if群青×黒子、違う世界の人たち

スクアーロとカミラがこもってから、一体何分が経ったことだろう。
ドアの前に立ち、微動だもせず待ち続けるベルの後ろで、白蘭達はそわそわと落ち着かない様子で待っていた。
普段は年齢以上に落ち着いている赤司や、氷室、黛なども、長い沈黙に苛立たしげに足踏みをする。
「……そう言えば、この事、ツナちゃんは知ってるのかしら」
ポツリと呟いた実渕玲央に、数人が反応した。
そう、あの小柄で少し頼りなさげな少年は、あれでもこのアジトの主である。
彼には知る必要があるはずだ。
そしてもちろん、綱吉への報告は上がっていた。
「ちゃんと全部聞いてますよ、実渕先輩」
「あ……」
「綱吉……、今までどこに……」
「おい赤司、沢田さんのこと軽々しく呼び捨てにしてんじゃねぇ。必要なもん準備してたに決まってんだろうが」
少しだけ、息を切らせて駆けてきた綱吉と、いつものようにガンを飛ばす獄寺。
噛み付くように言った獄寺の言葉に、赤司は不愉快そうに眉をひそめた。
「準備……?」
「戦いの場にいられなくても、オレらにゃやれることが山程あんだよ。おい、ベルフェゴール」
「しし、そろそろだって?嫌になるね、そうやって超直感ひけらかされるとさ」
「誰がひけらかしてるこの前髪お化けが‼お前はもっと10代目の優しさをだな……!」
「い、良いから落ち着いてって獄寺君……!!」
「10代目っ……!何てお優しいのですか……!!」
「いや普通だし……ってかオレもう10代目じゃないし!」
「申し訳ございません!!」
ひとしきり騒いだあと、こほんと咳払いをして向き直る。
それに倣って、獄寺も表情を引き締めた。
「ベルフェゴール、あと10分もすればスクアーロは出てくる。ヴァリアーの医療班は……」
「待機してるぜ」
「うん、出てきたらすぐに運んで。たぶん瀕死になってる。……カミラさんは……」
「下の部屋に運ぶ。供養くらいはしてやるぜ、ししし」
「供養って……そんな縁起でもないこと……!あの人が殺したりなんてするわけ……!」
「日向さん」
例え暗殺部隊でも、例え今までどれ程殺してようとも。
それでも今まで自分達を護ってくれた彼が、裏切りまでした部下をあんなに大事にしようとする彼が、殺したりなんてするはずない。
そう言おうとした日向の言葉を、綱吉は厳しい声色で遮った。
その目には、強く静かに燃える炎が見える。
「スクアーロは、優しいし、とても良い人です。……でも、綺麗事ばかりを言うような、甘い生き方はしてこなかった」
「でも……!スクっちはあの女の人のこと、大事なんスよね!?それなら、なんとか別の決着を……」
「黄瀬君も、聞いて。カミラさんが生き残れば、彼女に待っているのは、この場で死ぬこと以上に辛い未来だ。何より、彼女自身が、ヴァリアーを裏切った重さに堪えきれなくなる。苦しんで悲しんで、最後には潰れちゃう……」
駄々をこねる子供に言い聞かせるように言う綱吉の瞳は、ここではないどこかを見ていた。
一体何を見ているのか、……何を見てきたのか……。
わからずに、黄瀬達は言葉を失った。
「スクアーロがけりをつけなくちゃならないんだ……。オレ達に直接してあげられることはない」
「そんなのって……」
「取り合えず皆さん、扉から離れてください。もう、出てきますから」
「は?」
「オレの血がそう言ってるんです」
綱吉が前に出る。
そのすぐ後ろを、影のように張り付いた獄寺が進む。
扉の前に並んだ綱吉とベルフェゴール、二人の視線が一瞬だけ交わる。
彼らが扉に視線を戻したその瞬間、ずっと閉ざされ続けていた扉がするすると開き、その端に真っ赤な手が掛かる。
