if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

さて、そんな経緯を辿って、スクアーロは澄百合の手から綱吉達を助け出すことができたわけである。
しかし回路木雪だけは、未だ納得がいっていないようである。

「依頼人が死んだからって、私達が仕事を放棄していいわけではありません!!だいたい依頼人を殺すなんて!卑怯ですよ!!」
「……オレの常識だと、別にそこまで卑怯ってわけではないと思うんだがなぁ」
「雪ちゃんは意地になってるだけですよ。たぶんすぐに、上から作戦中止の指示が来ると思います」
「御霊ちゃん!あなたもそんなところにいないで……」

スクアーロの隣に座り、大人しく話をしている御霊を呼び戻そうと回路木が手を伸ばした。
その瞬間、彼女の動きを引き留めるように、通信機から着信音が鳴り響いた。

「指示、来たようだなぁ」
「くっ……!」
「出なくていいのかぁ?」
「あなたに言われなくとも、出るに決まっているじゃないですか!!」

乱暴に機械を手に取り、応答する回路木の表情は険しく、御霊がこっそりとため息を吐く。
『あの人』への対抗心が強いというか、意地っ張りというか、そういうところは、彼女の大きな欠点だ。
そう考察する御霊の前で、彼女は再び声を荒げていた。

「私ならまだ出来ます!策だってまだあって……!た、確かに少し失敗したけれど、この程度でお手上げになるほど私は……!っ……萩原先輩!!」

最後に出た名前に、御霊はさらに眉間にしわを寄せた。
相手が『あの人』……萩原子荻では、彼女は反抗するばかりで、言うことを聞かないだろう。
私が回収するしかないのか、と、御霊がため息を吐いて立ち上がろうとしたとき、それを片手で制して、隣にいた人物が立ち上がった。

「え、スクアーロさん?」
「……それ、貸せ」
「な、何ですかいきなり!!」
「いいから黙って貸せ」
「あっ!」

スクアーロは回路木が使っていた通信機を取り上げると、彼女に奪い返されないように、空いたもう片手で彼女の頭を押して遠ざけながら、機械の向こう側にいる人物に話しかけた。

「よぉ、お前がこいつらの上、かぁ?」
『…………』
「ちょっと!返してください!!むぐっ!むぐぐーっ!!」
「静かに聞いてろ。萩原先輩、って呼ばれていたなぁ。澄百合の萩原って言えば、人類最強の口から、一度だけ聞いたことがある。あいつの父親が狙ってるとかなんとかってなぁ」
『……私の名前を、存じてくださっているとは、光栄です』
「……さっきの沈黙は、ボイスチェンジャーを取りに行っていたせいか」

長い沈黙ののち、スクアーロの声に応えたのは、男とも女ともつかぬ機械的な声だった。
こっちにはそんな便利な機械はないから、地声で応答しなければならない。
少し不快そうに眉をしかめたスクアーロだったが、すぐに気を取り直して萩原に問いかけた。

「で?依頼人が死んだんだ、もうあんたらは手を引くんだろう?」
『ええ、今回の依頼は、成功しようと失敗しようと構わない、いわば消化試合のようなものでしたから。彼女達には失望しましたけれど、こちらの想定を大きく上回り、あなた方が強かったということでしょう。やはり、彼女達にはまだ早かったようですね』
「……こうなること、分かっていたのに、行かせたのか?」
『本人にだいぶしつこく言われましたからね。全く、自分で立候補しておいて、この様とは……』
「……あんたが男か女かは分からねぇが、あんた、相当無責任な野郎だな」
『は?』

不思議そうな相手の声に、スクアーロは至極不機嫌そうな調子の声で返した。
スクアーロの手を引き離そうと必死に奮闘していた回路木も、手を止めて様子をうかがっている。

「先輩だか何だか知らねぇが、自分の下の奴らの世話も出来ねぇなんて、無責任だって言ってんだよ」
『……私に、彼女の失態の後始末をしろと?』
「そうじゃあねぇ。任務に対して実力が足らねぇのなら、その日までにそいつを鍛えるなり、無理やりにでも任務下ろすなり、やりようはいくらでもあるだろう。失敗する可能性があるとわかっていて送り出しといて、そんで失望した、なんて、テメーは無責任だ」
『私は彼女達の教育係ではありません』
「知るかよ。少なくとも、こいつらは良い仕事をしていた。誘導も上手かったし、作戦だって悪くはなかった。お前に失望した、なんて言われる筋合い、ねぇだろう」
『随分とお優しいのですね、S・スクアーロ』
「……オレは、実力のある者を、正当に評価しているだけだ」

自分の正体が、やはり割れていたということに、スクアーロはわずかに目を細める。
ここにいる彼女達が二軍なら、この萩原は一軍なのだろうし、まだ若そうなのにも関わらず、司令塔として立ち、さらにあの哀川潤の父親に狙われているとなれば、相当な実力者なのだろう。
名前が割れてしまうくらいは、仕方のないことか……。
軽く鼻を鳴らして、電話の向こうに声を掛ける。

「こっちの護衛対象の意志により、こいつらは無傷で返す。見返りも、要求しないとのことだ」
『お人好しばかりですね、そちらは』
「その後、テメーらがどうしようが知ったこっちゃねぇが、……戦力はその末端に至るまで、全て貴重な存在だ。下手に扱うなよ、カス」
『あなたの言葉、勉強になりました。忘れることのないよう、肝に銘じておきましょう』

その言葉を最後に、通話が切れる。
その機械を回路木に投げ渡し、スクアーロは澄百合の全員に言い渡した。

「と、言うわけだぁ。テメーらとこれ以上やり合う気はねぇ」
「で、でも……」

何かを言おうとした回路木の頭を、スクアーロの手のひらがもう一度掴んだ。
ぎくりと身を引こうとした回路木だったが、思いの外丁寧な手つきで頭を撫でられ、困惑して固まる。

「お゙ら、お前らも、いい素材は持ってんだからよぉ、今日のことも、これからのことも、後にしっかり活かして、立派な戦闘員になれよな」
「な……」
「お前達との勝負、楽しかったぁ。また、会えたらいいなぁ」
「っ……!」

ふっと口元を緩めたスクアーロ。
それを見ていた回路木の頬はふわりとバラ色に染まる。
それはもう間違いなく、彼女が恋に落ちた瞬間であった。
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