if群青×黒子、違う世界の人たち

湿ったものが潰れたような、嫌な音。
突き飛ばされた高尾は、その音の源をしっかりと見てしまっていた。
必死の形相で自分を突き飛ばしたスクアーロと、迫り来るキメラの巨体。
巨体は、スクアーロの肩を掴んでその体を押し潰そうとする。
直後に、高尾はバランスを崩して後ろ向きに倒れる。
それでも、スクアーロを下敷きにしたまま倒れるキメラの姿を、鷹の目はしっかりと捉えていた。

「ぐへっ!?」
「いでっ!!」

高尾の体が地面に衝突するかと思ったその瞬間、彼は自分の下に何者かが入り込んだことに気が付き、しかしそれを避ける暇はなく、情けない声を上げながら何者かを下敷きに倒れ込んだのだった。

「た、高尾君……。とりあえず退いて……」
「さ、沢田!?」

慌てて飛び起きる。
綱吉が彼のクッションがわりになってくれたらしく、高尾は怪我一つないままだった。

「あ、ありがとう!スクアーロ!今助けるから待ってて!!」

高尾の下から這い出た綱吉は、よろめきながらも走り出した。
その右手に着いたリングに炎が灯り、表情は凛々しく引き締まる。
彼がキメラを殴り飛ばそうとした、その時、キメラの体は天井に向かって弾き上げられたのだった。

「うるせぇ、黙れ、こいつら全部、オレの獲物だぁ」

立ち上がったスクアーロが、静かな声でそう言った。


 * * *


「しし、東地区お~わり」
「あ~!それブルーベルがやろうと思ってたのに~!!」
「ししし、うるせーおちびは黙って見てろっての」

捕らえていたキメラは、全部で15体。
団員の報告によれば、その全てが逃げ出したらしい。
数こそそう多くはないが、野生が混じった彼らを見付けるのは難しく、何より見付けた後に生け捕りにするのは更に難しい。
だがようやく、ベルフェゴールとブルーベルは北地区、東地区に逃げた全てのキメラを捕まえ終えた。

『こっちも終わったのな!』
『ハハン、南地区のキメラ7体も捕獲を終了いたしました。あとは西地区ですが……』
『スクアーロが担当してるし、もう終わってるんじゃねーのな?』
『報告は入っておりませんが……』

どうやら南地区も終わったらしい。
北、東では5体のキメラを倒したのだから、残りは3体。
スクアーロにとってみれば、容易い数字……のはずだ。
最後の報告では、2体は倒したと聞いたし、残り1体なら、スクアーロ親衛隊……もとい、雨部隊の人間が死んでも倒すだろう。

「ししし……とりあえず終わりでいんじゃねーの?」
「ブルーベル疲れたしー、早く戻っておやつ食べたーい!」
「ガキは黙ってろっての」

わがままなガキの相手してやるなんて、王子ちょー大人、なんて、そんなことを考えていたベルの耳に、突如無線からの連絡が飛び込んできた。

『ベルフェゴール様!こちら雨部隊、キメラ2体の捕獲に成功しましたが、スクアーロ様と連絡が取れません!!』
「……は?」
『それと……倒したうちの一体のキメラが……ヴァリアーの隊服を纏っていて……。』

部隊員の報告を聞いたベルは、さっと顔色を変える。
普段のにやけ面から突然真顔になったベルは、驚いて見上げるブルーベルを置いて今スクアーロ達がいるであろう第一談話室へと走り出した。

「お前らスクアーロんとこ戻れ」
『は、はい!』
「それと、救護班の用意しろ。キメラにされた奴でも、部下相手じゃ本気で戦わねーだろ、スクアーロの奴」

隊員の報告によれば、倒したキメラの内の一人は、ヴァリアーの隊服を着ており、顔は変形していたが、今日の基地内での任務に入っていた者によく似ているという。
つまり、この『ボンゴレ自警団基地内』で、初の身内のキメラ被害者が確認されたと言うこと。
そしてそれは、恐らく一人ではない。
先程の報告以降、まったく繋がらなくなったスクアーロの無線。
予想は簡単につく。
無線を壊されたか、無線に出るどころではない状況に晒されていると言うことだろう。

「あーくそ!死ぬんじゃねーぞバカアーロ!!」


 * * *


「ぐっ……けほっ!」

口の中に溜まった血を吐き出し、打ち付けられた衝撃で霞む意識の中で、次の敵を食い止めるために脚を前に出す。

「む……無茶言わないでよ!?後はオレがやるから、スクアーロはすぐに手当てを……」
「……部下の尻拭いは、上司がするものだろうがぁ」
「え……部下?」

ぼそりと呟いた言葉には、図らずとも怒りの色が滲んでおり、表面には出さないものの、彼女が相当激昂していることがわかる。
綱吉が見た先、倒れるキメラの体には、ボロボロになったヴァリアーの隊服が張り付いていた。
言葉を失って、顔を青褪めさせた綱吉の横を、スクアーロはスルリと通り抜けて、入り口から顔を出した新しいキメラと対峙する。

「ま……待って!相手が仲間なら余計にオレが!」
「相手が仲間だから、オレがやるんだ」

ぴしゃりと返された言葉に、綱吉は何も言えずに固まる。
スクアーロは、正気を失い、人の姿さえも失った仲間を見据えて、辛うじて動く右腕を構えた。

「……来い。相手をしてやる」
「ぐぅ……るるる……ぐぉおお!!」

熊のような見た目のキメラは、口の端から涎を垂らし、白濁した目を彼女に向ける。
既に、自分が何者かも、誰が味方なのかも、わからないのだろう。
振り上げた巨大な腕は、大きな棍棒のようで、もし当たればただでは済まないだろうことが予想できる。
ギリギリまで、微動だにせずそれを見ていたスクアーロは、それが振り降ろされた瞬間に地面を蹴って走り出した。
金属製の床が、振り降ろされた腕の力で大きく凹む。
その脇をすり抜け、キメラの背後へ肉薄したスクアーロが、そのがら空きの首筋に回し蹴りを叩き込んだ。
ガチッという鈍い音。

「っ……!」

顔を歪めたスクアーロの様子を見るに、あまりの硬さにスクアーロの足の方が、ダメージを大きく食らったらしい。
今度は横凪ぎに振るわれた腕を跳んで避け、一度距離を取った。
敵の体表を、パチパチと緑色が駆け巡るのが見える。
能力は雷の炎か。
今度は特別製のブーツに炎を灯し、再びキメラへと迫った。

「おおぉおぉぉおお!!!!!」
「この……ドカスがぁ……!」

突進してきたキメラの股下を潜り抜ける。
失敗をすれば体を踏み潰されるかもしれない危険な行動だ。
それでも、何とか踏み潰されることなく通り抜け、キメラの死角から雨の炎を纏ったブーツを背に叩き込む。
悲鳴を上げて振り向いたキメラの、その眼前に立って、スクアーロは思いきり脚を振り上げた。

「ぐ……が……」

渾身の蹴りが、顎に極る。
どすんとキメラが倒れた後は、誰も、何も言うことは出来なかった。
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