if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

「……これで、動けねぇだろぉ」

暴れた山本武を無理矢理気絶させて数分後、ワイヤー、縄、手錠、布、鎖、ゴムバンド、その他諸々、様々な道具で彼を拘束し終えたスクアーロは、満足したように息を吐いて額の汗を拭った。
モコモコに拘束されて着膨れた山本は、今は畳の上にゴロンと転がされている。
そんな息子を微妙な顔で見ながら、山本剛はスクアーロに問い掛けた。

「なあ兄ちゃん、武は一体どうしちまったんだ……?さっき言ってた『零崎』っていうのは……?」

矢継ぎ早な質問を、手を挙げることで制したスクアーロは、山本の方へ注意を傾けたまま、険しい顔でその質問に答えた。

「オレも日本で一度見ただけだし、奴らのことは話に聞いているだけで、ほとんど知らねぇ。その事を踏まえて聞いてほしいんだが……、」

そう前置きしたうえで、ポツポツと話し出した。

「この世界は4つの区分けがされているらしい。まずはありふれたこの世界『表世界』。そして『裏世界』と総称される3つの世界がある。それぞれ『財力の世界』『政治力の世界』そして『暴力の世界』。零崎ってのは、その『暴力の世界』に住まう化け物一賊の名前だぁ!」
「化け物……ったって、武がその零崎だって言うのか!?」

化け物と、零崎。
先程のスクアーロの発言から、彼が息子をその零崎と思っていることを察し、剛は語気を荒らげる。
息子は間違いなく自分と死んだ家内との間の子供だし、零崎なんて聞いたこともない。
確かに、確かに武は変わった子どもであったけれども。
確かに武は、先ほど人間離れした動きでヒトを殺していたけれども。
それでも……。

「裏世界だかなんだか知らねーが、武は化け物なんかじゃねえ!!武を止めてくれたことにゃあ感謝してるがな、それ以上言うようなら……、」
「ゔお゙ぉい、落ち着けぇ!!とにかくオレの話を全て聞け!!」
「あ、ああ……」

興奮して叫ぶ剛を、それ以上の大声で圧倒し落ち着かせたスクアーロが、横目に武の様子を窺いながら話を続ける。

「零崎というのは、暴力の世界を構成する13の一族の1つ。殺し名七名、呪い名六名の中の、殺し名に属する者。殺し名序列第三位。理由なく殺す殺人鬼『零崎一賊』!奴らは血縁ではなく流血で繋がる……言わば世間からはみ出した殺人鬼達の寄り集まった団体らしい」
「理由なく、殺す……?流血で繋がる……?」

顰められた声に、釣られて剛もヒソヒソ声で返す。

「その通りだ。さっきのコイツは理由があってヒトを殺していたか?いままで何の前触れもなく、誰かを殺そうとしたことはなかったのか?さっきのコイツは、常人には不可能な動きをしていなかったか?この野球バカとずっと一緒にいたアンタなら、心当りの1つや2つくらいあるだろう。コイツの行動に、『殺人鬼』と感じる所は、なかったか……?」
「それは……」

脳裏を過るのは今までの武の異様な行動、雰囲気。
初めに気付いたのは小学3年の時だった。
手に持った包丁で、そうするのが当たり前、なんて顔をして脛動脈を切り裂こうとしてきた武。
その時コイツは、野球をしているときと変わらない、輝く笑顔で刃物を振るっていたのだ。
紙一重で防いだ後、何故こんなことをしたのか、理由を問い質した。
武は戸惑った顔で、ただ謝るばかりだった。
自分がいけないことをしていることは分かっているらしかったが、そこには罪悪感も、焦燥感も、ましてや背徳感を感じて興奮している様子もなく、謝るその姿も、うっかりお皿を割ってしまった子どもが叱られているようで、今さっきの出来事が信じられなかったことを覚えている。
親子二人とも、武が『普通』から逸脱していることだけはわかったが、何故平然と殺しをしようとするのか、その理由は欠片もわからなかった。

「知り合いに聞いた話だがなぁ、零崎ってのは突然『成る』らしい。今まで普通だと思っていた奴が、突然殺しに狂う。……コイツの場合は、アンタっつー強者と生活することで、目覚めかけていた零崎の性が、周りの人間や野球に夢中になることでギリギリで抑え付けられていたようだがなぁ。それが殺しをすることで箍が外れ、完全に覚醒したぁ!!親父さん、アンタにゃ悪いがぁ、コイツはもう表世界にはいられねぇ!」
「だっ、だがアンタの勘違いってことも……!」

縋るように絞り出した剛の言葉は、スクアーロに否定された。
首を横に振ったスクアーロに、剛の表情は凍り付いていく。

「なら……、なら武は、一体どうなるんだ……!?」
「……同じ一賊の奴に、引き渡すしかねぇ。元々外れ者同士が集ったのが零崎だぁ。一賊の仲も良いと聞くし、悪い扱いは、受けねぇ、だろう……」
「だろうって……そんな!!武を殺人鬼集団に入れるってのか!?武もっ、殺人鬼にしろって……!?」
「……そういうことだぁ」

目を伏せて言ったスクアーロに、頭に血を上らせ怒鳴ろうとした剛だったが、固く握り締められた拳が目に入り、何も言えないままへなへなと座り込んだ。
スクアーロも、言いたくて言っているわけではないことなど、剛もわかっていた。
スクアーロも、剛も、武の異常性に気付いていながら、覚醒を止められなかった自分のことを責めているのは一緒だったのだ。

「……こうなったら、アンタには全て話す。今まで山本武が経験してきたこと、オレたちの関係、そして、これからのことも、なぁ」

剛はその言葉に、ただ黙って頷くことしか出来なかった……。
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