if群青×黒子、違う世界の人たち
その日は、どこか様子がおかしかった。
基地の中は全体的に慌ただしくて、自警団の人達も皆、どこか落ち着かなさげだけれども、特に様子がおかしいのは、スクアーロだ。
午前中、成績ドベのクラスを受け持っているスクアーロは、いつもなら、授業中に居眠りをするオレや青峰を、すぐに見付けて叩き起こしてくるのに、今日に限ってはそれがない。
うとうとと船をこぎながらも、隣で机に熱く口付けをかます青峰の脇を突付いて起こす。
「んだよ、ちょうど今いい感じに寝れそうだったのに……」
「授業中だろ。いや、オレもだけどさ。今日、何か変じゃねぇ?」
「は?……そういや、チョーク飛んでこないな」
スクアーロはどこか上の空といった様子で、教科書を読んで、板書してはいるが、時たま声が止まったり、外の様子を伺うように耳を傾けたりしている。
これ幸いとばかりに爆睡している沢田達には悪いが、こうもあからさまに様子がおかしいと、何かあったのかと気になる。
赤司は、誰か重要な人が来るんじゃないかと言ってたが、スクアーロがこんなに気にしてる相手ってのは、一体どんな奴なのだろう。
「……で、あるからして、ここの文にはこの文法が使われて……」
「なあ、スクアーロ、さん?」
「……どうかしたかぁ」
「いや、つーか、さっきから上の空っていうかよ、沢田が爆睡してるっていうか」
「沢田ぁ!」
「いってぇ!」
沢田の頭に黒板消しが衝突する。
ぶつかるとかそういうんじゃなくて、かなりの力で投げられたそれは、紛れもなく衝突していた。
つまり物凄く痛そうである。
ついでに、隣で船を漕いでいた山本も頬をちぎれそうなほどにつねられてる。
「あだだだ!!」
「寝るんじゃねぇ」
「寝てねーって!ちょっと長めの瞬きしてただけ!」
「ったく、そんな調子だから万年ドベなんだ、アホがぁ」
ぐうの音も出ない。
だが、スクアーロもスクアーロで反省したらしく、大きなため息を落として、オレ達に一言詫びてきた。
「わりぃな。集中する」
「何かあったのか?ですか?」
「『何かあったんですか』だ。別に何もねぇ。考え事してただけだぁ」
がしがしと頭を掻いて、授業を再開する。
今度こそは、いつも通りの授業が始まった。
正直、勉強なんて好きじゃないが、スクアーロの授業はまだましだ。
人数が少ないのもあって、誰かが躓くと必ず手を止めて、わかるまで教えてくれる。
何より、日本語に詰まったときに、英語で聞けるのも助かる。
また学校に先生として来てくれねぇかな、と思ったけれど、たぶんもう二度と来ないんだろうな。
少し悲しい、ような気がした。
ピピピ、とアラームの音が鳴る。
基地にはチャイムなんてないから、これが授業終了の合図だ。
「ぃよっしゃ!しゅーりょーぅ!」
「青峰!中途半端にほっぽりだすなぁ!……はぁ、今日はここまで。明日は休みだぁ」
「え、休みな、ん、ですか」
「ああ、ちょうど日曜だしなぁ。訓練も明日はなしだ。好きなことしてて良い。外に出なけりゃな」
持ち物を纏めて、スクアーロが立ち上がる。
青峰は置き勉をしてとっとと出ていった。
あいつはちょっとやる気が無さすぎるんじゃないのだろうか。
オレも荷物を片付けて立ち上がる。
揃って欠伸をしている沢田達と一緒に、部屋を出ようとしたときだった。
先に出ていこうとしてたスクアーロが立ち止まる。
「?どうした、んですか?」
「いや、何か来……」
「スペルビー!!!」
「なっ!ぅお゛っぐ!?」
突然、黄色っぽい何かが、弾丸のように突っ込んできた。
突然のことによろけたスクアーロの肩を支える。
一瞬黄瀬が来たのかと思ったが、そういえば呼び名が違う。
スペルビ……?とは、誰の名前だったか。
「あ、ディーノさん!」
「ディーノ?」
息が詰まってるらしく、声の出ないスクアーロに変わって、自分の後ろから沢田が相手を呼んだ。
ディーノってのは、初めて聞く名前だ。
後ろから、黒いスーツの男達がずらずらと来ている。
ようやくスクアーロから離れた黄色いのが、数歩下がって顔を上げた。
「よ、ツナ!久々だな!それに、お前らが例の天才バスケプレーヤーって奴だな?オレはディーノ、よろしく!」
「へ、あ、おう、火神だ……です。よろしく?」