「スクアーロ!」
「っ……ベル、か」
ぐらっと倒れ込んできた血塗れの体を、ベルが即座に支える。
透き通った金髪に赤黒い血が付くのにも構わず、ベルはスクアーロの体を背負った。
「しし、何だよ、ボロッボロじゃん。きったねぇな、スクアーロ」
「るせぇ……、クソガキ……」
「さっさと医者んとこ行こーぜスクアーロ。死なれたら王子の仕事が増えるんだから」
「う……せぇ……」
長い銀髪は真っ赤に濡れて、ポタポタと垂れた血が丸い染みを作っている。
頭に傷を負ったらしく、額から垂れる血で視界も塞がれているようだった。
着け直していた義手も、またボロボロになっている。
残った右手でベルの頭を撫でて、スクアーロは熱に浮かされたように言葉を溢す。
「お前……でかく、なったな……」
「しし、いつまで王子のことガキ扱いなんだよ」
「カミラは……」
「すぐに回収するっつうの」
いつの間に立っていたのか、黒ずくめの男達が部屋へと入っていく。
既に部屋を確認したのだろう綱吉と獄寺は、少し顔をしかめてから、男達に指示を出していた。
山本と入江が、彼らに続いて中に入る。
残された白蘭と少年達は、追い掛けることも手伝うこともできず、ただその場に立ち尽くす。
「……やっぱり、ボクにはわかんないよ」
呟かれた白蘭の言葉。
カミラがどうなろうと彼女の勝手で、その事でスクアーロが傷付くのに、納得なんて出来なかった。
身勝手で、子供っぽい考えかも知れないが、白蘭にとってはスクアーロの方がずっと大事で、心配なのに。
「わかんないよ、スクちゃん……」
どうしてそんなにお人好しなのだろう。
ただの堅気の少年達と取り残されて、酷く惨めな気分を味わいながら、白蘭は肩を落としたのだった。
そしてまた、少年達も戸惑い、揺れる。
「……く、そ……」
唇を強く噛み締める。
眉間に深くシワを刻み、赤司征十郎は己の無力さを噛み締めていた。
自分がどのように動けば良いのかさえわからない。
何がキセキの世代、何が開闢の帝王。
自分達の世界の、なんと狭かったことか。
「なんて、無力なんだ……」
言葉にすれば、余計に惨めさが増す。
しかし、彼らの澱んだ空気を、1つの声が一瞬にして打ち消した。
「総員、敬礼!」
綱吉の声だった。
ハッとして顔をあげれば、担架に乗せられ、白い布をかけられた塊が運ばれていくところだった。
布の中身は、聞くまでもなく、カミラの死体、なのだろう。
無言のまま綱吉達が敬礼したのに合わせ、気付けば数十人と集まっていたヴァリアーや自警団の者達が敬礼を送る。
呆然と眺める白蘭や赤司達に、綱吉は言った。
「悔やんだり、落ち込んだりするのって大切だと思う。でも、本当に大切なのはその後なんだ。……オレも最近気づいたことだけどね」
「……?」
唐突な振りに、赤司はキョトンと見つめ返す。
努めて明るい表情を浮かべた綱吉が、彼の前に手を差し出した。
「オレ達は、オレ達に出来ることを、だよ。もし良ければ、赤司君達にも手伝ってほしいんだ。……だめ、かな?」
彼らの答えは、もちろんイエス。
そして遠巻きにその様子を見ていた白蘭に、山本が話し掛けた。
「やっぱ、ツナには敵わねーよな」
「……そうかな、ボクのがずっと、強いと思うよ」
「強い弱いの話じゃねーって。それよりさ、白蘭。お前も手伝ってくれんだろ?」
「え?」
「赤司達と、オレ達に出来ること、やるべきこと!」
「……別に良いよ、暇だし♪」
自分が彼らに勝てなかった理由が、目の前に見えた気がして、白蘭はそっとため息を吐いた。
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