if群青×黒子、違う世界の人たち
「退いてよベル君」
「しし、やーだね」
第一トレーニングルームの前で、笑顔を張り付けたまま言い争う男が二人いた。
一人は、スクアーロが重傷の体を引き摺って、戦闘に出たことを知り駆け付けた白蘭。
その前に立つのは、全てを知った上で白蘭を止めようとする、ヴァリアーNo.3、ベルフェゴールだった。
にったりと、感情の読めない表情を張り付けて、ベルは手の中でナイフを弄ぶ。
「無理にでも入ろうとすんなら、王子うっかりサボテンにしちゃうかも知んないぜ?」
「出来るの?君が?ナンセンスだよ、ベル君。例えヴァリアー一の天才といえども、僕に勝てるとは思えないね」
「ししし!アルコバレーノのお姫サマと沢田に絆されて、牙を抜かれたマシュマロ野郎がよく言うぜ。なー、マーモン。お前も思わね?」
「どうでも良いよ、そんなこと。僕はもらった報酬分の仕事をするだけ」
「チッ、連れねーの」
火花を散らす二人の側に立つ、細身で小柄な人物……マーモンの言葉に、白蘭も流石に表情を曇らせる。
アルコバレーノに頼んでまで、中に入らせないつもりなのか。
そんな白蘭の背後に少し離れて固まり、赤司達は彼らの攻防の様子を目を見開いて眺めていた。
元々物騒な言動を繰り返していたベルフェゴールだが、今日はさらに殺伐とした空気を放っている。
白蘭も白蘭で、先程と比べて酷く殺気立っているように見えた。
「どうして中にいれてくれないの?スクちゃん、死ぬよ?」
「死なねーし。つーか部外者は口出しすんなよ。これ、ヴァリアーの問題だぜ?」
「スクちゃんは友達だもん、僕の問題でもあるよ」
「……友達だと言い張るのなら、余計に邪魔しない方が良いと思うけどね」
「え?」
なぜ、彼らはスクアーロを戦いに向かわせ、あまつさえも、それを止めようとする者の邪魔をするのか。
白蘭にもわからないことが、少年達に理解できるはずもなく、彼らもまた口々に反論する。
「邪魔はそっちの方だろ!よくわかんねーけど、あの野郎はボロボロなのに、これ以上戦わせたら次こそ死ぬんじゃねーのか!?」
「青峰君の言う通りです。あの人が何を考えていようと、死ねば全てが終わりだ。今すぐ止めなければいけないと思います」
「そうっスよ……。スクっちは今きっと、疲れすぎてちゃんと考えられなくなってるんス!周りが、ちゃんと止めなきゃいけないんじゃないっスか!?」
「相手の持つ情報と、あの人の命。天秤にかけるまでもなく、釣り合わないことは明白なんじゃないのか?」
「いくらなんでも、無茶すぎる!!」
「死んでいいとでも思ってるのか!?」
そんな言葉の数々を、ベルフェゴールは全て聞き、飲み込み、そしてハッキリと言葉を返した。
「お前らさぁ、王子達がそんなことも考えなかったとか、思ってるわけ?」
「……!」
凄まれたわけではない。
睨まれたわけでもない。
ただ、その言葉の冷たさに、一瞬にしてその場の空気が凍り付いた。
小さなため息を吐いて、ベルが言葉を続ける。
「王子達さ、これでも10年くらいスクアーロと一緒に仕事してるわけ。死んで良いとか、止めたくないとか、思うわけないじゃん。スクアーロと代われんならオレ達が代わってる。でも、代われないから、ここで待ってんの」
「……スクアーロは、優しいからね。それに、頭がいい。自分で斬らなければ、カミラとか言う女が満足に死ねないって、わかってる」
「どういう、こと?」
「まだわからないのかい、白蘭。牙を抜かれたって言うのは、本当かもしれないね。後ろの奴らは、理解できているようだけれども」
既に白蘭の顔からは、笑顔は消えていた。
マーモンに促され、振り向いた先には、山本と入江、そして真6弔花が、立っている。
その顔は、悔しそうに歪められていた。
「スクアーロは……あくまで彼女を、ヴァリアーとして扱うつもり、なんだな?」
「まあ、そういうことじゃねーの?」
「なに?どういうことなの正チャン、山本クン」
「……カミラさんは、裏切り者です。普通なら、強引に口を割られて、殺される。でもスクアーロさんは、彼女をそういう風に殺させたくなかったんだ」
入江の話は、いまいち要点が掴めない。
白蘭もそう思ったのだろう。
苛立った様子で、話を急かした。
「それと、スクちゃんが命懸けて戦うことと、何の関係があるっていうのさ」
