if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

「あ゙~……スクアーロ?もう大丈夫か?」
「っ……もゔ、平気」

スクアーロの様子が少し落ち着いたところを見計らい、ディーノは声を掛けて体を離す。
ロマーリオは、もうだいぶ前に二人から離れて、路地の入り口辺りで人が来ないように見張りをしていた。
ディーノに押されて、スクアーロは渋々といった様子で離れると、手で目を擦り、顔を俯けた。

「あまり擦ると赤くなっちまうぜ?」
「平気……」
「あーもうほら、オレのハンカチ貸すからちゃんと拭けって!」
「いいっ!もう、見ないでくれ……!」
「え?」

ハンカチを持ったディーノの手を振り払い、膝に顔を埋めて丸まったまま、スクアーロはボソボソと途切れ途切れに言葉を伝える。

「もう良いから……どっか行っててくれ」
「はあ?なんでそんな事……。だいたい、そんな状態の奴一人で放って行くなんて出来るわけねーだろ!」
「お前には、関係ねぇだろぉ……。もう、放っといてくれよ」
「お前、なぁ……!」

どっか行け、とか、放っておけ、とか。
そんな事を言われて、ディーノの中で怒りが心配を上回った。
彼女の頭を両脇から掴んで、ぐいっと持ち上げる。
ぐぎっと首から嫌な音が聞こえてきたが、敢えて無視して叱りつけた。

「うぎっ!?」
「関係ないってなんだこの馬鹿!出会い頭に襲い掛かってきといて、関係ないとか許さねぇかんな!」
「いいぃいたいいたいいたい!」
「だいたい、オレ達お前と山本の事心配して、わざわざ日本まで駆け付けてきたのに何だよその態度!お前が通信繋がらなくなったせいで、皆心配してんだからな!!そこんとこちゃんとわかってるのか!?お前の部下だって、早く帰ってこいって心配してたんだ!それを関係ないはねーだろうが!」
「わっ、わかったからっ!離せ!」
「ん?あ、すまん」

ごきごきと首が鳴っているのを聞いて、やっとディーノが手を離したとき、スクアーロの目はあまりの痛みに再び涙が滲んでいた。
恨みがましく見上げてくるスクアーロに、申し訳なく思いながらもそれ以上素直に謝るのは癪で、ディーノは気まずげに顔を逸らす。

「その……行方不明だと思ったら、フラフラになって現れて……その上暴れまわったかと思ったら泣き出すしさ……。何も良くねーじゃん。オレ達だけ退けもんかよ」
「るせぇ、そんなんじゃねー……」
「じゃ、何で『放っといてくれ』とか言うんだよ。また顔隠してるしよ」

ディーノの手が離れると共に、スクアーロはまた顔を臥せて、くぐもった声でぽそぽそと話す。
その垂れる髪の隙間から見える耳が赤い。

「……顔、見られたくない」
「はあ?」
「もう……顔ぐしゃぐしゃだから、見るな……っ」
「それくらい気にしねぇって!」
「お、オレは!ヴァリアーとしてそこそこ有名で……強いって、思われてんのに……っ、こんなカッコ悪いとこ見られたら、示しがつかねーんだよ……バカ……!」
「オレしか見てねぇから平気だって!」
「やだ……!」

スクアーロは確かに、責任とか、仕事とか、色々と柵の多い立場なんだろう、と、ディーノもそれはわかっている。
でもそこまでこだわるのか?とも考えてしまうのだ。
かつて、へなちょこなんて不本意なあだ名をつけられ、泣いてばかりだった自分の事を思い出せば、ここまで外聞にこだわる様子は、少し異常にも見える。
そんなに、泣いたのを知られるのが嫌なのか?
と言うか、あんなに泣きじゃくっておいて、今さら顔が見られたくないってどういうことなんだろうか。
そんなほんの少し苛立ちを覚えながらも、その縮こまって顔を隠すその様子に、気が付くと、ちょっとした悪戯心が芽生え始めていた。

「……そんなに強情に嫌がられるとさ、何か無理矢理にでも顔見たくなるよなー?」
「っ……!?」

スクアーロの肩はビクリと跳ねて、息が一瞬止まった。
ジリジリと動いて、ディーノから距離を取ろうとする彼女の腕を、強く掴んで引き留め、更に逃げ場をなくすために壁に手をついて、顔の横に唇を寄せた。

「そういやぁ……未来で話してた事、覚えているか?」
「っ……!?」
「『好き』……って、そう言ったのに、結局最後までマトモな返事くれなかったよな?なぁ、スクアーロ。折角なんだから、今、答えてくれよ。……オレの事、好き?」
「なっ……なんで……」
「お、顔上げたな」
「ぁ……!」
「だめだ。隠すなって言っただろ?誰にも言ったりしねぇし、それに思ってたより、ずっと可愛いいぜ?」
「は……なに……言って……!」
「顔赤い」
「っ~!」

頬にひたりと手を添えられて、顔を動かすことも出来なくなる。
目と鼻の先にあるディーノの顔は、赤く染まるスクアーロの顔を見て悪戯っぽく微笑んでいた。

「本当に誰にも言わねぇし、オレは泣いたのをカッコ悪いなんて思わねぇよ。むしろ、お前も泣く事があるってわかってホッとした」
「え……?」
「悪かったな、無理矢理に顔を上げさせたりして。でもお前の事放って行ったりとかはぜってー出来ねぇから、そこはちゃんと諦めろ。」
「……は、い」
「ん、わかったんなら良い。……とりあえず、こんなところじゃいつ誰が来るかわかったもんじゃねーし、移動しようぜ」
「あ、ああ……」

頭を優しく撫でられ、スクアーロとディーノの距離が再び離れる。
それを寂しいとは思わないけれど、少しだけ、名残惜しいような気がして、スクアーロは思わず伸びそうになった手を押さえて、唇を噛む。
立ち上がって移動するディーノを追い、スクアーロも立ち上がろうとした。
だが……

「っぐ……」
「ん?どうかしたか?」
「いや……何でも、ない」

手を地面について、力を込める。
だが肝心の脚に力が入らず、立ち上がれなかった。
何とか、膝をついて、そして足の裏を地面に接着させることは出来たのに、いざ立ち上がろうとすると、フラつくばかりでなかなか立ち上がれないのだ。
腰が抜けてしまったらしい。
へたりと腰を地面につけてしまい、また、カッコ悪いところを見られてしまう。
悔しい、何より、恥ずかしい。
唇を噛んだスクアーロを見て、ディーノも何が起こったのか気が付いたようだった。
彼女の前に、そっと手を差し伸べる。

「……スクアーロ、手、貸してみろ」
「手……?」

ディーノに言われるがままに、恐る恐る手を差し出した。
路地の向こうから射し込む光を、金色の髪がキラキラと拡散させる。
その様子に、スクアーロが見惚れた、その隙に、ディーノはその手を掴み取ると、彼女がバランスを崩すほどに強く引いた。

「え……うわっ!」
「よっ、と」

そして倒れかけた彼女の体をしっかりと抱え、そのまま持ち上げたのだった。
いわゆる、お姫様抱っこである。

「なっ……!離せ!」
「歩けないんじゃこうするしかねーだろ?ちょっとだけ我慢してろって」

不本意なことに、本日二回目のお姫様抱っこを果たしたスクアーロは、ディーノ達の車へと運ばれたのであった。
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