朗らかに挨拶してきた男……ディーノは、甘いマスクの伊達男だった。
黄瀬と同じくイケメンと呼ばれる部類であるが、アイツとは違ってチャラい感じはない。
白馬の王子様ってイメージが似合う。
スクアーロは無事立ち直ったらしく、タックルされた腹を擦りながら、ディーノのことを睨み付けてた。
「てめ……突然飛び付いてくんのやめろっつってんだろぉがぁ!」
「えぇ!仕方ねーじゃん!会いたかったんだぜ!?」
「会いたかったからって抱き付くんじゃねぇ。……まあ、久し振りなのは確かだけどなぁ」
はあ、とため息を吐いてはいたけれど、表情を見るにそこまで怒ってたり、嫌がってたりするわけじゃ無さそうだ。
もしかして、スクアーロがずっと気にしてたのは、この男だったんだろうか。
「早かったんですね、ディーノさん!夕方になるって聞いてましたけど」
「おう、思いの外早く出発できてな」
「折角ですし、皆に食堂に集まってもらうんで、紹介させてください!」
「お、良いな!」
沢田は随分とこの男になついてるらしい。
嬉しそうににこにこと笑ってて、ディーノの周りをちょろちょろついていく姿が、どことなくタツヤにくっついてた自分の姿を思い出させる。
懐かしいのと同時に、少し安心した。
オレらと同い年のくせして、マフィアだか自警団だかのボスをしてるなんて言われて、大丈夫なのかと心配してたが、こいつにも頼れる兄貴分みたいなのがいたんだな。
「火神君もこっち来て!山本、他のクラスの人達のこと、呼んできてくれる?」
「おっけ、わかったのな!」
山本が隣の部屋に駆けてく。
青峰はたぶん食堂に行ってるだろうから、わざわざ探す必要はない。
機嫌の良い沢田の後に続いて、オレ達も食堂へと向かった。
* * *
「イ、イタリア最大のマフィアのボス!?この人がっスか!?」
「え、俳優とかじゃなくて?」
「ていうか、若くないか?」
「若さについてはツナ君の例もあるし、なんとも言えないけど……。何て言うか、イメージと違う?」
「もっと怖い人なのかと思いました」
「優しそうだよね」
「威厳が足りない感じよねぇ」
まあ、ディーノが持たれるイメージと言うのは、大体においてそんなところで。
ごりごりと心を抉られる言葉に、胸を押さえて落ち込んでいる彼に、綱吉が慌てて駆け寄って背を撫でる。
ボス成り立ての綱吉と違い、こうして無邪気に言葉のナイフを突き立てられるのは久々なのだろう。
ただ、彼の周囲を固める黒服達はマフィアらしく見えたのか、彼らの興味はむしろ、そちらへと向けられているようであった。
「綱吉の自警団とは、随分雰囲気が違うようですね」
「ああ、ディーノさんとこは前からこんな感じで。ボンゴレも、9代目の時はこんな感じだったはずだよ。オレはその、獄寺君達がいるから、黒服の人達はあんまり……」
えへへ、と笑う綱吉は、やはり根が小市民であるらしく、小さな声でちょっと怖いし、と呟く。
元が一般人の綱吉からすれば、黒服に囲まれると護られてるというより、連行されてるような気分になるのだ。
立ち直ったらしいディーノが、そんな綱吉の背を叩いた。
「回りにスーツの野郎共がいるだけでも、結構面倒ごとが避けられるもんだけどな。まあオレは、ツナの作るファミリー、スゲー好きだけどさ!」
「あ、ありがとうございます!」
話している内容こそ、マフィアのあれこれではあるが、綱吉の隣で笑う様子は、まさしく気の良い兄貴分と言ったところで、どうやら初対面の彼らも幾分かリラックスしてきた様子であった。
そんな集まりの中に声がかけられる。
「う"お"ぉい、荷物は部屋に運び入れといてやったぜぇ」
「お、ありがとな!」
姿を消していたスクアーロは、どうやら彼の部屋に行っていたらしく、賑やかな雰囲気の食堂を見て、満足げに鼻を鳴らしている。
「挨拶は終わったなぁ?」
「うん。もう終わったよ」
「なら、ちょっと付き合え、跳ね馬」
「ん、良いぜ」
「え、どこ行くんスか?」
くいっと背後の扉を指して言ったスクアーロに、ディーノは深く聞くこともなく頷く。
黄瀬の問い掛けには、機嫌の良いスクアーロが答えた。
「組み手だぁ。気晴らしにな」
ぱきっと、スクアーロの拳から音が鳴る。
その答えに騒然としながら、残された彼らもまた、二人の向かった運動場へと走り出したのだった。
