if群青×黒子、違う世界の人たち
「オレが完璧に見えるか?」
ソファーに腰掛けて、長い脚を組んだ彼が、おもむろにそう問いかけた。
答えに詰まって、視線を落とす。
淹れてもらったコーヒーは、今まで飲んだどのコーヒーよりも香り高くて美味かった。
それを一口飲み、ゆっくりとその問いに答える。
「……見えます。貴方は強くて、賢くて、誇り高い。人に教えるのも上手。コーヒー一つ入れるのだって……。……オレには、手が届かない」
考えていたものを言葉にしながら、自分の抱いていた気持ちを自覚していく。
これはきっと、羨望と言う感情だ。
彼の出来を羨んで、自分と比較して、自分はこんなものだったんだと勝手に嘆いて、自分を軽々と越えていく彼を妬んでいた。
「ごめんなさい。オレは貴方に護ってもらって、その上戦う力を教えていただいていると言うのに、オレは、貴方を羨んで、妬んで……」
「……それってよぉ、なんか悪いことなのかぁ?」
「は?」
オレの言葉を遮るように言われたそれに、一瞬どういう意味かわからず、呆然としてしまう。
悪いことか?だと?
悪いことだろう。
相手に勝手にマイナスの気持ちを向けて、一人腐っていたわけなのだから。
「別にいいんじゃねーかぁ?妬こうが煮ようが妬もうが、結局それがお前の気持ちなんだから」
「それは、……そう、ですけど」
「大体オレは、完璧なんかじゃない。そんなもんからは程遠いぜ」
「はあ?」
わりと本心から出た疑問符だった。
この人は言うに事欠いて何を。
完璧とは程遠いとは、彼に嫉妬したオレへの当て付けなのだろうか。
「よく怒られる。自分を大事にしないとか、声がデケーとか、変なとこで常識知らずだとか、可愛くないだの男らしくないだの仕事向いてねーだの……!だー!言ってたらムカついてきやがった!あ、気が短ぇとかも言われた!」
「……」
この人にそれを言った者は随分と度胸がある。
にしても仕事に向いてないなんて言われるのか。
パワハラという言葉が脳裏をよぎる。
マフィアも堅気の人間と変わらず大変なのだな。
「だからよぉ、オレにだって見えてねぇだけで、欠点はたくさんあるし、お前に羨まれるような奴でもねーんだよ。つぅか普通裏社会の人間羨むかぁ?」
「あ……」
すっかり忘れていた、訳ではないが。
彼を見ていると、いや、綱吉達や他の多くの者達を見ていても、それが裏社会の者だというイメージに、なかなか結び付かない。
それがなぜかはわからないけれど、もしかしたらそのひた向きさだとか、純粋さだとか、直感的な感覚で、彼らを信頼できると思わされてしまうのだ。
「親もいねぇ、家族もねぇ、どうしようもなくて碌でもないような連中が集まっているのが、オレ達だぁ。完璧なんかじゃねぇ。羨もうが妬もうが構わねぇがなぁ、あまりオレの背中ばっかり見てると、お前もこっち側に転がり落ちるぞ」
「転がり落ちる、ですか」
確かに、あまり彼を見続けていたら、自身もマフィアに溺れてしまう可能性はある。
これは彼なりの忠告なのか。
戦いを優しく教えてくれても、面倒見よくしてくれても、常にオレ達からは一線を引いて、近付きすぎそうになると警告する。
彼の言葉を聞いた瞬間、オレは一抹の寂しさを覚えた。
それはまるで、『僕』と決別しようとした時のような、いや、『僕』そのものを見ているときのような。
「忠告、痛み入ります」
「……柄にもないことをしたな。まあ、お前が変に悩んでなけりゃ、それでいいんだが」
「……オレはたぶん、貴方を羨み、どこか憧れていた」
「……」
「貴方が、成し遂げられなかった『僕』と被ったんだと思うんです。父の期待に応えるためにも、完璧でありたかった。いつだって負けてはいけないと自分を奮い立たせてきた。だからオレは、心のどこかで貴方に共感して、そしてオレと違って簡単には折れない貴方を妬んだんでしょう」
「……親父は、オレに完璧さを求めた」
「え?」
「完璧でないと見てもらえない、愛してもらうなんて以ての外だ。似てるんだろうな、オレらは」
「貴方と、オレが……」
「オレはもう、何度も負けた。何度も折れたし、何度も地べたを這いずってきた。完璧になんてなれやしなかった。オレ達に出来るのなんて、結局必死になることだけなんだよ」
内緒のことを打ち明けるように、ひっそりと話してくれた彼は、疲れたような目で虚空を睨んでいた。
「……さあ、もう良いだろぉ。カップは洗っといてやるから、お前は部屋に戻って寝てろ」
「あ、はい」
「明日の訓練は休みにするかぁ。お前らも疲れてるだろぉ」
「え、でも」
「オレもやることがある。明日は休みだぁ。明日、起きてきた奴にはお前から伝えておいてくれ」
「……はい」
