if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯
「さて、目的地に着いたわけだがぁ……」
「本当にここにいるのな?なーんか、スゲー薄気味悪いとこだぜ?」
匂宮兄妹、並びに、哀川潤によってもたらされた情報通りに、二人が辿り着いたのは、寂れた古い廃ビルだった。
開いた車のドアから、座席に腰掛けたまま縛られた両足をぶらつかせて、山本は訝しげにビルを見上げている。
本当にこの中に人がいるのか、疑っているのだろう。
オレは山本を放置したまま、そのビルの周りを探索する。
ビルの脇、段ボールやら、空き缶やら空き瓶やらが散乱しており、足の踏み場もない。
一番手前にあった空き缶を手に取り、中を見る。
その後、空き缶を置いてビルの壁を見上げる。
ホコリで汚れた壁、等間隔で小さな窓が並んでいる。
2階の窓の1つが、半分ほど空いているが、例え全開だったとしても、人が通るのは難しいだろう。
暫くそうして探索をした後、山本の所へと戻ったオレは、短く一言、言い放った。
「ここで待ってろぉ」
「え?でもここに零崎双識って人がいるんだろ?オレも着いてく」
「……ここにいるのが本当に零崎だけかどうか、わからねぇんだよ」
「?どういう意味なのな?」
ビル脇にあった空き缶の中には、水と、タバコの吸殻が入っていた。
ざっと見ただけでも、同じような空き缶がかなりの数置いてある。
そしてどれもこれも、タバコの銘柄はバラバラであった。
ビルの窓が空いていたが、廃ビルなら普通は全て閉まっている。
そして自分達が見たのは裏口だけだが、床に分厚く溜まったホコリには、幾つもの靴跡がついていた。
その靴跡は、どれも新しいものである。
「どうやらこの廃ビルには、かなりの数の人間が出入りしているらしい」
「……誰なのな?」
「さあな、ヤクザか……殺し屋の集団かもしれねぇが、まあまず、無事ではねぇだろうなぁ」
「なんで?」
「入り口のところに監視カメラが隠されていたが、壊されていた。何かが侵入したんだろうぜぇ。恐らくそれが、零崎双識だぁ」
「もしかして、その謎の集団は殺されちまってるのな?」
「……見てみねぇとわからねぇよ。とにかく、どっちと遭遇しても、動けねぇテメーを抱えて移動するのは厳しい。まずはオレが一人で行く。その後、もし零崎双識ってのに会えたらここに連れてくる」
「でも……スクアーロは大丈夫なのな?一人で行って……もし殺されたりなんてしたら……!」
不安そうに見詰めてくる山本の頭をグシャグシャと掻き回す。
痛がって体を引く山本をそのまま車に押し込んだ。
「危なくなったら逃げるから安心しろぉ。何とかなるさ」
「……無理すんなよな?」
「わかってる」
車のドアを閉める。
山本から顔を背けた途端に、顔の筋肉を引き締めた。
今ある武器は、腰の剣と、ワイヤーのみ。
これだけで零崎の奴に会ったときに、上手く対処できるだろうか……。
いや、対処しなければならないのだ。
裏口の、その奥。
外の光が届かずに暗闇になっている場所を睨み付ける。
調べていて、1つだけ気になることがあったのだ。
大人の革靴やブーツの跡に紛れて、二組の小さめの足跡が、裏口にはついていた。
大きさや歩幅などから年齢を推測すると、恐らく高校生か大学生くらいの二人組。
零崎双識という男は、背が高く、手足も長い男なのだと聞いている。
ならばこの足跡とは別なのだろう。
一体どんな人物の足跡なのか……。
普通こんなビルについてるような足跡ではないと思う。
