if群青×黒子、違う世界の人たち
午前中に勉強をして、昼には吐きそうになるくらい鱈腹食べて、午後にはカロリーを消化せんと疲労で立ち上がれなくなるくらい動き回る。
いまだ、特訓で炎を扱わせてもらうことはないが、少しずつ、そんなスケジュールが日常となり、そして僅かながらも成長を実感し始めた、ある日のことである。
ボンゴレ自警団日本支部地下アジトは、とある報せにざわめきを隠せずにいた。
勿論、その喧騒はバスケ少年達の耳にも届く。
「なんか今日、いつもと雰囲気がちがくねーか?」
「ええ、何かあったみたいですね」
「何かってなんだよ?」
「僕に聞かれても困ります」
背の高い元相棒と現相棒に挟まれて、黒子はむっと口を尖らせる。
すぐに人に聞いてしまうのは、彼らの長所でもあり短所でもある。
が、少なくとも今は多少不快に感じてしまう。
いや……はっきり言うなら質問自体はどうでも良かった。
自分を間に挟んで会話をされるのが不愉快なのだ。
いつも以上に自分が小さくなったように感じてしまう。
「誰か知り合いが通れば聞けるだろうが、今日は誰もいないようなのだよ」
「確かに、今日はスクっちにも会ってないっスね」
「特訓も、メニュー渡されただけで、本人は来なかったもんね」
たまたま近くにいた緑間、黄瀬、桃井もまた、空気の違う彼らに首を傾げていたらしい。
午前中の授業は、スクアーロの部下と思しき男が受け持ち、そして午後の訓練はその男から渡されたメニュー表に沿って行う。
そんな調子だったものだから、いつもは必ず一度以上顔を合わせているスクアーロにも会えていない。
今までこんなことがなかったかと言えば、そんなことはないのだが、例え忙しくても、スクアーロはだいたい、始めか終わりに一度顔を出すくらいはしていたのだが、今日はそれすらなかったのだ。
「大きな動きがあったんだろうな」
「赤司。何か聞いているのか?」
輪の中にするりと入ってきて波紋を落としたのは、ここ最近随分と表情が明るくなった赤司だ。
決勝が行われるまでは作り物のようだった彼の顔も、敗北を知り、そして仲間と、この自警団とかかわり合うようになって、随分と温かみのある顔をするようになった。
緑間の問いに、赤司は緩く首を振りつつも言葉を続けた。
「特に何かを聞いている訳じゃない。だが、ここまで慌ただしい気配が見える割には、深刻さはあまり感じないから、何か良いことがあったのかもしれない」
「!敵のアジトがわかったとか!?」
「流石にそこまではわからないけどね。でも、さっき空き部屋に生活物資を運び込んでる人がいたから、誰かが来る、のかもしれないとは思う」
「誰か?」
「やはり直接聞かねばわからないのだよ」
「とはいっても、直接聞くにはちょっとみなさん、忙しそうだし聞きづらいよなぁ」
「高尾君の言うように忙しそうだし、私達に関係のあることなら沢田君が教えてくれるでしょう」
「今は待つしかないってことだな」
横にいた誠凛の先輩達からそう言われてしまえば、余計な口を挟んだり、仕事中の人間の邪魔をするわけにもいかなくなる。
大人しく話題を切り替えた彼らに、そのニュースが伝えられたのは翌日の朝になってからのことだった。
* * *
「本国で動きがあったんだ。向こうでの抗争に粗方決着がついて、勢力図も安定してきたみたい」
朝食の場で、眠たそうに目を擦りながらそう話す綱吉に、赤司は何となく口をもごつかせた。
眠たそうなその様子も、着崩したシャツも、ごくごく普通の高校生に……下手をすれば中学生にも見えるのだが、その口から出てくる言葉とのギャップが凄まじい。
口から出かけた言葉を呑み込み、代わりに勢力図なるものについて問い掛けた。
「ええと……今までのイタリア裏社会は、簡単に言うとボンゴレの一強でさ、だから逆らう組織もほとんどなくて、だから激しい抗争も少なくて安定してたらしいんだよね」
「でも、マフィアとしてのボンゴレは解体されてなくなった……」
