if群青×黒子、違う世界の人たち

場所は変わり、小運動場。
ヴァリアーの隊員達は午後からは休暇で、彼らはそれぞれ、体を休めたり、更なる向上を目指し自主的な訓練に費やしたりと、思い思いの時間を過ごしている。
スクアーロは少し手狭なその運動場の入り口を背に立ち、少年達に向かって声を張り上げていた。
「う"お"ぉい、ガキどもぉ!まずは死ぬ気の炎を灯したこと、褒めてやるぜぇ。ちいせぇ炎だったがなぁ!」
「うるせぇ!灯したんだから文句はねぇだろーが!」
「ちょっ、青峰君!」
威勢の良い反抗的な声に、スクアーロもまた挑発的に笑う。
「改めて自己紹介してやる。オレは独立暗殺部隊ヴァリアー、作戦隊長のスペルビ・スクアーロだぁ。これからここを出ていくまで、オレ直々にてめぇらをみっちり鍛えてやる。覚悟しておけぇ」
「は、はい!」
「作戦隊長って偉いのか?」
「……そんなことを僕に聞かないでください。沢田君は確かヴァリアーのNo.2だと言っていました」
「それって偉いってことなのか」
「僕にはヴァリアーという組織の立ち位置がわかりませんから、何とも」
好奇心にキラキラと輝く瞳が自分に向いたのを見て、スクアーロはため息を吐いた。
この調子では訓練とは関係ないところで時間を食いそうだ。
「ヴァリアーはボンゴレ9代目直属の組織だぁ。オレはそこでボスの右腕を担っている。それ以外にも、隊員の育成にも携わってる」
「つまり、エリート暗殺組織の中で、実働部隊として人を率いながら、人事も担っている、と言うことですか?」
赤司に首をかしげながらそう訊ねられ、スクアーロは軽く肩をすくめた。
その様子がやたらと様になっている。
「まあ、簡単に言うとそう、かな。とにもかくにも、今からお前らには敵の攻撃から逃れる術を徹底的に叩き込む。今日は本格的にやる気はねぇが、まずは軽くウォーミングアップでもするかぁ。う"ぉい、赤司」
「はい」
「お前この中で一番目が良いんだろぉ。ちょっと付き合え」
「え?」
赤司を部屋の中央に呼び出したスクアーロは、懐から徐にナイフを取り出した。
ぎょっとしたような顔でナイフを見た少年達を無視して、手でそれをくるくると弄びながら、これからすべきことを説明し始める。
「これからオレがお前を攻撃する。すべて避けろ」
「そのナイフは……」
「安心しなぁ、触るとインクが出るだけのただの玩具だぁ」
ナイフの切っ先に、スクアーロが指を当てる。
ナイフはぐねっと折れ曲がり、刃の部分からじわりとインクが滲み出てきた。
玩具だというのは本当らしい。
「初めは軽く行くが、少しずつスピードを上げていく。お前はただそれを避けるだけだぁ。簡単だろぉ?」
「……へぇ。確かに、この眼の前では簡単なことだろうね。お相手させていただきますよ、スクアーロさん」
「はっ!その余裕がいつまで続くか、見せてもらうぜぇ」
赤司が構えたのを見て、他の少年達が部屋の端に寄る。
それを確認してから、スクアーロはパンツのポケットから取り出したタイマーをセットして桃井に放り投げた。
「ひゃあ!?」
「時間は10分!始めるぞぉ!」
「来い!」
桃井が受け取ったタイマーは既に時を刻み始めている。
赤司が声を上げたと同時に、スクアーロが彼へと肉薄した。
突き出された左腕を避けて、赤司がステップを踏む。
これくらいの早さならば、十分見切れる。
次々に繰り出されるナイフを、右へ左へとステップを踏んで回避する。
攻撃の隙間に、スクアーロが満足そうな笑みを浮かべたのが見えた。
ひゅっと風を切る音が間近に聞こえた。
「……ふはっ、ギリギリだったなぁ?」
「くっ……!」
スピードが上がった。
ギアを切り替えたかのように、綺麗に一段階だけ速さが変わる。
見えてはいる、なのに、体が追い付けない。
再び速さの段階が変わった。
耳の直ぐ横、髪を掠めて通り過ぎたナイフを嫌って、大きく距離を取ろうと地面を蹴る。
その時、スクアーロの体の重心がずれたのが見えた。
ハッとして、ジャンプすると、足の下を黒い影が通っていく。
脚払いを掛けられたのか!?
