if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

「さて、じゃああたしが満足したところで、本題に入るぜ」

人類最強はシニカルに笑ってそう言ったが、その言葉に反応してくれる者はいなかった。
散々可愛がられたスクアーロは、哀川潤の足元にボロ布のように倒れているし、山本は事前に聞いていた容姿とは全く違う人物に、訝しげな目を向けている。

「えーと……あんたは『匂宮』とか言う奴じゃねーよな?」
「あ?あたしのどこが『殺し屋』だ?あたしは請負人の哀川潤だ」
「請負……人?」

請負人、なんてスクアーロは口にしてなかったが、あの様子を見れば彼女と知り合いであるということは嫌でもわかる。
だが知り合いは知り合いでも、あまり良好な関係を築いていたとは思えない、……普通なら。
だが天然野球少年山本武は、そこであり得ない結論を弾き出す。

「んー……、二人は友達なのか?」
「スクたんはあたしの愛人だ」
「おー、なるほどな。そういう形もあるんだよな」

独特のコメントを出した山本を興味深そうに見た哀川潤だったが、足元で動いたボロ布……ではなくスクアーロに視線を戻す。
やっと動けるくらいには体力が回復したらしいスクアーロは、自分の姿を見て嘆いた。
先程まで身に付けていた黒ばかりの服は脱がされて、今や彼女はフリルたっぷりの黒と緋色のドレスを着せられていた。

「もう、ヴァリアーに帰れねぇ……」
「そんならあたしに養われてみるか?」
「……お前にだけはぜってーに養われなくねーなぁ」
「はっ!言うと思ったぜ」

物凄く嫌そうに服を摘まみ、酷く沈んだ顔でそう言ったスクアーロは、諦めたように大きく溜め息を吐き、哀川潤を見上げる。
その様子は慣れているように見えたし、二人は旧知の仲にも見えたから、山本が友達と呼んだのはそのせいかもしれない。

「で、本題に入るんだろぉ。零崎はどこにいるか、さっさと教えろぉ」

或いはXANXUS以外のどの人物にも大体仏頂面で接しているスクアーロの、自業自得という可能性もなくはない。
哀川潤を急かしたスクアーロだったが、人類最強がフリル満点の華やかなエプロンドレスを見せ付けると、顔を引き攣らせて後退った。
彼女にとって女の子らしい服というのは、最早トラウマに近いらしい。

「ふふふ、スクたんはそうとう運が良いぜ。零崎の中でも安全そうな奴が今現在東京に来ている」
「零崎の中でも、安全そうな奴……」

言い換えれば、殺人鬼の中でもマシな奴、である。

「今、零崎一賊の有力者達……俗に言う零崎三天王の内二人、零崎曲識、零崎軋識は京都にいる。だがもう一人、零崎双識は東京にいる」
「本当かっ!?」
「三天王……四天王じゃねーんだな。なんか中途半端なのなー……」

一人は顔を輝かせ、もう一人は首を傾げる。
勿論顔を輝かせたのはスクアーロで、哀川潤がその顔を激写する。
その事はスルーし、スクアーロは詳しく話を聞くために哀川潤を問い詰めた。

「その双識って奴はどこにいる!?」
「まあ焦るなって。とりあえず上目遣いでおねだりしてからでも遅くはねーはずだろ?」
「誰がするか!!」

ギャーギャー喚きバタバタ暴れて騒いだスクアーロは、結局最後は哀川潤に踏み潰されながら地図を受け取り読んでいた。

「ぐ……。結構、近いじゃねーか……けふっ」
「え、どこなのな?」
「車で、一時間もかからねぇ……うぐ」

踏み潰されているせいで苦しそうながらも、少し安心したように顔を緩ませ、スクアーロは深く息を吐いた。
もし京都やら北海道やらと、遠く離れた場所にいたら、そこまで飛行機やら電車やらを使わなければならない。
人の多いところに山本を連れていくのは危険だし、だからといって長時間の車での移動では、運転で手が塞がってしまうスクアーロに危険が伴う。
彼女の安心も尤もなことであるのだ。

