if群青×黒子、違う世界の人たち
「……で、何の用だぁ?」
「その……すごく、聞きづらいこと、なんですけど……」
「……?」
リコを部屋へと通し、応接用のソファーへと座るように促す。
飲み物は断られた。
すぐに終わらせるつもりのようだ。
しかし切り出しに困っているらしく、普段はハキハキと喋る彼女らしくもなく、選ぶように曖昧な言葉が続く。
それにしても、聞きたいこととはなんだろうか。
彼女の右横に事務椅子を置いて座り、何かあっただろうかと思考を巡らせる。
しかしなかなか思い当たることはない。
考えている間に言葉が決まったのか、リコがぽつりと質問を落とした。
「……スクアーロさんは、男の人、じゃ、ないですよね」
「ぶっ!?げほっ、ごほっ!!」
「わっ、ちょ!大丈夫ですか!?」
あまりにも唐突な追求に、飲んでいた水を吹き出し、激しく咳き込む。
いやいや待て待て!
何でバレた……や、ちょっと待て、そういえばオレは……。
「さ、さっき、服を脱いだときかぁ!」
「あの、はい……。ディーノさんと手合わせしてた時、薄着になってたのを見て、あれ?って……」
そうだ、確かにあの時薄着になった。
相田リコには、特殊な目があることを忘れていた。
赤司や高尾、伊月とも違う特別な眼。
「厄介だなぁ、その眼……アナライザー・アイ、だったか」
「その呼び方、あんまり好きじゃないです」
「……そうかぁ、悪かったな」
どうしたものかと、考える。
彼女の事だ。
無闇矢鱈に他言することはないだろう。
ただ、これを機会に全員に教えてしまっても良いかもしれない、とも思う。
ただ、一つ困るのは理由だった。
なんて説明をすればいいのか……。
男の方がこの業界では便利だし有利、と言ってしまえばそれで終わりなんだが、頭の良い奴らはそれだけで納得するか少し怪しい。
「どうして、隠してるんですか?……あっ、や、別にその、言いづらければ、無理に教えてほしいとかは、言わないんですけど……」
「う、ん……」
言いづらい、と言うよりは、説明しづらい。
全てを詳らかにするつもりは端からない。
オレの半生など、こいつらには関係ないし、今、一緒にいるだけの浅い関係だ。
言いあぐねて、口を閉じる。
相田は視線を上げないまま、少し居心地が悪そうにもぞもぞとして、ぽつりと言葉をこぼす。
「でもやっぱり、悔しい、かも」
「悔しい……?」
「まだ、隠し事されてたってことも、それを知って拗ねてる、自分の、子供っぽさ、とかも……」
「……ぷっ、くく」
「ちょっ、何で笑うんですか!」
いや、だって。
大人になりきれてないその様子が、それでも目一杯背伸びして大人びようとする格好が、どうにも可愛らしく思えてならない。
ひとしきり笑った後、むすくれる相田の頭を掻き回す。
「別にお前らだけに隠してた訳じゃあねぇよ。知ってんのはごく一部だぁ。うちのボスと幹部、一部の部下。あとは沢田達と、ディーノ……まあ、とりあえずそんなもんかぁ」
「……誰にも言わないようにします」
「いつかはバレるとは思ってたからよぉ、漏れても別に怒りゃしねぇ。……マフィアってのは男社会でな。女ってのはそれだけで舐められるし、損するもんだ」
「だから、女を捨てるんですか……?」
「…………いいや、捨てはしないさ」