そして目の前の『敵』が、不安定な姿勢にも関わらず、また動きを見せる。
腕……肩に力が籠り、バネのように腕が振るわれた。
回転しながら飛んできたナイフを、必死で首を傾けて避ける。
頬がチリリと痛む。
掠った……!
だが『敵』は丸腰。
もう攻撃の手段は、残されていないはず。
しかし赤司の目の前には、真っ黒な金属の塊が迫ってきていた。
「うっ……!?」
「……ふん、ここで顎を打てば、お前は脳震盪で気絶し、その後簡単に殺される。もし相手が人外染みた馬鹿力の持ち主だったとしたら、ここで頭をカチ割られて終いだぁ」
「ナ、ナイフで攻撃するんじゃ、なかったんですか……」
「オレぁ『お前を攻撃する』って言ったんだぁ。ナイフに限るなんて言ってねぇ。それに……」
「わっ」
ぐっと頭を横に動かされて、たたらを踏む。
ひゅるんっと耳の横で風切り音が聞こえて、はっと顔を上げる。
スクアーロの人差し指と中指の間には、先程投げたハズのナイフが挟まれていた。
思わず、へたりと地面に腰をつける。
「わざと回転つけて投げたんだぁ。向こうの壁で跳ね返って、こっちに返ってくるようになぁ」
「なっ……」
人間業じゃない。
回転するナイフが、そう上手く跳ね返ってくるものなのか?
絶句し、瞠目する赤司の前で、さらにスクアーロは言葉を続けた。
「そも、オレがナイフを一本しか持ってねぇと、お前には言い切れるか?」
「え、は?」
「例えば右手にもう一本隠し持ってるかもしれねぇし、」
スクアーロが腕を振る。
するとまるでマジックのように、その手の中にナイフが現れた。
「腕以外のところに武器を持っているかもしれねぇ。そもそも、ナイフに毒が塗られてないって保証もねぇ」
「卑怯じゃ、ないですか、そんなの」
「卑怯?カスがぁ、敵がルール守って正々堂々戦ってくれる訳ねぇだろぉ。オレ達はスポーツやってんじゃねぇ。殺すか殺されるか、常に命を懸けた戦いをしているんだぁ」
「……」
腕を力強く引っ張られて、何とか立ち上がる。
息の上がっている赤司に対して、スクアーロは涼しい顔をしている。
まるで、格が違う。
キセキの世代だとか、天帝の眼だとか、そんな呼称がおままごとのように感じられるほどに、実力を以て思い知らされた力量の差。
持っていたナイフをどこにしまったのか、空になった右手が赤司に近付く。
ビクッと肩を跳ねさせ、目を見開いた彼に、スクアーロは一瞬目を細めたが、それでも動きは止めず、赤司の頭の上に手を乗せた。
そのまま、丁寧な手付きで軽く頭を叩かれ、赤司は更に驚いたように目を点にする。
「ス、スクアーロさん?」
「とは言ってもまあ、素人であんだけ動けてんだから、十分凄い、がな。普通は一発目でアウトだぜぇ。天才だなんだと呼ばれてるだけあって、やっぱりお前らはすげぇ」
「!」
ふっと、固く結んでいた口の端を緩めて笑うスクアーロに、赤司は内心、ああとため息を吐いていた。
確かに、この人は人材育成に向いているようだ。
アメとムチの使い方のなんと上手いことか。
こんな風に誉めてもらえるのなら、努力も易いと思えてしまう。
「お前らの一番上が今、ここだぁ。今のまま敵に遭遇すりゃああっという間に殺されんのが落ちだがぁ、安心しろぉ。使える時間をフルに使って、あらゆる方面からみっ……ちり、鍛えてやるぜぇ」
にやりと笑ったその人に、背筋がぞくりと粟立つ。
恐怖、ではない。
それは己が確実に成長できるだろう訓練への期待だ。
改めて、少年達の気合いの籠った返事が、運動場に響いたのだった。
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