「そうそう。支配者ボンゴレがいなくなったイタリア裏社会は一気に混沌のただ中へ!でも力の強さとか優劣ってのはボンゴレが抜けても結構ハッキリしていてね。今はキャバッローネっていうファミリーが南イタリアのほとんどのシマを牛耳ってるから、あとは北の反抗的な組織と上手く折り合いをつけていくだけって感じだったんだ」
「折り合いなんてつくのかい?」
「そこはほら、お話し合いで……ね」
すっと剃らされた目に、ああ、『話し合い(物理)』ということなのかな、と察する。
目の前で虫も殺せないような顔をしている少年もまた裏社会の住人なのだ。
ここはひとまず何も聞かなかったことにして、彼に続きを促す。
「えっと、それで昨日ディーノさん……そのキャバッローネのボスから連絡があったんだ。一先ず落ち着いたからこれから日本に発つって」
「日本に発つ……って、その人がこれから来ると言うこと?まだ情勢は不安定だろうに、良いのか?」
「部下が優秀だから大丈夫大丈夫!なんて言ってたけど、まあたぶんあれかな。禁断症状的なね?そろそろかな~とは思ってたけど、やっぱりこうなっちゃったかぁ……」
「?」
歯切れ悪く言葉を濁し、宙に視線を遣る綱吉に、赤司は怪訝な顔をする。
結局説明する言葉が見付からなかったのか、綱吉はパタパタと手を振ってその話題を終わらせた。
「んー、いやこっちの話……。取り合えず、今日の夕方にはその人が到着するって話だったから、会ったら宜しくね」
「よろしく、と言われてもね」
「大丈夫だよ、気さくでいい人だから。金髪でキラキラしてて、それで王子様みたいな人みたらその人だから」
「はあ」
「じゃ、オレもう行くね!」
それ以上の質問をする猶予もなく、忙しなく皿を片付けて走り去っていく綱吉の背に軽く手を振り、赤司は自分の分のトーストへと手をつける。
キラキラしてて王子様みたいな……マフィアのドン。
前半と後半の落差がおかしいことになっている。
もしやマフィアの首領というのは、ギャップが必須などというルールでもあるのだろうか。
「……イタリアきってのマフィアが来る、と言うことか」
綱吉は気さくな男だと言っていたが、自分達にとってはどうなのだろう。
イタリア一番のマフィアなんて、恐ろしいイメージしか湧かない。
だがきっとその人も、この場所にいる彼らのように、暖かな人なのだろう。
綱吉達と同じように、守るために戦おうと、自警団と協力しているマフィア。
彼に会えるのが、少し楽しみに思えてくる。
ふと、人の気配を感じて、顔を上げた。
「……あ"?なんだよ、じっと見て」
「いえ、特に何と言うわけではないです」
目の前にいつの間にかスクアーロが座っていた。
特に何か違うわけではないのだが、どことなく顔色が良いような気がする。
そう言えば、彼がこの時間にここで食事をしているのを初めて見た。
「オレだってたまには遅めに起きる」
彼の言い分を聞いた後に、腕時計を確認する。
現在は早朝6時より少し前といったところ。
遅いとは、もしやいつも授業に遅刻ギリギリで起きてくる青峰辺りへ向けた嫌味だろうか。
「いつも何時頃に食事されてるんですか?」
「あ"ー……4時か、5時頃?食わないこともあるなぁ」
「体壊しますよ?」
「壊れてねぇだろ。大丈夫だ」
彼は気にすることもなくヒラヒラと手を振っているが、こちらはかなり本気で心配している。
ため息を吐いて手元のトーストに視線を戻す。
後から来たくせに、赤司よりも早くに朝食を片付けたスクアーロは、珍しくのんびりとした様子で紅茶を啜る。
その満足げな様子に、彼に感じた違和感に気が付いた。
「今日は、機嫌が良さそうですね」
「……」
「スクアーロさん?」
「……そんなことは、いや、あるのか」
「何かあったんですか?」
「まあ、少しな」
するりと視線を外されたが、間違いではなかったらしい。
何かが変わってきている。
ディーノという男の来訪により、事態は確実に動き始めるだろう。
好転か、悪化か、果たしてどちらか……。
「ちょうどいい。午前の授業の準備を手伝え」