今まで必死に生きてきた彼は、今、どんな風に生きているんだろう。
オレの分のカップも持って、キッチンに戻っていく彼を見送り、一人部屋へと足を動かす。
彼とオレが似ていると言うのならば、オレは彼から学べることがあるはずだ。
羨望じゃなく、嫉妬じゃなく、背中を追うのではなく、足跡から、学ぶ。
「明日は休み、か」
ならば、明日やることは決まった。
軽く拳を握って、オレはベッドへと潜り込んだ。
* * *
「綱吉、ちょっと良いかい?」
「え?赤司君、どうしたの?」
翌日、オレはまず、最も話しやすく、かつ様々な情報を握っているだろう沢田綱吉に声をかけた。
朝食を食べ終わったところらしく、パンくずを口の端につけてこちらを振り向いた彼に、無言で頬を指して指摘する。
慌てて口元を拭う彼を見ながら、質問を投げた。
「スクアーロさんはどんな人なんだろう」
「ふぇ?スクアーロ?」
どことなく小動物を思わせる動きで口を拭い、綱吉は振り向いた。
今さら何故?と言いたげな視線に、昨日のことを掻い摘んで説明する。
「スクアーロと赤司君が似てる、かぁ。言われてみるとそうかも。二人とも育ちが良いし、何か完璧主義なとこあるし」
「育ちが良い?」
「うん、そう。スクアーロってどっか偉い人の子ども?だったとかで、いつもはあんなだけど、ちゃんとやろうと思えばマナーは完璧だし、言葉遣いだって綺麗にできるしね」
「へぇ」
何が『オレは完璧じゃねぇ』だ、と思わずにいられないプロフィールである。
下手をすれば自分には勝てるところが何もないのではないだろうか。
「でもたぶん、スクアーロと赤司君が似ているっていうのは、生まれ育ちとかよりも、もっと根本的なところなのかもなぁ」
「根本的な……というと?」
「自分に対して、とても厳しい……っていうか。他人の気持ちを察するのは得意なのに、自分の気持ちに鈍感というかさ」
「綱吉はオレのことをそう思っていたんだね」
「え!?いや、その、別に悪い意味じゃなくてね!?」
「ふふ。大丈夫、わかってる」
彼の意見を聞いて、なるほどと思った。
自分の気持ちに鈍感、か。
今まで、オレはずっと、誰かの期待に応えようとしてきていた。
父の期待、チームの期待、学校の期待……。
その中で、己の心を殺していたのだと、今なら何となくわかる気がする。
だがもし、そんな自分とスクアーロ氏が似ていると言うのなら、彼にはその心を落ち着ける場所はあるんだろうか。
「でもスクアーロは、最近少し丸くなってきたと思うから」
「丸く?」
「そう、色々あって、まあスクアーロもかなり無茶苦茶やってたけど、ずっとそのままだといろんな人に心配されるってわかったみたいだしね」
「この間の無茶のような、か?」
「……ああ、やっぱりまだ、悩ましいところは多いんだけどねぇ。でもスクアーロは身内に甘いところあるから、死なないで、怪我しないで、って言われたら、その為に頑張れるんだよ」
家族を自慢するかのように話す綱吉に、オレはそれ以上のことは聞けなかった。
また嫉妬してしまいそうだ。
身内に甘いということは、きっとその身内も彼には甘いんだろう。
本物の家族はいなくても、彼にはファミリーがいたのか。
「……やっぱり、羨ましいです」
「あ"?何だよいきなり」
たまたま談話室にいた彼にそう溢せば、訝しげな視線と、その後すぐにあきれたような顔を向けられる。
「またその話かぁ?」
「でもオレにだって、仲間がいますから」
「そりゃあ良かったじゃねぇか」
そう言ったスクアーロさんが、少し羨ましげな顔をしていたのが、嬉しく思えた。
彼に誇れる仲間の存在が、とてもとても、嬉しかった。
ソファーに腰掛けて、長い脚を組んだ彼が、おもむろにそう問いかけた。
答えに詰まって、視線を落とす。
淹れてもらったコーヒーは、今まで飲んだどのコーヒーよりも香り高くて美味かった。
それを一口飲み、ゆっくりとその問いに答える。
「……見えます。貴方は強くて、賢くて、誇り高い。人に教えるのも上手。コーヒー一つ入れるのだって……。……オレには、手が届かない」
考えていたものを言葉にしながら、自分の抱いていた気持ちを自覚していく。
これはきっと、羨望と言う感情だ。
彼の出来を羨んで、自分と比較して、自分はこんなものだったんだと勝手に嘆いて、自分を軽々と越えていく彼を妬んでいた。
「ごめんなさい。オレは貴方に護ってもらって、その上戦う力を教えていただいていると言うのに、オレは、貴方を羨んで、妬んで……」
「……それってよぉ、なんか悪いことなのかぁ?」
「は?」
オレの言葉を遮るように言われたそれに、一瞬どういう意味かわからず、呆然としてしまう。
悪いことか?だと?
