if群青×黒子、違う世界の人たち

気晴らしに手合わせをする。
そう言ったスクアーロとディーノは今、運動場と呼ばれる広い部屋で向かい合っていた。
お互いに軽く体を解しながら、砕けた様子で話している。
その姿を、綱吉、黒子達は運動場の端に固まって見守っていた。
「スデゴロで良いだろ?」
「お"う」
「久々だなー」
「そうだな。鈍ってねぇだろうなぁ?」
「そっちこそ!地下にこもってばっかで鈍ってんじゃねーか?」
「はっ!直接確かめさせてやる、よぉ!」
言い終わらない内に、スクアーロが駆け出した。
一瞬姿を見失う。
それほどに速かった。
ディーノの脚を、床のすぐ上を滑るように飛んできたスクアーロの脚が払おうとする。
それを跳んでかわし、地面の近くにいるスクアーロに向けて、思い切り足を踏み下ろす。
どっ、と重たい音が鳴るが、足が踏み締めたのは固い金属の地面だ。
体を捻って避けたスクアーロは、踏み下ろされた足を掴んで引きずり倒す。
ディーノの体は大きく傾き地面に激突する……かに見えたが、咄嗟に手を付いて上半身を支え、掴まれた足を蹴り上げるようにして拘束を解く。
いつもの修行では、涼しい顔で綺麗に攻撃をかわすスクアーロの、凶悪な笑みも、泥臭い戦い方も、少年達には初めて見るもので、その激しさに言葉を失う。
「よっと、肩がら空きぃ!」
「チッ!てめぇは腹が空いてるぞぉ!」
「うぐっ!やったなこのっ」
軽口を叩き合いながら行う打ち合いは、激しいくせに、どこか子供同士のじゃれ合いのような微笑ましさも感じて、綱吉は少し安心したように息を吐いた。
最近、スクアーロのストレスが溜まりすぎていたような気がして、心配していたのだ。
発散できているようだし、やはりディーノに来てもらえて良かった。
依然、二人の打ち合いは続いている。
ディーノはパワータイプで、攻撃の回数は少ないものの、一撃一撃が重たい。
対してスクアーロは、攻撃の軽さを補うように、その素早さを活かして、回数を重ねていく。
防御が追い付かないような素早い攻撃を、ディーノは持ち前の勘と瞬発力で、ギリギリにいなしていた。
スクアーロの蹴りが肩を掠めて、一瞬バランスを崩させた。
その隙を逃がさず、長い足が脇腹を追撃した。
「ぐぉっ!」
「そら、よぉ!」
倒れそうになる体勢を建て直そうと、ディーノがもがく。
だが、スクアーロはそれを許さない。
彼の背中を蹴りつけて、その腕を捻り上げた。
「勝負あり、だなぁ?」
「くっそ~!次だ、次!」
ぴしりと綺麗に拘束した腕を、すぐに解放して距離をとった。
遠目にも、スクアーロがちろりと唇を舐めたのがわかる。
楽しそうだなぁ、などと誰かが呟いた。
確かに、とても楽しそうだ。
普段では見られないくらい、上機嫌に笑っている。
まあ、その笑顔は少し凶悪ではあるが。
「次はお前から掛かってこい」
「おっし、行くぜ!」
どうやら何戦か交える気のようで、勢いよく地面を蹴ったディーノのストレートが、スクアーロの顎目掛けて飛んだ。
そのパンチは軽く避けて、カウンターを放つ。
次の試合は長引いた。
お互いの攻撃が交互に入り、少し距離を取り、そして再び攻撃する。
ディーノの拳が腰に当たるのと同時に、スクアーロの拳もまたディーノの二の腕を捉える。
しかし、耐久戦にはディーノの方が分がある。
拳をクロスした腕で防いだスクアーロが、その重さに堪えかねてよろめく。
ディーノが地を蹴って、その腹に飛び込む。
容赦ないタックルを食らって、地面に仰向けに倒れたスクアーロの上に馬乗りになる。
その鼻先に拳を突き付け、ディーノはにっと笑う。
「今度は、俺の勝ちだな!」
ディーノの下で、スクアーロは驚いた顔をした後にぎゅっと眉間にシワを寄せて、くそ、と毒づく。
「っ!ちくしょーがぁ……。あと一戦!!」
「ちょっと待った。その前に一旦休憩!」
「……そうだな」
ディーノが立ち上がり、スクアーロへと手を貸す。
汗だくの二人に、綱吉とロマーリオがタオルを差し出した。
それを受け取って拭くが、二人ともそこそこの厚着だ。
自然と、揃って服を脱ぎ始める。
「あー、くそ。上着まで汗だくだ」
「始めから脱いどきゃ良かったなぁ」