そしてこのビルに零崎がいることも合わせて考えると、この足跡の人物達も、ただ者ではない……かもしれない。
「チッ……考えても切りがねぇか」
不安は尽きなかったが、その言葉で割りきって、オレはビルに踏み込んだ。
ゾクゾクとする寒気が、背筋を舐めた。
* * *
ビルの2階、窓の開いていた部屋を覗いたオレは、思わず顔を歪める。
そこには地獄絵図が広がっていた。
人間のバラバラ死体、それが大量に積み重なっている。
濃厚な血の臭いが鼻を掠め、じっとりと脂ぎった空気に晒されて、オレは山本を連れてこなくて良かったと少しだけ安心していた。
人の気配がないかどうか探りながら、部屋の死体を観察する。
死体の半数に届かないくらいの数は、首を切り落とされたり、腕を落とされたりと、同じ刃物を使った形跡が見受けられた。
だが残りの死体は、ナイフらしき刃物で刺されていたり、切り裂かれていたり、潰されていたり、と、手口が一定ではない。
「少なくとも二人以上の人間の仕業か」
死骸は皆、バラバラな服装を身に付けており、一目見ただけでは、彼らが何者なのかはわからなかった。
だが彼らの持ち物を見てみると、その正体が予測することが出来た。
「銃……、ドス……、こっちにゃヤバげな白い粉……って、コイツらヤクザか」
見たとこほとんどは、若い下っ端の構成員のようだが、2、3人ほど幹部らしき人間もいた。
だが見覚えはない。
きっとボンゴレの目にも留められないような、弱小組織だったのだろう。
「ここには誰もいない……つうことは、ここよりも上の階、か?」
警戒は弛めないまま、部屋を出て、細い階段を上っていく。
3階にも、4階にも、人はいない。
だが5階、このビルの最上階についた時、心臓を強く握られるような、激しい殺気を感じて、オレは体を硬直させてしまった。
昔出会った、零崎曲識という殺人鬼の気配と、とてもよく似た気配。
そして次の瞬間、耳障りな叫び声がビルの廊下に響いた。
まるで、断末魔の悲鳴。
その声は、この階の奥の部屋から響いてきている。
階段から廊下へと繋がる壁の角にピッタリと身を寄せて、部屋の様子を伺う。
その部屋には、複数の人間の気配があった。
「……で、…………よな?」
「ああ、……った…………君、……ちゃん」
男の声が2つ。
その声が近付いてきて、ドアが開く音と共に、若い女の声が聞こえてきた。
「……、たまには皆で零崎するのも楽しいですねー!」
「うふふ、だろう?流石舞織ちゃんはわかってるねぇ。でも人識にはその素晴らしさがわからないんだよ。全く、悲しいね」
「けっ!わかりたくもねーぜ」
ご機嫌そうな女……いや、少女の声に、男の声が答える。
もう1つの不機嫌そうな声は、その男の声よりも若い。
もう、あの殺気は感じない。
だがオレは、少女の言葉に更に緊張感を高めていた。
『皆で零崎するのも』……。
皆……ってな、つまり、コイツら全員零崎ってこと、かよ……!
だあ゙ーくそっ!
6年前、たった一人の零崎相手に、情けなく逃げることしか出来なかったと言うのに、その零崎3人と話をして山本を無傷で引き渡すだと!?
無理!絶対に無理!
だが、彼らの足音が近付いてくる音を聞いて、ハッとした。
このビルの階段は1つ。
エレベーターもあるが、3人乗ると一杯一杯になってしまう狭いもの。
奴らがこの階段を使うのは必定……!
このままじゃ鉢合わせるし、もし下手に逃げたりしたら、後ろから追い掛けられて殺されるかもしれない!
一体、どうすれば……。
冷や汗が頬を伝う。
焦るな、焦るな、焦るな、焦るな!
