if群青×黒子、違う世界の人たち

「スクアーロ!みんなでアジトの探険行かねーの!?」
「訓練の方が優先だぁ。お前が一人で行ってくれば良いだろうがぁ」
運動場の扉をガラリと開けて、その勢いのまま叫ぶように言った山本に、スクアーロがピシャリと言い放った。
とうの彼らは、現在リングを指にはめて炎を出そうと必死である。
元日、一年の初日から、ボンゴレ自警団アジトには熱気がこもっている。
「だー!くそっ!!炎なんて出ねぇよ!」
「そこはこうイメージを膨らませて頑張ってください」
「黒子はどうやって炎出したんだ!?」
「僕は酔っ払いの介抱をしていたら出ました」
「嘘つけ!」
「本当です」
彼らの様子を見て、スクアーロは大きくため息を吐いた。
この調子では昼を過ぎる前に炎を灯すことは難しそうだ。
「う"ぉい山本ぉ、お前暇ならアイツらの面倒見てやれぇ」
「え?でもオレ、スクアーロと試合しようかな~って思ってたんだけど」
「何で相手の承諾なしに予定を立てやがる!良いからさっさと行けぇ!」
「ぅわ!わかった!わかったのな!!」
追い立てられて慌てて走っていく山本を睨み付け、再び大きなため息を落とす。
手の空いた仲間に意見を聞きながら訓練の計画を立てるが、その計画は果たして実行に移せるのだろうか。
青汁とせんぶり茶を一気に飲み干したような苦い顔をしているスクアーロを見て、元旦からの訓練に文句を言う部下はいなかった。
組手の際のわずかな声や打撃音、炎を灯そうと力む少年達の唸り声が響く運動場。
成功に喜ぶ声はしばらく聞けそうになかった。


