この天真爛漫な弟は、血に濡れることを厭わない。
むしろ、血濡れてこその自分だとでも言うように、自ら進んで血を浴びる。
何かを慈しむように、誰かを思い出すように、血に濡れながら零崎をする。
もちろん、周りは皆、それを良くは思っていなかった。
殺戮が終われば、返ってくるのは日常で、被った血を全て拭う暇があるのならば構わないが、いつだってそういうわけでもないのだし、何より体にこびりついた血の臭いは、そう簡単に落ちるものではない。

「どうかしたっちゃか?」
「ん?……んー、まあちょっとなー」

血を拭った威識は、軋識が撫でた頭を触りながら、何やら考え事をしていたらしかった。
兄に尋ねられてようやく、威識は頭から手を離して少し恥ずかしそうに笑う。

「前に、スクアーロもオレの頭撫でてくれたなー、って。何か思い出しちゃったのな」

軋識はほんの少し眉間にシワを寄せる。
スクアーロの名は、彼がよく口にしていた。
表世界の裏社会、その中ではなかなかの有名人である、マフィアボンゴレお抱えの独立暗殺部隊、ヴァリアー作戦隊長の名。
威識が零崎に覚醒する前は、ボンゴレに所属していたと聞くし、その頃に色々と付き合いがあったのだろう。

「近い内にさ、ボンゴレ10代目の継承式があんだって!本当はオレも行きたかったんだけどなー。やっぱ、ある程度経験積んでから行かないと、もしかしたらうっかり零崎しちゃうかもしんないからな。スクアーロには行かないって言ったのな!」
「そうちゃか……は?」

1度頷きかけた軋識だが、慌てて疑問符を投げ掛ける。
今、威識は確かに『スクアーロに言った』と話した。
零崎になってからも、付き合いがあるのか?

「あ、でもそれまでに双兄にOKもらったら、一緒に行けるかもしんねーし、頑張って強くなろうと思うのなー」
「そいつと連絡とってるっちゃか?」
「え?うん!スクアーロがケータイくれたかんなー!」
「ケ、ケータイ?」
「今頃、どーしてんだろーなー、スクアーロ達は……」

血のついたタオルを見ながら、威識は染々とそう呟く。
その血の染みに何を見ているのか、軋識にはわからない。

「そんなに気になるなら、さっさと強くなって、自分で確かめに行けば良いっちゃ」
「……そーだな!」

無難にも、それだけ言って、軋識は血塗れの現場を後にする。
ご機嫌な笑みを浮かべながら、その背中を威識が追う。
継承式まで、あと6日。
その頃スクアーロ達は、並盛のレストランに集められていたのだった。


 * * *


「ボンゴレとシモンが力を合わせ、地域(エリア)ごとに10代目を警護することにする!!」

勢い込んで言う獄寺の声がファミレスに響いていた。
彼に聞こえないように、「若いな」と呟いたスクアーロの声は、誰に聞かれる事もなくテーブルに落ちて消える。
綱吉達の座るテーブルの隣に着いたスクアーロは、珈琲を不味そうに啜りながら、大声で交わされる会話に深くため息を吐いていた。
綱吉の周りは、基本的には彼女の仲間が守っているため、敵が寄ってくることはない。
守るも何も、これから先はろくに敵を見ることさえないだろう。
しかしそうとは知らずに、獄寺は護衛の担当を発表していく。
スクアーロの担当は、学校全体と野球場になるらしい。
しかしまあ、突然そんな役割を押し付けられては、シモンだって黙っちゃいないだろう。
そんなスクアーロの予想通り、シモンの一員である青葉紅葉が獄寺に睨みを効かせる。

「なぜ客人の僕達までそんなことをしなきゃならんのだ」
「なに!?」
「貴様っ!」

その様子に獄寺がいきり立ったのもまた、予想の範疇だろう。
ことさら大きなため息を吐いたスクアーロに獄寺が噛み付いた。

「お前も何とか言ったらどうなんだ!?ボンゴレ傘下のマフィアなら、協力すんのは当然だろーが!!」
「傘下に入った覚えなどないわ!!せめて同盟と言え!!結局バカチン共が!!」
「なにを……うぉ!?」

青葉の言葉に立ち上がりかけた笹川了平の頭を押して席へと戻し、スクアーロは軽く咳払いをする。

「はあ……ったく。本人達の言う通り、ボンゴレとシモンは、あくまで初代の頃に友好関係にあったファミリーらしい、っつーそれだけの関係だろぉがぁ。護衛を強要するのは違うだろう。まあ、考えてもらえるって言うのなら、ありがたい話だがなぁ」
「スクアーロ……!」

綱吉が安心したように胸を撫で下ろす。
獄寺も正論には噛みつくことは出来なかったらしく、悔しそうにスクアーロを睨んでいる。
アーデルハイトの瞳が、全体を観察するように動いた後、スクアーロのところで止まった。

「こちらとしては、協力を惜しむつもりはない。だが、ここにいないメンバーとも相談してから決めたい。考える時間がほしい」
「……だとよ。それで良いなぁ、沢田、獄寺」
「あ、ああ……」
「もちろん構わない……って言うか別に護衛とかしてもらわなくて良いんだけど……」

話はそれでまとまった。
帰ろうとするシモンの横で、リボーンと綱吉が何やら揉めていたようだが、それは日常茶飯事である。
スクアーロはやはり、疲れたようにため息を吐いていた。
実際疲れているのだろう。
10代目の護衛、学校での仕事に加えて、普段通りにヴァリアーの仕事もこなしているのだから。
だが、彼女をここまで疲れさせているのは、別の要因であった。

「ひっきし!」
「…………」

少し離れた席から聞こえてきたくしゃみに、白けた視線を向けて、スクアーロは何度目かもわからないため息を吐く。
離れていても、時折金色の癖っ毛が視線の端を動くのが見えていた。
跳ね馬ディーノが、どうやら心配のあまりに彼らの跡をつけていたらしい。

「スクアーロ!オレ達帰るけど、スクアーロはどうする?」
「……少し用事がある。先に帰ってろぉ」
「あ、うん……。あの、さっきはありがとね!それじゃ!」
「……じゃあなぁ」

ひらっと手を振り、去っていく綱吉達を見送ったスクアーロは、ディーノの席へと無言で近付き、彼の目の前にどさりと腰掛けた。

「え、あ……!?」
「で、何の用でまだ日本に留まっていやがる、跳ね馬ディーノ」

鋭い視線を向けたスクアーロに、ディーノは観念したように掛けていたサングラスを外した。
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