悪いことだろう。
相手に勝手にマイナスの気持ちを向けて、一人腐っていたわけなのだから。
「別にいいんじゃねーかぁ?妬こうが煮ようが妬もうが、結局それがお前の気持ちなんだから」
「それは、……そう、ですけど」
「大体オレは、完璧なんかじゃない。そんなもんからは程遠いぜ」
「はあ?」
わりと本心から出た疑問符だった。
この人は言うに事欠いて何を。
完璧とは程遠いとは、彼に嫉妬したオレへの当て付けなのだろうか。
「よく怒られる。自分を大事にしないとか、声がデケーとか、変なとこで常識知らずだとか、可愛くないだの男らしくないだの仕事向いてねーだの……!だー!言ってたらムカついてきやがった!あ、気が短ぇとかも言われた!」
「……」
この人にそれを言った者は随分と度胸がある。
にしても仕事に向いてないなんて言われるのか。
パワハラという言葉が脳裏をよぎる。
マフィアも堅気の人間と変わらず大変なのだな。
「だからよぉ、オレにだって見えてねぇだけで、欠点はたくさんあるし、お前に羨まれるような奴でもねーんだよ。つぅか普通裏社会の人間羨むかぁ?」
「あ……」
すっかり忘れていた、訳ではないが。
彼を見ていると、いや、綱吉達や他の多くの者達を見ていても、それが裏社会の者だというイメージに、なかなか結び付かない。
それがなぜかはわからないけれど、もしかしたらそのひた向きさだとか、純粋さだとか、直感的な感覚で、彼らを信頼できると思わされてしまうのだ。
「親もいねぇ、家族もねぇ、どうしようもなくて碌でもないような連中が集まっているのが、オレ達だぁ。完璧なんかじゃねぇ。羨もうが妬もうが構わねぇがなぁ、あまりオレの背中ばっかり見てると、お前もこっち側に転がり落ちるぞ」
「転がり落ちる、ですか」
確かに、あまり彼を見続けていたら、自身もマフィアに溺れてしまう可能性はある。
これは彼なりの忠告なのか。
戦いを優しく教えてくれても、面倒見よくしてくれても、常にオレ達からは一線を引いて、近付きすぎそうになると警告する。
彼の言葉を聞いた瞬間、オレは一抹の寂しさを覚えた。
それはまるで、『僕』と決別しようとした時のような、いや、『僕』そのものを見ているときのような。
「忠告、痛み入ります」
「……柄にもないことをしたな。まあ、お前が変に悩んでなけりゃ、それでいいんだが」
「……オレはたぶん、貴方を羨み、どこか憧れていた」
「……」
「貴方が、成し遂げられなかった『僕』と被ったんだと思うんです。父の期待に応えるためにも、完璧でありたかった。いつだって負けてはいけないと自分を奮い立たせてきた。だからオレは、心のどこかで貴方に共感して、そしてオレと違って簡単には折れない貴方を妬んだんでしょう」
「……親父は、オレに完璧さを求めた」
「え?」
「完璧でないと見てもらえない、愛してもらうなんて以ての外だ。似てるんだろうな、オレらは」
「貴方と、オレが……」
「オレはもう、何度も負けた。何度も折れたし、何度も地べたを這いずってきた。完璧になんてなれやしなかった。オレ達に出来るのなんて、結局必死になることだけなんだよ」
内緒のことを打ち明けるように、ひっそりと話してくれた彼は、疲れたような目で虚空を睨んでいた。
「……さあ、もう良いだろぉ。カップは洗っといてやるから、お前は部屋に戻って寝てろ」
「あ、はい」
「明日の訓練は休みにするかぁ。お前らも疲れてるだろぉ」
「え、でも」
「オレもやることがある。明日は休みだぁ。明日、起きてきた奴にはお前から伝えておいてくれ」
「……はい」
今まで必死に生きてきた彼は、今、どんな風に生きているんだろう。