 * * *


「へぇ、黒子はもう炎灯せたんだな!」
「はあ、まあ」
「あはは、反応薄すぎなのなー」
スクアーロと試合をする予定、というのは本気だったらしく、山本は使い損ねた竹刀をくるくると回しながら、黒子達の様子を見ていた。
黒子が炎を灯す様子を見て、顎に手を当てて『うん』と考え込む。
かと思えば、その場を離れて、運動場を出る。
すぐに戻ってきた山本の手の中には、藍色の石のついたリングが握られていた。
「黒子!今度はこっちに炎を灯してみろよ!」
「……?新しい指環、ですか?」
「ああ。でもただ新しいだけじゃねーのな。今黒子が炎を灯したのは精製度Dランクのリング。んで、こっちは精製度Cランクのリングな」
「何が違うんだよそりゃあ」
炎を灯す作業に飽きたのか、黒子の頭越しに覗き込んできた青峰の言葉に、山本は朗らかに微笑んで答えた。
「精製度ってのは簡単に言うとリングの性能のことなのな!Dが最低ランクでオレらの使ってるボンゴレリングは精製度A以上の最高ランク。ランクが上がれば上がるほど炎を灯すのが難しくなるらしいけど、その分炎の質は格段に上がるのな!」
「その……難しくなるらしい、というのは?」
「んー、オレら……ツナとか獄寺とか、まあうちの幹部級の奴らはみんな、A以上のランクのリングしか持ってねぇし、それ以外にはほぼ炎なんて灯したことないんだよなー。オレはボンゴレリングにも一発で炎灯したし」
「……一発で!?」
「おー、一発でだな!」
一発で灯した、という発言に、青峰の眼の色が変わった。
自分達の使っているリングよりも更にランクの高いものに一発。
もともと好戦的な性格の彼が、闘争心を煽られたのは言うまでもない。
そして、周りでひっそりと聞き耳を立てていた他の者達にしても、それは同じだった。
「おい山本!どうすりゃこの指環に炎が灯せんだ!?」
「ん?スクアーロにも言われたんだろ?自分の覚悟を炎に変えるんだよ」
「だからそれが意味わかんねぇんだって!」
「んー……つまりさ、仲間を護りたいとか、ぜってー勝つ!とかって気持ちを、リングに送り込むんだよ。その覚悟が本物なら、リングは必ず答えてくれるのな」
「うーん……難しいな……」
山本はにかりと笑って頑張るのな!とだけ言い残して壁際に下がった。
これ以上助言をする気はないらしい。
結局、あまり助けにはならなかった、ようである。
果たして自分の覚悟とは?
炎に変換するイメージとはどう言うことなのか。
イラついた様子で、火神が黒子に訊ねた。
「あー、出来ねぇ!なあ黒子、お前はどんな覚悟で炎を出したんだ?」
「……バスケが」
「え?」
「皆さんとまた、命の危険など何も考えずにバスケがしたい。そう、思いました。そうしたら炎が灯ったんです」
黒子の言葉に、周りの者達は目を見開いた。
覚悟なんて大仰な言葉に気を取られて気付けなかった。
『仲間を護る』とか、『強くなる』とか、『敵を倒す』などという現実味の無いことばかりを考えて、本来の心を忘れていた。
目から鱗が落ちた気分というのは、正にこのことか。
「そうだ……そうだよな。また桐皇に戻ってバスケする。んで次こそはテツ、お前らに勝つぜ!」
「オレらだって負けねぇぜ青峰!また優勝かっさらってやる!」
「今度は万全の状態で全員倒してやるっスよ!エースとして活躍するっス!!」
「ふん、オレ達だって人事を尽くしている。次は絶対に負けはしない」
「エースがこう言ってんだもんな、こりゃー負けられねーぜ!」
「ま、全員オレが倒すんだけどねー」
「敦も意外と負けず嫌いだよね。……オレもだけどね」
「ふふ、みんな随分と意気込んでいるようだが、次こそは、オレ達洛山が一番であることを証明する。そうだろう?」
「勿論よ。次は負けられないわ。無冠の五将の名に賭けてもね」
「あったりまえ。次ん時は絶対にオレのドリブルで抜く!」
「無冠の五将云々はともかく、自分のプライドにかけて、負けられねーなァ!」
「……まあ、オレは卒業だが。応援くらいはしてやるよ」
「ちょーい待て!負けねぇだの絶対勝つだの言ってるが、次だってオレら誠凛が勝つに決まってんだろ!」
「その為のリハビリだって頑張ってるしな」
「後輩に格好いいところも見せたいし」
「監督としても、力が入るわ!」
口々に気持ちを言い募っていく。
ぽうっ、ぽうっと、彼らの手の中には暖かな光が灯っていた。
「……すっげ、キレーなのな」
山本の言葉にふとスクアーロが振り返った。
小さくも力強く灯る炎の群れは、確かに美しかった。
だが、たった一つ炎を灯していないリングがあった。
「あ……わたし、わたしはっ……」
桃井の持っている黄色のリングは、何も反応を示さなかった。
気が付いた黒子が口を開く。
しかし言葉を発するよりも早く、黒い影が視界を遮った。
「う"お"ぉい、てめぇら全員休憩だぁ。水分補給したらまたここに集合しろぉ」
「よっしゃぁあ!!」
「あー!なんか急に疲れた気がするっス!」
桃井は、ぞろぞろと歩いていく少年達を目で追うばかりで、その場から動けなかった。
自分だけが置いていかれるような気がしてならない。
その肩に革の手袋をはめた手が乗せられた。
「桃井、少し話そう」
「スクアーロ、さん……」
半ば放心状態にある桃井を、そう言って強引に引きずっていく。
運動場に隣接する休憩室に連れていき、温かい飲み物を差し出した。
受け取った手は少し震えている。
隣に座って一口コーヒーを飲んだスクアーロが、徐に話を振った。
「お前が戦いたくないと言うのなら、オレ達は訓練を強制したりはしねぇ」
「え……?」
「無理強いはしねぇ。するもしないも、お前の意思次第だぁ」
真っ直ぐな視線を向けられて、桃井は思わず目を逸らした。
手元の紅茶に視線を落とす。
カップの中で波立つそれが、自分の不安を表しているようだった。
喉の奥から絞り出すように声を出す。
出てきたのは、震えてハッキリとしない、情けない声だった。
「訓練したい、です。私だって皆とまたバスケしたい!折角WCで仲直りできたんだもん……。その為なら、訓練くらいいくらでもします!でもっ……、でも炎の事とか、キメラっていう化物の事を考えると……こわ、くて……」
尻すぼみに消えていく言葉に、スクアーロは相槌を打つこともなく、またコーヒーを一口啜った。
「みんなは……怖くないのかな……。なんで、あんなに綺麗な火が灯せるんだろう。なんで、私だけ出来ないのかな……」
「……普通は1日や2日で炎を灯す方がおかしいんだぁ。一般の人間には灯せねぇもんなんだよ。それをやったアイツらがおかしい」
「あはは、そうなんですか……」
「お前の気持ちだって何もおかしなことじゃねぇ。あんな化物に襲われりゃあ、しばらく寝れねぇくらい怖いと思うのは普通の感覚だぁ。……その感覚は、絶対に忘れないようにしろ」
「え?でも……」
「種火はちゃんとお前の中にある。お前の護りたいものはなんだ?失いたくないものは?お前の感じた恐怖を、味合わせたくない大切な人が、お前の側に必ずいるはずだ」
「大切な人……」
胸に手を当てて、そっと目を閉じる。
まぶたの裏には、家族の姿が、友達の姿が、そして幼馴染みや、想い人の姿が浮かんだ。
気が付けば瞼の向こうから、暖かな光が射し込んできていた。
「あ……黄色い、炎が……」
「……綺麗な炎だぁ。ひとまずは合格、だな」
「……はいっ!」
微笑んで言ったスクアーロに、桃井は頬を赤らめさせて答えた。
これでようやく、全員がスタート地点に並んだ。
これからが訓練の開始である。
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