「……スクアーロは、カミラさんを人として終わらせてやりてーんじゃねーのかな」
「拷問なり何なりで口を割られて殺される、そんな苦しい死に方じゃなくて、スクアーロさんの命を狙い続けた、一人の復讐者として、ヴァリアーで生き抜いてきた、一人の暗殺者として、その命を、全うさせてやりたいって……。そう言うことなんじゃ、ないでしょうか」
入江の言葉に、場が静まり返った。
* * *
「まさか、本当に戦えるとは思いませんでした。……やっぱり、甘いですね、隊長は」
「部下想いなんだよ、オレは。感謝するんだなぁ、カミラ」
「……はい」
冷たい金属の床に正座をして、カミラは深々と頭を下げた。
その前で、スクアーロもまた頭を下げる。
長い沈黙の後、ようやく頭を上げたカミラが、安心したように微笑み、呟く。
「……ありがとうございます。私を、私のままに、死なせてくれること」
「はっ、まだわからねぇだろうがぁ」
「え?」
「オレを倒せば、ここから生きて出られる」
「……あなたも、冗談を言うんですね。そんなことをしても、私はヴァリアーに殺されます」
「それくらいの心意気で掛かってこいって言ってんだよ」
「……はい」
再び、深く頭を下げたカミラは、目の前の気配が近づいてくるのを感じた。
頭を上げようとしたが、それを押さえるように手が置かれる。
温かい、生身の手。
その手が優しく頭を撫でる。
「あの……」
「お前がヴァリアーに入ってきたときから、お前がオレを殺すか、オレがお前を殺すかだと思っていた」
「……初めから、気付いておられたのですね」
「オレは、オレが傷つけた人間を忘れない」
そんな無茶苦茶な、と思っても、なんとなく、彼ならばそんな無茶苦茶もやり遂げてしまいそうな気がする。
カミラの頬からは、自然と力が抜けて、緩み出していた。
ヴァリアーに入ったときから、ずっと命を狙い続けていた。
憎しみを忘れなかったから、精鋭部隊として活躍するまでに成長できた。
初めて任務で成功したとき、スクアーロは自分のことのように喜んでくれた。
その瞬間、それを嬉しく思ってしまった自分がいた。
殺さなければならない男に褒められて、カミラは幸せを感じた。
それが、とてつもなくショックだった。
だから、任務先で出会った敵の甘言に乗ってしまった。
スクアーロを殺したいんでしょう?
力をあげましょう。
必ずこの力は、君の背中を押してくれる。
そんな言葉に乗せられて、与えられた薬を使ってしまった。
「……恐ろしい、男でした」
「誰に、唆された?」
「…………イエナ・ファットーリ。敵方の黒幕に、会ったのです」
「!」
会ったのは、ウィンターカップ最終日。
少年達を逃がすために、キメラと戦っていたカミラは、気付けば仲間とはぐれ、一人になってしまっていた。
そこへ、あの男が現れた。
どこで知ったのか、カミラの正体を見事言い当て、イエナは人好きのする笑顔を浮かべて、カミラに言った。
「迷っているのでしょう?」
イエナはそう言って、手を差し伸べた。
「忘れたのですか?奴は、君の大切なものを奪った……。あなたの家族を奪い、そしてこれからもまた、奴は誰かの大切なものを奪っていくのでしょう」
「それは……」
「いま、あの男を殺せるのは、君だけだ。私は、そう思うのです」
そして、カミラはキメラの薬を手に入れた。
そして今、そのスクアーロを前にして、カミラはハッキリと言葉を口にする。
「私には、あなたを倒すほどの力はありません。それでも、あなたを殺すために、死ぬ気で鍛えてきました。だから、だからどうか、私と戦ってください」
「もちろん、良いよ」
最後、スクアーロの手が力強くカミラを撫でる。
父もよく、こうして頭を撫でてくれていた。
この手が好きだった。
でも、こうしてもらうのも、もう最後。
互いに距離を取り、武器を構える。
カミラの武器は、小型の拳銃二丁。
殺傷力の低い武器だが、通常の拳銃よりも軽く小さいため、素早さでは群を抜いている。
「……隊長、剣で戦うのではないのですか?」
「キメラに折られて使えねぇんだよ」
「あ……」
そう言えばそうだった。
両手に大きなナイフを構えたスクアーロを見て、カミラは仄かに微笑みを浮かべた。
「死なないでくださいね、隊長」
「……努力しよう」
カミラにとって、最期になるだろう勝負が、始まったのだった。
