if群青×黒子、違う世界の人たち
桃井が目を覚ましたとき、そこには屍の山が出来ていた……。
いや、正確に言えば死体は一つもないのだが、昨日の年越しパーティーのせいでほとんどの人間が酒に潰れ空気に酔い、結果としてまるで死んでいるかのようにぐったりと横たわっているのである。
新年早々、余りにも酷い光景である。
「ん……昨日、そのまま寝ちゃったんだ……」
朧気な記憶を探れば、まず始めに綱吉が眠り込み、誘われるように次々と夢の中へ旅立っていった事を思い出す。
昨日は、いや、ここに来てから、一人でいる時間以外は、ずっと騒がしかった。
たくさんの気配があるにも関わらず、とても静かな空間。
知らず、ぞくりとしたものに背筋を撫でられ、桃井は小さく体を震わせた。
「……お風呂、入ろうかな」
ポツリと呟きながら立ち上がる。
だが立ち上がった時に気が付いた。
あの雪のような髪を持った彼が、この場にいないということに。
* * *
「どこにいったんだろう……」
食堂にも、談話室にも、もちろん彼の自室も探したが、どこにもいなかった。
一体どこに?
ふらふらと宛もなく歩く桃井は、気付くと随分と地下深くの階にまで降りてきてしまっていた。
確かこの辺りには研究室がたくさんあったはずだ。
立ち並ぶ扉はどれも似たり寄ったりで、入るどころかノックするのも躊躇うような無機質さを感じる。
昨日騒いでいた人の中には、確か研究員のような風体の人もいた。
ならば、今はどこも無人なのかも知れない。
その階を一通り歩いて回り、一番奥まで辿り着いて、桃井はため息を吐いた。
あの怪我で歩き回っているのかと思って、心配したは良いものの、見付けられないのではどうしようもない。
もう戻った方が良いだろう。
突き当たりの壁に背を向けたその時だった。
ウィン、と機械の駆動音が聞こえて、手前の扉が自動で開く。
そこから聞こえてきた声と、後ろ向きに現れた人物を見て、あっと声をあげた。
「スクアーロさんっ!」
「……桃井、かぁ?こんなところで何してる?」
「え?あ……その、散歩を、してて……」
キョトンとした顔でそう問われると、素直に探していたと言うのが憚られて、桃井はそう取り繕った。
誤魔化すためにぎこちなく笑って、桃井はスクアーロの脇を通り抜けて戻ろうとした。
だが自分の来た道を振り返ってはたと気付く。
「……えーっと」
どうやって戻れば良いのだろう。
最下層付近は道が複雑に入り組んでおり、初めて来た人間が迷うことは多い。
だが普段の桃井ならば、迷子になることはなかっただろう。
幼馴染みの青峰ならばともかく、桐皇随一の情報通にして有能なマネージャーたる彼女が迷うことなど、普段ならば有り得ない。
しかし今回ばかりは状況が違う。
慣れない環境、寝起きという状態、突然遭遇したスクアーロ。
全てが全て、悪い方向に作用したらしい。
「……良ければ、上まで送るぞぉ?」
固まって冷や汗を流す彼女に、スクアーロが声をかけたのは必然だった。
桃井は申し訳なさそうに頷き、礼を言ったのだった。
* * *
「幾つか寄り道をしていっても構わねぇかぁ?」
その言葉に二つ返事で頷いた。
そして桃井が連れてこられたのは、人工太陽の陽射しが降り注ぐ、植物園のような場所だった。
「ここ、どういう場所なんですか?」
「ここは通称、鳥かご。まあ名前の通り、鳥を飼ってるんだよ、ここでなぁ」
スクアーロはいつの間に手に持っていたのか、薄汚れた麻袋を地面に置き、軍手をはめた手で中から餌を取り出し、周囲にばら蒔いた。
途端、黒いものが桃井の視界を覆った。
明かりが消えたわけではない。
独特の臭いと、ぎゃあぎゃあと煩く鳴く声がする。
「これっ……カラス!?」
「あ"あ!こいつら全部、うちで飼ってる諜報員だぁ!」
カラスの鳴き声に負けじと、お互い声を張り上げて言葉を交わす。
諜報員、つまりこのカラスを使って、敵の情報を探ることが出来るということだろうか。
目を丸くしてカラス達を見る桃井の襟を、スクアーロは強めに引っ張る。
「ほら、そろそろ出るぞぉ。食い終わる前に出ねぇと催促がスゴいんだよ」
「は、はい……!」
既に餌袋は片付け、軍手も取っている。
早いな、などと感想を呟く間もなく、二人で鳥かごを出た。