「んー、確かに。てか、やっぱりちょっとお互い鈍ってるかな?」
「……ちょっとな」
あれだけ凄まじい戦いをしておいて、鈍っているなどという言葉に、周りは若干引き気味だ。
「つーかあの人、気の良い兄ちゃんかと思ってたのに……」
「めちゃくちゃ強いじゃん!?」
「スクアーロさんが汗だくになるレベルって……」
「オレ達の目じゃ、速すぎて見えない時があるんだけど」
「目で追えても対応できないだろ……。むちゃくちゃだ、あの人らは」
ディーノは上着を脱いで、Tシャツ一枚になって水を呷っている。
スクアーロもまた、薄いインナー一枚になっていた。
珍しい薄着姿を見ていたリコが、ふと首をかしげる。
何度か目を擦り、不思議そうな顔で二人をみる。
「カントク?どうかしたか?」
「え?……いや、何でもない、けど……」
「?変な奴だな」
その視線には気付かず、汗を拭いて水分を取った二人は、再び向き合う。
スクアーロは、その長い髪を高い位置に括っており、拭いきれなかった汗がそのうなじを伝って流れた。
「これで最後だぁ」
「おう、終わったら、」
「「飯」」
「ロマーリオ、合図してくれるか?」
「了解ボス。んじゃあ構えろよ。……試合、始め!」
銀色と金色の影が、二人の立っていた位置に取り残されたように見えた。
がんっ!と固い音がして、二人の拳がぶつかったことがようやくわかる。
「はっ!」
「だらぁ!」
スクアーロのラッシュを、ディーノが両手でガードする。
その途中で拳の一つを捕まえて、自分の方へと引きずり込み、襟首を捉えた。
そのまま引きずり倒して絞め技を掛けようとしたのだろう。
しかしその前に、ディーノの足を強く踏みつけて、痛みに怯んだ隙にその手を打ち払って脱出する。
「残念だったなぁ!」
「へっ、やるじゃんか!」
ディーノが再びスクアーロへと迫る。
大振りのパンチがスクアーロの頬を掠めて通りすぎた。
辛うじて避けたスクアーロは、がら空きになった胴へと膝を叩き付ける。
だがその攻撃は予測されていた。
がつっという固い音。
ディーノもまた、膝蹴りをしてその攻撃の矛先を強引にずらしている。
バランスを崩した二人が揃って転がり、しかしまた素早く起き上がった。
お互いに右ストレートを放ち、そして互いに左手でそれを受け止めた。
しかし、腕っぷしの強さではディーノの方が優れている。
一瞬、二人の動きが止まった。
すぐに、その均衡は崩れて、スクアーロが背中から地面に倒れる。
その上に陣取って、ディーノは勝ち誇って笑う。
「最後は、オレの勝ちだな!」
「……そうだな、チクショウ」
「2対1でオレのしょーり!はーあー、疲れたぁ~!」
どうやら、3戦を終えて満足したらしい。
倒れたスクアーロの横に、ディーノもごろりと寝っ転がる。
腹の上に乗せられたディーノの腕を、鬱陶しそうに払って、大きく息を吐き出す。
「本国の方は大丈夫なのかよ」
「おー、もう大分落ち着いた。むしろ今はジャポーネのが大変だろ。お前だってもう何ヵ月もこっちに詰めっぱなしだろ?」
「まあ、敵の狙いもこっちが本命のようだからなぁ。うかうかしてらんねぇだろぉ」
「お疲れさんだな」
「……そっちこそ」
こつっと拳骨をぶつけ合う。
ディーノの腕がまた、スクアーロの腹の上に乗ったが、もう退かす気力はないらしく、そのままにして、くあっと大口を開けて欠伸をした。
「あー、ねみぃ」
「オレも。でも腹へった、シャワーも……」
並んで寝転がる二人の姿は、普段の大人っぽいスクアーロからは想像できない姿で、それだけディーノという人に心を許している事が伝わる。
「沢田くん、二人は……?」
「ああ、えぇと……すぐに起きてくると思うから、そっとしといたげて。ご飯食べるだろうから、皆も食堂行こ!お昼、まだだよね?」
二人の関係についてを訊ねたのだが、伊月への返答は曖昧に濁されて、ハッキリした答えを得ることは出来ない。
もそりと起き上がって、お互いの頭をペシペシと叩いている二人を、リコがやはり不思議そうな目で見ていた。
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