基地の中は全体的に慌ただしくて、自警団の人達も皆、どこか落ち着かなさげだけれども、特に様子がおかしいのは、スクアーロだ。
午前中、成績ドベのクラスを受け持っているスクアーロは、いつもなら、授業中に居眠りをするオレや青峰を、すぐに見付けて叩き起こしてくるのに、今日に限ってはそれがない。
うとうとと船をこぎながらも、隣で机に熱く口付けをかます青峰の脇を突付いて起こす。
「んだよ、ちょうど今いい感じに寝れそうだったのに……」
「授業中だろ。いや、オレもだけどさ。今日、何か変じゃねぇ?」
「は?……そういや、チョーク飛んでこないな」
スクアーロはどこか上の空といった様子で、教科書を読んで、板書してはいるが、時たま声が止まったり、外の様子を伺うように耳を傾けたりしている。
これ幸いとばかりに爆睡している沢田達には悪いが、こうもあからさまに様子がおかしいと、何かあったのかと気になる。
赤司は、誰か重要な人が来るんじゃないかと言ってたが、スクアーロがこんなに気にしてる相手ってのは、一体どんな奴なのだろう。
「……で、あるからして、ここの文にはこの文法が使われて……」
「なあ、スクアーロ、さん?」
「……どうかしたかぁ」
「いや、つーか、さっきから上の空っていうかよ、沢田が爆睡してるっていうか」
「沢田ぁ!」
「いってぇ!」
沢田の頭に黒板消しが衝突する。
ぶつかるとかそういうんじゃなくて、かなりの力で投げられたそれは、紛れもなく衝突していた。
つまり物凄く痛そうである。
ついでに、隣で船を漕いでいた山本も頬をちぎれそうなほどにつねられてる。
「あだだだ!!」
「寝るんじゃねぇ」
「寝てねーって!ちょっと長めの瞬きしてただけ!」
「ったく、そんな調子だから万年ドベなんだ、アホがぁ」
ぐうの音も出ない。
だが、スクアーロもスクアーロで反省したらしく、大きなため息を落として、オレ達に一言詫びてきた。
「わりぃな。集中する」
「何かあったのか?ですか?」
「『何かあったんですか』だ。別に何もねぇ。考え事してただけだぁ」
がしがしと頭を掻いて、授業を再開する。
今度こそは、いつも通りの授業が始まった。
正直、勉強なんて好きじゃないが、スクアーロの授業はまだましだ。
人数が少ないのもあって、誰かが躓くと必ず手を止めて、わかるまで教えてくれる。
何より、日本語に詰まったときに、英語で聞けるのも助かる。
また学校に先生として来てくれねぇかな、と思ったけれど、たぶんもう二度と来ないんだろうな。
少し悲しい、ような気がした。
ピピピ、とアラームの音が鳴る。
基地にはチャイムなんてないから、これが授業終了の合図だ。
「ぃよっしゃ!しゅーりょーぅ!」
「青峰!中途半端にほっぽりだすなぁ!……はぁ、今日はここまで。明日は休みだぁ」
「え、休みな、ん、ですか」
「ああ、ちょうど日曜だしなぁ。訓練も明日はなしだ。好きなことしてて良い。外に出なけりゃな」
持ち物を纏めて、スクアーロが立ち上がる。
青峰は置き勉をしてとっとと出ていった。
あいつはちょっとやる気が無さすぎるんじゃないのだろうか。
オレも荷物を片付けて立ち上がる。
揃って欠伸をしている沢田達と一緒に、部屋を出ようとしたときだった。
先に出ていこうとしてたスクアーロが立ち止まる。
「?どうした、んですか?」
「いや、何か来……」
「スペルビー!!!」
「なっ!ぅお゛っぐ!?」
突然、黄色っぽい何かが、弾丸のように突っ込んできた。
突然のことによろけたスクアーロの肩を支える。
一瞬黄瀬が来たのかと思ったが、そういえば呼び名が違う。
スペルビ……?とは、誰の名前だったか。
「あ、ディーノさん!」
「ディーノ?」
息が詰まってるらしく、声の出ないスクアーロに変わって、自分の後ろから沢田が相手を呼んだ。
ディーノってのは、初めて聞く名前だ。
後ろから、黒いスーツの男達がずらずらと来ている。
ようやくスクアーロから離れた黄色いのが、数歩下がって顔を上げた。
「よ、ツナ!久々だな!それに、お前らが例の天才バスケプレーヤーって奴だな?オレはディーノ、よろしく!」
「へ、あ、おう、火神だ……です。よろしく?」
朗らかに挨拶してきた男……ディーノは、甘いマスクの伊達男だった。