焦りは人を殺す。
まずは落ち着け。
逃げたら殺される。
ならば、ここで迎え撃たなければならない。
くそっ……。
「……えーと、双識さん、人識くん」
「ああ、うん、言いたいことはわかってるよ舞織ちゃん」
「かはは、酔狂な奴がいたもんだな」
……どうやら、気付かれたらしい。
スッと息を吸って、ジリジリと後退る。
そこから、少しでも距離を取らなければならない。
ジリジリ、ジリジリ、ブーツとコンクリートの床の間で、砂利が小さな音を立てる。
階段の縁まで下がったところで、3人組の足跡が1度止まった。
そして、背の高い人影が角からひょいと顔を出した。
次の瞬間、ギラリと光る刃物が、オレに襲い掛かってきた。
「本当にここにいるのな?なーんか、スゲー薄気味悪いとこだぜ?」
匂宮兄妹、並びに、哀川潤によってもたらされた情報通りに、二人が辿り着いたのは、寂れた古い廃ビルだった。
開いた車のドアから、座席に腰掛けたまま縛られた両足をぶらつかせて、山本は訝しげにビルを見上げている。
本当にこの中に人がいるのか、疑っているのだろう。
オレは山本を放置したまま、そのビルの周りを探索する。
ビルの脇、段ボールやら、空き缶やら空き瓶やらが散乱しており、足の踏み場もない。
一番手前にあった空き缶を手に取り、中を見る。
その後、空き缶を置いてビルの壁を見上げる。
ホコリで汚れた壁、等間隔で小さな窓が並んでいる。
2階の窓の1つが、半分ほど空いているが、例え全開だったとしても、人が通るのは難しいだろう。
暫くそうして探索をした後、山本の所へと戻ったオレは、短く一言、言い放った。
「ここで待ってろぉ」
「え?でもここに零崎双識って人がいるんだろ?オレも着いてく」
「……ここにいるのが本当に零崎だけかどうか、わからねぇんだよ」
「?どういう意味なのな?」
ビル脇にあった空き缶の中には、水と、タバコの吸殻が入っていた。
ざっと見ただけでも、同じような空き缶がかなりの数置いてある。
そしてどれもこれも、タバコの銘柄はバラバラであった。
ビルの窓が空いていたが、廃ビルなら普通は全て閉まっている。
そして自分達が見たのは裏口だけだが、床に分厚く溜まったホコリには、幾つもの靴跡がついていた。
その靴跡は、どれも新しいものである。
「どうやらこの廃ビルには、かなりの数の人間が出入りしているらしい」
「……誰なのな?」
「さあな、ヤクザか……殺し屋の集団かもしれねぇが、まあまず、無事ではねぇだろうなぁ」
「なんで?」
「入り口のところに監視カメラが隠されていたが、壊されていた。何かが侵入したんだろうぜぇ。恐らくそれが、零崎双識だぁ」
「もしかして、その謎の集団は殺されちまってるのな?」
「……見てみねぇとわからねぇよ。とにかく、どっちと遭遇しても、動けねぇテメーを抱えて移動するのは厳しい。まずはオレが一人で行く。その後、もし零崎双識ってのに会えたらここに連れてくる」
「でも……スクアーロは大丈夫なのな?一人で行って……もし殺されたりなんてしたら……!」
不安そうに見詰めてくる山本の頭をグシャグシャと掻き回す。
痛がって体を引く山本をそのまま車に押し込んだ。
「危なくなったら逃げるから安心しろぉ。何とかなるさ」
「……無理すんなよな?」
「わかってる」
車のドアを閉める。
山本から顔を背けた途端に、顔の筋肉を引き締めた。
今ある武器は、腰の剣と、ワイヤーのみ。
これだけで零崎の奴に会ったときに、上手く対処できるだろうか……。
いや、対処しなければならないのだ。
裏口の、その奥。
外の光が届かずに暗闇になっている場所を睨み付ける。
調べていて、1つだけ気になることがあったのだ。
大人の革靴やブーツの跡に紛れて、二組の小さめの足跡が、裏口にはついていた。
大きさや歩幅などから年齢を推測すると、恐らく高校生か大学生くらいの二人組。
零崎双識という男は、背が高く、手足も長い男なのだと聞いている。
ならばこの足跡とは別なのだろう。
一体どんな人物の足跡なのか……。
普通こんなビルについてるような足跡ではないと思う。
そしてこのビルに零崎がいることも合わせて考えると、この足跡の人物達も、ただ者ではない……かもしれない。