「しし、やーだね」
第一トレーニングルームの前で、笑顔を張り付けたまま言い争う男が二人いた。
一人は、スクアーロが重傷の体を引き摺って、戦闘に出たことを知り駆け付けた白蘭。
その前に立つのは、全てを知った上で白蘭を止めようとする、ヴァリアーNo.3、ベルフェゴールだった。
にったりと、感情の読めない表情を張り付けて、ベルは手の中でナイフを弄ぶ。
「無理にでも入ろうとすんなら、王子うっかりサボテンにしちゃうかも知んないぜ?」
「出来るの?君が?ナンセンスだよ、ベル君。例えヴァリアー一の天才といえども、僕に勝てるとは思えないね」
「ししし!アルコバレーノのお姫サマと沢田に絆されて、牙を抜かれたマシュマロ野郎がよく言うぜ。なー、マーモン。お前も思わね?」
「どうでも良いよ、そんなこと。僕はもらった報酬分の仕事をするだけ」
「チッ、連れねーの」
火花を散らす二人の側に立つ、細身で小柄な人物……マーモンの言葉に、白蘭も流石に表情を曇らせる。
アルコバレーノに頼んでまで、中に入らせないつもりなのか。
そんな白蘭の背後に少し離れて固まり、赤司達は彼らの攻防の様子を目を見開いて眺めていた。
元々物騒な言動を繰り返していたベルフェゴールだが、今日はさらに殺伐とした空気を放っている。
白蘭も白蘭で、先程と比べて酷く殺気立っているように見えた。
「どうして中にいれてくれないの?スクちゃん、死ぬよ?」
「死なねーし。つーか部外者は口出しすんなよ。これ、ヴァリアーの問題だぜ?」
「スクちゃんは友達だもん、僕の問題でもあるよ」
「……友達だと言い張るのなら、余計に邪魔しない方が良いと思うけどね」
「え?」
なぜ、彼らはスクアーロを戦いに向かわせ、あまつさえも、それを止めようとする者の邪魔をするのか。
白蘭にもわからないことが、少年達に理解できるはずもなく、彼らもまた口々に反論する。
「邪魔はそっちの方だろ!よくわかんねーけど、あの野郎はボロボロなのに、これ以上戦わせたら次こそ死ぬんじゃねーのか!?」
「青峰君の言う通りです。あの人が何を考えていようと、死ねば全てが終わりだ。今すぐ止めなければいけないと思います」
「そうっスよ……。スクっちは今きっと、疲れすぎてちゃんと考えられなくなってるんス!周りが、ちゃんと止めなきゃいけないんじゃないっスか!?」
「相手の持つ情報と、あの人の命。天秤にかけるまでもなく、釣り合わないことは明白なんじゃないのか?」
「いくらなんでも、無茶すぎる!!」
「死んでいいとでも思ってるのか!?」
そんな言葉の数々を、ベルフェゴールは全て聞き、飲み込み、そしてハッキリと言葉を返した。
「お前らさぁ、王子達がそんなことも考えなかったとか、思ってるわけ?」
「……!」
凄まれたわけではない。
睨まれたわけでもない。
ただ、その言葉の冷たさに、一瞬にしてその場の空気が凍り付いた。
小さなため息を吐いて、ベルが言葉を続ける。
「王子達さ、これでも10年くらいスクアーロと一緒に仕事してるわけ。死んで良いとか、止めたくないとか、思うわけないじゃん。スクアーロと代われんならオレ達が代わってる。でも、代われないから、ここで待ってんの」
「……スクアーロは、優しいからね。それに、頭がいい。自分で斬らなければ、カミラとか言う女が満足に死ねないって、わかってる」
「どういう、こと?」
「まだわからないのかい、白蘭。牙を抜かれたって言うのは、本当かもしれないね。後ろの奴らは、理解できているようだけれども」
既に白蘭の顔からは、笑顔は消えていた。
マーモンに促され、振り向いた先には、山本と入江、そして真6弔花が、立っている。
その顔は、悔しそうに歪められていた。
「スクアーロは……あくまで彼女を、ヴァリアーとして扱うつもり、なんだな?」
「まあ、そういうことじゃねーの?」
「なに?どういうことなの正チャン、山本クン」
「……カミラさんは、裏切り者です。普通なら、強引に口を割られて、殺される。でもスクアーロさんは、彼女をそういう風に殺させたくなかったんだ」
入江の話は、いまいち要点が掴めない。
白蘭もそう思ったのだろう。
苛立った様子で、話を急かした。
「それと、スクちゃんが命懸けて戦うことと、何の関係があるっていうのさ」
