if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

ダンッ……と拳を打ち付けたのは、車のハンドルだった。
スクアーロは唇を強く噛み締め、打ち付けた拳に額を乗せる。
体から力が抜けて、膝が笑う、歯の根が合わず、握り締め続けていた拳は強ばって、中々指が開けない。

「く、そ……なんで今さら……」

零崎のアジトから少し離れた場所で、車に乗り込んだスクアーロは、浅く早い呼吸を繰り返しながら、自分の体を守るように固めて小さく丸まる。
零崎の屋敷からは離れた。
裏世界の事情に通じていることに関しては、赤色と匂宮が絡んでいる事から、処分保留を言い渡された。
山本も引き渡し、一先ずの任務を終えた彼女は、彼らのプレッシャーから解放され、噴き出してきた恐怖に飲まれ、震える体を抑えようと必死だった。
裏世界のプレイヤーが強いことも、零崎の恐ろしさも、身に染みてわかっている。
それでも、彼らの強さを目の当たりにする度に思う。
自分は今まで、何をしてきたのだろうと。
必死で戦ってきたことも、勝つために死に物狂いで身に付けた力も、彼らを前にすると、その悉くが否定されていくようで、その上零崎を前にあんなに怯えてしまった自分がどうしても悔しくて、ぶつけようのない苦しさに押し潰されそうになった。

「ぜっ……はぁ……はっ……」

山本の手前ということもあり、強い恐怖に晒されても、それを押さえ付け続けることが出来ていた。
だが零崎の恐怖から解放され、一人きりになったその瞬間、抑えきれない苦しさが、胸を打ち、喉を這い上がってくる。
息をすることさえも苦しくて、Yシャツの胸元を掴んで、体をくの字に折った。
結んでいた髪を解き、先程まで着ていた哀川潤手製の衣装も脱ぎ捨てて、シンプルなシャツとパンツの姿になっている。

「こんな、格好……。なんて、情けない……」

その姿のまま、スクアーロはフラフラと車から降りて歩き出す。

「オレは……」

零崎を前に、自分はただ、自分を守ることさえ満足にできなかった。

「弱い……?」

強くあろうと生きてきた。
男らしくあれと望まれてきた。
今まで作り上げてきた自分は、一体、どこにいってしまったのだろう。

「取り戻、さねぇと……」

スクアーロはただ、フラフラと足の赴くままに歩き出す。
手袋を填めた拳が、ぎちりと軋む。
荒く獣のような呼吸だけがその場に残り、ふっとスクアーロの姿が掻き消えた。


 * * *


「くっそ、どういうことだよ……」

跳ね馬ディーノは、苛立たしげに歯を食い縛った。
場所は並盛、山本武の実家、竹寿司の前だ。
何か、何でも良いから情報を得られないかと訪れたそこで、山本武の父親、山本剛に出会った。

『ここにゃ誰もいねーぞ』

剛は開口一番にそう言った。
そして戸惑うディーノに紙切れを渡して、店から追い出したのだった。

『真っ赤な女に、これを渡せって言われたんだ。わりぃがオレには、これくらいしか出来ねぇ……』

そう言って剛が渡した紙切れには、とある町の名前だけがポツンと記されていた。
真っ赤な女、と言うのは謎だが(リボーンの仕業か?)、この町が偽装された山本の死に関わっている可能性は高そうだ。
そしていざその町に向かわんとしたディーノの元に、一本の電話が入った。
それはヴァリアーからの電話。
昼頃からスクアーロとの連絡が途絶えた、という報せだった。
並盛、ここら辺も、危険かもしれない。

「とにかく、このメモにある町に向かうぜ」
「OKボス、車の準備は出来てる」

ディーノとロマーリオは車に乗り込み、黙ってその場を後にした。
一体彼らに何が起きたのか。
何もわからないまま、漠然とした不安を抱えて、二人はその町に向かったのだった。


 * * *


「オレは、強いよなぁ?」
「ぐ……げふっ!」
「強い、はずだよなぁ?」
「な、何なんだよてめ……ぇゔぶっ!?」
「強い。オレは、強い。そうだろ?」
「ヒィッ!?ゆ、許し……がはっ!?」

フラフラと歩き続け、その途中、肩がぶつかったと因縁を付けてきた連中を、スクアーロは容赦なく叩きのめした。
殺しはしない。
ただ、完膚なきまでに叩きのめした。
しかしいくら同じことを繰り返しても、スクアーロの心が晴れることはなかった。
人気の無い場所ばかりを歩き回って、絡んできた人間を片っ端から倒す。
無駄な時間ばかりが過ぎていく。
胸を焼くような焦燥感に急かされて、衝動のままに暴れる。

「強い、オレは強い、強い……」

譫言のようにぶつぶつと呟き続ける。
その様子はとても正気とは思えず、通りすぎる人々の殆どは避けていく。
避けていく人、絡んでくる人、それ以外には誰もいない。
だが曲がり角に差し掛かった時、走ってきた誰かの体にぶつかった。

「ごめんっ……て、スクアーロ!?」
「は、ね馬……?」

見覚えのある金色の髪。
スクアーロはその人物を認識した途端、急所に向けて拳を振り抜いていた。

「お前なら、他の奴らより長く付き合ってくれるよな……?」

防がれた拳を引き、すがり付くように胸ぐらを掴んだスクアーロは、躊躇なくディーノの横っ面を殴り飛ばす為に、拳を振り抜いた。
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