「餌やりも、スクアーロさんの仕事なんですか?」
「まあ……毎回ではねぇが出来るだけオレがしている。あいつら飼い始めたのはオレだしなぁ」
「そう、なんですか……。でも、どうしてカラスを飼おうと?」
「あ"?……まあ、鳥の脚でも借りたいくらい忙しい時期があったし、なぁ」
言いづらそうに言葉を濁したスクアーロに、桃井はそれ以上話を広げることが出来なかった。
話している時、たまに感じる壁。
きっとこちらのことを気遣って、詳しい話をしないのだろうが、だからこそ、不満を抱いてしまう。
ここまで巻き込んでおいて、今さら何を躊躇うのだろうか。
それを表面に出すほど子供ではなかったが、全く影響を受けずに接することができるほど、彼女は大人ではない。
「えーっと、次はどこに行くんですか?」
「倉庫。ちょっと文房具取りに行く」
「……へー」
文房具くらい、部下の人に言えばいくらでも持ってきてもらえそうなのに、自分で取りに行くといったスクアーロを少し意外に思った。
すぐについた倉庫で、ノートやペンなどの小物を回収し、再び歩き出す。
「次はどこに行くんですか?」
「武器庫。ちょっと武器を取りに行く」
「……ふぅん」
先程と同じように会話を交わしたが、平静を装うその裏で、桃井は確かに動揺していた。
武器庫って、そんなに簡単に一般人をつれていって良いところなの?
疑問を飲み込み着いていく。
初めて入った武器庫は、桃井の想像を絶する量の武器が、隙間なく丁寧に納められていた。
近接系の武器、遠距離からでも戦える武器、身を守る防具、どうやって使うのかもわからない謎の武器がたくさん。
「見るのは良いが、勝手に触んなよぉ」
「あ、はい」
確かに、下手に触ったら怪我をしそうな武器の数々。
圧倒され、呆然と眺めている内に、スクアーロは目的のものを回収したらしい。
桃井に一声掛けて武器庫を出た。
「この5階上が昨日集まった食堂だぁ」
言われて頷いた。
ここならば見覚えがある。
ちゃんと帰ることが出来そうだ。
スクアーロとは、初めて二人きりで話をしたが、結局何を考えているのか、全くわからなかった。
深い話が出来なかったのもあるけれども、やはりどこか近寄りがたく感じて、今一歩踏み出せない。
「ここまで来たら、もう自分で帰れるなぁ?」
「はい、もう大丈夫です!ありがとうございました」
明るくお礼を言って、頭を下げる。
その頭をあげるより前に、小さな重みが乗ってきた。
「今日から忙しくなる。今の内にしっかり休むんだな」
「へ?あ、はい……!!」
「朝飯は7時30分頃までには用意しておく。他の奴らのこと、頼んだぞぉ」
背を向けて歩いていくスクアーロ。
どうやら、頭を撫でられたらしい。
いつもやってるのだろうか。
そう思うくらい自然だった。
……黒子でもないし、ときめいたりはしないけど。
ただ、もしかしたら彼は、意外と心優しい男なのかもしれないと思った。
にしても……。
「今日から忙しくなる……?」
今日は元日。
年明け早々から、一体何をする気なのだろう。
そこだけが桃井の心に引っ掛かっていた。
しかし考えてもわかるはずがなく、大人しく食堂に戻り、全員を起こして朝食を取った。
その日の朝食……おせち料理は、異様に美味しかった。
いや、正確に言えば死体は一つもないのだが、昨日の年越しパーティーのせいでほとんどの人間が酒に潰れ空気に酔い、結果としてまるで死んでいるかのようにぐったりと横たわっているのである。
新年早々、余りにも酷い光景である。
「ん……昨日、そのまま寝ちゃったんだ……」
朧気な記憶を探れば、まず始めに綱吉が眠り込み、誘われるように次々と夢の中へ旅立っていった事を思い出す。
昨日は、いや、ここに来てから、一人でいる時間以外は、ずっと騒がしかった。
たくさんの気配があるにも関わらず、とても静かな空間。
知らず、ぞくりとしたものに背筋を撫でられ、桃井は小さく体を震わせた。
「……お風呂、入ろうかな」
ポツリと呟きながら立ち上がる。
だが立ち上がった時に気が付いた。
あの雪のような髪を持った彼が、この場にいないということに。
* * *
「どこにいったんだろう……」
食堂にも、談話室にも、もちろん彼の自室も探したが、どこにもいなかった。
一体どこに?
