if群青×黒子、違う世界の人たち

白と黒の悪魔が、私の家族を奪ったのは、私が10歳になる誕生日の日だった。
真っ黒の集団がファミリーを奪っていったその日、私は全てを失ったのだ。



 * * *



「アンタが私の家族を奪った……。忘れはしないわ。あの日は、私の誕生日だった。でも、私は家族に誕生日を祝ってもらえることはなかった!アンタ達が全部殺してったんだから!!」
「……」
私の声に、スペルビ・スクアーロはなにも答えなかった。
過去を悔いているのか、それともあまりの怒りに声も出ないのか。
ただ、ガラス玉のように何も写さない瞳をこちらへ向けるだけだった。
「ねえ、ちょっと。何か言ったらどうなの?部下に裏切られたのがそんなにショックだったの?それとも、部下の出自も把握できてなかったってのがショックだったのかしら?アンタ、完璧主義っぽいところあるし」
「テメー……!!」
「落ち着けぇ」
「ですが、隊長……!!」
罵詈雑言、ってほどでもない、ほんの些細な悪口に、隊員の1人がキレた。
沸点低いのね。
これだから、ヴァリアーの連中は野蛮で嫌になる。
人を殺すことでしか生きられない、脳ミソの足りない猿ども。
部下を諌めるために、ようやく口を開いたスクアーロを睨んで、私は挑戦的に笑う。
「旧ボンゴレはどんな手でも使うわよ。私もね、アンタを苦しめる為なら、あんなガキども、キメラに堕おしてやっても、まったく構わないと思ってるんだから」
「……まさか」
「まさか?まさか私が本気でそんなことをするはずがないとでも?……気持ち悪い。私はアンタが思ってるよりずっと冷酷なんだから」
「……お前は、お前が思うよりずっと優しい」
「……は?」
「……お前が大人しく旧ボンゴレの情報を吐くとは思えねぇな。しばらくはこのまま監禁することになる。お前ら、ちゃんと見張っておけ」
「は」
目を細めて、スクアーロはゆったりとそう言って、立ち上がる。
ああ、あそこまでして命を狙ったって言うのに、この男は結局まるで揺らいじゃいないし、ヴァリアーだってろくに傷付いちゃいない。
怒りを通り越して、酷く虚しい気持ちになった。
どうして、こうも遠いのだろう。
あの男は、初めて見たときからずっと、私の遥か先に立っていた。



 * * *


「ん……なんの音……?」
時計を見ると、既に時間は午前2時を回っていた。
そうか、もう私の誕生日だ。
ドアの向こうから聞こえる音は、もしかしたらお父さんやお母さん達が誕生日パーティーの準備をしているのかもしれない。
二人ともサプライズが好きだから、去年も確か、深夜にファミリーの人達と一緒に飾りつけをしていたって聞いた。
「……覗いちゃおっ」
ドアを少し開けて、するりと忍び出る。
音を立てないように、ゆっくりゆっくりと。
そして辿り着いた部屋の、少しだけ空いたドアから覗いた、私の視界に映ったのは、華やかな飾り付けでもなく、大きなプレゼントの箱でもなく、部屋を塗り潰す真っ赤な血の色と、そこに佇む、幾つもの黒い人影だった。
「……あとは、…………?」
「あ…………だけです。…………?」
「……いや」
小さな話し声が聞こえた。
その男達の足元に、血塗れで倒れるお父さんとお母さん、そして、大好きなファミリーのみんながいた。
どうして、どうして……。
みんな、顔まで真っ赤に染められて、その中にある目だけが、ぼうっと光っているように見えた。
死んでる、全員殺されている。
脳が事態を理解した途端、私は一目散に廊下を駆け出していた。
お父さんとお母さんを、ファミリーを殺された憎しみよりも、謎の黒服達への恐怖が、圧倒的に上回った。
「はあっ!はっ……いや……いやだよ……お父さん、お母さんっ!」
頬っぺたを熱いものが伝っている。
息が苦しい。
恐くて、哀しくて、辛くて、憎くて、胸が一杯だった。
「助けてっ……、誰か……誰か……」
走り回ってファミリーを探す。
きっとまだ、生きている人がいる。
まだ、誰かが残ってて、私を助けてくれるはず。
でも、広い家の中には、私以外の生きている人は誰もいなかった。
「うそ……うそだぁ……」
感情が入り乱れすぎて、私の口は気付いたら笑みを型どっていた。
笑うしかない、って、こう言うことを言うのかな。
ふと顔をあげると、遠く、遠くの方に、白と黒の人影が見えた。
幽霊みたいなその影が、こちらを見たような気がする。
「あ……れ……?」
まばたきをした、その瞬間。
私の視界から、人影が消えた。
目を擦って確認する。
さっきまでいたはずの場所には、影も形も見当たらない。
突然、首筋になにかが当たったような気がした。
「大きくなって覚えていたら、オレを殺しにこい」
「え……」
「じゃあな」
声は、後ろから聞こえてきた。
振り向く前に、首をチクリと何かが刺して、人影の正体を捉えるよりも前に、私は意識を失ったのだった。
ただ、彼が酷く美しい銀色を纏っていたのだけは、霞む目でも確認することができた。
再び起きたとき、私のファミリーを潰したのは、ヴァリアーと呼ばれる組織だと言うことを聞かされた。
そして、そのヴァリアーを事実上操っている男が、銀髪であると言うことも。


