if群青×黒子、違う世界の人たち

「怪我は、なかったようだなぁ……」
高尾を見ながら、安心したようにポツリと呟かれた、今回で一番の怪我を負った人物の言葉に、周囲から鋭い手刀……もとい、ツッコミが入ったのは、当然のことだろう。
飛んできたチョップを避けられずに、涙目になったスクアーロへ、まず始めに山本がにこりと怒る。
「怪我人の台詞じゃねーのな!」
「これ以上怪我したらどうする……!」
「手加減はしてます!全く……何を言うのかと思ったら他人の心配だなんて」
「そんなお人好しはね、ユニちゃんと綱吉クンだけで十分なんだよ♪」
「……別にお人好しなんてのじゃねぇよ。仕事は完璧にこなしたいだけだぁ」
「そんなの知ーらない。て言うか、カミラちゃんに裏切られてる時点で完璧もクソもないでしょ♪」
「……」
白蘭の言葉に、スクアーロが黙り込む。
気まずい沈黙が流れたが、それはほんの一瞬の事だった。
ゆっくりと立ち上がりながら、スクアーロはバスケ少年達に声を掛ける。
「とにかく……、たいした怪我もないようで良かった。今日は動き回らねぇで、部屋で大人しくしてろ」
「あんたに言われたくない……じゃなくて、オレはお礼が言いたくてここに……」
「お礼……?」
「たっ……助けてもらったお礼、まだ言ってなかっただろ?ちゃんと言いたかったんだ」
高尾の言葉に、スクアーロは目をしばたたく。
何かを言いたそうに、はくはくと口を動かし、しかし眉間にシワを寄せて一言だけ言うに留めた。
「……オレは仕事してただけだぁ」
「……はあ?」
高尾の間の抜けた声を背に、スクアーロは脚を引きずるようにして部屋を出ていく。
その重たい足取りが、怪我の深さを感じさせて、彼らは声を掛けるのを躊躇った。
……ただ、一人を除いて。
「おい、どこに行くのだよ」
「あ"あ?」
「礼を言われたくせに、その態度はなんだ。もっと誠実に受け取るべきなのだよ」
「……」
2メートルに近い高みから睨み付けられてもなお、スクアーロは不機嫌そうな顔のまま、疲れたように見返すだけだった。
だが緑間に肩を掴まれた瞬間、流石に表情を変える。
「おいっ……」
「い"っ……!」
「っ!?」
肩を掴む手を激しく振り払って、苦し気に呻きながらしゃがみこむ。
突然のことに固まった緑間を押し退けて、白蘭と山本がその傍へと駆け寄る。
「ちょっ、大丈夫なのな!?」
「あーあー、緑間クンのせいでスクちゃんの怪我が悪化したぁ♪」
「なっ……!」
「うる、せ……悪化なんて……」
「ウソつかないの♪いーからスクちゃんは部屋で休んでな。あとはボクと正ちゃんで見とくから、ね?」
「っ……」
「オレ、送ってくのな」
悔しげに顔を歪めたスクアーロの背を慎重に支えて、山本が部屋を出ていく。
その背を、緑間真太郎は目を見開いて見送る事しか出来なかった。
そう強く掴んだつもりはなかった。
頭に来ていたとはいえ、怪我人に暴力を振るう気など更々なかったのだ。
なのに、ただ掴んだだけで彼はとてつもなく痛がった。
傷が深いどころじゃない。
普通ならベッドの上から動くことだって出来ないはずだ。
「アイツは、何故……」
「……悔しさが拭えないんだろうね」
「悔しさ、ですか?」
「わっ!?く、黒子君か……。あ、いや、僕の予想なんだけどね」
緑間の呟きに返したのは、それまで静観を決めていた入江正一だった。
いつの間にか隣に立っていた黒子にビビりながらも、入江はポツポツと自分の見解を語り始めた。
「カミラさんの暴走を止められなかったことも、だろうけど。彼女の復讐に、直接関係のない部下や、君達を巻き込んでしまったことを、酷く悔やんでいるんだと思うよ」
「そんな……あの人は別に悪くないじゃない!」
「そんなの関係ないんだよ。スクアーロさんにとっては、自分の不始末が君達への危険を招いた、それだけで後悔に値する……んだと、僕は思うな」
「ボクもおんなじ見解かな♪スクちゃん、ああ見えて責任感の権化だからね。……と言っても、一番後悔してるのはカミラちゃんのことだろうけどさ」
カミラ、と名乗っていた彼女のことを思い出す。
思い出すとは言っても、彼らが知っているのは、スクアーロに裏切りを指摘され、彼を酷く罵り、そして暗殺部隊の作戦隊長だと暴露した姿だけだ。
思い出したところで、それは何の参考にもなりはしない。
「……暗殺部隊のNo.2が、何故、一隊員にそこまで翻弄されるのだよ。奴はカミラと特別な仲だったのか?」
「へ?」
緑間の、当たり前と言えば当たり前な疑問に、白蘭と入江は一瞬顔を見合わせて、ぷっと噴き出した。
「なっ……何がおかしいのだよ!」
「い、いやゴメン!それはちょっと予想外だったっていうか……」
「ないない、それはないよー♪て言うかスクちゃんにとっては、カミラちゃん含めて部隊の全員が特別なんじゃないのかな。なんてったって、ファミリーだしね♪」
白蘭の口にしたワードに、入江は納得したように頷く。
何となく、二人の話に置いていかれるような気がして、緑間は顔をしかめた。
「ああ、確かに……。スクアーロさん、だいぶ前に家族を亡くされてるし、ヴァリアーは確かに、家族や、実家のようなものなのかも……」
「なら、彼は兄弟に裏切られたような気分なのかも知れないね」
「……うん、赤司君の言う通り、そんな気分なのかもね。それでなくても心配事の多い人だから……、ナイーブにもなるよ」
少し心配そうにそう締めた入江。
何もかもが、彼の言う通りではないだろうけれども、もしも家族に裏切られたら、もしもチームメイトに恨まれたら、果たしてそれは、どんな気持ちなのか。
それは想像することさえも、難しい。
ラボ内に沈黙が訪れる。
その時、部屋の外が突然騒がしくなった。
乱暴にドアを開ける音。
全員が振り返った先にいたのは、真6弔花のザクロと桔梗だった。
「白蘭様!ご報告が!!」
「ん?なあに?」
「その……非常に申し上げにくいのですが……」
「モタモタしてねーでさっさと言え、バーロー!あのカミラって女が喋ったんだよ!」
「え、カミラさんが!?」
「ええ……。自分の掴んでいる情報と引き換えに、……戦わせろと……」
「戦わせろ?」
「……スペルビ・スクアーロと、戦わせろと言っているのです。しかも、先程それを、本人に知られて……」
ざわり、と動揺が走る。
笑みを浮かべたままの白蘭の表情も、幾分か強張ったように見えた。
「まさか……行っちゃったのかい?」
「誰も止められず……今、二人は第一トレーニングルームにいます」
それを聞いた途端に、白蘭と入江が走り出す。
その後を追って、少年達もまた走り出したのだった。
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