「……スクアーロは、カミラさんを人として終わらせてやりてーんじゃねーのかな」
「拷問なり何なりで口を割られて殺される、そんな苦しい死に方じゃなくて、スクアーロさんの命を狙い続けた、一人の復讐者として、ヴァリアーで生き抜いてきた、一人の暗殺者として、その命を、全うさせてやりたいって……。そう言うことなんじゃ、ないでしょうか」
入江の言葉に、場が静まり返った。
* * *
「まさか、本当に戦えるとは思いませんでした。……やっぱり、甘いですね、隊長は」
「部下想いなんだよ、オレは。感謝するんだなぁ、カミラ」
「……はい」
冷たい金属の床に正座をして、カミラは深々と頭を下げた。
その前で、スクアーロもまた頭を下げる。
長い沈黙の後、ようやく頭を上げたカミラが、安心したように微笑み、呟く。
「……ありがとうございます。私を、私のままに、死なせてくれること」
「はっ、まだわからねぇだろうがぁ」
「え?」
「オレを倒せば、ここから生きて出られる」
「……あなたも、冗談を言うんですね。そんなことをしても、私はヴァリアーに殺されます」
「それくらいの心意気で掛かってこいって言ってんだよ」
「……はい」
再び、深く頭を下げたカミラは、目の前の気配が近づいてくるのを感じた。
頭を上げようとしたが、それを押さえるように手が置かれる。
温かい、生身の手。
その手が優しく頭を撫でる。
「あの……」
「お前がヴァリアーに入ってきたときから、お前がオレを殺すか、オレがお前を殺すかだと思っていた」
「……初めから、気付いておられたのですね」
「オレは、オレが傷つけた人間を忘れない」
そんな無茶苦茶な、と思っても、なんとなく、彼ならばそんな無茶苦茶もやり遂げてしまいそうな気がする。
カミラの頬からは、自然と力が抜けて、緩み出していた。
ヴァリアーに入ったときから、ずっと命を狙い続けていた。
憎しみを忘れなかったから、精鋭部隊として活躍するまでに成長できた。
初めて任務で成功したとき、スクアーロは自分のことのように喜んでくれた。
その瞬間、それを嬉しく思ってしまった自分がいた。
殺さなければならない男に褒められて、カミラは幸せを感じた。
それが、とてつもなくショックだった。
だから、任務先で出会った敵の甘言に乗ってしまった。
スクアーロを殺したいんでしょう?
力をあげましょう。
必ずこの力は、君の背中を押してくれる。
そんな言葉に乗せられて、与えられた薬を使ってしまった。
「……恐ろしい、男でした」
「誰に、唆された?」
「…………イエナ・ファットーリ。敵方の黒幕に、会ったのです」
「!」
会ったのは、ウィンターカップ最終日。
少年達を逃がすために、キメラと戦っていたカミラは、気付けば仲間とはぐれ、一人になってしまっていた。
そこへ、あの男が現れた。
どこで知ったのか、カミラの正体を見事言い当て、イエナは人好きのする笑顔を浮かべて、カミラに言った。
「迷っているのでしょう?」
イエナはそう言って、手を差し伸べた。
「忘れたのですか?奴は、君の大切なものを奪った……。あなたの家族を奪い、そしてこれからもまた、奴は誰かの大切なものを奪っていくのでしょう」
「それは……」
「いま、あの男を殺せるのは、君だけだ。私は、そう思うのです」
そして、カミラはキメラの薬を手に入れた。
そして今、そのスクアーロを前にして、カミラはハッキリと言葉を口にする。
「私には、あなたを倒すほどの力はありません。それでも、あなたを殺すために、死ぬ気で鍛えてきました。だから、だからどうか、私と戦ってください」
「もちろん、良いよ」
最後、スクアーロの手が力強くカミラを撫でる。
父もよく、こうして頭を撫でてくれていた。
この手が好きだった。
でも、こうしてもらうのも、もう最後。
互いに距離を取り、武器を構える。
カミラの武器は、小型の拳銃二丁。
殺傷力の低い武器だが、通常の拳銃よりも軽く小さいため、素早さでは群を抜いている。
「……隊長、剣で戦うのではないのですか?」
「キメラに折られて使えねぇんだよ」
「あ……」
そう言えばそうだった。
両手に大きなナイフを構えたスクアーロを見て、カミラは仄かに微笑みを浮かべた。
「死なないでくださいね、隊長」
「……努力しよう」
カミラにとって、最期になるだろう勝負が、始まったのだった。