「拒否権は、ないようですね。わかりました」
きっと良い方へ転がるのだと、今はそう信じよう。
いまだ、特訓で炎を扱わせてもらうことはないが、少しずつ、そんなスケジュールが日常となり、そして僅かながらも成長を実感し始めた、ある日のことである。
ボンゴレ自警団日本支部地下アジトは、とある報せにざわめきを隠せずにいた。
勿論、その喧騒はバスケ少年達の耳にも届く。
「なんか今日、いつもと雰囲気がちがくねーか?」
「ええ、何かあったみたいですね」
「何かってなんだよ?」
「僕に聞かれても困ります」
背の高い元相棒と現相棒に挟まれて、黒子はむっと口を尖らせる。
すぐに人に聞いてしまうのは、彼らの長所でもあり短所でもある。
が、少なくとも今は多少不快に感じてしまう。
いや……はっきり言うなら質問自体はどうでも良かった。
自分を間に挟んで会話をされるのが不愉快なのだ。
いつも以上に自分が小さくなったように感じてしまう。
「誰か知り合いが通れば聞けるだろうが、今日は誰もいないようなのだよ」
「確かに、今日はスクっちにも会ってないっスね」
「特訓も、メニュー渡されただけで、本人は来なかったもんね」
たまたま近くにいた緑間、黄瀬、桃井もまた、空気の違う彼らに首を傾げていたらしい。
午前中の授業は、スクアーロの部下と思しき男が受け持ち、そして午後の訓練はその男から渡されたメニュー表に沿って行う。
そんな調子だったものだから、いつもは必ず一度以上顔を合わせているスクアーロにも会えていない。
今までこんなことがなかったかと言えば、そんなことはないのだが、例え忙しくても、スクアーロはだいたい、始めか終わりに一度顔を出すくらいはしていたのだが、今日はそれすらなかったのだ。
「大きな動きがあったんだろうな」
「赤司。何か聞いているのか?」
輪の中にするりと入ってきて波紋を落としたのは、ここ最近随分と表情が明るくなった赤司だ。
決勝が行われるまでは作り物のようだった彼の顔も、敗北を知り、そして仲間と、この自警団とかかわり合うようになって、随分と温かみのある顔をするようになった。
緑間の問いに、赤司は緩く首を振りつつも言葉を続けた。
「特に何かを聞いている訳じゃない。だが、ここまで慌ただしい気配が見える割には、深刻さはあまり感じないから、何か良いことがあったのかもしれない」
「!敵のアジトがわかったとか!?」
「流石にそこまではわからないけどね。でも、さっき空き部屋に生活物資を運び込んでる人がいたから、誰かが来る、のかもしれないとは思う」
「誰か?」
「やはり直接聞かねばわからないのだよ」
「とはいっても、直接聞くにはちょっとみなさん、忙しそうだし聞きづらいよなぁ」
「高尾君の言うように忙しそうだし、私達に関係のあることなら沢田君が教えてくれるでしょう」
「今は待つしかないってことだな」
横にいた誠凛の先輩達からそう言われてしまえば、余計な口を挟んだり、仕事中の人間の邪魔をするわけにもいかなくなる。
大人しく話題を切り替えた彼らに、そのニュースが伝えられたのは翌日の朝になってからのことだった。
* * *
「本国で動きがあったんだ。向こうでの抗争に粗方決着がついて、勢力図も安定してきたみたい」
朝食の場で、眠たそうに目を擦りながらそう話す綱吉に、赤司は何となく口をもごつかせた。
眠たそうなその様子も、着崩したシャツも、ごくごく普通の高校生に……下手をすれば中学生にも見えるのだが、その口から出てくる言葉とのギャップが凄まじい。
口から出かけた言葉を呑み込み、代わりに勢力図なるものについて問い掛けた。
「ええと……今までのイタリア裏社会は、簡単に言うとボンゴレの一強でさ、だから逆らう組織もほとんどなくて、だから激しい抗争も少なくて安定してたらしいんだよね」
「でも、マフィアとしてのボンゴレは解体されてなくなった……」