黄瀬と同じくイケメンと呼ばれる部類であるが、アイツとは違ってチャラい感じはない。
白馬の王子様ってイメージが似合う。
スクアーロは無事立ち直ったらしく、タックルされた腹を擦りながら、ディーノのことを睨み付けてた。
「てめ……突然飛び付いてくんのやめろっつってんだろぉがぁ!」
「えぇ!仕方ねーじゃん!会いたかったんだぜ!?」
「会いたかったからって抱き付くんじゃねぇ。……まあ、久し振りなのは確かだけどなぁ」
はあ、とため息を吐いてはいたけれど、表情を見るにそこまで怒ってたり、嫌がってたりするわけじゃ無さそうだ。
もしかして、スクアーロがずっと気にしてたのは、この男だったんだろうか。
「早かったんですね、ディーノさん!夕方になるって聞いてましたけど」
「おう、思いの外早く出発できてな」
「折角ですし、皆に食堂に集まってもらうんで、紹介させてください!」
「お、良いな!」
沢田は随分とこの男になついてるらしい。
嬉しそうににこにこと笑ってて、ディーノの周りをちょろちょろついていく姿が、どことなくタツヤにくっついてた自分の姿を思い出させる。
懐かしいのと同時に、少し安心した。
オレらと同い年のくせして、マフィアだか自警団だかのボスをしてるなんて言われて、大丈夫なのかと心配してたが、こいつにも頼れる兄貴分みたいなのがいたんだな。
「火神君もこっち来て!山本、他のクラスの人達のこと、呼んできてくれる?」
「おっけ、わかったのな!」
山本が隣の部屋に駆けてく。
青峰はたぶん食堂に行ってるだろうから、わざわざ探す必要はない。
機嫌の良い沢田の後に続いて、オレ達も食堂へと向かった。
* * *
「イ、イタリア最大のマフィアのボス!?この人がっスか!?」
「え、俳優とかじゃなくて?」
「ていうか、若くないか?」
「若さについてはツナ君の例もあるし、なんとも言えないけど……。何て言うか、イメージと違う?」
「もっと怖い人なのかと思いました」
「優しそうだよね」
「威厳が足りない感じよねぇ」
まあ、ディーノが持たれるイメージと言うのは、大体においてそんなところで。
ごりごりと心を抉られる言葉に、胸を押さえて落ち込んでいる彼に、綱吉が慌てて駆け寄って背を撫でる。
ボス成り立ての綱吉と違い、こうして無邪気に言葉のナイフを突き立てられるのは久々なのだろう。
ただ、彼の周囲を固める黒服達はマフィアらしく見えたのか、彼らの興味はむしろ、そちらへと向けられているようであった。
「綱吉の自警団とは、随分雰囲気が違うようですね」
「ああ、ディーノさんとこは前からこんな感じで。ボンゴレも、9代目の時はこんな感じだったはずだよ。オレはその、獄寺君達がいるから、黒服の人達はあんまり……」
えへへ、と笑う綱吉は、やはり根が小市民であるらしく、小さな声でちょっと怖いし、と呟く。
元が一般人の綱吉からすれば、黒服に囲まれると護られてるというより、連行されてるような気分になるのだ。
立ち直ったらしいディーノが、そんな綱吉の背を叩いた。
「回りにスーツの野郎共がいるだけでも、結構面倒ごとが避けられるもんだけどな。まあオレは、ツナの作るファミリー、スゲー好きだけどさ!」
「あ、ありがとうございます!」
話している内容こそ、マフィアのあれこれではあるが、綱吉の隣で笑う様子は、まさしく気の良い兄貴分と言ったところで、どうやら初対面の彼らも幾分かリラックスしてきた様子であった。
そんな集まりの中に声がかけられる。
「う"お"ぉい、荷物は部屋に運び入れといてやったぜぇ」
「お、ありがとな!」
姿を消していたスクアーロは、どうやら彼の部屋に行っていたらしく、賑やかな雰囲気の食堂を見て、満足げに鼻を鳴らしている。
「挨拶は終わったなぁ?」
「うん。もう終わったよ」
「なら、ちょっと付き合え、跳ね馬」
「ん、良いぜ」
「え、どこ行くんスか?」
くいっと背後の扉を指して言ったスクアーロに、ディーノは深く聞くこともなく頷く。
黄瀬の問い掛けには、機嫌の良いスクアーロが答えた。
「組み手だぁ。気晴らしにな」
ぱきっと、スクアーロの拳から音が鳴る。
その答えに騒然としながら、残された彼らもまた、二人の向かった運動場へと走り出したのだった。