 * * *


「家族殺されてからずっと、あの人を殺すためだけに生きてきた、か?」
「っ!なんでわかるの!?」
スペルビ・スクアーロが去ったあと、残った見張りの男が、ぼそりと呟いた。
まさにその通り、私が思い続けていたことを指摘されて、一気に頭に血が上った。
こんな下っ端にまで見透かされるなんて、屈辱的だった。
「わかるって言うか、まあ簡単に予想はつくわな。隊長も、そう思わせるためにわざと、姿見せたんだろうし」
「……は?」
「オレはその事件、直接は関わってないけどさ。一応聞いたことあって、その頃はまだ、ヴァリアーの信頼は落ちたままで、仕事もほとんど回してもらえなかったらしい。で、大きな被害は免れないっていうような、面倒なものばかり回されてきた」
「それが、なに……」
何が言いたいのか、よくわからない。
イラつきを隠さずに尋ねると、彼は肩を竦めて話を進めた。
「だからさ、アンタのファミリーもめちゃくちゃ強かったわけ。それを、その頃のヴァリアーは誰一人欠くことなく潰したの。そして、その目撃者として残った少女……つまり、アンタの証言で、犯人がヴァリアーであることがはっきりわかって、そこからヴァリアーの株は良い意味でも悪い意味でも急上昇したってわけ」
「……?」
「そんでこっちは秘密の話なんだが、当時この任務を受ける際に、ボンゴレの制裁だってわかるように、目撃者を一人残すようにって指示が出ていたらしいんだよな」
「それが私だって……?上からの指示だから、私一人残して、ファミリーの人間全て殺したアイツは悪くないって言うの?ばっかじゃないの!?」
「いや、まあ落ち着けって」
例え誰かの命令でも、あの日あの時、私の家族を殺したのはあの男だった。
ああして、アイツは何人もの人生を奪ってきたのだろう。
許せない、許しちゃいけない。
私がアイツを殺すんだ。
萎えかけていた憎しみが、再び沸々と煮えたぎる。
「お前だって数年ヴァリアーで過ごしてきたのならわかるだろ?うちのボンゴレ内での立場はすこぶる悪い!一度任務を断ったりしたら、次はどんな無茶苦茶な任務押し付けられるかわかったもんじゃない!」
「だから受けるより他なかったって?だからアイツを許せって!?ふざけないで!!そんな言い訳が通るわけないでしょ!?」
「許せってことじゃなくてだなぁ……。つまりその、あの人はアンタが復讐に燃えることで、生き続けられるようにって思って『殺しにこい』なんて言ったんだろうし、アンタが本当に来たのに気付いても、他の奴らと平等に扱って、自分で強く育ててやって、一対一の勝負を挑んで来るのを待ってたんじゃねーのかって話!」
「き、づいてた……?」
気付かれていた。
アイツは、私が復讐に来たことに気付いてたのに、気付かない振りしてたってこと?
私が、気付かれていないと思っていたのを、影で笑っていたの?
……違う。
私がヴァリアーに入って知ったあの男は、そんな人間ではなかった。
「隊長はずっと、アンタが自分を殺しに来るのを待ってたんだ」
「うそ、うそだ。だって、そんなの……」
「だから、あんな手で復讐に打って出たお前に、ショック受けてるし、それを見抜けなかった自分が許せないんでいるんだろ、あの人は」
「でも、そんな……そんな……」
怒りとも虚しさとも違う、この感情はなんだろう。
私が挑みに来る日を、ずっと待っていただろうその人を、私は最悪な形で裏切ったのか。
ざまあみろ、なんて、思えなかった。
やってしまった、と、思った。
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