「そうそう。支配者ボンゴレがいなくなったイタリア裏社会は一気に混沌のただ中へ!でも力の強さとか優劣ってのはボンゴレが抜けても結構ハッキリしていてね。今はキャバッローネっていうファミリーが南イタリアのほとんどのシマを牛耳ってるから、あとは北の反抗的な組織と上手く折り合いをつけていくだけって感じだったんだ」
「折り合いなんてつくのかい?」
「そこはほら、お話し合いで……ね」
すっと剃らされた目に、ああ、『話し合い(物理)』ということなのかな、と察する。
目の前で虫も殺せないような顔をしている少年もまた裏社会の住人なのだ。
ここはひとまず何も聞かなかったことにして、彼に続きを促す。
「えっと、それで昨日ディーノさん……そのキャバッローネのボスから連絡があったんだ。一先ず落ち着いたからこれから日本に発つって」
「日本に発つ……って、その人がこれから来ると言うこと?まだ情勢は不安定だろうに、良いのか?」
「部下が優秀だから大丈夫大丈夫!なんて言ってたけど、まあたぶんあれかな。禁断症状的なね?そろそろかな~とは思ってたけど、やっぱりこうなっちゃったかぁ……」
「?」
歯切れ悪く言葉を濁し、宙に視線を遣る綱吉に、赤司は怪訝な顔をする。
結局説明する言葉が見付からなかったのか、綱吉はパタパタと手を振ってその話題を終わらせた。
「んー、いやこっちの話……。取り合えず、今日の夕方にはその人が到着するって話だったから、会ったら宜しくね」
「よろしく、と言われてもね」
「大丈夫だよ、気さくでいい人だから。金髪でキラキラしてて、それで王子様みたいな人みたらその人だから」
「はあ」
「じゃ、オレもう行くね!」
それ以上の質問をする猶予もなく、忙しなく皿を片付けて走り去っていく綱吉の背に軽く手を振り、赤司は自分の分のトーストへと手をつける。
キラキラしてて王子様みたいな……マフィアのドン。
前半と後半の落差がおかしいことになっている。
もしやマフィアの首領というのは、ギャップが必須などというルールでもあるのだろうか。
「……イタリアきってのマフィアが来る、と言うことか」
綱吉は気さくな男だと言っていたが、自分達にとってはどうなのだろう。
イタリア一番のマフィアなんて、恐ろしいイメージしか湧かない。
だがきっとその人も、この場所にいる彼らのように、暖かな人なのだろう。
綱吉達と同じように、守るために戦おうと、自警団と協力しているマフィア。
彼に会えるのが、少し楽しみに思えてくる。
ふと、人の気配を感じて、顔を上げた。
「……あ"?なんだよ、じっと見て」
「いえ、特に何と言うわけではないです」
目の前にいつの間にかスクアーロが座っていた。
特に何か違うわけではないのだが、どことなく顔色が良いような気がする。
そう言えば、彼がこの時間にここで食事をしているのを初めて見た。
「オレだってたまには遅めに起きる」
彼の言い分を聞いた後に、腕時計を確認する。
現在は早朝6時より少し前といったところ。
遅いとは、もしやいつも授業に遅刻ギリギリで起きてくる青峰辺りへ向けた嫌味だろうか。
「いつも何時頃に食事されてるんですか?」
「あ"ー……4時か、5時頃?食わないこともあるなぁ」
「体壊しますよ?」
「壊れてねぇだろ。大丈夫だ」
彼は気にすることもなくヒラヒラと手を振っているが、こちらはかなり本気で心配している。
ため息を吐いて手元のトーストに視線を戻す。
後から来たくせに、赤司よりも早くに朝食を片付けたスクアーロは、珍しくのんびりとした様子で紅茶を啜る。
その満足げな様子に、彼に感じた違和感に気が付いた。
「今日は、機嫌が良さそうですね」
「……」
「スクアーロさん?」
「……そんなことは、いや、あるのか」
「何かあったんですか?」
「まあ、少しな」
するりと視線を外されたが、間違いではなかったらしい。
何かが変わってきている。
ディーノという男の来訪により、事態は確実に動き始めるだろう。
好転か、悪化か、果たしてどちらか……。
「ちょうどいい。午前の授業の準備を手伝え」
「拒否権は、ないようですね。わかりました」
きっと良い方へ転がるのだと、今はそう信じよう。