彼女の言葉に、必要以上の間を置いて答える。
女を捨てたつもりでいた。
しかしそれを拾って、この手に押し戻してきた奴がいる。
「この格好も、この性格も、嫌いな訳じゃあねぇよ。でも、会う度に女扱いしてくる馬鹿がいるから、そん時だけは、何の柵もない、女に戻る」
「……それだけで、いいの?お洒落とかして、街を歩いて、女の子同士お喋りしたり、買い物したり、友達の家に泊まったり、好きな人の話をしたり……」
「……所詮オレは、薄汚れたマフィアだからなぁ。そういうのはもう、ずっと昔に諦めてるよ」
「……そう」
うつ向いた横顔が、少しばかり寂しそうだった。
つんと頬をつつくと、不満げな表情に見返される。
「他の奴らに話すかはまだわからねぇが、男でも女でも、オレは、オレだ。お前もあんまり気にすんなよぉ」
「……強いんですね。なんか、やっぱり悔しいわ」
「そうでもない。オレだって前はうじうじ悩んだぜ」
「ほんと?なんか信じられないかも」
ようやくクスリと笑った相田の背中を押す。
「誰にだって過去はある。話がそれだけなら、そろそろ出た方がいい。あまり長居すると、勘違いするやつがいるかもしんねぇぜぇ?」
にっと口の端を吊り上げて笑えば、一瞬キョトンとした彼女がすぐに赤くなって、驚いたように声をあげる。
「もう、からかわないでくださいよ!」
「本気なら良いのかぁ?」
「それはもっと困るって、いうか……!そんな勘違いされるわけないじゃないですか!」
「ぷはっ!わかんねぇぞぉ。オレはまだあいつらにとっちゃあ、悪い大人の男だからなぁ?」
むっと不満げにする小柄な頭をぐりぐりと撫でる。
それを振り払ってドアに向かう背を追いかけ、後ろから手を伸ばしてドアを開けた。
まだ暫くは、奴らには話さないでおこう。
全員が全員、相田のようにすんなりと受け入れ、納得する奴等ばかりじゃないだろう。
いまだに、オレ達への警戒を解かない、賢いやつらがいる。
本来なら、その方がいいのだ。
これ以上、こちらから歩み寄る必要はない。
オレ達はマフィアで、彼らは一般人だ。
一線を越えないように、向こう側に傾きすぎないように、……彼らがこちらに寄らないように。
「今日は午後のトレーニングもねぇ。ゆっくり休め。じゃあなぁ」
「はい、センセ」
悪戯っぽく笑って帰っていった制服の少女は、どこまでも表の世界の人間で、自分にはやはり遠く、まぶしいものに思えた。
「その……すごく、聞きづらいこと、なんですけど……」
「……?」
リコを部屋へと通し、応接用のソファーへと座るように促す。
飲み物は断られた。
すぐに終わらせるつもりのようだ。
しかし切り出しに困っているらしく、普段はハキハキと喋る彼女らしくもなく、選ぶように曖昧な言葉が続く。
それにしても、聞きたいこととはなんだろうか。
彼女の右横に事務椅子を置いて座り、何かあっただろうかと思考を巡らせる。
しかしなかなか思い当たることはない。
考えている間に言葉が決まったのか、リコがぽつりと質問を落とした。
「……スクアーロさんは、男の人、じゃ、ないですよね」
「ぶっ!?げほっ、ごほっ!!」
「わっ、ちょ!大丈夫ですか!?」
あまりにも唐突な追求に、飲んでいた水を吹き出し、激しく咳き込む。
いやいや待て待て!