「チッ……考えても切りがねぇか」
不安は尽きなかったが、その言葉で割りきって、オレはビルに踏み込んだ。
ゾクゾクとする寒気が、背筋を舐めた。
* * *
ビルの2階、窓の開いていた部屋を覗いたオレは、思わず顔を歪める。
そこには地獄絵図が広がっていた。
人間のバラバラ死体、それが大量に積み重なっている。
濃厚な血の臭いが鼻を掠め、じっとりと脂ぎった空気に晒されて、オレは山本を連れてこなくて良かったと少しだけ安心していた。
人の気配がないかどうか探りながら、部屋の死体を観察する。
死体の半数に届かないくらいの数は、首を切り落とされたり、腕を落とされたりと、同じ刃物を使った形跡が見受けられた。
だが残りの死体は、ナイフらしき刃物で刺されていたり、切り裂かれていたり、潰されていたり、と、手口が一定ではない。
「少なくとも二人以上の人間の仕業か」
死骸は皆、バラバラな服装を身に付けており、一目見ただけでは、彼らが何者なのかはわからなかった。
だが彼らの持ち物を見てみると、その正体が予測することが出来た。
「銃……、ドス……、こっちにゃヤバげな白い粉……って、コイツらヤクザか」
見たとこほとんどは、若い下っ端の構成員のようだが、2、3人ほど幹部らしき人間もいた。
だが見覚えはない。
きっとボンゴレの目にも留められないような、弱小組織だったのだろう。
「ここには誰もいない……つうことは、ここよりも上の階、か?」
警戒は弛めないまま、部屋を出て、細い階段を上っていく。
3階にも、4階にも、人はいない。
だが5階、このビルの最上階についた時、心臓を強く握られるような、激しい殺気を感じて、オレは体を硬直させてしまった。
昔出会った、零崎曲識という殺人鬼の気配と、とてもよく似た気配。
そして次の瞬間、耳障りな叫び声がビルの廊下に響いた。
まるで、断末魔の悲鳴。
その声は、この階の奥の部屋から響いてきている。
階段から廊下へと繋がる壁の角にピッタリと身を寄せて、部屋の様子を伺う。
その部屋には、複数の人間の気配があった。
「……で、…………よな?」
「ああ、……った…………君、……ちゃん」
男の声が2つ。
その声が近付いてきて、ドアが開く音と共に、若い女の声が聞こえてきた。
「……、たまには皆で零崎するのも楽しいですねー!」
「うふふ、だろう?流石舞織ちゃんはわかってるねぇ。でも人識にはその素晴らしさがわからないんだよ。全く、悲しいね」
「けっ!わかりたくもねーぜ」
ご機嫌そうな女……いや、少女の声に、男の声が答える。
もう1つの不機嫌そうな声は、その男の声よりも若い。
もう、あの殺気は感じない。
だがオレは、少女の言葉に更に緊張感を高めていた。
『皆で零崎するのも』……。
皆……ってな、つまり、コイツら全員零崎ってこと、かよ……!
だあ゙ーくそっ!
6年前、たった一人の零崎相手に、情けなく逃げることしか出来なかったと言うのに、その零崎3人と話をして山本を無傷で引き渡すだと!?
無理!絶対に無理!
だが、彼らの足音が近付いてくる音を聞いて、ハッとした。
このビルの階段は1つ。
エレベーターもあるが、3人乗ると一杯一杯になってしまう狭いもの。
奴らがこの階段を使うのは必定……!
このままじゃ鉢合わせるし、もし下手に逃げたりしたら、後ろから追い掛けられて殺されるかもしれない!
一体、どうすれば……。
冷や汗が頬を伝う。
焦るな、焦るな、焦るな、焦るな!
焦りは人を殺す。
まずは落ち着け。
逃げたら殺される。
ならば、ここで迎え撃たなければならない。
くそっ……。
「……えーと、双識さん、人識くん」
「ああ、うん、言いたいことはわかってるよ舞織ちゃん」
「かはは、酔狂な奴がいたもんだな」
……どうやら、気付かれたらしい。
スッと息を吸って、ジリジリと後退る。
そこから、少しでも距離を取らなければならない。
ジリジリ、ジリジリ、ブーツとコンクリートの床の間で、砂利が小さな音を立てる。
階段の縁まで下がったところで、3人組の足跡が1度止まった。
そして、背の高い人影が角からひょいと顔を出した。
次の瞬間、ギラリと光る刃物が、オレに襲い掛かってきた。