ふらふらと宛もなく歩く桃井は、気付くと随分と地下深くの階にまで降りてきてしまっていた。
確かこの辺りには研究室がたくさんあったはずだ。
立ち並ぶ扉はどれも似たり寄ったりで、入るどころかノックするのも躊躇うような無機質さを感じる。
昨日騒いでいた人の中には、確か研究員のような風体の人もいた。
ならば、今はどこも無人なのかも知れない。
その階を一通り歩いて回り、一番奥まで辿り着いて、桃井はため息を吐いた。
あの怪我で歩き回っているのかと思って、心配したは良いものの、見付けられないのではどうしようもない。
もう戻った方が良いだろう。
突き当たりの壁に背を向けたその時だった。
ウィン、と機械の駆動音が聞こえて、手前の扉が自動で開く。
そこから聞こえてきた声と、後ろ向きに現れた人物を見て、あっと声をあげた。
「スクアーロさんっ!」
「……桃井、かぁ?こんなところで何してる?」
「え?あ……その、散歩を、してて……」
キョトンとした顔でそう問われると、素直に探していたと言うのが憚られて、桃井はそう取り繕った。
誤魔化すためにぎこちなく笑って、桃井はスクアーロの脇を通り抜けて戻ろうとした。
だが自分の来た道を振り返ってはたと気付く。
「……えーっと」
どうやって戻れば良いのだろう。
最下層付近は道が複雑に入り組んでおり、初めて来た人間が迷うことは多い。
だが普段の桃井ならば、迷子になることはなかっただろう。
幼馴染みの青峰ならばともかく、桐皇随一の情報通にして有能なマネージャーたる彼女が迷うことなど、普段ならば有り得ない。
しかし今回ばかりは状況が違う。
慣れない環境、寝起きという状態、突然遭遇したスクアーロ。
全てが全て、悪い方向に作用したらしい。
「……良ければ、上まで送るぞぉ?」
固まって冷や汗を流す彼女に、スクアーロが声をかけたのは必然だった。
桃井は申し訳なさそうに頷き、礼を言ったのだった。
* * *
「幾つか寄り道をしていっても構わねぇかぁ?」
その言葉に二つ返事で頷いた。
そして桃井が連れてこられたのは、人工太陽の陽射しが降り注ぐ、植物園のような場所だった。
「ここ、どういう場所なんですか?」
「ここは通称、鳥かご。まあ名前の通り、鳥を飼ってるんだよ、ここでなぁ」
スクアーロはいつの間に手に持っていたのか、薄汚れた麻袋を地面に置き、軍手をはめた手で中から餌を取り出し、周囲にばら蒔いた。
途端、黒いものが桃井の視界を覆った。
明かりが消えたわけではない。
独特の臭いと、ぎゃあぎゃあと煩く鳴く声がする。
「これっ……カラス!?」
「あ"あ!こいつら全部、うちで飼ってる諜報員だぁ!」
カラスの鳴き声に負けじと、お互い声を張り上げて言葉を交わす。
諜報員、つまりこのカラスを使って、敵の情報を探ることが出来るということだろうか。
目を丸くしてカラス達を見る桃井の襟を、スクアーロは強めに引っ張る。
「ほら、そろそろ出るぞぉ。食い終わる前に出ねぇと催促がスゴいんだよ」
「は、はい……!」
既に餌袋は片付け、軍手も取っている。
早いな、などと感想を呟く間もなく、二人で鳥かごを出た。
「餌やりも、スクアーロさんの仕事なんですか?」