何でバレた……や、ちょっと待て、そういえばオレは……。
「さ、さっき、服を脱いだときかぁ!」
「あの、はい……。ディーノさんと手合わせしてた時、薄着になってたのを見て、あれ?って……」
そうだ、確かにあの時薄着になった。
相田リコには、特殊な目があることを忘れていた。
赤司や高尾、伊月とも違う特別な眼。
「厄介だなぁ、その眼……アナライザー・アイ、だったか」
「その呼び方、あんまり好きじゃないです」
「……そうかぁ、悪かったな」
どうしたものかと、考える。
彼女の事だ。
無闇矢鱈に他言することはないだろう。
ただ、これを機会に全員に教えてしまっても良いかもしれない、とも思う。
ただ、一つ困るのは理由だった。
なんて説明をすればいいのか……。
男の方がこの業界では便利だし有利、と言ってしまえばそれで終わりなんだが、頭の良い奴らはそれだけで納得するか少し怪しい。
「どうして、隠してるんですか?……あっ、や、別にその、言いづらければ、無理に教えてほしいとかは、言わないんですけど……」
「う、ん……」
言いづらい、と言うよりは、説明しづらい。
全てを詳らかにするつもりは端からない。
オレの半生など、こいつらには関係ないし、今、一緒にいるだけの浅い関係だ。
言いあぐねて、口を閉じる。
相田は視線を上げないまま、少し居心地が悪そうにもぞもぞとして、ぽつりと言葉をこぼす。
「でもやっぱり、悔しい、かも」
「悔しい……?」
「まだ、隠し事されてたってことも、それを知って拗ねてる、自分の、子供っぽさ、とかも……」
「……ぷっ、くく」
「ちょっ、何で笑うんですか!」
いや、だって。
大人になりきれてないその様子が、それでも目一杯背伸びして大人びようとする格好が、どうにも可愛らしく思えてならない。
ひとしきり笑った後、むすくれる相田の頭を掻き回す。
「別にお前らだけに隠してた訳じゃあねぇよ。知ってんのはごく一部だぁ。うちのボスと幹部、一部の部下。あとは沢田達と、ディーノ……まあ、とりあえずそんなもんかぁ」
「……誰にも言わないようにします」
「いつかはバレるとは思ってたからよぉ、漏れても別に怒りゃしねぇ。……マフィアってのは男社会でな。女ってのはそれだけで舐められるし、損するもんだ」
「だから、女を捨てるんですか……?」
「…………いいや、捨てはしないさ」
彼女の言葉に、必要以上の間を置いて答える。
女を捨てたつもりでいた。
しかしそれを拾って、この手に押し戻してきた奴がいる。
「この格好も、この性格も、嫌いな訳じゃあねぇよ。でも、会う度に女扱いしてくる馬鹿がいるから、そん時だけは、何の柵もない、女に戻る」
「……それだけで、いいの?お洒落とかして、街を歩いて、女の子同士お喋りしたり、買い物したり、友達の家に泊まったり、好きな人の話をしたり……」
「……所詮オレは、薄汚れたマフィアだからなぁ。そういうのはもう、ずっと昔に諦めてるよ」
「……そう」
うつ向いた横顔が、少しばかり寂しそうだった。
つんと頬をつつくと、不満げな表情に見返される。
「他の奴らに話すかはまだわからねぇが、男でも女でも、オレは、オレだ。お前もあんまり気にすんなよぉ」
「……強いんですね。なんか、やっぱり悔しいわ」
「そうでもない。オレだって前はうじうじ悩んだぜ」
「ほんと?なんか信じられないかも」
ようやくクスリと笑った相田の背中を押す。
「誰にだって過去はある。話がそれだけなら、そろそろ出た方がいい。あまり長居すると、勘違いするやつがいるかもしんねぇぜぇ?」
にっと口の端を吊り上げて笑えば、一瞬キョトンとした彼女がすぐに赤くなって、驚いたように声をあげる。
「もう、からかわないでくださいよ!」
「本気なら良いのかぁ?」
「それはもっと困るって、いうか……!そんな勘違いされるわけないじゃないですか!」
「ぷはっ!わかんねぇぞぉ。オレはまだあいつらにとっちゃあ、悪い大人の男だからなぁ?」
むっと不満げにする小柄な頭をぐりぐりと撫でる。
それを振り払ってドアに向かう背を追いかけ、後ろから手を伸ばしてドアを開けた。
まだ暫くは、奴らには話さないでおこう。
全員が全員、相田のようにすんなりと受け入れ、納得する奴等ばかりじゃないだろう。
いまだに、オレ達への警戒を解かない、賢いやつらがいる。
本来なら、その方がいいのだ。
これ以上、こちらから歩み寄る必要はない。
オレ達はマフィアで、彼らは一般人だ。
一線を越えないように、向こう側に傾きすぎないように、……彼らがこちらに寄らないように。
「今日は午後のトレーニングもねぇ。ゆっくり休め。じゃあなぁ」
「はい、センセ」
悪戯っぽく笑って帰っていった制服の少女は、どこまでも表の世界の人間で、自分にはやはり遠く、まぶしいものに思えた。
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