「あたしはこの後仕事があって着いていけないけど、代わりに零崎双識って奴についてちょっと教えといてやんよ」
「頼む」

どうあっても死にたくないスクアーロが素直に頭を下げる。
珍しいその様子に気を良くしたらしい哀川潤は、得意気な顔で顎を少しだけ上に向けて答えた。

「零崎ん中ではマシ、てのはさっきの発言でわかるよな?何でも紳士的な殺人鬼らしいが、一賊の長兄で、かつ特攻隊長としても知られている。『自殺志願(マインドレンデル)』と呼ばれていて、武器にも同じ名前がつけられているな」
「武器……。特定の武器を持ってんのかぁ?」
「零崎三天王はな。零崎双識は『自殺志願』と呼ばれる大鋏。零崎軋識は『愚神礼賛(シームレスバイアス)』と呼ばれる釘バット状の鈍器。零崎曲識は『少女趣味(ボルトキープ)』と呼ばれるマラカス。ちなみに三天王の年上に零崎常識っつー奴がいるな。『寸鉄殺人(ペリルポイント)』と呼ばれていて、爆熱の殺人鬼として有名だが、ほとんど表世界に表れることはないから、気にすることはねーだろーな」
「みんな2つ名がついてんだな!なんかカッケー!!」

自分にも2つ名が付くのかと、山本はワクワクしているが、スクアーロはその一人一人を頭に刻み込むように復唱する。
どの者も、相当に癖の強そうな名前と武器である。
そこに並ぶ零崎双識……、本当に彼が『マシな奴』なのか。
疑問である。

「んで、その零崎双識な。何でもあたしの大ファンらしくてな。大の漫画好きって聞いてるぜ」
「は……漫画好き?」
「そんでもって出夢の報告によると、『鋏振り回して喜んでる妹マニアの変態』、らしい」
「……はあ!?」

零崎一賊の中でもマシ、という言葉はその一言で吹っ飛んでいく。
いや、だが妹マニアというなら自分達に被害はないはず。
二人はそう思い、複雑な顔色ながらもスルーした。
いや、しようとした。
そんな彼らを更なる渦中に投げ込むのはやはり哀川潤であった。

「そんなわけだから少しでもスクたんの生存率をあげるために、スクたんを零崎双識好みに改造するぜ!!」
「いや待て何が『そんなわけ』だぁ!?」
「漫画好きなら一度は会っておきたい!『男勝りで実はツンデレな美人剣士』ビジュアル化計画発足!!」
「おー!」
「おい待て!!山本も待てぇ!!つかテメーただ単にオレにコスプレさせてーだけだろがぁ!!」
「そうだけど?」

しれっと言い放つ哀川潤と、自分に害がないので楽しそうな山本。
それを責めるように睨むスクアーロは、逃げることもできずに地面に爪を立て、叫ぶことしか出来なかった。

「ふっ!ふざけんなぁぁあああ!!」



 * * *



「……」
「あの、スクアーロぉ……」
「…………」
「怒ってるか?」
「……………………」
「う……ぃてててて!!縄きつすぎるって!」
「……あ゙あ?」
「ゴメンなさいなのな!!」

数十分後、哀川潤の去ったそこでは、山本を更に厳重に縛り上げるスクアーロがいた。
十分縛ってある山本を更にキツく縛り上げている理由は、ただ単純に八つ当たりである。

「うぅ~、悪のりしたのは悪かったってー……」
「別に怒ってねーよ」
「ぜ、絶対怒ってんのな……」
「怒ってねー」

『男勝りで実はツンデレな美人剣士ビジュアル化計画』なるものを実行されたスクアーロの姿は、今や見違えていた。
いつもは結ばずに遊ばせている長髪は、緋色のリボンで頭の高い位置に括られていて、その髪型のせいかいつもよりも顔立ちが幼く見える。
服はいつも通りの黒ずくめだが、その端々にはレースやフリルが然り気無く散りばめられている。
普段ハイネックシャツで隠されている首元が、惜し気もなく晒されている様が新鮮だ。
ピタッとしたシンプルな黒のパンツに、ローヒールの革のブーツ。
そして腰には愛用の剣が吊り下げられており、一目で剣士とわかる仕様になっている。
更に言えば、今の彼女には剣以外の武器らしき武器がなかった。
辛うじてワイヤーだけは死守したが、それ以外の武器は、防具も含めて全て哀川潤に没収されてしまったのである。

「スクアーロって、思ってたより細かったのなー」

山本の溢した感想の通り、身体中の装備を外したスクアーロはかなりの痩せっぽっちに見えたし、いつもよりも背が低くなったようにすら感じられた。
実際、いつもは仕込みナイフのある厚底の、所謂シークレットブーツを履いているため、ほんの少しだけだが確かにスクアーロの背は低くなっていた。

「えーっと、またオレ眠らされんのか?」
「たりめーだぁ」

出来る限り、リスクは減らすべきであろう。
山本も理解の上であるので、仕方なくだが、スクアーロが注射器で睡眠薬を投与するのを受け入れた。
どうやら無痛注射器らしい。
ほとんど痛みもなく、すぐに眠気が訪れて、山本は気を失うようにあっという間に眠りについたのだった。
彼が目を覚ますのは約一時間後。
零崎双識のいるというビルの裏口に着いた時だった。
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