「まあ……毎回ではねぇが出来るだけオレがしている。あいつら飼い始めたのはオレだしなぁ」
「そう、なんですか……。でも、どうしてカラスを飼おうと?」
「あ"?……まあ、鳥の脚でも借りたいくらい忙しい時期があったし、なぁ」
言いづらそうに言葉を濁したスクアーロに、桃井はそれ以上話を広げることが出来なかった。
話している時、たまに感じる壁。
きっとこちらのことを気遣って、詳しい話をしないのだろうが、だからこそ、不満を抱いてしまう。
ここまで巻き込んでおいて、今さら何を躊躇うのだろうか。
それを表面に出すほど子供ではなかったが、全く影響を受けずに接することができるほど、彼女は大人ではない。
「えーっと、次はどこに行くんですか?」
「倉庫。ちょっと文房具取りに行く」
「……へー」
文房具くらい、部下の人に言えばいくらでも持ってきてもらえそうなのに、自分で取りに行くといったスクアーロを少し意外に思った。
すぐについた倉庫で、ノートやペンなどの小物を回収し、再び歩き出す。
「次はどこに行くんですか?」
「武器庫。ちょっと武器を取りに行く」
「……ふぅん」
先程と同じように会話を交わしたが、平静を装うその裏で、桃井は確かに動揺していた。
武器庫って、そんなに簡単に一般人をつれていって良いところなの?
疑問を飲み込み着いていく。
初めて入った武器庫は、桃井の想像を絶する量の武器が、隙間なく丁寧に納められていた。
近接系の武器、遠距離からでも戦える武器、身を守る防具、どうやって使うのかもわからない謎の武器がたくさん。
「見るのは良いが、勝手に触んなよぉ」
「あ、はい」
確かに、下手に触ったら怪我をしそうな武器の数々。
圧倒され、呆然と眺めている内に、スクアーロは目的のものを回収したらしい。
桃井に一声掛けて武器庫を出た。
「この5階上が昨日集まった食堂だぁ」
言われて頷いた。
ここならば見覚えがある。
ちゃんと帰ることが出来そうだ。
スクアーロとは、初めて二人きりで話をしたが、結局何を考えているのか、全くわからなかった。
深い話が出来なかったのもあるけれども、やはりどこか近寄りがたく感じて、今一歩踏み出せない。
「ここまで来たら、もう自分で帰れるなぁ?」
「はい、もう大丈夫です!ありがとうございました」
明るくお礼を言って、頭を下げる。
その頭をあげるより前に、小さな重みが乗ってきた。
「今日から忙しくなる。今の内にしっかり休むんだな」
「へ?あ、はい……!!」
「朝飯は7時30分頃までには用意しておく。他の奴らのこと、頼んだぞぉ」
背を向けて歩いていくスクアーロ。
どうやら、頭を撫でられたらしい。
いつもやってるのだろうか。
そう思うくらい自然だった。
……黒子でもないし、ときめいたりはしないけど。
ただ、もしかしたら彼は、意外と心優しい男なのかもしれないと思った。
にしても……。
「今日から忙しくなる……?」
今日は元日。
年明け早々から、一体何をする気なのだろう。
そこだけが桃井の心に引っ掛かっていた。
しかし考えてもわかるはずがなく、大人しく食堂に戻り、全員を起こして朝食を取った。
その日の朝食……おせち料理は、異様に美味しかった。