オレの分のカップも持って、キッチンに戻っていく彼を見送り、一人部屋へと足を動かす。
彼とオレが似ていると言うのならば、オレは彼から学べることがあるはずだ。
羨望じゃなく、嫉妬じゃなく、背中を追うのではなく、足跡から、学ぶ。
「明日は休み、か」
ならば、明日やることは決まった。
軽く拳を握って、オレはベッドへと潜り込んだ。
* * *
「綱吉、ちょっと良いかい?」
「え?赤司君、どうしたの?」
翌日、オレはまず、最も話しやすく、かつ様々な情報を握っているだろう沢田綱吉に声をかけた。
朝食を食べ終わったところらしく、パンくずを口の端につけてこちらを振り向いた彼に、無言で頬を指して指摘する。
慌てて口元を拭う彼を見ながら、質問を投げた。
「スクアーロさんはどんな人なんだろう」
「ふぇ?スクアーロ?」
どことなく小動物を思わせる動きで口を拭い、綱吉は振り向いた。
今さら何故?と言いたげな視線に、昨日のことを掻い摘んで説明する。
「スクアーロと赤司君が似てる、かぁ。言われてみるとそうかも。二人とも育ちが良いし、何か完璧主義なとこあるし」
「育ちが良い?」
「うん、そう。スクアーロってどっか偉い人の子ども?だったとかで、いつもはあんなだけど、ちゃんとやろうと思えばマナーは完璧だし、言葉遣いだって綺麗にできるしね」
「へぇ」
何が『オレは完璧じゃねぇ』だ、と思わずにいられないプロフィールである。
下手をすれば自分には勝てるところが何もないのではないだろうか。
「でもたぶん、スクアーロと赤司君が似ているっていうのは、生まれ育ちとかよりも、もっと根本的なところなのかもなぁ」
「根本的な……というと?」
「自分に対して、とても厳しい……っていうか。他人の気持ちを察するのは得意なのに、自分の気持ちに鈍感というかさ」
「綱吉はオレのことをそう思っていたんだね」
「え!?いや、その、別に悪い意味じゃなくてね!?」
「ふふ。大丈夫、わかってる」
彼の意見を聞いて、なるほどと思った。
自分の気持ちに鈍感、か。
今まで、オレはずっと、誰かの期待に応えようとしてきていた。
父の期待、チームの期待、学校の期待……。
その中で、己の心を殺していたのだと、今なら何となくわかる気がする。
だがもし、そんな自分とスクアーロ氏が似ていると言うのなら、彼にはその心を落ち着ける場所はあるんだろうか。
「でもスクアーロは、最近少し丸くなってきたと思うから」
「丸く?」
「そう、色々あって、まあスクアーロもかなり無茶苦茶やってたけど、ずっとそのままだといろんな人に心配されるってわかったみたいだしね」
「この間の無茶のような、か?」
「……ああ、やっぱりまだ、悩ましいところは多いんだけどねぇ。でもスクアーロは身内に甘いところあるから、死なないで、怪我しないで、って言われたら、その為に頑張れるんだよ」
家族を自慢するかのように話す綱吉に、オレはそれ以上のことは聞けなかった。
また嫉妬してしまいそうだ。
身内に甘いということは、きっとその身内も彼には甘いんだろう。
本物の家族はいなくても、彼にはファミリーがいたのか。
「……やっぱり、羨ましいです」
「あ"?何だよいきなり」
たまたま談話室にいた彼にそう溢せば、訝しげな視線と、その後すぐにあきれたような顔を向けられる。
「またその話かぁ?」
「でもオレにだって、仲間がいますから」
「そりゃあ良かったじゃねぇか」
そう言ったスクアーロさんが、少し羨ましげな顔をしていたのが、嬉しく思えた。
彼に誇れる仲間の存在が、とてもとても、嬉しかった。